語られなかった伝説

















 こそっと、樹上から下を眺めると。

 結構しっかりとした造りの舞台が見えた。

 出番まであと少し、頭の中でミュゼと密談して時間を潰す。

 『あそこで舞うのね』

 『そう。モーリとクリスが頑張ってくれたから。
 それに、リナちゃんが寒くないようにって火もたっぷりと
 焚いてあるし♪ ガウリイさんも頑張ったみたいね』

 『ま、しっかりと手伝いなさいって書いといたから』

 『やっぱり愛よ、愛♪ 愛しのリナちゃんが寒くないようにって
  張り切って薪割りまくったのよ、きっと♪ 』

 『あ、愛って!! 愛って・・・そういう関係じゃ』

 『あ、モーリたちが来たわ』

 あたしの反論を途中で断ち切り、遠くを指差すミュゼ。

 どれどれ、とそちらの方向を見やれば。

 村の方からこちらに向かって歩いてくる、ガウリイとモリウスさん、
 それに評議長も。

 『さ、下ももうすぐ準備が整うから。
 そしたらリナちゃんの呪文で舞台の上にかっこよく登場させて♪
 その後は私に全部任せてね♪ 』

 『オッケー、なるべく幻想的に見えるように演出してあげる♪ 』

 『よろしくねっ♪ 』









 ガウリイ達が到着してから暫し、楽師の準備も整ったようだ。

 さて、いっちょ頑張りますか。

 『ミュゼ、行くわよ!! 』

 『ええ!! お願い!! 』

 そぉっとあたしは立ち上がり、足の鈴を軽く鳴らした。

 シャンッ!!

 下の人間の幾人かが気付いて、音の出所を探す仕草をする。

 シャララララ。

 足を震わせ、涼やかな音を辺りに響かせる。

 完全にあたし達に気が付いた人々を静かに眺めつつ、
 そのまま小声で呪文を唱え・・・。

 『レビテーション』

 ふわり、舞台の上に舞い降りた。

 突然出現した(様に見える)あたし達に驚いてざわついていた
 観客達も、何が起こるのか見極めようとしているのか、
 徐々に騒ぎは静まり、皆があたし達を注視する。

 さあ、思いっきり行きましょうか!!

 『さ、ミュゼ。ここからはあなたの出番だからね!!』

 『行くわ!!』

 決意を込めたミュゼの意識があたしの意識を押しのけて、
 あたしの身体を操つり始める。







 ・・・すごい。

 一昨日、昨日とミュゼの舞を真近で見てきたあたしですら、
 感嘆してしまうほどに彼女の舞は素晴らしかった。

 あたしの身体を使ってるとは思えないほど、鋭い動きかと思えば
 しなやかに身を反らせ、静止する。

 観客達はミュゼの舞に魅入られて、瞬きすら惜しいと言うかのように
 ただただ彼女を見つめていた。

 ・・・その中には、ガウリイも含まれていた。

 あんた、何て目でこっちを見てるのよ・・・。

 くるりくるりと、長い袖に空気を孕ませながら舞うミュゼに
 身体を任せ、あたしは肉体から抜け出してガウリイを見つめた。

 『リナちゃんっ!! どうしたのっ? 』

 『この方があんたも舞い易いでしょ? 』

 『危ないから、あまり遠くに行かないでね!! 』

 『了解』

 スウッと自分の身体から完全に抜け出して、観客席の方に移動する。

 ガウリイは、側に来たあたしに気付く事無く、食い入るように
 舞台で舞うあたしを見つめている。

 その表情(かお)は、あたしが知っているどのガウリイの表情でもなく。

 熱っぽく、動きの全てを瞳に焼き付けるかのように見つめている。



 ・・・なによ。


 あれはあたしじゃなくて、ミュゼなんだから。

 なぜか、ツキン、と胸が痛んだ。



 ・・・戻ろ。



 再び舞台に上がり、肉体の中に戻ろうとしたその時。

 「・・・寂しい。
 ここには私一人きり。
 ・・・美しき空よ。
 ・・・蒼き空よ。
 私を哀れとお思いならば、どうかこのまま攫って行って!! 」

 あたしの口を使って、ミュゼが空に語りかけ。

 『リナちゃんっ、風を起こして!! キツイ奴を!! 』

 「ディム・ウィンッ!!」

 サッと身体に戻って術を完成させ、発動させる。

 舞台の周りに強風が舞い、花びらを散らし砂埃を巻き上げて
 見物人の視界を奪う。

 あとは、『連れて行って!! 』と叫んでレビテーションで宙に浮かび、
 空の精が迎えに来たかのように演技するだけなのだが・・・。



 その時!!



