伝 説

















 朝の冷たい空気が村中を包み込み、あちこちに靄が掛かっている。

 こんな時間に目覚めている者といえば、厩の馬と鶏と。

 ・・・そして俺達位なものか。






 昨日の夕方、リナと別れた後。

 評議長と野宿をし、朝日が昇らぬうちから馬車を走らせた。

 昨日一日手綱を握っていた評議長には助手席に座ってもらって
 今朝は俺が御者席に座り、馬を操る。

 かなり無理な道程だったが、そのお陰で何とかこの時間に
 ブルサム村に到着する事が出来たのだ。

 「さて、村長の家ってのはどっちですか?」

 「それならこの道を真っ直ぐ行った所だよ」

 夜更かしが効いているのか、まだ眠そうな顔の評議長に、
 「なら、さっさとそこに行きましょう」と促す。

 昨日寝なかったのは自分の所為だろうし、嫌なら今からでも寝てればいい。

 俺は一刻も早く、あいつの顔が見たいからな・・・。

 「・・・まったく、近頃の若い者は」

 横から評議長のボヤキ声が聞こえたが無視。

 俺は黙ったまま、静かに馬車を走らせた。








 「ここだ」

 評議長が示した先には一軒の家、というか、屋敷。

 この村の建物の中では一番大きいんじゃなかろうか。

 コン、コン。

 「朝早くからすみません。
 こちらは村長のお宅でしょうか?」

 中から誰かが近づいて来る気配・・・男か。

 「どなたかの?」

 声の感じからすると、かなり高齢の男。

 「あなたからの依頼を受けた、リナ=インバースの相棒の
 ガウリイ=ガブリエフと申します。
 こちらにリナが滞在していると・・・」

 がチャ、と音を立てて扉が開かれ、中から現れたのは小柄な老人一人。

 「ああ、話はリナさんから聞いておる。どうぞお入りくだされ」

 「ひさしぶりだな、モリウス。
  ガウリイ殿、これがこの村の村長のモリウスだ」

 横からヒョイ、と、評議長が顔を出して、老人に声を掛けた。

 「おおっ!!クラウスじゃないか!!
 今回は本当に世話になったなぁ!!」

 何だ? この二人、顔馴染みか!?

 「いやいや、少しでもお前に借りを返しておきたかったしな」

 「本当に懐かしい。かれこれ20年ぶりじゃないか?
 お前さんがこの村に帰って来たのは!!
 やはりミュ・・ごほごほ!!ま、とにかく入れ」

 二人して昔話に興奮しながら、ドカドカと家の中に入って行く。

 置いてけぼりを食らった俺は、仕方なく、後について中に入った。






 「すまんが、今、リナさんとは会わせられないんじゃ」

 客間に通されて開口一番、村長から告げられて。

 「何故です!?」

 返事はかなり硬い口調になってしまった。

 何故リナに会えない? ・・・何かあったのか!?

 よからぬ想像をしてしまった俺に、
 「いや、祭りの準備で仕方なくじゃから。
 そう怖い顔をしないで下されっ!!」と。

 やや焦った顔で、村長が懐から取り出したものは・・・緋色の封筒。

 「これは?」

 「ま、読んで下され」

 表書きには「ガウリイ=ガブリエフ様」とリナの直筆で書いてある。

 裏書きを見ると、封蝋の位置に小さくハートマークが。

 「ん?ラブレターですかな。若いもんは良いのう♪」

 クラウスさんに
 (評議長と呼ばれるのを嫌った彼に、名前で呼ぶように言われたからだ)
 からかわれながら、封を破って中の手紙を広げると。

 事情説明と用件が、簡潔に記されていた。

 祭りの日まで誰にも会ってはいけない決まりなので、
 決められた部屋から一歩も出られない事。

 俺には祭りの準備の手伝いと、この村の美味い料理を探しておくようにと。

 そして最後に、流麗な文字でリナの署名。

 俺は手紙を畳んで懐にしまい込み、「事情はわかりました」と言った。

 「で、俺は何をしたら良いんです?リナは祭りの準備を手伝えと」

 「なら、祭りの篝火に使う薪を集めてもらうかの。
 リナさんは大分寒がりみたいじゃしの」

 モリウスじーさん
(村人でもないのに肩書きで呼ばれるのは気に喰わん、との事)
 がそう受けながら、「ま、これでも飲んでくだされ」と
 可愛らしいティーカップを示した。

