バレンタインぱにっく!? 〜後編〜 |
「なぁ、今日はお互い別行動しないか?」 それは唐突に言われた言葉。 なんだってこいつは最近なんでもかんでも、唐突が多いのかしらねぇ? 「…まぁ、仕事する予定もないからいいけど」 「じゃ、決まりだな。また明日ここでおち会おう」 「………それはいいけど。あんた、宿代や食事代はあるの?」 「う゛…っっ」 厳しい現実にガウリイがうめき声を上げて財布を取り出し、中身を見るとさらに額に汗が垂れた。 しゃーないわね。 財布は事実上あたしが握ってるようなもんだし。 ため息を吐きながらあたしは彼に数枚の金貨を渡した。 「無駄使いしちゃだめだかんね?」 子供にお小遣いを渡すような気分になりなが彼に手渡しすると、すまなそうに頭をかきながら受け取るガウリイ。 「すまんなぁ〜。 だけどおまえさんも、羽伸ばしすぎてメチャしすぎるなよ?」 「はいはい。あんたもね」 投げやりに返事を返す。 彼も返事代わりに微笑を浮かべると、去り際に小さく手を挙げた。 歩調をあたしに合わせる必要がないせいか、ガウリイはみるみるうちに町へと吸い込まれていった。 まぁ、保護者魂が染みついてるとはいえ、まだ若い男だし。 たまには一人になりたい時もあるわよね。 そう深く考えず、あたしは人足先に彼の姿が消えて行った歩道をゆっくりと歩き出した。 つーか、この先の町に宿屋が一件しかなかったら、結局変わんないんじゃ…。 なんて心配をしてみたものの、実際ここは宿場町らしく宿の数も多ければ、旅人や商人のみならずちらほらと傭兵の姿もある。 へぇー。結構結構。 これなら情報にも事欠かないし、掘り出し物があるかもしれない。 小さいながらも魔道士協会支部もあるし、マジックショップもある。 なんとなぁ〜く自分の隣に当たり前のようにあるものがないと、風通しが良いというか…物足りないというか……よく分からない不安感にも似た喪失感が漂う。 ガウリイはおしゃべりな方ではないが、存在感みたいなモノがある。 何よりあたしの中でそれがいつの間にか深く根付いていて、当たり前のよーにあるはずのものがないと心許ない気がする。 結局、いくつか露店や協会、マジックショップなど一通りめぼしい所に足を運んだのだが、大した収穫はなく、この世は至って平和だった。 少なくとも、身近なヤツの勝手を除いては。 そういえば、今まで何年か旅をしてきて一度もなかった現象よね。 いつも金魚のフンよろしくくっついてきて、自主性の欠片もなかったヤツが宿屋も別にするなんて。 喧嘩してるならまだしも……ううん。例え喧嘩の最中でも、自分の意志で離れたことはなかったのに。 やっぱり…何かあるのかな? ……あたしが昨日言ったこと、気にしてるとか? 悶々とした思考を抱えたままで、あたしは比較的いい宿屋に入る。 ランクで言えば中の上であろう。 宿代は安くないだろうが、ガウリイ不在のままで厄介ごとに巻き込まれるのも面倒だったのだ。 ヤツが居れば遠慮なくけしかけてやるのに…………ち。 なんか、面白くない。 久しぶりに温かいご飯にありついたというのに、全然美味しく感じられない。食欲は満たされたはずなのに、漠然とした物足りなさだけが残っていた。 一人での食事なんて久しぶり過ぎて、調子狂うのよね。そう。大した意味はないのだ。……ないはずなんだけど……。 混沌とした気持ちを抱えたまま、早々に部屋に引きこもる。 チェックインの時に聞いたが、どうやらガウリイとは別々の宿屋になったらしい。 まぁ、アイツなら適当な安宿を選ぶことだろう。 ……なんであたし、別れてからアイツの事ばっかり考えてんだろ? 装備を解いてベッドに横になると、力を抜いて目を閉じる。 