語られなかった伝説




















 ガバッ!! と大きな机に手を付き、
「頼むっ、リナ殿しか適任者はおらんのじゃ!!」と。

 今、あたしの前で必死に頭を下げているのは、このマーデルの町の
 魔道士協会評議長。

 「この依頼の条件に当てはまるのはリナ殿の他にはいない!!」

 何でこの人が、こんなに必死になってるのかと言うと。

 「もう時間がないんじゃ、頼むっ!!
 依頼料には色をつけるから、引き受けてはくれないか!!」

 そう、確かに時間はないのだろう。

 あたし達がこの町に到着してすぐ、マーデル魔道士協会の人が
 わざわざあたしを宿まで呼びにきた。

 いつもなら、時間を見て自分の方から協会に顔を出すのだが、
 今回は町に入った所を目撃されていたらしい。

 そのままガウリイを宿に残し、一人で評議長に挨拶がてら
 用件を聞きに来たあたしに、彼直々に依頼をしたいと言う。

 その内容自体はあまり難しい物ではなかったし、
 依頼料も協会絡みにしてはかなり破格。



 ・・・なら、何でわざわざあたしの所にこの話が回ってきたのか?



 正直言って、協会がらみの好条件な依頼なら、引く手あまた。

 ここの協会に所属する魔道士に回すのが本筋だろう。

 それがわざわざあたしの元に回ってきた理由は、一重にその条件から。

 魔道士としての能力以外にも、条件が付いていたからなのだ。





 ひとーつ、レイ・ウイングが使える事。

 これはあたし以外にも幾人か該当者がいたのだが。

 ふたーつ、瞳の色が赤い女性に限る。

 ここで大半の候補者が落ちた。

 色ガラスのレンズを瞳に入れたり、薬品を使うことは不許可。

 あくまで天然物に限ると。

 みーっつ、女性の中でも年若い乙女に限る。

 しかも髪の長い、なるべく華奢な女性を、と。

 この条件で、この町周辺に該当者がいなくなったらしい。

 しかも、依頼主が指定してきた期限は2日後。

 依頼主が住んでいるのは、ここから2日歩いて山一つ越えた村。

 何より、本当の依頼主が評議長の恩人だった事。

 これが今、あたしを必死になって口説き落とそうとしている理由なのだ。

 「で、色をつけるってどの位?」

 心の中ではどれだけたくさん依頼料を踏んだくれるのか期待しながら、
 声はあくまで冷静に。

 「いや、リナ殿が引き受けてくれるのなら金貨150、いや、
 わしのへそくりも足して200枚出そう!! どうだね!?」

 おおっ!!協会絡みで金貨100枚を超えるとは!!
 いやーっ♪ 評議長っ、太っ腹!!

 ・・・ま、もしかしたら、何か裏でもあるかも知んないけど。


 「でも、ここから2日歩くんですよね・・・。 
 あたしはともかく、連れは魔法を使えないので、
 さすがに徒歩じゃ厳しいです。
 それに、3日後には本番だって言うのに準備もまだなんでしょ?
 せめて依頼者の村までの足と、暖かい食事と寝床位は欲しいんですが」

 あまり足元見過ぎると、いざ協会のコネを使いたい時に
 しっぺ返しを食らうから、程々に。

 「もちろん、その位はさせてもらうとも!! 
 ・・・で、引き受けてもらえるかね?」

 「はい、お受けします」

 返事と同時にグワシっと両手をつかまれて。

 「助かった!! これで私の顔も立つよ!!
 ああ、これで一安心だっ!! 本当に感謝する!!!」

 ブンブカあたしの腕を振り回して、無理やり握手を交わしたのだった。









 「で、リナ。俺達はどこに向かってるんだ?」

 ゴトゴト、馬車が揺れる。

 「だから、さっき説明したでしょ、もう忘れたの?」

 ゴトゴト、がくんっ!!

 「んっ、痛てっ!!
 いや、さっきから馬車が揺れて、あっちこっち、
 ガンガンぶつけるからっ、記憶が飛んじまって、なっ!!」

 ガクンっ!!

