想 散 華
中 編





















――――ひらひらと散っていく想いの花びら―――






次に顔を見合わせた時の彼女は、あの時の切なさは微塵も感じさせず、想いを打ち明ける前の彼女そのままだった。
それでも、あれから彼女の中で何かが確実に変わっていく。

オレも彼女の言葉通り何も無かったことにすればいいはずなのに、気付くと視線で彼女を追っていて、あの意地っ張りで恥ずかしがり屋なリナが見せてくれた小さな想いの結晶を胸の内で幾度となく反芻していた。



――――手が伸びるところで誇らしげに咲いている華をそっと掴んで花びらの柔らかい感触を楽しみ、香りに酔うことも出来ただろうに――――



想いを打ち明けたことなど、まるでオレだけが見ていた幻のように、笑い、怒り、前を見つめて駆けていくリナ。
何もかも元通りになったはずなのに、何かが、足りない。
無理矢理はめ込まれたジグソーパズルのようにもどかしくて、ひどく落ち着かない感情。
それは一見正解のようで、どこかぎこちない。
そんな自分の心に空いた隙間を埋めるように、ピースを隠し持っているであろうリナにたったひとつの欠片を探し始めた。



――――風に舞う花びらは決して手中に収まることはなく、ひらりひらりと散っていく。オレの目の前で。鮮やかな残像をこの目にだけ焼き付けて――

















時はゆっくりと、だが着実に流れ――――



リナはますます美しくなった。

かつては子供だった彼女も、年月と経験がゆっくりゆっくりと育み、喜びも悲しみも痛みも、人を愛することも知った彼女は、つぼみが綻ぶように大輪の華を咲かせ、咲き誇った。

そう。
オレがどんなに手を伸ばしても決して届かないところで、美しく、燦然と。


あの時から目で追うようになった彼女から次第に目が離せなくなり、気づけばオレはもう引き返せないところまで来ていた。

そして退路も活路もないオレに、あの時どんなに躍起になって探しても見つからなかったピースが目の前にポトンと落ちてきた。

それが世間一般で何という感情の欠片なのか、いくらオレの知識が乏しくても間違えようもなく、嘲笑うかのようにぴったりと当てはまったピースは、オレに残酷な現実を突きつけたのだ。




















「……はぁ……」



ここは彼女との旅の途中で立ち寄った町の酒場。

喧騒の片隅で、オレはこのごろ一日一回は必ず吐いているであろう深い憂鬱な溜息と共に、内心を忠実に現すように頭を抱えていた。

彼女によく言われることだが、オレ自身、頭は良くないと自負していた。
が、ここまで馬鹿だっとは思わなかった。

彼女への気持ちを自覚した途端、オレは失恋したようなものだった。
確かに、あの時の答えは正直だったさ。
リナがオレに恋をするなんて夢にも思わなかったし、何より自分の範疇外だったのだ。
正直、実年齢が18歳と言われても、リナに劣情を刺激されたことはなかった。



だけど―――……いまさら。

いまさらどの面下げてリナに好きだの愛してるだの言えるってんだ?


だいたい、リナもいつの間にかあんなイイ女になるからオレが惚れたのであって、オレだけが悪い…………………………………んだよなぁ、やっぱり。

あーゆーとんでもないのに惚れると厄介だと聞くが、骨身に沁みて分かった。
リナみたいな唯我独尊でトラブルメーカーで、とにかくハチャメチャなヤツなのに、ふと見せる優しさや弱さのギャップがたまらなくて。
目が離せなくて、傍にいたくて。
リナの代わりなど、誰にもなれない。誰も、要らない。
気づけば囚われ、他の女では物足りなくなっていた。

重傷だ、というか末期だ、と冷静な部分が判断を下し、ガックリと項垂れる。




暇さえあれば夜は酒場通いをしているせいで財布も心許なく、オレは安い酒を呷る。
さして治安も良くないご時世だが……さしあたって彼女を傷つける危険人物を挙げるなら情けないがオレ自身だ。
薄壁一枚を隔てた所に恋い焦がれるリナが居るとあっては、オレの方としても色々と耐えきれないモノがあって、少しでも彼女から距離をとって時間を潰す日々を送っていた。
それでこの状況に甘んじているわけだが……かなり…いや、ひじょーに情けない。おまけに惨めだ。とどめにお先真っ暗だ…。