やっぱり野宿なんかより数千倍楽だわ。 瞼の奥にも焼き付いてるほどありありと記憶に残るアイツの顔。 今頃どこで何やってんだろ?ちゃんと食事してんのかしら? ……なんとなく、ガウリイの声が聞きたいな……… 今、無性にあの低い声が聞きたい。 もどかしくて、焦れったくて、怒りにも似た感情が芽生える。 独りでゆっくりのんびり気ままに過ごそうと思っているのに……。 じりじりと過ぎる時間に焦れて、ベッドから跳ね起きる。 ちっとも面白くない。 盗賊もここに来る途中全滅させて来ちゃったし、宿場町にめぼしい名物料理があるわけでもない。 まったく…面白くない。 いつもと同じ夜のはずなのに、なんで物足りなさが拭えないんだろ? ………そだ。酒場でも行こうかな。 ここもガウリイが居ればいい顔はしない場所だし。 アイツはとことんあたしを子供扱いするから酒だの煙草だのにイイ顔はしない。 そうよ。今が絶好の機会じゃない。 大体、あたしのことほっとけないようなこと言っておきながら独りにするなんて…… 浮気してもしらないんだかんねっ!……って、あたしにそんな権利ないか。 もしあたしがアイツの気持ちを断って一緒に居られなくなったら、こんな味気ない毎日が続くのかな? そうよね。何てったってただの旅の連れなんだから、いつかは…… なんか……ヤだな。 酒場までの道のりを聞いて、ぼんやりと歩いていると、若い男たちに声をかけられる。 ガウリイがいれば、こーゆーこともほとんどないんだけど…。 あたしも独りならまんざらでもないってこと? 誘いを丁重に断って……まぁ、多少しつこかったヤツらには地面でおねんねしてもらったが、そこはそれ。 このリナ=インバースに手を出して気絶程度で済むんだから感謝して欲しいモノである。 着いた酒場はとある安宿の一階部分。 それでもそこには夜独特の喧騒と酒の香りに満ちていた。 ガラの悪くない酒場を聞いたつもりだったんだけど、どうやらここはお姉さんたちがお客を誘っている場所らしい。 確かにガラは悪くないんだけど…。 入ったあたしの目の前を肌を露わにした薄着の女性が横切る。 出るトコ出て、引っ込むところは引っ込んでいる女性。 うへ〜 これはこれで居場所に困るわね……。 全体を見渡すと、左隅のカウンターに長い金髪で覆われた背中が見えた。 ……あっ! 間違いようもなく、一目で分かる。 ガウリイだ。 何やってんだろ?こんなところで? あいつ、まさかこの宿に一泊するつもりだったりして…? そりゃーここは、他の宿屋より安いだろう。 でも、ここ世に言う連れ込み宿ってヤツよね? ってーことは………… 導き出された答えに思わず顔を顰めてしまう。 まさか。ガウリイに限ってそんなことは……… で、でも、あいつも一応、生物学上は人間の男に分類されるんだから……… いいや。まさかまさかまさか。勘ぐりすぎよね。 酒を飲みに来たのか、それとも女を買いに来たのか。 この酒場の雰囲気が彼の所に行くのを戸惑わせた。 でも、万が一、そーゆーのを目的としてるなら、あたしが行っちゃマズイわよね。 視線を感じたのか、彼がちらりと視線を寄越す。 きまりが悪くなって、にへら。と笑ってみるが、彼は素知らぬまま持っていたグラスに視線を戻した。 ………え? その素っ気ない仕草に、胸が締め付けられるような痛みが走る。 なによ……なんで…? 突っ立ったままのあたしに、何を思ったのか傭兵風の男が絡んでくる。 「なぁ、あんたも楽しみに来たんだろ?どうだ、一緒に飲まないか?」 「…悪いけど気分じゃないの。遠慮しとくわ」 「気の強い女は嫌いじゃないぜ?」 わざとらしく笑って肩に手を回す男。 ち。