 「いった〜い!! あたしまで頭打っちゃったじゃない!!
 あのねっ、うわっ!!
 もう一遍だけ言うから、耳かっぽじって聞くのよ!!
 今から向かうブルサムの村で、2日後70年ぶりのお祭りがあるのよ。
 で、ムグッ!
 今回の依頼はっ、その祭りの準備と巫女の代役を頼む、って」




 ・・・先程から、会話の所々に悲鳴が混じるのは、
 あたし達の乗ってる馬車が全力疾走しているのと、
 道が悪くてものすごく揺れるからだ。

 評議長が用意してくれた足とは、自家用の馬車。

 ちなみに、手綱を握るのも評議長。

 さすがにブルサムまで馬車で一直線、とは行かずに
 (馬がへばっちゃうもん)
 今日一日で行ける所まで行って、その後あたしはレイ=ウイングで
 ブルサム村まで一気にかっ飛ばす手筈なのだ。

 ただし、ガウリイは重いので後から自力で村に入ってもらう、と。

 ・・・この揺れじゃ、初めから呪文で村まで行ってた方が良かったかも。






 何度か休憩を挟みつつ、日が落ちる直前まで馬車を走らせたので、
 一気に距離を稼いでブルサムまで残り三分の一の所まで来られた。

 ここからあたし達はお互い単独行動、って言っても
 本来依頼を受けたのはあたしのみ。

 ガウリイにマーデルの町で留守番しててもらっても良かったんだけど、
 「リナを一人にすると後が怖いから」と付いて来た。

 動機はともかく、ま、気持ちはありがたいけどね。

 「クラウス評議長、それでは一足先に失礼いたします」

 「ああ、よろしく頼む」

 「じゃ、ガウリイ。あたしは先行くから後から来てよ♪」

  評議長に挨拶をして、依頼人への紹介状を預かって。

 「レイ・ウイング!!」

 力有る言葉を解き放ち、夕闇の空に浮かび上がる。

 「ああ。 リナ、あんまり無茶苦茶するなよ」

 「一言多いっ!!」

 下からのガウリイの声に見送られながら、あたしはブルサムに向かって
 翔ぶスピードを上げたのだった。











 コンコン。

 「今晩は〜っ。
 夜分遅くすみません、マーデルの魔道士協会から来た者ですが」

 あたしがブルサムに到着したのは、お子様はとっくに夢の中な時間で。

 「おおっ、待っておりました。 どうぞ中へ、さあさあ」

 出迎えてくれたのは、かなり高齢に見える、人の良さそうなおじいさん。

 「ま、ま、こちらにお座りください」

 あたしに暖かい暖炉の側のソファを勧めてくれた。

 「あの、早速ですが・・・」

 話し始めたあたしの言葉を遮り、
 「お茶の用意をしてきますでな。 それまで火に当たって
 身体を温めて下され」と、言いながら部屋を出て行く。

 確かに今の季節はまだ寒い。

 まだあちらこちらに雪が積もり、時折空からチラチラと
 白いものが降ってくる。



 しばらくすると、良い香りを漂わせながらおじいさんが帰ってきた。

 手には、大振りのポットとティーカップが二つ載ったお盆。

 「いやいや、お待たせしましたなぁ。 私が村長のモリウスです」

 「リナ=インバースと申します」

 簡単な挨拶を交わして、「では早速ですが、依頼の件の確認を」と
 本題に入ったのだが。


 「依頼の話をする前に、まずはこのお茶を飲んでくだされ」と。

 そう言って勧められたお茶は、普段飲んでいる物とは違った。

 色は濃いピンク。

 そして何かの花の香りが甘く漂う。

 その香りに誘われて、思わずコクッと一口含み、飲み下す。

 「村長さん・・・これは、ハーブティですか?」

 「そうじゃ、ある意味そう言えるかのぅ。
 このお茶は明後日に控えた祭りに関係しているんじゃよ。
 ・・・リナさんは、この味、お好きかな?」

 「ええ、ほんのりと甘くて、いい香りで美味しいです」

 これは本当の感想。

 一口含むたび、甘みと馥郁とした香りが口中に広がっていく。

 これほど美味しいお茶って、なかなか出会えない一品である。

 「なら、リナさんは緋桜に選ばれましたなぁ」

 村長さんはニコッと笑った。

 「緋桜にって・・・どういう事ですか?」

 「なぁに、それを今からお話しますから、どうぞ、楽にしてください」