 ・・・中には濃いピンク色の液体が。

 「これは?」

 「この村特産のハーブティじゃよ。さ、さ、どうぞ」

 勧められて、取り合えず一口、口に含んでみたが・・・。

 「味がしない」

 「「はっはっは」」二人が同時に笑った。

 「わしらもそうだよ。それは緋桜の巫女にしか味がわからん」

 「そうじゃよ。 昨日リナさんは甘いと言ってくれましたがの」

 「ほう、やはり彼女は選ばれたのか」

 「ああ、もうすぐ、もうすぐじゃ」

 ・・・俺にはイマイチ良くわからない会話が続いて。

 「だいぶ日が昇って来ましたのぅ。
 では、祭りの舞台にご案内いたします。ついでに朝食などいかがかな?」

 そう切り出されて男三人連れ立って、この家を後にした・・・。









 村唯一の食堂で簡単な食事を終え、リナの舞う舞台を見学に来た時
 俺は一つ約束させられた。

 「ここでリナさんが舞う事は、実は村人には秘密なんじゃよ。
 だから、どうか内密に頼むよ」と。

 公式にはここで演奏される楽師達が寒くないように薪を集め、
 準備途中の設営を手伝うために呼ばれた事になっているそうだ。

 ・・・なんだってそんなややこしい事を?

 ま、実際にはリナがここで舞うんだから、寒くないようにたっぷりと
 薪を用意しておくか・・・。






 「・・・ガウリイ殿。
 それだけあれば春まで薪割りしなくても過ごせますよ・・・」

 一日で俺が切ったまきの量を見て、モリウスさん以下絶句。

 たかが小山程度の薪を切ったくらいで大げさな・・・。

 「これだけあれば、舞台の上が寒いって事はありませんよね?」

 「ああ、もちろんだよ」

 そんなに引きつった顔で返事しなくてもいいのに。

 その後も、舞台上の細かなささくれを切り飛ばしたり、
 (リナの足を傷つけたくないからな)
 座席の設営等、細々とした用事を済ませていった。







 それから一夜明け。

 いよいよ今日は祭り当日。







 昨日は俺とクラウスさんと、村長も舞台の整備やなんやで
 結局家には帰らず、村の集会所に泊り込んだ。

 帰らないんですか? と聞いてみたら村長は、
 「レディーが泊まっている家に、わしが帰るのも失礼じゃろ?
 それに、あんたみたいないい男が相手じゃ勝ち目がないわい」と
 いかにも楽しそうに笑っていた。

 「じゃあリナは今、村長さんの家で一人きりなんですか?」

 「いや、一応不自由が無いようにと村の娘を一人付けておる。
 もし何かあれば、ドアの隙間から筆談できるようにな」

 ま・・・それなら一応安心か。

 「リナがこっそり抜け出すとか考えないんですか?」

 ふと、疑問に思って聞いてみたが。

 「リナさんなら信用できますよ。 緋桜に愛された方ですからの」と。

 彼は妙に自信溢れた返事をしたのだった。







 ざわざわざわざわ・・・。

 いい天気の暖かい午後。

 どこからこんなに人が、と思う位の人だかりが舞台を囲んでいた。

 開演ギリギリにやってきた俺達だったが、さすがに村長の同伴者という
 立場のためか、舞台のすぐ横の席に通される。

 パチッ。パキンッ!!

 時折、舞台の周りに焚かれた篝火の爆ぜる音が響く。

 寒がりなリナの為に、かなり沢山薪をくべたんだが、少し多かったか?

 舞台の上では楽士達が演奏準備の真っ最中。

 そして、もうすぐリナの出番がやって来る・・・。



 突然。



 シャンッ!!と、どこかで鈴が鳴った。

 静寂の中に響く、涼やかな音。

 シャララララ。

 「「「「「 おお〜っ!!!!! 」」」」」

 村人達が樹上を指差し、騒ぎ立てる。

 そちらに目をやれば、そこにいたのは・・・リナ!?

 緋桜の巫女の衣装なのだろう。

 濃い紅と薄い白の衣装を身に着けて、胸の真下で真っ赤な帯を留めて。

 髪を綺麗に結い上げ、そこに緋桜を模した金のかんざしを飾っている。

 裸足の足首には小さな鈴がついた足輪。

 さっき聞こえた鈴の音は、この音だったのか・・・。

 しばらく静かに舞台を見下ろしていたが、突然彼女は
 ふぅわりと木の上から舞台の中央に舞い降りた!!






 辺りは水を打ったように静まりかえり。

 やがて何事もなかったかのように始まる楽士達の演奏。

 その横で、物憂げな表情を浮かべてリナが舞い始める・・・。

 それは幻想的、としか表現しようの無い光景だった。

 はらはら舞い散る緋桜の下、雅やかな音色に合わせてリナが舞う。

 細い身体を捻るたび、たっぷり布を使った大きな袖が風を孕み。

 一足動くたびにシャラン、シャラ、と、足首の鈴が涼やかな音色を響かせる。

 軽やかに跳ねたかと思えば、静かに動きを止めて空を見つめ。

 また、何かを思い切るように舞い始める。

 それは、普段のリナからは想像もつかない光景。

 本当に緋桜の精が乗り移ったかのような、見事な舞。

 ここにいる誰もがリナに、いや、緋桜の精の舞に魅了されていた。

 もちろん俺も・・・。

 今、舞を待っている少女がリナだとは、とてもじゃないが信じられない。

 普段のリナからはかけ離れた、その表情。

 だれだ? この女は。

 いつも俺の横にいた少女はどこに消えた?