 『ミュゼ』

 空から降ってきた低い、でも穏やかに聞こえる男の声。

 驚いて一瞬固まったミュゼは、次の瞬間パァッと顔を輝かせた!!

 「嬉しや!!」

 『ウォルフ!!』

 あたしの中で叫んだミュゼの声が頭の中で響き渡り、一瞬頭痛が走る!!

 『ミュゼ、君は本当に困った娘だね』

 苦笑を滲ませた、男の声はすぐ近くから聞こえた。



 観客達には・・・聞こえてないっ!?



 『ウォルフっ!! あなたなのっ!? 』

 歓喜の表情のまま、天を見つめるミュゼ。

 『そうだよ、あまりに君が寂しそうに舞うから逢いに来たんだ。
 ・・・ミュゼ、とにかく落ち着ける所で話さないかい?
 舞台はもうすぐ終幕なんだろう? 』

 男の声がミュゼを優しく促して。

 「どうか、私をあなたの御許へ!! 」

 ミュゼはあたしの口を使って最後のセリフを叫ぶと、嬉しげに
 天に向かって手を差し伸べた。

 『そこのお嬢さん、あなたも一緒に来てくださいますか? 』

 男の声が、あたしにも話しかけてくる。

 『いったい、あなたは・・・!? 』

 問いただそうとするあたしの意識を遮ったのはミュゼ!!

 『今行くわ!! まってて!! 』

 急にミュゼの気配が濃くなって、あたしの身体を支配する。

 あたしの中の魔力を抜き取り、自分の力に還元して・・・。

 パシッ、と軽い衝撃が走り、あたしは自分の身体から弾き出された!!

 慌てて身体に戻ろうとするも、中々上手く行かないっ!!

 そうこうしているうちに。

 ゆっくりと、あたしの肉体が宙に一歩を踏み出した。



 あたしは一言も呪文を唱えていない。



 ・・・なのに、これは。



 あたしの肉体の足元には一片の花びら。

 ミュゼは、己の本体である緋寒桜に魔力を通わせて足場とし、
 舞い散るそれを階段代わりにして、天に昇ろうとしているんだ。

 『ミュゼ!! ミュゼッ!!』

 あたしの呼びかけにも、彼女は一切答えないまま。

 何とか身体を止めようとしても、
 彼女の意志力が勝っているためか、干渉すら出来ないっ!!

 やばいっ!!もしこのままどこかに連れて行かれたら・・・。

 かなり焦り出したあたしに、
 『大丈夫です、あなたにご迷惑は掛けません。
 ここでは落ち着いて話も出来ないので、上空に上がるだけです。
 そこでミュゼを落ち着かせたら、あなたに身体を返させますから』と。

 男の声はうそを言っているようにも聞こえないし、
 それにミュゼの叫んだ『ウォルフ』と言うのが、この男の事なら。

 『・・・もし、あたしを騙そうとしたら只じゃ置かないからね』

 『承知しました。 私だって息子の命は惜しいですし。
 もしあなたに何かあれば、横の彼が黙っていないでしょうから』



 ・・・やっぱり。



 『解ったわ。とりあえず観客達に判らない高度まで昇りましょ』

 男とあたしが会話する間にも、ミュゼはどんどん空に昇っていく。

 そこに。

 「リナ〜ッ!!」

 大声で叫びながら、舞台に駆け上がろうとするガウリイの姿が見えた。

 ああっ、このままじゃせっかくの演出が台無しじゃないっ!!

 そう思った瞬間。

 評議長がとっさにシャドウ・スナップを発動させ、
 取り乱すガウリイの動きを封じた!!