 手を組んで、じっとテーブルを見つめながら村長が語った伝説は。



 明後日に控えたお祭り。

 それは村の外れに根付いている、一本の緋寒桜に由来する物。



 昔々、この村がまだ村とは呼べないくらいの人口しかなかった頃。

 その頃はこの近辺にも精霊、というものが棲んでいたそうだ。

 フェアリーだの、エルフなどの種族は、元々人里近くには
 あまり現れないものだが。

 ここの場合は人間の方が彼らの領域に踏み込んだ事を承知していて、
 きちんと敬意を払い、この地に住まう事も了解を貰っての事だったとか。

 ここでは人間もエルフもフェアリーたちも、程よい距離を保って
 共存していたし、そういう土地だけに、そこら中に
 花の精や水の精なんかもいるのが当たり前。

 村外れの緋寒桜にも、若い娘の精霊が棲んでいたそうだ。

 今、飲ませてもらったお茶の材料もこの緋寒桜の花だとか。

 緋寒桜の名の通り、花が咲くのはまだ雪の残る頃。

 緋桜の精は自分の花の時期に他の花が一つも咲いていない事を
 とても寂しく思っていたようで。

 いつしか美しい空の蒼さに焦がれるようになったとか。

 そして、一人きりの寂しさに耐え切れなくなった緋桜に異常が起きた。

 この地から動けないのなら、せめて自分の代わりに
 花びらを空に舞わそうと考えたのだ。

 下向きに咲くはずの花を上向きに変え、ガクごと落ちて散るはずの
 花すら、ひとひらずつ散りゆく様に。
 少しでも高く、遠くに飛ばせられるようにと自らを変えたのだ。

 しかし、自然の理に逆らう事は容易ではなく、緋桜の願いは中々叶わない。

 緋桜は、年を追う毎に段々と消耗し、花を咲かせる事すら難しくなり。

 彼女は、日がな一日樹上で空ばかりを眺めて過ごすようになった。

 天がそんな彼女を哀れんだのか、雪が中々消えない年に
 蒼い空から一陣の風が舞い降りて、緋桜の精を空に連れて行った、と。

 それ以来、その緋寒桜に精霊は宿っていないはずなのに、
 70年に一度、花は天を仰いで咲き乱れるのだと。

 村人達は彼女を偲んで、緋桜の精の代わりに巫女に舞を踊らせ、
 彼女の想いを空に届けるのだと。






 「・・・私がやるのは緋寒桜の精という訳ですね?」

 う〜みゅ、今回はまともだなー。

 てっきりまた、怪しい神像にキスを・・・とか言うのかと思ったけど。

 「で、お聞きしたいのですが、なぜ私なんでしょう?
 私はそちらの提示した条件に確かに全て当てはまります。
 ただ、今の話だけでは具体的に何をすれば良いのか
 イマイチ掴めないのですが」

 舞を踊るだけなのなら、そこらの舞姫でも雇えばいい。

 それをわざわざレイ・ウイングが使える人間、と指定してきた理由とは?

 「そうですなぁ、そこからご説明いたしましょう」

 村長さんは真正面からあたしを見つめて、
 「何故魔法が使える方でないといけないのか。
 それは、舞のクライマックスに緋桜の花弁を高速飛行の術で
 空まで運んでいただきたいからです。
 彼女を偲ぶ祭りの時位、願いを叶えてやりたいじゃないですか。
 あの呪文なら、一気に天高くにまで登れるでしょうから。
 瞳の色は伝説に基づいたもので、華奢な女性というのも
 ボンッ、キュッ、ボンッ、の艶気ムンムン、ムッチムチな
 緋桜の精ってのは、イメージが違うというか、似合いませんしなぁ」と。

 いかにも愉快そうにカラカラと笑いながら、
「どうぞ、もう一杯」と新しいお茶を勧めてくれた。

 「いただきます」

 ふうっ。

 これ、本気で美味しいわ。

 今度は一息にカップの中身を飲み干した。

 「後は、準備のことですが。
 リナさんには巫女としての精進潔斎をお願いしたいのです」

 「精進潔斎って・・・」

 嫌な予感。

 「今から一切の食物を口にしないで頂きたいのです」

 うぎゃ〜っ!! やっぱし!!

 「で、でも、あたし、夕食軽くしか食べてないし、
 いきなり2日後まで断食って!!」

 抗議の声を揚げるあたしに
 「祭りさえ終われば、好きなものをお好きなだけ提供いたします。
 依頼料が破格なのはそれも入っての事ですので」との事。

 しかし、2日間の断食って・・・。

 あたし、生きていられるのかな?

