想 散 華 前 編 |
「好き。好きなの…」 真っ直ぐに見つめてくる瞳。 強固な意志を持ちながらもどこか汚されきれない無垢な瞳。 「ガウリイが好き」 言葉を失ったオレは、彼女の綺麗な瞳に魅入られるばかりで気の利いた言葉も思いつかず、馬鹿みたいに立ち尽くすしかなかった――… この瞳に込められた想いに、彼女の純粋すぎる好意に、嘘は吐きたくなかった。人生は、灰色の部分や言葉にしない方が良い時が存在することくらい、オレだって知っている。 分かってる。それでも、オレは…… いつものようにボケて怒鳴られれば、彼女は呆れて明日も明後日もこの関係のままで居てくれるだろう。 だけど―――… オレはそうしない方が彼女に対する精一杯の誠意だと思ったんだ。 「すまん…」 カラカラに乾いた喉から掠れた声を無理矢理絞り出すと、彼女の瞳が一瞬だけ、ほんの刹那、揺らめいた。 それはきっとオレが彼女を傷つけた証で。 護りたいと願った少女をオレ自身で傷つけてしまったという自責の念に駆られても、オレはただ繰り返すことしかできなかった。 それが、オレなりの彼女への優しさになると信じていた。 本当に、ただリナを守りたかったんだ。 ただそれだけで良かったんだ。 ああ、ホントに今更だけどな。リナも女の子なんだと思い知らされたよ。 普通の女の子であるリナが恋愛するのは当たり前なのにな。 ……なんでだろう。オレは… 「オレはお前さんをそういう対象としては見れない。ごめんな、リナ―…」 「ううん。言いたいこと言ってすっきりした。――ありがとう」 傷ついた瞳を覆い隠すように、ゆっくりと瞼が閉じてゆく。 オレの言葉をゆっくりと、彼女の中に染み込ませるように。 彼女が負った傷をオレがどうすることも出来ず、ただ見つめ続けることしかできなかった。 オレ自身、幾度か受けたことがある告白。 けれど、こんなに稚拙で真っ直ぐな気持ちは未だかつて無かったかも知れない。 しかも、彼女は自分にとって特別な存在だった。 彼女は気持ちを伝えるためにどれだけ悩んだのだろう? 意地っ張りで強情で、わがままで傲慢でメチャなリナの奴がこんなに真剣な、切ない瞳の中に切望と不安を抱えて。 きっと彼女にとっては決死の覚悟に近かっただろうに。 彼女が大切なのも確かで。オレにとっては護るべき存在で。 小さな体に秘めた力だって認める。 信頼だって、してる。 ただ、彼女の言葉を聞いた時、オレは――――…オレは、心のどこかで落胆しちまったんだ。 彼女はオレの中で特別であって、ただの女になって欲しくなかった。 力と生命の象徴のような彼女に、そんな言葉を口にして欲しくなかった。 彼女は保護の対象であり、そして一種の憧れのようなものすら感じていた。 同時に、幻滅にも似た気持ちに罪悪感が生まれる自分に後ろめたさを感じて居た堪れなくなる。 続ける言葉が思い浮かばずにただ突っ立っていると、彼女はふわりと笑って見せた。 それはどこかぎこちない強張った微笑み。 けれど、さっきまでのリナとは何か違和感を感じる笑み。 それは……間違いなく、"女の笑み"だった。 不意を突かれたようにオレの体が熱を帯びる。 熱? 何馬鹿なこと言っているんだ? 不可解な現象に首をかしげながらも必死に押し隠し、先に口を開いた彼女の言葉に耳を傾けた。 リナは今の言葉は気にしないでくれといい、 オレも明日からまた彼女と気まずくなるのを恐れ、彼女の提案に頷いた。 この時、オレとリナの道は分かれていくはずだったのに。 あの時、1つの思いが叶わずに散っていったのに。 ひらひらと散りゆく想いの儚さに、魅せられたオレが居た―――… |