語られなかった伝説

















 「リナちゃん、リナちゃん♪
 起きてくれないと今度はほんとにキスしちゃうわよ♪」

 耳元で囁く声に反応して。

 がばぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 一気に意識が浮上して、飛び起きた!!

 「・・・ミュゼ。
 お願いだから、心臓に悪い起こし方をするのは止めて」

 額に浮かんだ嫌〜な汗を腕で拭う。

 ・・・って。

 「今、あたし元に戻ってる!?」

 汗をかくという事は間違いなく生身である証拠。

 いったいいつの間にっ!!

 「リナちゃんったら、練習が終わった途端に寝ちゃうんだもの。
 もし私が悪い精霊なら、今頃リナちゃんの身体は
 私の物になってる所なんだからねっ」

 「注意しなくちゃダメよ、メッ!!」と、からかわれた。




 いや、ミュゼの言う通りだ。

 いくら疲れていたからって、肉体を離れたまま迂闊にも寝てしまうとは。

 リナ=インバース、一生の不覚っ!!

 「やんっ、そんなに落ち込まなくてもいいじゃない♪
 それよりもうすぐ本番の時間なんだけど」

 って、もうそんな時間!!

 慌てるあたしに、
 「う・そ・っ♪ 本番は明日だも〜ん♪ 」と、
 楽しそうに指をピコピコと振ってるしっ!!

 「ミューゼーッ!!
  そっちがその気ならもう協力してあげないからねっ!! 」

 「キャーッ!! ごめんなさいっ、もうしないから許して〜っ」

 怒れるあたしに恐れをなしたのかどうか。

 必死に手を合わせて謝罪するミュゼ。

 ・・・まぁ、いいけどね。

 「で、今日はどうするの?」

 声を出したら『くうぅ』と、お腹が鳴った。

 ああ、お腹空いた・・・。

 精進潔斎ってこんなに辛いものだとは・・・・。

 ああぁあぁあぁぁぁ・・・背中とお腹がくっつきそう。

 「リナちゃん♪ こっち来てお茶でも飲まない?」

 一人元気なミュゼがキッチンから手招きをしてる・・・。

 ・・・精霊って、お腹空いたりしないんだろうな。

 ブツブツと考えながら、それでも何もお腹に入れないよりはマシ、と
 結局ポットで緋桜のお茶を淹れていた。

 「さ、さ、飲んでみてっ」

 「言われなくても飲むわよ〜っ。
 ああ、ご飯食べたい、パン食べたい。チキンロースト、ハンバーグ、
 パスタにサラダ、骨付き焼肉、海老の唐揚げ・・・」

 お茶の入ったカップを持ったまま、ブツブツとご馳走を思い浮かべて
 余計に空しくなった。



 ・・・飲も。



 コクン、とカップを一気に空にして。

 「ふぁぁぁぁぁぁっ・・・」

 身体の中にお茶が吸収された瞬間。

 今まで感じていた飢餓感が一気に解消された!!

 「なに、これ・・・」

 クゥクゥ鳴ってたお腹は静まりイライラも解消。

 それどころか満腹感で一杯になってる!!

 たった一杯のお茶でこのあたしが満足できるなんて!!

 「どぅ? 飲んだら落ち着いた?」

 あたしの前で、ミュゼがニコニコしながら聞いてきた。

 「・・・なんで!?
 これっぽっちのお茶であたしの食欲が満足するなんて!!」

 ひたすら驚いてるあたしに、
 「だって、精霊はお腹空かないも〜ん♪
 今リナちゃんが新しくお茶を飲んだから、あたしとまた繋がって
 お腹が減らなくなったのよ♪」
 どう? 納得行った? と。

 そう言った後、「じゃ、これから昨日と同じ練習ね♪」と
 再び二人は一人になって、延々と舞を練習させられる事となった。








 「そうそう、あなたの相棒って男の人が来てたわよ♪」

 あたしがそれを知ったのは、もう夜になろうかという時間だった。

 ちなみに、あたしは身体(肉体)に戻ってる。

 「いつ!?」

 「今朝早く。 夜明け前から馬車を走らせてきたみたいよ♪
 彼、リナちゃんに会えないって聞いた途端、モーリに
 「何故だっ!!」って今にも噛み付きそうな勢いで詰め寄って♪
 ウフフッ、リナちゃんも隅に置けないわねぇ♪ 」