 「断食中はお茶のみで過ごしてもらいます。
 リナさんは、このお茶を美味しいと言って下さいましたが、
 普通の人間には、まったく何の味も感じられんのです。
 美味しいと感じるのは緋桜に選ばれた方のみ。
 お願いじゃ。 どうか協力して下さらんか?」

 語り口はあくまで穏やかそのものだけど、言葉の端々に
 村長さんの熱意が込められていて。

 「・・・判りました。
 一度受けた依頼は成功させて見せます。 ただ、明日位
 あたしの相棒とマーデルの魔道士協会長が到着するのですが
 彼らには会えるのでしょうか?」

 普通精進潔斎と言えば、どこかに篭って清められた物しか口にせず、
 誰にも会わないもの。

 これも確認しておかないと・・・。

 「すまんがのう。
 お連れさんとも、祭りが終わるまでは会わないで頂きたい。
 彼らには私の方から説明しておきますので、どうかご勘弁を」

 アチャ〜ッ、やっぱしダメか。

 「なら、せめて手紙くらい書かせていただけませんか?
 うちの相棒はあたしの指示が無くちゃ何も出来ない奴なので」

 ま、それ位はしておかないと、ガウリイが心配するだろうしね。

 「その位なら」そう言って、「これを使っては」と
 手渡された紙は、綺麗な緋色。

 「これは?」

 「これも緋桜から作ったものです。
 緋桜の巫女が手紙を綴るのなら、この方がロマンチックでしょう?」

 パチッとじーさん、ウインクしてくれたよ、おい。




 サラサラと簡単な経緯と指示を書き付けて、最後に署名を書いて封をして。

 同じく緋色の封筒に畳んで収め、
 表書きには「ガウリイ=ガブリエフ様」と書いた。

 ・・・なんかこれって、ら、ラブレターみたいな感じかも。

 ふと、悪戯心が湧いてきて、封蝋を垂らす部分に、小さく
 桜の花びらを書き足した。

 ふふ、ガウリイの奴、どんな顔するかな?

 「では、連れが到着しましたら渡して下さい」

 「承知した。 ではこちらの部屋に・・・」

 村長さんに案内されて着いた先には、既に明かりが灯され。

 ベッドが一つ、テーブルと暖炉があり、小さいながらもキッチンも完備。

 そこにはお茶セットが、でん! と、置かれていた。

 あたしはきょろきょろと部屋を見渡して・・・
 あ、壁に何か掛かってる。

 「あの、これって・・・」

 あたしの視線の先にあるもの。

 この時期には不釣合いな、長い薄手の服。

 形はガウンのようにも見えるのだが、袖の部分に
 異様にたっぷりと布を使っていて。

 その上に、同じ形の透ける素材の服を重ねてある。

 「これは、着物という、まぁ民族衣装のようなものじゃ。
 この上からこの帯で括って着付けるんじゃよ。
 そのやり方も紙に書いて置いてありますので、
 潔斎中に練習しておいて下され」

 練習しておけって、簡単に言ってくれちゃってるけど!!

 「あの、このくそ寒い時分にこ〜んな薄い服だけで踊るんですか!?」

 ただでさえ寒さに弱いあたしなのに、こんな薄着じゃ凍えちゃうわよ!!

 「ああ、大丈夫じゃよ。 
 当日、舞を舞って頂く舞台の周りで篝火を沢山焚きますし。
 リナさんにも、清めの御神酒を飲んでもらいますからの。
 きっと、それほど寒さは感じないと思うがね。
 では、よろしく頼みますぞ。
 そうそう、巫女の髪飾りは、テーブルの上に置いておる。
 鍵は内側からしか掛かりませんので、しっかりと掛けて
 決して誰にもお会いになりませんよう」

 そう言い置いて、村長さんはパタン、と、扉を閉めてしまった。

 と。

 「そうそう、わしの事は『村長』ではなく、『モリウス』と呼んでおくれ。
 村民以外の人間にまで、肩書きで呼ばれるのは肩が凝っていかん」

 バタン、戸を開け、一息にそう言うと。

 今度こそ、本当にドアを閉めて一人にしてくれたのだった・・・。

 ・・・しゃーない、これも依頼料の為だ。

 とりあえず、お茶でものんびり飲みながら、
 着物とやらの着方を頭に入れとこう・・・。

 あたしはお湯を沸かす為に、キッチンに向かったのだった。








 部屋に篭ってすぐに、あたしは緋桜のお茶を淹れて飲みながら
 着物とやらの着方の説明書を読んでいた。

 ・・・ふんふん。

 とにかくアレをガウンみたいに羽織って、帯で締めればいいのね。

 コクン、とお茶を一口。

 「って、甘〜いっ!! なんで!?
 あたしお砂糖とか何も入れてないのに!!」

 びっくりして声に出したあたしの耳に。

 「そりゃそうよ♪ 私にドンドン近づいてるんですもの♪」

 すぐ横から返事が!!

