伝 説

















 クラウスさんに魔法で抱え上げられ、一気に飛んで着いた先は
 初日に来た村長宅。

 「ガウリイ殿、まぁ、こちらに」

 モリウスさんに促され、そのまま中に入る。

 確かに中から微かにリナの気配はするが・・・何かが違う。

 さっきのリナからも感じた、どこか異質な気配。

 「おい、さっき言っていた事は本当だろうな?」



 ・・・もしリナに何かあったら、タダじゃ置かないからな。



 言外に匂わせる俺を振り返りながら、
 「大丈夫じゃ。
 あんたに事情説明をしなかったのは、すまん事をしたと思っとる」
 何故か冷や汗をかきながら、彼が進んだ先には扉が一つ。

 「どうぞ」

 キィ、と音を立てて開かれた扉の向こうにベッドが見えて。

 そこに腰掛けていたのは・・・。



 「リナ!!」



 大きな声を出してしまった俺だったが、すぐにリナの様子が
 おかしい事に気がついた。

 リナは緋桜の精の衣装を身に着けたまま、叫んだ俺の声にも
 何の反応もせず、ただ座っているだけ。

 こんなのはどう考えてもおかしい!!

 「リナ!!どうしたんだ!!」

 俺はリナの両肩を掴んでガクガクと揺さぶってみたが、
 まったく反応無し。

 両目は堅く閉じられ、静かにただ座っているのみ。

 「おい!!これはいったいどういう事だ!!」

 グイッと村長の胸倉を締め上げながら、問い質す。

 事と次第によっちゃあお前ら、地獄を見せてやるっ!!

 「ウウッ! 苦しいっ!! ま、待って・・・」

 「待てないね。この事態をどう説明するつもりだ?」

 この時の俺の声は、絶対零度の冷たさだったろう。

 首を締め上げられ、身体を宙に浮かせたジジイは、
 足をジタバタさせながらもがくだけ。


 その時だった。


 『ガウリイ、ちょっとは落ち着きなさいっ!!
 そんなにしたら話すものも話せないじゃないの!! 
 あのね、そこのあたしは今、抜け殻なのっ!!
 後でちゃんと元に戻るから、とりあえず風邪引かないよーに
 布団でも掛けて寝かせといて』
 
 「リナ!!」

 部屋の中に響いたのは紛れもなくリナの声。

 バッ、と視線を向けたリナの唇は・・・少しも動いていない。

 『いいから四の五の言わずに評議長の話を聞く!!
 心配かけたのは悪かったと思うけど、あたしだっていきなり
 だったんだから、文句言わないでまずはあたしの言う通りにしてってば!!』

 また聞こえた!!

 それもすぐ近くから!!

 なのに、相変わらず彼女の唇はヒクリとも動かない。

 よく耳を澄ませ、音の出所を探る・・・と。

 声はリナの口からではなく、俺の真近で聞こえていた!!

 「リナ!!何処だ!!」

 キョロキョロ辺りを見回した拍子に、何かが俺の髪から落ちる。

 ・・・これは緋桜の花?

 『だーかーらっ!!とにかく話を聞きなさいって!!』

 リナの声は、紛れもなくその花から聞こえて来る。

 「リナ!! 本当にお前さんは無事なのか?」

 『無事だったら!!何度も同じ事言わせないで!!』

 「何だよ!!俺は本気で心配したんだぞ!!」

 『だからそれはごめんって!!』

 ぎゃーぎゃー喚く俺とリナ(花)を呆れた目で見つめる二人に
 気がついたのは少し先の事だった・・・。







 「まず、リナさんは無事だよ。
 それは本人も言ってる事だし信じてもらえるだろうか?」

 俺の前に座ったモリウスさんが話し始める。

 「今日の祭りには、実は本物の緋桜の精が関わっておってな。
 発案者は緋桜の精、ミュゼ。
 さっき舞台で舞っていたのは彼女じゃよ。
 ただ、彼女は人型の実体を持っていなかったから、
 リナさんの身体を借りたんじゃ。
 もちろん、無理やり乗っ取ったのではなく、同意の上でな・・・」

 延々と聞かされた説明という名の言い訳を総合すると。

 今回の話は詳しい内容を村民にも知らせていない村興しのイベントで。

 ・・・それも思い切り手の込んだ奴。

 リナも事情を知らずにここに来て、ぶっつけ本番で協力したのだと。

 「こちらの話はこれで全部。
 さてガウリイ殿、このお茶を飲んで下さらんか?」

 クラウスさんに差し出されたのは、例の味のしないお茶。

 「これを飲めば、リナさんの姿がきっと見えるはずじゃ」

 前よりかなり濃そうなそのお茶を、俺は一息に飲み干した。







 『ガウリイ』

 いつの間に居たのか、リナが俺の目の前に立っていた!!