 「ちょっ、ちょっとミュゼっ!!」

 「金髪に蒼い瞳。 ・・・あの人と同じ色。
  あの人がリナちゃんの良い人なの?」

 「べ、別にあたしとガウリイはそう言う関係じゃ・・・」

 「嘘ついてもだ〜めっ♪
  リナちゃんと私が繋がってるの忘れてない?
  ガウリイさんが来たって言ったら、リナちゃんすごく喜んでた♪」

 「それはっ、あのクラゲが無事に着いたって喜んでただけで!!
 あたし達はそういう関係じゃないもんっ!! 」

 「でも、リナちゃんは好きなんでしょ? 彼の事♪ 」

 「べ、別にあたしは好きとかそういうんじゃ・・・・」

 「・・・駄目よ。自分の気持ちには素直にならなくちゃ。
 あなた達は、同じ人間同士だし何の問題も無いじゃない?
 リナちゃんは、私みたいになっちゃ駄目」

 急に真剣な顔で、ミュゼが言う。

 「人の一生は短いもの。
 その中であなた達は出会ったのでしょう?
 そしてお互いを大切に思っている・・・。
 何を躊躇う事があるの?
 好きなら思い切って彼の胸に飛び込まなきゃ!!
 ・・・いなくなってから後悔しても、遅いんだからね?」

 諭す様に話す彼女は、長い年月を感じさせる貫禄を滲ませていた。

 「でも・・・あいつはあたしの事、女だって見てない。
 いつも子ども扱いだもの、期待するだけ無駄ってものよ」

 そうよ、いつまで経っても保護者だ何だと口喧しい。

 「・・・リナちゃんって、こういう事には疎いのね」

 ハァッ、とため息を一つ吐いて。

 「分かった。
 なら、ガウリイさんに女らしい所を見せればいいのよ♪
 明日の本番で目にもの見せてやればいいのっ!! 」

 「目にものって・・・」

 一人で燃えてるミュゼにあっけに取られながら、
 明日どうなるんだろう? と心配になったあたしだった・・・。











 そして、いよいよ祭り本番の朝。

 「・・・リナちゃん、リナちゃんっ!!
 そろそろ時間よっ!!起きてくれないと勝手に身体使って
 ガウリイさんに愛の告白しちゃうからねっ!!」




 どぐぁばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

 い、一瞬で目が覚めたじゃないっ!!!!!

 「ミ、ミュゼッ!!!」

 「あ、リナちゃん起〜きた♪ 」

 肩で息をするあたしを見ながら、きゃぴるんとのたまうミュゼ。

 「・・・黄昏よりも暗きもの、血の流れより紅きもの・・・」

 「きゃ〜っ!! ごめんなさいいいいいっっっ!!!!
 お願いだから勘弁してぇぇぇっっ!!!」




 ・・・笑えない冗談は止めろと言っといた筈。




 「ミュ〜ゼ? あたしはそういうジョークは嫌いなの。
 人を起こすのにいちいち心臓に負担の掛かることは止めてね♪ 」

 にっこりと笑顔のサービス付きで忠告してあげたあたしに、なぜか
 恐怖の表情を浮かべつつ「もうしませんっ、もうしませんっ!!」と
 ひたすら謝り倒すミュゼだった・・・。








 「今日はいつもより濃い目にお茶を淹れてね♪」

 ミュゼの指示通りにお茶を淹れて飲む。

 スッと、飢餓感が解消されて・・・。

 「リナちゃん。 今日は本番だから、身体も借りるね」

 「身体って、昨日も使ってたじゃない?」

 昨日一日、殆どの時間をミュゼの為に費やした。

 何もしないってのも、結構疲れるものなのだ。

 「あのね、今日はたっくさんの観客の前で舞うんだから
 ちゃんとした肉体が無いと、見えない人続出よ?
 昨日までは精神だけ繋げていたけど、今日はその状態から
 リナちゃんの身体に入って身体を動かすのよ♪」

 「ぶっつけ本番で、上手く行くんでしょうね?」

 「だから、今日は濃い目のお茶を飲んでもらったでしょ?
 これで私達の結びつきは、より強力になるの。
 さ、論より証拠、やってみましょ♪」

 一昨日、昨日と精神を同化させて来た為か、実体のままの
 あたしの中に、いとも簡単にミュゼは入り込んできた。

 『すんなり入れるものなのね』

 『そうよ♪ リナちゃんがばっちり協力してくれたから♪
 でなきゃ、いくら相性がいいって言ったってこうは行かないわ♪ 』

 じゃ、今日は本格的に着付けするからちょっと苦しいかもよ?
 サラッと言って、壁に掛けられていた着物を手にする。

 『ねぇ、これって重ねて着る物なの?』

 あたしは着物の着方の作法なんて知らない。

 『そうよ。これはこの緋色の上に淡く透ける白を重ねるの。
 そこに深紅の帯を締めれば綺麗でしょ?
 昔はもっと沢山重ねて着る事もあったそうだけど、
 今は殆ど誰も着ないわね』