 「誰っ!!」

 振り返っても誰もいない・・・。

 空耳か!?

 でもあんなにハッキリ聞こえる空耳って・・・!?

 「空耳じゃないわよ♪
 私の姿が見たいなら、そのお茶をもっと飲んで♪」

 明るく弾むような若い女の声。

 「お茶を飲めって、なんか混ぜてるんじゃないでしょうね!?」

 しまった!!

 もし何か毒物でも混じっていたらアウトだ。

 「毒なんかじゃないわ♪
 あなたをどうこうしたって、私には何のメリットもないじゃない?」

 クスクスと笑う声。

 「モーリに話は聞いたでしょ?
 私は緋寒桜の精、ミュゼって言うの♪」

 緋桜の精って!!

 「あたしが聞いた話じゃ、
 緋桜の精は空に攫われてもういないって聞いたけど!?」

 疑いを隠さないまま声を張り上げたあたしに
 「それは表向きの話でしょ?
 私はずっとここにいたわ♪ 春も夏も秋も冬も。
 ずーっとこのブルサムに棲んでいたわ♪ 」と。

 「なら、どうしてあたしが呼ばれたの?
 あの伝説ってのはうそ!?」

 何が何だか判らない!!

 「モーリったら、本当の理由を言わなかったのね。
 なら、私が説明するからその物騒な呪文を唱えるのは止めて」

 ちちぃっ!!

 フレア・アローを唱えてたのバレてるとはっ!!

 「ここが古くから私のような精霊やエルフ達が住む村だった、
  ってのは聞いた?」

 「ええ」

 「なら、話は早いわ♪
 私はモーリとクリスの幼馴染みなの♪
 で、実体を持たない私が誰かに依頼するって大変だから、
 モーリを通してマーデルで偉くなってたクリスにお願いしたの♪」

 とても楽しそうにしゃべるミュゼ。

 「モーリってのはここの村長のモリウスさんのことね。
 クリスってのは?」

 「あら、あなたも会ってる筈よ♪
 マーデルの町で偉くなっちゃったクラウスの事♪
 私達仲が良かったから、
 クリス♪ モーリ♪ ミュゼって呼び合ってたの♪ 」

 「・・・で、あなたの目的は何?」

 「いや〜ん♪ リナちゃん、怖〜いっ。
 私は別にあなたに危害を加えたりしないわ♪
 ただ、お願いって言うか協力して欲しい事があるの♪」

 「協力って・・・?」

 あたしは手に持っていたカップをテーブルに置いて
 ベッドに座った。

 「えっとね、あなた私から作ったお茶を美味しいって言ったわよね♪
 それは私と同調できるって証なの。
 で、お願いって言うか協力ってゆうか・・・。
 ええいっ!! 思い切って言っちゃうっ!!
 あのねっ、あなたの体、貸して欲しいのっ!! 」




 か、貸してって・・・。




 ちょっとペンでも貸してってノリでお気軽に言われても・・・。

 「あのねぇ、あたしは自分をレンタルするほど安くないの。
 だから諦めてどっかに行って? ねっ? 」

 そう簡単に、「はい、どうぞっ♪ 」

 なんて言える人が居るなら見てみたいわ!!