 ただし、その姿は何というか頼りないというか、薄ボンヤリとして。

 そしてリナの輪郭に、何かが重なって見えているのは・・・。

 『こんにちは。あなたがガウリイさんね♪』

 リナに重なっていた人物が、スルッと剥がれてこちらを見た。

 年の頃は二十歳位の銀髪紅目の女性。

 『改めてご挨拶を。
 私はミュゼ、この村の緋桜に棲まう者です。
 今回はリナさんに大変お世話になりました。
 あなたを脅かすつもりは無かったんですけど・・・。
 ビックリさせちゃってごめんなさいね♪ てへっ♪』

 さっきの舞の時とは全然違う、底抜けに明るい声で話しかけてくる。

 「どうも、ガウリイ=ガブリエフと言います。
 ところでリナはいったいどうなってるんです?
 村長の所に居たのは間違いなくリナで、ここにいるのもリナ。
 俺には何がどうなっているのやら訳が解らんのです」

 『あー、それはあたしが説明するわ』

 未だ半身をミュゼさんと混じらせたまま、リナが引き継ぐ。

 『ま、ガウリイ。あたしの手を見て?』

 そう言って差し出された手は微かに透けていて向こうが見えた!!

 「だ、大丈夫なのか?!」

 慌てる俺に『今のあたしはどっちかって言うと精神体に近いのよ。
 ミュゼに身体を貸してる間、邪魔しないようにちょっと抜けてたから』と。

 ニコッと笑う顔は、紛れも無く本物のリナの表情で。

 「・・・びっくりした」

 本気で心臓が止まるかと思ったぞ。






 その後、なにやらジタバタしながらも、リナは自分の身体に無事戻り。

 全員揃って早い夕食を食べながら、村を出る方法とやらを相談し。

 よっぽど腹が減っていたのか、リナはいつもの三倍は多く
 食べていた事を追記しておく。






 「では、クラウス評議長。
 荷物をよろしくお願いいたします」

 「確かに預かったよ。 落ち合う先はこの間の野宿地点で」

 一足先に村を発つクラウスさんに、何故か荷物の殆どを預けるリナ。

 何でわざわざそんなめんどくさい事を?

 と思ったら。






 「こんなの着るのかよ〜っ!!」

 「いいじゃない、良く似合ってるわよ♪」

 見つからずに出るのが困難なのなら、
 いっその事、見られても良いようにすればいい!!
 と、リナが言うのも一理あるが・・・。

 何で俺まで着替えなきゃならんのだ!?