 ミュゼはサクサクとあたしの腕を操ってあたしの服を脱がせていって。

 下着だけになった上に、着物を羽織る。

 『リナちゃん♪ 左前になったら死んだ人に着せてることになるから
 これだけは覚えといてね』

 シュッ、シュと衣擦れの音。

 もう一枚を羽織って、細い紐で着物を止めてその上から幅の広い帯を
 クルクル巻いて、締めていく・・・。

 『本当は腰の所で結ぶんだけどね、今日はここで・・・と』
 胸のすぐ下辺りで蝶結びにした。

 しかも、垂らした部分がやけに長い。

 『この方が雰囲気が出るから、ね♪
 それよりリナちゃん、気分悪くない? 締めすぎてたら言ってね』

 『まぁ、耐えられないほどじゃないから・・・』

 実際かなりキツイが、この位の方がかっこいいみたいだし。

 『それよりミュゼ、このあたしが協力してるんだから、
 絶対に成功させるんだからね!! 』

 『ええ!!今日一日、お願いしますっ!! 』

 心の中で二人、パンッ!! と手を合わせ。

 『さーて、後は髪を結うのとお化粧だけね♪ 』

 『あんまし厚化粧しないでよね』

 『だーいじょうぶ。
 ガウリイさんに見られて恥ずかしいような事はしないから♪ 』

 『なっ!! ガウリイは関係ないっ!!』

 『はいはい・・・』

 頭の中できゃいきゃい騒ぎながら、準備を整え。

 小さな鈴のついた、銀の細い足輪を嵌めた。

 仕上げは結った髪に差すかんざし。

 緋桜をモチーフにした、とても緻密な品。

 この辺りには珍しい、血珊瑚を使って緋桜を浮き彫りにした
 紛れも無い、掛け値なしの一級品。

 それをミュゼは手に持ったままじぃっと見つめて。

 『ウォルフ・・・。 私、頑張るからね』

 あたしの中で、小さく呟いて。

 きゅっ、と決意を込めるかのように纏めた髪に差し込んだ。




 『・・・準備完了。後は本番を待つのみね』

 『ええ』

 緊張からか真剣な口調のまま、あたし達は舞の舞台のある
 緋桜の元に向かったのだった。








 「レイ=ウイング!!」

 力有る言葉を解き放ち、あたし達は一気に空に舞い上がる。

 『リナちゃんっ、すごいっ!!
 こんなスピードで飛ぶのは初めてっ!! 』

 『まだまだ序の口よっ!
 みんなにバレない様にあんたの樹まで行かなきゃいけないんでしょ?
 幻霧招散(スァイトフラング)!!』

 この呪文は術者の周りに霧を発生させるもの。

 これをアレンジして・・・。

 『リナちゃん、何にも見えなくなっちゃった〜っ!! 』

 『これでいいのよ。
 かなり濃度を濃くしたんだから。これで高度を上げると・・・』

 『解った!! 雲に紛れて近づく寸法なのね♪ 』

 『大正解!! ミュゼ、あんたは自分の樹がどこなのか
  視界が悪くても分かるわね? 』

 『任せといて♪ 自分の本体だもの。
 辿り着けなきゃ精霊中の笑いものよっ!! 』 

 真っ白な視界の中、ミュゼに指示通りに空を飛ぶ。

 やがて。

 『リナちゃん、ここ。
 この真下にあたしの樹があるの』

 『了解っ!! 』

 『でも、どうやって下に降りるの? 』

 『それはね・・・』





 このまま下に降りようものなら、下に集まってる人々に気付かれる。

 なら、視線を逸らせてやればいい!!

 「魔風(ディム・ウィン)っ!!」

 あたしの唱えた呪文が周りを包んでいた霧を吹き飛ばすのと同時に
 地上の人々にもきつく吹きつけ、埃を舞わせて視界を奪うっ!!

 そして、まんまと誰にも気付かれず事無く
 緋桜の樹に舞い降りる事ができたのだ。