 デスクワーク中心って顔して結構やるわね、評議長・・・。

 『ガウリイ、ごめんね』

 評議長に妙な感心をしつつ、心の中でガウリイに謝罪しながらも
 それでもあたしは男の声と共に、ミュゼを追いかけたのだった。








 『ミュゼ、本当に君は突拍子もない事をする』

 『でも、でもっ!!
 私はあなたの愛したこの村を護りたかったのっ!』

 『だからって、君の命を削っていい理由にはならないよ!』

 『どうせ長くない命なら、自分のやりたい事するって決めたのっ!』

 『自分に与えられた時間一杯まで踏み止まらなきゃ駄目じゃないか!!』

 『だって私は、私はあなたのいない村にいたって仕方ないものっ!!』



 『ミュゼ・・・。 もしかして、君は私の事を?』



 『そうよ!! 愛してた!! 
 いえ、今でも愛してるのっ!!
 ずっと言えなかったけど、もう一度あなたに会えたんですものっ!!
 私の気持ちを受け止めてなんて言わないからっ。
 お願い!! 嫌わないで!! 』




 ・・・・・・何とかミュゼ(あたしの肉体)に追いついて見れば
 天高い場所で告白大会真っ只中っ!!




 『私だって、君の事は憎からず思っていたんだ。
 しかし、私はドワーフでキミは樹の精霊・・・。
 2人の種族の違いと、息子が君に仄かに抱いていた恋心を
 親自らぶち壊すわけには行かなくてね・・・。
 いや、私に勇気がなかっただけだ。
 こんな姿になった私でも・・・いいのか? 』

 『ええ!! 私だってしわしわのおばあちゃんだもの!!
 あなたが幽霊でも何でも良いの!!
 私はウォルフが好き!!
 あなたがいいって言ってくれるのなら、今すぐ一緒に行くわ!! 』


 『ちょっと、ミュゼっ!!
 あたしの身体使ったままで、物騒な事言わないで!! 』

 思いっきり盛り上がりまくってる二人に、声を掛けるのは気が引けたが、
 あたしに身体を返さないまま昇天されたら困るのだ。

 『あら、リナちゃん居たの? 』

 『居たの? じゃないわよっ!!
  説明しなさい!! 説明っ!!』

 ミュゼ!! あんた完全にあたしの事忘れてたわねっ!!

 やっとこっちに気が付いたと思えば『居たの?』じゃないわよっ!!




 『リナさん、と言うんですね。初めまして、私はウォルフ。
 この村を開墾したドワーフの成れの果てって所です。
 本物の私はとっくの昔に死んでいますが、残留思念と申しますか
 記憶の一部がこうして村に留まっていまして。
 肉体こそありませんが、考える事くらいは出来るんですよ』

 丁寧な口調で自己紹介を始めたウォルフさん。

 要するに、ゆ〜れいってわけだ。

 『今は意識を定着させる為に、彼女の髪飾りに宿っていますが』

 『なら、どうして今まで黙ってたのよっ!!』

 『目覚めたのはさっきの君の舞が原因だよ。
 あんなに寂しそうにされたら、おちおち眠っていられないからね』

 『じゃあ・・・、これからは一緒に居てくれるの?』 

 『ああ、君の望む限り。
 君が逝く時は、私も付いて行くよ』

 ま、何とか丸く収まったみたいね・・・と。


 『リナさん、あれ、放っておいて良いんですか?
 下であなたの事を必死になって呼んでいる人が居るのですが? 』

 へ? 

 下って!?

 ウォルフさんに指摘されて思い出した。

 そういえば、ガウリイが取り乱してたわ・・・。

 『私達の話は、後でゆっくりと二人っきりになった時にでもしますから
 とにかく彼を止めて下さい。 でないとうちの息子が危険です』

 その言葉にガウリイを探してみると。

 影縛りの術に掛かっているとは思えないほどの迫力で何事かを
 叫びまくってる姿が見える。

 うわっ!!

 根性で斬妖剣に手を掛けてるし!!

 確かにこのままだとガウリイを抑えてる村長と評議長の身が危ないっ!!