こんなことならフル装備で来れば良かった。 さすがに短剣は身につけてきたものの、マントやショルダーガードは部屋に置いてきてしまった。 こちらに背を向けたままの自称保護者に目を向けてみても、彼は口を挟むどころか、全く助けるそぶりも見せない。 『眠り』 そっと呪文を唱え、ぐらりと傾く相手の手を素っ気なく払いのけると手短なテーブルに着く。 酔った人間がその辺で眠りこけることなど珍しくないのか、ガウリイのみならず、誰も気に留めようとはしない。 あえて言うなら、酒を運ぶウェイトレスさんが邪魔そうに踏んで歩くだけだ。 ちょっとガウリイ? 別行動するとは聞いたけど、他人の振りするなんて聞いていないわよ? 視線だけで非難がましく見つめたところで、伝わるわけもなく。 表情はなんとか平静を保っていたものの、心中は穏やかではいられなかった。 注文に来たウェイトレスに地ビールを頼み、程なくして来たそれをひっつかんで一気に煽る。 「……ふんっ」 つまり、今日は相手に一切干渉しないってわけね。 いいわよ。やったろーじゃない。 目を据わらせて、二杯目に口を付ける。 やけ酒を呷っている間に、若い女性がガウリイ肩に手を置き、隣に腰掛けた。 たぶん、夜伽をしてくれる女性だろう。 あたしは凝視するように、一心に彼の背中に視線を注いだ。 いつもならのらりくらりと交わすヤツが、微笑んで迎える。 その横顔はどこか悪い笑みを浮かべ、面白がっていた。 あたしには一度も見せたことがないような男の目。 所詮、アイツも盛りのついた男だってことよね。 いいわよ。どうぞ、その綺麗なお姉ちゃんと明日の朝まで宜しくやってればいいのよ。 言い寄られても一言二言言って、追い払おうとしない。 あーゆーグラマーで色気のある女性が好みなわけね。 あたしに気があるような素振り見せておきながら、あの優柔不断さ。 ヤツの一面が知れたというものだ。 アイツなんかと恋人になったら、絶対浮気に心痛めることになっただろう。 返事なんかしなくて正解だった。 ……あんなに…悩んだのに……。 ムカムカ。 一気飲みした酒のせいか、胃がどうしようもなくムカつく。 決して、視界に入る男女のせいなどではない。 姉ちゃんがガウリイとの距離を縮めながら、彼の顎に手をかけた。 それは一枚の絵のようにきまっていて、まさに夜の男と女だった。 ムカ…ムカムカ。 ガウリイはその白く細い手を振り払おうとはしない。 なされるがまま口の端に笑みを浮かべて楽しんでいる。 ムカムカ……むかむかむかむかっっ ガウリイの耳元で、真っ赤な唇が何かを囁いている。 彼の耳に赤い口紅が付きそうなほどの距離で。 きっと甘い蜜を含んだ声音で誘っているのだろう。 あ゛〜〜〜〜〜〜イライラするっっ!!!! ガウリイがその吐息に目を細めた瞬間、あたしの中で膨れあがっていた何かが音を立てて破裂した。 椅子を蹴って立ち上がると、無言で彼の所まで歩いていく。 はじめの方に床に倒れ伏したナンパ男を勢いよく踏みつけたような気がしなくもないが、そんなところで寝ている方が悪い。 それよりも今はあの男に一言言ってやらなきゃ治まらない。 乙女の純情を踏みにじった罪は重い。 こんな男……あたしの方から願い下げよ!!!!! 二人のもとまで歩いていくと、興味なさそうにこちらを向くお姉ちゃんと、振り向きもしない男。 「ちょっと」 怒りを押し殺した声にも、ちらりと視線を寄越ただけでまた目の前のグラスに戻すガウリイ。 そのあからさまな態度にあたしの頭の中が噴火しそうになる。 「それは答えなかったあたしへの当て付けってわけ?」 皮肉を込め、軽蔑した眼差しを向けても、彼は静かにグラスを傾けてこちらを見ようともしない。 