 よく笑い、よく食べ、一瞬たりとも立ち止まらない相棒。

 ・・・きっと、本気で護りたいと願った初めての相手。

 まだ大人に成り切っていない、危うい年頃の少女。

 そんな彼女が。

 今、俺の目の前で舞っている女だというのか。

 あれは少女なんかじゃない。

 胸に秘めたる憂いを滲ませた、女、そのもの。







 やがて、舞は終盤に差し掛かり。

 紅を引いたリナの唇から、囁くように言葉が零れる。

 「・・・寂しい。
 ・・・ここには私一人きり。
 ・・・美しき空よ。
 ・・・蒼き空よ。
 私を哀れとお思いならば、どうかこのまま攫って行って!!」

 彼女が叫んだその瞬間!!

 ゴオオオオッと、一陣の風が巻き起こり。

 緋桜の花弁を宙に舞い躍らせた!!

 皆が目を庇い、咳き込む中。

 俺は見た。



 「嬉しや!!」



 先ほどとは打って変わった幸せそうな表情。

 「リナ!!」

 思わず叫んだ俺の言葉にも、何の反応も見せず。

 「どうか、私をあなたの御許へ!!」

 鮮やかに微笑みながら、少しづつ天に向かって歩みを進める。

 ・・・何かがおかしい。

 そこには足場など何もないはずなのに、まるで一歩一歩
 階段を登るかのように、リナは天へと登って行く。

 ただしその足取りは羽毛のように軽く、ひらリ、ひらりと軽やかに。

 リナがよく使うレビ・・・何とか言う呪文なら、あんな動きには
 絶対ならないはずだ・・・。

 よくよく足元を注視して、気が付いた。

 空を踏みしめるリナの足先には、緋桜の一片が浮かんでいて。

 リナはまるで本物の精霊のように、重みを一切持たないかのように
 緋桜の花びらを足場に、天へとその身を運んで行く・・・。



 「リナぁ!!」



 これは尋常ではないと判断し、急いで舞台に駆け上がろうとした俺を
 グイッ!! と誰かが押し止める!!

 「邪魔だ!!退け!!」

 気迫を込めて振り切ろうとしたが、なぜか身体が動かない!!

 「もうしばらく待ってやって下されっ!!」

 いつの間にか、俺の右腕にはクラウスさんが、左腕には
 村長ががっちり取り付いて離さない!!

 「何言ってる!! リナが、リナが!!
 様子がおかしい!! 俺の邪魔をするなぁ!!」

 たかが爺さん二人の筈なのに、何で身体が動かないんだ!!

 「リナーッ!!リナッ!!目を覚ませっ!!」

 喉も裂けよ、とばかりに叫び続ける俺に、
 「大丈夫じゃっ!! ちゃんとリナさんは帰ってくる!!
 今、この時だけはっ、ミュゼの願いを叶えさせてやってくれぇ!!」

 俺の腕に取り付いた村長たちが必死に押し止めてくる。

 そうこうしている間にも、リナはどんどんと空に登って行き、
 今や辛うじて小さく姿が見えるだけ。

 「あんたら、リナに何をした!! リナを、リナを返せっ!!」

 俺の邪魔をするなら斬られても文句は言わせないぞ!!

 怒りに任せて凍りついたかの様に動かぬ腕を、無理にでも動かして。

 リナ!! 待ってろ!! と、斬妖剣に手をかけた瞬間!!

 パアッ!! と、空から大量の花びらが舞い落ちて来た!!

 「リナぁ〜っっっ!!!!!」

 声の限りに叫んだその時。

 ガクンッ!! と、軽い衝撃が走り、急に身体に自由が戻った!!

 『ガウリイ』

 すぐ近くで聞こえたのは、間違いなくリナの声。

 「リナ!! どこだ!!」

 すぐ近くでリナの声がしたはずなのに、何故見つけられない!!

 『ガウリイ、あたしは大丈夫だから。
 クラウス評議長、彼を私の所に連れてきて下さい。
 私達は村長の家に向かってます』

 今度は俺の真正面から声が聞こえた!!

 くそっ!! どうしてリナを見つけられない!!

 苛立ちを隠さずに辺りを見回す俺の肩をポン、と叩いたのは評議長!!

 「判った。 ホレ、ガウリイ殿行くぞ」
 レイ=ウイング!! と、呪文を唱えてクラウスさんが俺を捕まえたまま
 宙に飛びたつ。

 「待て、わしも連れてけ」

 モリウスさんまで俺の脚にしがみついて、3人纏めてそのまま空に飛び立ち
 村長宅を目指したのだった。