 『ミュゼッ、あたしの身体返してっ!! 』

 バッ、と自分の身体に戻って呪文を唱えようとすると。

 『まって!! 今リナちゃんが降りたら舞台ぶっ壊しよ?
 せっかくの演出ががパーになっちゃう!!
 とにかく彼を落ち着けるのなら、声だけで何とかならない!? 』

 この状況下でそういう事考えられるなんて・・・。

 ミュゼ、あんたほんっとうにしっかりしてるわ。

 『とにかく精神体じゃガウリイにはあたしの声が届かない!!
 何とかしてあたしが無事って伝えないと!!
 あの二人、斬妖剣の錆びにされちゃうわ!! 』

 焦るあたしに、『これを使うのはどうかな? 』と提案してきたのは
 ウォルフさん。

 『これとは? 』

 『君がさっき舞い散らしたミュゼの花びら。 これに魔法を掛けて
 媒介にすれば、声を運ぶ位造作もないだろう? 』

 『それ採用っ!! で、どのくらいの量があるの!? 』

 『人が両手一杯に抱える位には』

 『それ使えるわっ!! ミュゼ、あんたにも協力してもらうからね!!』

 『良いわよっ♪ じゃ、早速作戦決行っ♪』








 何とか桜の花びらにあたしの言霊を封じ込めて、ガウリイに触れたら
 それが開放されるように細工をし。

 『じゃあ、これを思いっきり撒き散らせばいいんだね?』

 『はい、お願いします』

 多少なら風を操れるというウォルフさんにそれを託して
 あたし達は上空で待機。

 ガウリイが伝言を聞いた事が確認できたら、見つからないように
 村長の家に戻る計画だ。

 『ウォルフ、ちゃと戻って来てね?』

 『大丈夫、もうミュゼを一人にしないから』

 なんだかラブラブな雰囲気の二人に当てられながら、移動のための
 呪文をプチプチ唱え始めるあたしだった・・・。








 下でガウリイの動きが止まったのを確認してから、来た時と同じ手を使って
 村長宅に戻り、ガウリイを待った。



 ・・・が。



 『ミュゼ〜っ!! 
 ・・・なんであんたが抜けないのよ〜っ!! 』

 『え、えへ、えへへへへへ・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。
 さっき思いっきりリナちゃんの身体乗っ取っちゃったから・・・』

 『・・・しかも、まだあたしのペースに戻ってないし』

 『もうちょっと待っててくれれば何とか抜けるから、
 お願い、そんなに急かさないで・・・』

 『うわっ!! ・・・もう来たっ!! 』

 身体の中で二人揃ってジタバタしてても、
 一向に状況は改善しないし、
 舞台の方角からは尋常で無い気配がどんどん近づいて来るしっ!!

 普段のガウリイからは想像も付かない、焦燥と呼ぶに相応しい気配が
 ものすごいスピードで、こっちに向かってきてるのが判るだけに。




 なんか怖いっ!! 怖すぎるっ!!



 ・・・何にも説明してなかったしなぁ・・・。



 『リナちゃん・・・。
 二人揃ってなら身体から抜けられるんだけど・・・駄目? 』

 『駄目に決まってるでしょ!!
 そんなことしても意味無いじゃないっ!!
 二人揃って身体から抜けたら、誰がこの身体を動かすってのよ!?』

 『でも、ガウリイさんってもの凄く勘の鋭い人みたいだから、
 あたしが入ったままだとヤバイと言うか・・・。
 何だか身の危険を感じるんですけど』

 『うっ・・・、確かに』

 『それに興奮状態の彼に
 『実は、今だけこの身体二人で使ってま〜す♪』
 とか言っても、説明に時間がかかるだけよ?
 二人揃ってなら何とか彼にも姿くらい見せられるはずだから、
 その状態の方が返って納得してもらいやすいと思うのよ』

 『・・・じゃ、あたしの肉体はどうするのよ? 』

 『・・・取りあえずベッドに座らせとくとか? 』

 『ああ〜っ!! 余計に誤解を招きそう〜っ!! 』

 いくら頭を抱えてジタバタした所でこの現状に変わりなく。

 『わかったわよっ!! じゃ、その案で行きましょ!!』と。

 もう玄関先までやって来たオッカナイ気配に急かされて、
 バタバタ準備に追われたのだった。








 「・・・ぃ、さっき言っていた事は本当だろうな?」

 ズカズカ足音も騒々しく、ガウリイが近づいて来る!!