 「でもでもっ、私には時間がないしっ。
 この先私と同調できる人っているかどうか・・・」

 先程までのスチャラカ口調とは、打って変わったしおらしい声。

 「そんな声で同情引こうったって、そうは行かないもんね」
 冷たく突き放すあたし。

 「だって・・・私、もうすぐいかなきゃいけないし・・・」

 ポツン、と零れたミュゼの声。

 「行くって?」

 ま、話だけでも聞いてやるか。

 どうせ、潔斎中だからって何も食べさせてもらえないし
 誰にも会えないのなら、姿のない相手でも居るだけ良いか。

 「違うの。
 私が言ってるのは、GO!!の行くじゃなくてあの世に逝くほう。
 もう余り時間がないって言ったでしょ?」

 彼女の声は明るくて。

 「この村の人達に忘れられない様にするにはこれしかないの!!」

 深刻な様に聞こえないだけに、切羽詰まった感じは受けないのだが。

 「ねぇ、まずは幾つかあたしの質問に答えて。
 あなたに協力するかどうかは答えによっちゃ考えなくも無いわ」

 ・・・素直に答えたからって協力するとも言ってないけどね。

 「ええ。あなたが納得してくれるのなら何でも聞いて♪ 」

 ミュゼの弾む様な声を聞きながら、やっぱ早まったかな〜っと
 密かに落ち込むあたしだった・・・。








 「まずはあなたとここの村長、それと評議長の関係について」

 そう、一番の疑問がこれ。

 ミュゼはモリウスさんとクラウス評議長は幼馴染だと言ったが、
 精霊と言うのは何百年も生きるはず。

 自らの宿る樹の寿命と同等に。

 それなのにミュゼの方が若若しい声で、もうすぐ死ぬと言うのは何故?

 「それは簡単♪
 リナちゃんは気が付かなかったみたいだけど。
 クラウスは4分の一エルフの血が入ってて、モリウスはドワーフの家系なの。
 だから私達はほぼ同年代♪
 只の人間よりもはるかに長生きなんだも〜んっ♪
 因みに私は今270歳位♪
 緋寒桜にしてはかなりの長生きさんなのよっ♪」

 「エルフにドワーフって!!
 そんなに貴重な種族がゴロゴロしてるって!!」

 エルフはまだそれなりの数が存在するし、あたし自身、幾人かには
 会った事もある。
 が、
 ドワーフ族は殆ど人前に姿を見せない。
 ただの人間嫌いとかではなく。
 先の降魔戦争の折、かなりの数が犠牲になったとかで
 滅多な事じゃ御目にかかれないのだ。

 「ここは昔、エルフやドワーフ達の隠れ里になってたの。
 険しい山に囲まれたこの地は、ひっそりと住むのに適した地だったから。
 私を植えたのはモリウスのお父さん♪
 旅の途中に若い苗木の私を見つけてこの地に根付かせてくれたのよ♪
 そして、同じ年頃だった私達はすぐに仲良くなったの。
 人には精霊は中々見えないものだけど、エルフやドワーフは
 私の姿を見ることが出来るのよ♪
 私のお茶を飲む習慣は、風流を好むエルフが始めた事なんだけどね。
 お湯の中で咲く私が綺麗だからって。
 香りは絶品だと自分でも思うわよ♪
 それから年月が経ってこの地に人間が住むようになっても、
 その習慣は伝統として残ったのよ。
 これでこの村の特徴は分かってくれた?」
 
 まぁ、そういう事情なら珍しい種族が人に混じって暮らしていても
 不思議は無いか。

 「じゃ、次の質問。
 どうしてあなたは村から消えたことになってるの?
 事情を知る人がいるのなら、隠れる必要も無いでしょう?」

 どうして間違った伝説をそのままにしておいたのか?

 彼女がこの村に棲んでいたのなら、訂正する機会はいくらでもあった筈。



 「それはね、ここ100年の間にこの村の人口が急に増えたのが原因。
  増えた人口の殆どは人間。
 エルフやドワーフは長命な分、繁殖力が弱いの。
 人が移住してくるようになって、混血の者が増えてくる。
 すると私のような精霊を見る事のできる者は、ドンドンと減ってくるの。
 クラウスなんて、クウォーターなのに私を見ることが出来るなんて
 結構珍しいんだから♪
 自分の目に見えないものを信じ続けられる程、人の思考は柔軟じゃない。
 そして、人は自分に関係しないことはドンドン忘れて行くもの。
 今、私の事が伝わっているのだって
 誰かの勘違いから生まれた伝説のお陰なんだもの・・・。
 昔、ちょっと春風の精にこの村の上空に揚げてもらっただけなのに
 いつの間にかラブロマンスになっちゃってるし♪
 後で聞いてビックリしちゃったわよ!! 」
 
 「ビックリしたって・・・。
 その頃はまだあなたの姿が村人にも見えていたんでしょ?
 なのにどうして・・・?」

 あたしの疑問に、
 「その頃がちょうどこの村のターニングポイントだったから。
 人がその他の種族を追い抜いて、この村の主流になっちゃったから。
 そして、そうしなければきっとこの村は無くなっていたから」