肯定とも受け取れる仕草に、あたしの中からどす黒い感情が沸きだし、彼のあの夜の言葉を全て否定していく。 疑心が全ての過去の記憶を塗り替えて、彼の表情までも黒く染め、笑顔さえも塗り潰していく。 こんなの、噂に聞く恋じゃない。 だからあたしはガウリイに恋をしてるんじゃない。 残った物は、胸が潰されるような圧迫感と、収拾のつかないやりきれなさだけだった。 「それともなに?魔道ばっかりかまけているあたしをからかってみたとか? あんたにとっちゃ経験の浅いあたしを落とすのなんて楽勝だと思ったの? ま、そんなこと今更どうでもいいわよね? どうせ遅かれ早かれあんたの化けのが剥がれるのは時間の問題だったわけだし。 あたしは自己中だから、そーゆーの嫌い。大嫌い。だからあんたも嫌い。 これがあたしからの返事よ。どう、満足した?」 あたしは型通りの恋なんてしない。 だから、これは嘘じゃない。 だけど、全てでもない。 その言葉に一向に口を開こうとしない男の横顔が一瞬だけ眉を寄せるが、瞬きした刹那、彼はもとの表情に戻っていてその奥の真意は読み取れなかった。 あたしは自分だけを見てくれる人がいい。 そうじゃなきゃ、いらない。 中途半端な気持ちはいらない。曖昧な言葉も、余裕のある笑みもいらない。 あたしは、あんたの全部が欲しい。 あんたはどっち? 答えてよ。さっさと吐きなさいよ!! 何も語ろうとしないガウリイに痺れを切らし、声を張り上げようと口を開けた瞬間、 「うるさいのよ、あなた」 嘲るような艶やかな声は当然ガウリイのものであるはずもなく。 あたしから見れば、ガウリイのを挟んだ向こうにいる人間。 真っ赤なルージュが禍々しいほど目につく女だった。 ガウリイの隣に陣取った彼女は美人と言って差し支えない。 あたしにないものを持っている女性(ひと)。 彼女は腐り始めた果実のような唇を歪めて笑った。 「あたしの獲物に横槍入れないでくれる?」 「そのセリフそっくり返すわ。これはあたしの連れよ」 うざったそうに言っても、彼女は動じることなく、 「ふぅん…あなたが、ねぇ…」 あたしの怒りを煽るように上から下まで見て、優越するように微笑む。 「確かにあなたじゃ役者不足かもね」 こいつわ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!! いちいち癪に障るやつねっ 顔と体だけが女の魅力じゃないっての!! 「悪いけど、貴方には関係ない事よ。あたしはそのたらし男に用があるの」 ここまで自分の相棒が言われてるってのに、一言も助け船を出そうともしないのを脈ありと見たのか、女性はこれ見よがしにガウリイにしなだれかかる。 女性の手が、髪が、吐息が、ガウリイに触れる。 自分のこめかみに血管が浮かび上がってくるのがハッキリと分かった。 中に溜まっていたドロドロしたものが堰を切ったように体から溢れ出てる。 ……手を、出、 ない……、で………… ………あたし…外……それ、に触らないで………!! ガンガンと鳴っていた頭痛が遠くなるように頭が急に冷えていく。 「そいつから…離れて」 きつく睨み、押し殺した声で言う。 「あなたに言われる筋合いはないわ」 筋合い? はっ!! そんなもの、何だってのよ!? あたしは天下無敵のリナ=インバースよ? 欲しいものは力づくで根こそぎ頂く性分なのよ。 こいつがあたしの事どう思ってるかなんて、もうどうでもいい。 あたしはガウリイを頂くわ。 自己申告以外、聞き届けてやるもんですか!!! 「そいつの生殺与奪権はあたしが握っているの。 だから、そいつはあたしのモンなのよっっ!!!!」 続く。 |