 一緒にモリウスさんとクラウスさんも付いてきてるようだけど、
 ストッパーには成りそうにも無いし・・・。

 キィ、と軽い音を立てて扉は開かれ。

 飛び込んできたのは無表情にも見えるガウリイ。

 「リナ!!」

 他の物には一切目もくれず、真っ直ぐあたしの身体の方に歩み寄り。

 「リナ!! どうしたんだ!!」と。

 人の身体を目一杯つかんで、
 ガックンガックン揺さぶりまくってくれたのだ!!

 『〜っ!! あんたねぇ!!
 いくら反応が無いからって手荒な真似してるんじゃないわよ!!』

 思わず背後からガウリイの頭を叩こうとしたが『スカッ』と
 何の手応えも感じないまますり抜けちゃった。

 『リナちゃ〜ん♪ 私何とか抜けられそうだから、
 もう物とか触れないわよ〜♪ 』

 あたしから半分分離したミュゼに、
 ボソッと突っ込まれて、更にムカッと来たが。

 『ったく!! とにかく落ち着きなさいっ!! 』と
 耳元で叫んだ所で聞こえるわけないし・・・。

 「おい!!これは一体どういう事だ!!」

 ガウリイはあたしの反応無しと見るや、
 今度はモリウスさんに掴みかかって締め上げ始めた!!

 「ウウッ! 苦しい!! ま、待って・・・」

 「待てないね。 この事態をどう説明するつもりだ? 」

 ・・・行動とは裏腹に、静かに問うガウリイの声には冷酷、
 という言葉がぴったりな響きを伴っていた。

 そのまま更に締め上げながら、なんとモリウスさんを片手で持ち上げ、
 吊るし上げて。

 ええいっ!!

 このど短気クラゲめっ!!

 何とかしないとモリウスさんに危害が及んじゃうっ!!

 と、目に付いたのはガウリイの髪に刺さっていた緋桜の花!!



 よしっ、これなら!!



 『ガウリイ、ちょっとは落ち着きなさいっ!!
 そんなにしたら話すものも話せないじゃないの!! 
 あのね、そこのあたしは今、抜け殻なのっ!!
 後でちゃんと元に戻るから、とりあえず風邪引かないよーに
 布団でも掛けて寝かせといて!! 』

 「リナ!! 」

 部屋一杯に響いたあたしの声に、
 ようやくモリウスさんを離したガウリイだが。

 『いいから四の五の言わずに評議長の話を聞く!!
 心配かけたのは悪かったと思うけど、あたしだって
 いきなりだったんだから、ブチブチ文句言わないで、
 まずはあたしの言う通りにしてってば!! 』

 ベッドのあたしの唇が動いていないと知るや、
 キョロキョロ辺りを見回し捲くってるし。

 「リナ!! 何処だ!! 」

 あんまり頭を動かされた所為で、緋桜の花がポトリと落ちた。

 それに気付いて指先で拾い上げたガウリイに
 『だーかーらっ!! とにかく話を聞きなさいって!! 』

 穴が開くほど見つめてくる奴の表情は心配8安堵2と言った感じ。

 「リナ!! 本当にお前さんは無事なのか?」

 『無事だったら!! 何度も同じ事言わせないで』

 「何だよ!! 俺は本気で心配したんだぞ!! 」

 『だからそれはごめんって!! 』

 あたしが見えていないガウリイは、花を相手に本気で怒ってるし。




 ・・ついついあたしもヒ−トアップしちゃって、
 事の異常さに気が付かないまま
 しばらく喚きあってしまったのだった・・・。

 呆れたようにあたしを見つめるミュゼの視線が痛い・・・。










 ようやく落ち着きを取り戻したガウリイの前に座って、
 モリウスさんが説明を始めた。

 あのクラゲを上手い事納得させてくれると良いんだけど。

 一つ一つ丁寧に説明しながらも、モリウスさんに加えて、
 横に立ってる評議長まで冷や汗びっしょり。

 ガウリイの奴、自分が妙なプレッシャー掛けてるのに気が付いてない!?