 「村が無くなる?」

 「そう。 昔、人とエルフ達との仲が悪くなった時期が有ったでしょ?
 で、人に見切りをつけた純血のエルフ達はこの村を去った。
 殆どのドワーフ達もね・・・。
 後に残ったのは人と、その混血種。
 例外はモリウスの一族だけ。
 交通の便の悪い、人にとって住み良い環境とは言いがたいこの村に
 いつまで人が住み続けてくれるのか?
 そう考えた時に、良いタイミングでこんな話が盛り上がっちゃったから
 それに便乗させてもらったの♪
 クリスとモーリに協力してもらって、作戦は大成功!!
 お調子者の多かったこの村の住人は
 「こんな話があるのならぜひ護っていかにゃあ」って、ノリノリ♪
 当時も「緋桜まんじゅう」とか「精霊のお茶」とか「緋桜サブレ」とか
 伝説にかこつけたお土産物をたっくさん作って売りさばいたのよ♪
 で、結果。
 それなりに儲けがあったから、今まだここに村があるって訳♪ 」

 「それって!! ・・・ミュゼ、あなたそれでいいの? 」

 あたしなら嫌だぞ、そんな状況わっ。

 でも、ミュゼは。

 「良かったのよ。
 それ位の事でこの村が無くならないのなら。
 モーリのお父さんの作ったこの村が、無くならないのなら」

 寂しさを滲ませた声で密やかに笑う彼女。

 「もしかして・・・ミュゼってば、モリウスさんのお父さんの事を?」

 「そうよ。 ・・・好きだったの。
 幼い私を大事にここまで連れて来てくれた。
 丹精込めて育ててくれた。
 ・・・綺麗だって、毎日褒めてくれた。
 想いを伝えることは出来なかったけど。
 ・・・私は、それで良かったの♪
 精霊は自分の分身を残すことは出来ない。
 私から生まれた苗木でも、私を宿すことは出来ない。
 恋したって、そこから先は・・・望めないから。
 だから、せめてあの人の残したこの村を護りたいのっ!!
 お願いっ!!
 リナちゃんっ、力を貸してっ!!」