以前では考えられない状況だよなぁ。
笑いたけりゃ笑えばいいさ。
今のオレは近くにリナが居るだけで欲情しちまうくらい、リナに夢中なんだ。
最近じゃ、野宿も命がけ…いや、理性がけなんだ。


そしてぐるぐると考えていつも行き着く帰着点は……
なんだってあん時、馬鹿正直に断っちまったんだろうと、らしくもなく後悔しているのだ。
終わったことを嘆いても始まらないのだが………こればっかりは、なぁ。

今思えば、保留とかはぐらかすとか、お試しで恋人関係やってみるとか、他にも道は数多くあったはずなのに。

あの時はそれが一番だと信じて疑わなかった。
勝手に崇拝の対象としていたリナがただの女になってがっかりしたのも確かで……

だが、今もしオレがリナに告白して、あのときのように言われたら………
当分……いや、一生立ち直れないかもしれん…。


オレはあの時、リナの自分に対して芽生えた気持ちの芽を摘み取ってしまったのだ。
摘み取られた芽は……もうそれ以上、伸びることはない。



自分以外の誰かに惹かれていくリナを、指をくわえて見ているしかないのか?
あいつが誰かに惹かれて恋に落ちるのも、誰かと永遠を誓うのをただじっと見ているだけ?
鈍いあいつの事だから、オレの気持ちなんてさっぱり伝わらなくて、無邪気に笑って、結婚式にまで平気で呼んでくれることだろう。
客席から祝福し、あいつと男との子供の名付け親になったりするのか?

―――――――……冗談じゃねぇ。
そんなものを見せられるくらいなら、相手を斬り殺してリナの恨みでも買った方がましだ。

なら、注意深く気を配ってあいつが誰にも目を向けず、ましてや向けさせず。
慎重に囲って貰い手がなくなった頃に済し崩しにモノにするってのは?

…って、それはますます卑怯じゃねぇかよっ!!


悪循環して暴走していく頭を掻きむしり、また溜息を吐く。

オレ、今まで本気で女に惚れたことなかったからなぁ。
醒めていたってのもあるし、窮屈な関係が嫌いだったのもあるが、なにより当たり障りのない関係が楽だった。

そんなオレが今ではリナにゾッコン…他のことを考える余裕なんて欠片もないほど溺愛してるってんだから世の中不思議なモンだ。

他のことはともかく、リナの事に関しては限りなくオレの心は狭くなる。
あいつに向けられる秋波も言葉も、絶対に許せない。
全部オレのもんにして誰にも見つからない場所にしまっておきたい。

―――自分でも呆れるくらい独占欲も強いでやんの。


オレですらこんな自分が居るなんて知らなかったのに。
リナは本当に凄い。オレからこんな感情を引き出せる女はおそらくこの世で彼女ただ一人、リナだけだ。
その肝心のリナを『げっと』できりゃ、なんにも腐心はしないんだがなぁ。


本日3度目の深い溜息を吐いてから空の杯に酒を注ぎ、味わうことなく飲み干していく。

オレにはリナの自由恋愛を邪魔する権利なんて持ち合わせていないくせに、
いずくんぞリナの自由をや、ってヤツだよなぁ。

ああ…本気でオレのキャラじゃないぞ…って、何言ってんだ、オレ?



あの時まで時間を巻き戻したいとこれほど切実に願ったのも初めてだ。
あの時オレがリナに惚れてれば………くそー…堂々巡りだ。 どうすりゃいいんだ、まったく。





がしがしと頭を掻きむしって身悶えしていると、背後には軽い足音と慣れた気配。




「あれ、ガウリイじゃないの?」



掻きむしるのをピタリと止めて声の方を向くと………





「リナ…?」



宿屋に居るはずの思い人の姿が、そこにはあった。