 ああ、2人共気の毒に・・・。




 「こちらの話はこれで全部。
 さてガウリイ殿、このお茶を飲んで下さらんか? 」

 何とか説明に成功した所でモリウスさんがミュゼのお茶を差出し。

「これを飲めば、リナさんの姿がきっと見えるはずじゃ」と、勧める。

 今日あたしが飲んだ物と同じ位濃いそれを、彼は一息に飲み干した。





 『ガウリイ』

 突然目の前に現れたあたしに驚いたのか、口をぽかんと開けたまま
 固まってる彼に。

 『こんにちは。 あなたがガウリイさんね♪ 』

 ミュゼがあたしから半分剥がれて声を掛けた。

 って!!

 何故にあんた、若返ってるのよ!!

 たった今、あたしから剥がれた女性は二十歳位で銀髪紅目。

 『改めてご挨拶を。
 私はミュゼ、この村の緋寒桜に棲まう者です。
 今回はリナさんに大変お世話になりました。
 あなたを脅かすつもりは無かったんですけど・・・
 ビックリさせちゃってごめんなさいね♪ てへっ♪ 』

 最初の方こそ精霊らしく、厳かな雰囲気をかもし出してると思ったら。

 ミュゼ・・・この期に及んでもそのテンションかい・・・。

 「どうも。 ところで一体どうなってるんです!?
 ベッドに座ってるのは間違いなくリナで、目の前に居るのもリナ。
 俺にはまったく訳が解らんのです」

 「あー、それはあたしが説明するわ」

 左腕と髪の毛が彼女と溶け合ったまま、話を引き継ぐ。

 『ま、ガウリイ。あたしの手を見て? 』

 そう言って目の前に差し出した手は、微かに透けて床が見える。

 「だ、大丈夫なのか!? 」

 慌てるガウリイに「今のあたしはどっちかって言うと精神体に近いのよ。
 ミュゼに身体を貸してる間、邪魔しないようにちょっと抜けてたから」と
 安心させるためにニコッと笑って見せたら。