 必死であたしに助力を願う、ミュゼの言葉に絆されて。

 「しょうがないわね。
 そこまで言うなら協力するから♪
 やぁだ、ミュゼの口調が移っちゃったじゃない!! 」

 とうとうあたしは口説き落とされてしまった・・・。








 「さ、さっ♪
 もっと、も〜っとお茶を飲んで♪」

 耳元でミュゼがはしゃいでる。

 「解ったから、ちょっと待って!!
 今淹れてる所じゃないの。
 さっきあんだけ甘かったって事は、今度飲んでみたらもっと甘甘なの!?」

 そんな激甘な飲み物、そこまで大量になんか飲めないわよ・・・。

 「大丈夫♪ それ以上甘くは感じない・・・筈?」

 「なーにーよっ!! その疑問系は〜っ!!」

 「まぁ、細かい事は気にしないで♪」

 「気にするわ〜っ!!」

 きゃいきゃい騒ぎながらティーポット一杯にお茶を淹れて。

 「では、いちばんっ、リナ=インバース、行きますっ!!」

 少し冷めたところを一気に飲み干した。

 「ぅうわっ!! やっぱり激甘っ」

 最後の一口を飲み干した途端、クラッと目の回る感覚。

 「ごめんなさいね。
 でもこれで、リナさんにも私の姿を見てもらえるわ♪ 」

 ミュゼの言葉を聞きながら、あたしはベッドに倒れこんだ・・・。









 「・・・リナさん、リナさん。
 お・き・てっ♪ 起きなきゃキスしちゃうから♪ 」

 「うっきゃぁぁぁぁぁぁっ!! 」

 ぜはぜは。

 「いきなり何言い出すのよっ!!
 こんなに鳥肌立っちゃったじゃない!!・・・って!!
 あなたがミュゼ!?」

 あたしの前に立っていたのは。
 艶やかな長い銀色の髪と、少し濁りつつある緋色の瞳。

 小柄な、品の良さそうなおばあさん・・・。

 「やぁぁぁっとリナちゃん起きてくれた〜っ♪
 もうっ、待ちくたびれちゃったじゃないっ!!」

 ・・・訂正。

 口を開かなきゃ、品の良いおばあさんで通る。

 「・・・ミュゼ。
 あんた、その年でその口調ってのはどうかと思うんだけど・・・」

 もう、個性的とかそういうのを通り越してどっか突き抜けてる。

 「いいじゃない♪ いつも心は18歳だも〜ん♪
 私の人生だもの、好きにするんだも〜ん♪
 今更変えろって言われても無理よっ♪ 」

 きゃるん、とぶりっ子な仕草でこっちを見てるし・・・。

 ・・・もう、この際細かい事には目を瞑ろう・・・。




 「で、あなたの姿が見えるようになったのはいいけど
 これからどうすればいいの?」

 姿が見えるようになるのと、あたしの身体をミュゼに貸すのとでは
 まったく次元が違う。

 「じゃ、リナちゃん。
 まずはベッドの上に立ってみて♪ 」

 ミュゼの指示に従って・・・って!!

 「どっしぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 確かにあたしはベッドの上に自分の足で立ってる筈。

 なのに、このベッドに横たわってるのは?

 「ウンウン♪
 第一段階だーいせーいこーうっ♪
 これで、リナちゃんの体と精神体が分離したの。
 リナちゃんの身体は眠ってる状態。
 ここに私が結界を張って・・・っと♪」

 ミュゼの手から零れた光に、あたしの肉体が包まれて。

 ふぅっ、と光が消えた後には・・・。

 ベッドに腰掛けて目を閉じているあたしの身体。

 「で、今度は・・・」

 そう言いながら、ミュゼがあたしに近づいてきて・・・。

 「リナちゃんってば、力抜いてっ♪
 今からリナちゃんの精神と同化するから・・・」

 あたしの手と、ミュゼの手が重なり、スッと溶け込む。

 そのまま腕も、頬も、髪も。

 あたし達は完全に溶け合って。

 融合した一人になっていた。

 『リナちゃん、気分はどう? 』

 あたしの中でミュゼの声が響く。

 ・・・変な感じ。

 『これってどういう状態なの』

 声を出さず、頭の中で質問してみた。

 予想通りの展開なのなら。

 『リナちゃんの想像通り♪
 今、私はリナちゃんの精神の中に居候してるの。
 もちろん主になるのはリナちゃんだから、私は好き勝手出来ないわ♪
 リナちゃんの許しを貰って初めてこの身体を動かせるの』

 『まって、身体って!!
 今のこれは精神体なんでしょ?
 なら、何かに触れたり出来ないんじゃないの?』

 『そこはあたしの力で♪
 リナちゃん、そこの緋桜の衣装を取ってみて』

 試しにベッドの上を歩いてみると。

 少し頼りないながらも、足の裏に、ちゃんと布の感触を感じる。

 そのまま壁に掛かっている着物に手を伸ばし。

 『・・・触れた!! 』

 『ふふっ、大丈夫でしょ?
 今度は私に主導権を握らせて』

 『どうやって!? 』

 『リナちゃんは只、力を抜いて何もしようとしなければいいの♪ 』

 『・・・解った』

 すると、勝手にあたしの腕が着物をつかんでそのまま羽織る。

 『でーきたっ♪
  今度はリナちゃん、私が何かしようとしたら抵抗してみて』

 言いながら、ミュゼがそう動かそうとしているのか
 あたしの身体(精神)はティーポットの方に歩いていって・・・。

 ポットを持ち上げ、叩き割ろうと腕を振り上げた!!

 『ダメッ!!』

 ンな勿体ない事するなんて!!

 考えた瞬間にあたしの動きが止まった。

 あたしはつかんだままのポットを、そっとテーブルに戻して。

 『出来た』

 『上出来♪ さっすがリナちゃん。
 天才魔道士って言うだけの事あるぅ♪
 精神コントロールに慣れてるから反応が物凄く速い!! 』

 自分の中で他人に褒められるってのもどうも・・・。

 『これで動作実験は終了♪
 主体はあくまでもリナちゃんって、確認してくれたわね。
 で、これからしばらく私に主導権を握らせて欲しいの』

 『何するつもりなの?』

 『明日の舞の練習と、衣装合わせ♪

 リナちゃんはそのままリラックスしててくれればいいから♪ 』








 その後、夜遅くまで緋桜の衣装に身を包んだまま
 ひたすら舞の特訓に付き合われたあたしだった・・・。

 いくら肉体を使ってないっ言ったって、疲れるものは疲れる〜っ!!

 完全にミュゼのペースに巻き込まれいたあたしは
 「今日はここまで♪ リナちゃん、お疲れ〜っ」の声を聞いた途端
 泥のように眠りに落ちたのだった・・・。