 目の前でピラピラと振られているのはリナのとお揃いの蒼い衣装。

 わざわざアーマー類までクラウスさんに預けたのはこういう理由か。

 今更俺が何を言っても無駄なので、大人しく衣装を着て玄関に向かう。



 「じゃ、お世話になりました」

 見送ってくれるモリウスさんに挨拶し。

 リナは俺には見えない二人にも別れの言葉を述べていた。

 「まぁ、あとは二人仲良くね」

 「じゃ、またな」と。

 そっと、リナの肩を抱きながら、外に出る。

 と、同時に「レビテーション!!」と、リナの呪文が発動し
 俺はリナにがっしりしがみついて、夕闇迫る空に舞い上がった。

 空を翔る細い身体を抱き締めながら、ふと、リナの顔を見る。

 あの時とは違う、まだ少女のままの表情。

 勝気な瞳と楽しそうに歪められた口元。

 ・・・今は、このままでいい。

 もっとお前が大人になったら、その時は。

 俺だけに、あの時みたいな顔を見せてくれよ。

 あの時の、光輝く様な微笑を。

 それまでは、じっと待っているから。

 リナが、ゆっくりと大人になる、その日まで。





 「あっ!! あれは・・・」とか何とか下の方で騒いでいるのは
 今だお祭り騒ぎ真っ最中の村人達か。

 下から見れば、俺がリナを抱き締めているように見えるだろう。

 「こういうのもいいもんだな」

 「ま、たまにはね」

 しばらく空の散歩を楽しみながら、俺達は村を後にしたのだった。








 「やっと終わった〜っ!!」

 「まったく、どうなる事かと思ったぜ?」

 村を出てしばらく行った所で、無事クラウスさんと合流し、
 荷物を受け取り別れた。

 そのままここで野宿して、次の町に向かう手筈で。

 早速装備を整え、火を熾し。

 やっと一息付く事ができた。





 ちなみに俺達はいつもの服装に戻っている。

 リナは、クラウスさんから受け取った荷物を広げて依頼料の確認やら、
 モリウスさんが持たせてくれたデザートなんぞを摘んだりと忙しそうだ。

 「しかし、いくら村興しだって言ってもあそこまでやるのか?」

幾らなんでも、あれはやり過ぎじゃないのか? と問いかけると
 「ま、いいじゃない」とリナが返す。

 いつもなら、長い事文句なり感想なりを喋り倒す彼女にしては
 かなり珍しい答え方。

 依頼料がよほど良かったからなのか、他に理由があるからなのか。

 「依頼料は破格だったし、特に危険なことも無かったし。
 別にあたし達が困る事でもないんだし」

 「ま、そうなんだが・・・」

 「昔もっと滅茶苦茶な祭りに参加させられた事も有るわよ?」

 「リナが滅茶苦茶とコメントする祭りって一体・・・」

 俺と出会う前、リナは一体どんなことをしてきたんだろうか?

 今日だって、俺の知らない所で何があったんだろう・・・。





 夜も更け、あとは寝るだけという頃合いに、リナが茶を淹れてくれた。

 それは例の、味のしない奴。

 カップ一杯に入ったそれを一息に飲み干して、
 「なぁ、本当にリナは味がしたのか?」と、聞いてみた。

 今日村長宅で飲まされた時は、僅かに甘く感じたんだが・・・。

 緋桜の精と繋がったリナには別の味がしたんだろうか。

 「あたしはね、あの時は甘く感じたわ。
 でも、今はもう何の味もしないの・・・」と。

 名残惜しそうにカップを撫でて、寂しそうにちょっと笑った。







 「・・・ガウリイ、起きてる?」

 見張りを交代して、しばらく経った頃。

 小さな声でリナが囁いた。

 殆ど眠りに落ちそうになっていて、咄嗟に反応が出来なかった俺に。

 「ま、寝ててもいいんだけどね」と。

 いつもと違う雰囲気に少々戸惑いながら、そのままの姿勢で耳を澄ます。

 「あんまり怒んないでよね・・・。
 女子どもに親切にするのはあんたの信条じゃないの。
 ・・・ミュゼ、もうあんまり先がないんだって。
 このまま忘れ去られて朽ちていくのは嫌だったから、最後の我侭だって。
 だから多少無茶かなって思ったけど、協力したのよ・・・」

 幾分寂しそうなリナの声。

 リナが自分の身体を貸すなんて、よほどの事があったんだろうとは思ったが。

 そっか、それでか・・・。

 いかにもリナらしい、と納得する。

 リナは、自分を頼ってくる奴には本当に甘いから。

 「ガウリイ・・・。
 あんたもミュゼさんに見惚れていたけど。
 ・・・いつかあたしの事もキチンと見てよね・・・」

 リナ!?

 お前・・・。

 その後の言葉を聞けぬまま、情けない事に。

 俺はそのまま睡魔に飲み込まれた。





 再び旅の空に戻った俺達が、風の噂に聞いたのは。





 「ここから少し離れた山の中に、緋桜の樹の植わっている村があり、
 その緋桜には若い美人の精霊が宿っていて。
 その隣には蒼いハンサムな精霊が必ず寄り添っていると。
 長い年月を掛けて結ばれた二人はいつまでもその村を守護している。
 そして緋桜の木の下で告白したならば、彼らの加護を受けられて
 一生幸せに暮らせる」と。

 その名は「 蒼緋伝説 」

 村には緋桜の精が残した髪飾りが、証拠品として展示されているとか。



 「うまく行ったみたいね」

 「ああ」

 嬉しそうに言うリナを見つめて笑うと、リナも微笑み返す。

 伝説を作った俺達なら、それこそ一生幸せに暮らせなきゃおかしいってもんだ。

 もう少し、あと少しだけリナが大人になったなら。

 その時にはまた、あの村に行こう。

 伝説を伝え続けるために、な。







 終