 「・・・びっくりした」と。

 ようやく安心したように一言、漏らしたのだった。




 ようやく事情を理解して落ち着いたガウリイには、しばらく外で
 待っててもらって、
 何とか無事にあたし達は元に戻る事ができたのだが。

 さて、あとはこの村をこっそりと出発するだけなのだが。

 村人達に見つからずに行かないと、あたしの苦労も水の泡になる。

 「リナ殿、ガウリイ殿。
 本当にありがとうございました・・・。
 これで、二人の願いは叶えられましょう」

 「ご存知だったんですか? ミュゼとウォルフさんの事」

 「はい、幼心に何となく・・・ね」

 「ミュゼは彼と一緒に居ますから、きっと幸せでしょうね」

 遅い夕食を食べながら、みんなでわいわいと作戦会議をし。

 「では、クラウス議長。
 荷物をよろしくお願いいたします」

 「確かに預かったよ。 落ち合う先はこの間の野宿地点で」

 久方ぶりの精霊出現に沸き返り、未だ騒がしいこの村を
 出るに当たって、何とかネタバレしないようにと
 手段を考慮した結果。




 「こんなの着るのかよ〜っ!! 」

 「いいじゃない、良く似合ってるわよ」

 見つからずに出るのが困難なのなら、
 逆に見られても良いようにすればいい!!
 と、あたしは緋桜の精の衣装を。

 ガウリイには同じようなデザインの蒼い衣装を着せて、
 呪文を使って堂々と村から出て行く事にしたのだ。

 その際邪魔になる荷物は、一足先に出発したクラウスさんが
 馬車に積んでくれたので、身軽そのもの。
 後で合流地点で受け取る手筈になっている。




 「じゃ、お世話になりました」

 『リナちゃん♪ 名残惜しいけどまた遊びに来てね♪』

 『リナさん、ありがとう』

 玄関先でモリウスさんとともに、ミュゼとウォルフさんも見送ってくれた。

 姿こそ見えないけれど、声だけは聞くことが出来たから。

 「まぁ、あとは二人仲良くね」

 「じゃ、またな」




 玄関のドアをバタン、と開けると同時に「レビテーション!!」と
 魔力を開放し、ガウリイを抱えて空に舞い上がる。

 うんと高度を高く取り・・・村が一望できる位まで。

 「あっ!! あれは・・・」とか何とか下の方で騒いでいるのは
 お祭り騒ぎ真っ最中の村人達だろう。

 下から見れば、ガウリイがあたしを抱き抱えてる様に見えるだろう。

 衣装のお陰で、何処から見ても立派な緋桜の精と天空の精霊にしか
 見えないだろう。

 「こういうのもいいもんだな」

 「ま、たまにはね」

 しばらく曲芸飛行を楽しんでから、あたし達は村を後にしたのだった。






 ・・・ミュゼの緋寒桜は、今まさに満開。

 ハラハラと風に乗り、舞い散る花びらが。

 あたしには、ちょっぴり切なかった。






 「やっと終わった〜っ!!」

 「まったく、どうなる事かと思ったぜ?」

 今、あたし達は森で野宿の真っ最中。

 夕闇に紛れて村から出てきたあたし達は、いつもの服装に戻っている。

 クラウスさんから受け取った荷物を広げて、
 貰ったデザートなんぞを摘んだり。

 「しかし、いくら村興しだって言ってもあそこまでやるのか?」

 多少呆れの混じったガウリイの問いに
 「ま、いいじゃない」と返した。

 「依頼料は破格だったし、特に危険な事も無かったし。
 別にあたし達が困る事でもないんだし」

 「ま、そうなんだが・・・」

 「昔もっと滅茶苦茶な祭りに参加させられた事も有るわよ?」

 「リナが滅茶苦茶とコメントする祭りって一体・・・」








 あとは寝るだけ、となった頃合いにミュゼのお茶を淹れた。

 今頃二人はどうしてるんだろう・・・。

 「なぁ、本当にリナは味がしたのか?」

 がぶがぶと一息に飲み干したガウリイが聞いてくる。

 「あたしはね、あの時は甘く感じたわ。
 でも、今はもう何の味もしないの・・・」

 たったの半日前には甘ったるい位に感じたはずが、今は殆ど味がしない。

 それは、ミュゼとの繋がりが切れていく過程を実感させて。

 喧しい緋寒桜の精を想って、スルッとカップを撫でてみた。







 「・・・ガウリイ、起きてる?」

 見張りを交代して、しばらく経った頃。

 「ま、寝ててもいいんだけどね」

 スピョスピョ寝息を立てているガウリイに話しかける。

 聞いていない事を前提とした、勝手な語り掛け。







 「あんまり怒んないでよね・・・。
 女子どもに親切にするのはあんたの信条じゃない。
 ・・・ミュゼ、もうあんまり先がないんだって。
 このまま忘れ去られて朽ちていくのは嫌だったから、最後の我侭だって。
 だから多少無茶かなって思ったけど、協力したのよ・・・。

 ねえ、ガウリイ・・・。
 あんた、ミュゼの舞にに見惚れていたけどさぁ。

 ・・・いつかあたしの事もキチンと見てよね・・・」






 いつか、あたしを見て欲しい。

 旅の相棒でも、保護する対象としてではなく。

 ただの、女性として。

 あんたと共に在りたい願う、対等な人間として。









 再び旅の空に戻ったあたし達が、風の噂に聞いたのは。


 「ここから少し離れた山の中に、緋桜の植わっている村があり、
 その緋桜には若い美人の精霊が宿っていて、
 その隣には蒼いハンサムな精霊が必ず寄り添っていると。
 長い年月を掛けて結ばれた二人はいつまでもその村を守護していると。
 そして緋桜の木の下で告白したならば、彼らの加護を受けられて
 一生幸せに暮らせる」と。

 その名は「 蒼緋伝説 」

 村には緋桜の精が残した髪飾りが、証拠品として展示されているとか。



 「うまく行ったみたいね」

 「ああ」

 これで、二人の願いは叶えられたかな?

 ふと、空を見上げれば。

 春風に舞う、一片の緋色の花びら。