Ｎｅｘｔ　ｔｏ　ｍｅ

〜第三話〜

何時間追いかけっこが続いただろうか 既に日は沈み辺りには闇が広がり始めている。 犬となったオレの目が夜でも障害物を避けるのには不自由しなかったのが幸いだった。 そうでなれけば、とっくにリナを見失っていただろう。 ただもう手足が疲れ何時止まってもおかしくないほど疲れている。 それでも走り続けたのはリナへの執念。 リナを失いたくないから･･･ 「ぐっ！」 くそ！足に小枝が刺さったか･･･ それ以前にも小さな傷などたくさん付けたがこれは致命的だ。 速度が落ちてリナに離される。マズイ… このまま行ってしまうかと思われたリナは突然高度と速度を下げ、森の中に降り立った。 よし！ まだ運命の女神はオレについている。 オレはケガした足を庇いながらリナの元へと急いだ。 はぁはぁはぁ…………いた！間に合った･･･ リナは泉の側に佇んでいた。 「あんたねー。」 呆れたように笑う。 流石に何時間も術を使い続けたせいで疲れたんだろう。 顔には疲労の色が色濃い。 オレはリナの足下にずっとくわえて走ってきたマントを置く。 「持ってきてくれたの？」 「わん！」 「･･･ありがとう。」 リナは再びマントをつける。 仕方ないといった表情で手を腰に当てる。 「一時休戦しましょう。あたし喉乾いちゃった。」 リナはグローブをはずし泉の淵に座り、手で口に水を運ぶ動作を繰り返す。 オレもほっとしたせいか、いきなり喉の渇きが襲ってきたのでリナの横に並ぶ。 ･･･････････････････････ まさか肉球つきの前足で水がすくえるはずもなく、直接泉に口づける。 「ふーーー生きかえったーー」 仰向けに寝ころび、暗くなった空を見上げながら言う。 「今日はここで野宿ね。」 たしかに日が沈んでしまった夜の森を移動すれば迷う危険もある。 リナが術を解いたのもそのせいだろう。 「よいしょ･･･っと」 腹筋をつかって立ち上がりこちらに手を出す。 「ほら。」 ？ 「ケガしてんでしょあんた。治してあげるから見せなさい。」 知ってたのか。 取り敢えず枝が刺さったままの左手を差し出す。 「うへーーいったそー。」 リナは丁寧に枝を取り除いて治療呪文をかける。 それが終わると全身の切り傷を治療し始める。 「まったく･･･こんなんなるまで追っかけていて･･･」 しょうがないだろお前の傍を離れたくないんだから。 「はい、おしまい。あんたこんな綺麗な体してるんだから傷つけちゃ勿体ないでしょ。」 「ワン」 ありがとな･･･リナ。 「頭の良い犬ねぇ。ホントに言葉が分かるみたい」 解ってるぞ。お前さんにクラゲだ脳みそヨーグルトだって言われても一応人間だしな。 「あたし、薪拾ってくるから大人しくしてなさい」 リナが森の中に入っていこうとするのをオレも追う。 「大丈夫、置いていったりしないから。あんたはここで休んでなさい。」 「わん！」 やだ。一緒に行く。置いていくな。離れるな…… 傍に、居たい。 「まったく･･･あんたもあいつと同じで過保護みたいにね･･･」 淋しそうに微笑んでひとりごちるが、オレの耳はリナの呟きを聞き逃さなかった。 それはリナ。お前が大切だからだよ。 リナに習いオレも口で薪を拾う。 「あんた頭良いわね（こりなら保健所よりもサーカスに売った方がいいわね。）」 ほそりと漏らす呟きをまた拾う。 「わうううん！！」 おおい･･まだリナはオレを売り飛ばす気なのかよ･･･ 「じょーだんだってば。（ちっ聞こえたか･･･）」 「うー･･･」 お前なぁ･･･ ジト目でリナを見る。 「さぁ･･･戻ろっか。」 誤魔化したな････ オレたちは先程の泉に戻り、リナが集めた薪に火を灯す。 薪の弾ける音だけが聞こえる。 リナの瞳に映るのは炎だけ･･･他の感情は何一つ伺えない。 無理に明るく振る舞ってたのか･･･ オレはリナの隣に移動して自分の頭を擦りつける。 「くすぐったいわよ･･･」 オレの頭を優しく撫でる。 「･･･あんたあたしの元保護者に似てるわ。･･･まさか犬だった訳じゃないけど、雰囲気とか･･･瞳もあんたと同じで蒼でさー毛の色もさらさらの金髪で･･･」 リナはたき火の炎で朱金そまったオレの毛を何度も撫でる。 まだ何も映らない感情。 リナ･･･ 「ったくあいつも薄情よねー･･何年も一緒に旅をしてきたのに一言の挨拶もなしに行っちゃうんだもんねー」 （違う･･･オレは何処にも行ってない。ここに･･･リナの隣にいる。） 言葉で伝えられたら･･･ リナの独り言は続く。 「でも良かったのかもねーあいつにとってはこれで･･･ 　あたしなんかと一緒にいて、命落としたりするよりは･･･何時か･･･別れなきゃって思ってたし。それが早まったと思えばいいよね？ 　ただ、いきなりすぎてやっぱりちょっぴり淋しいかな。」 リナがオレをきつく抱き締める。 オレの毛に温かな雫が落ちる。 それは･･･リナの瞳から溢れた滴。 （泣かないでくれ･･･ずっと傍にいるから･･･） 小さなリナの嗚咽。幾つもの雫がオレの毛を濡らす。 「あんた･･･ホントにあいつと似てるわ。 こうしてるとガウリイがそばに居るみたい･･･」 オレの毛に顔を埋める。 くぐもる嗚咽。 震える小さな体。 ちくしょう。 今のオレには何も出来ない。 笑ってやることも･･･ 頭を撫でてやることも･･･ 大丈夫だって言ってやることも･･･ リナの小さな体を腕の中に閉じこめてきつく抱き締めてやることも･･･ ごめんなリナ。お前のことが何よりも大切なのに･･･辛い思いさせちまって･･･ こんなんじゃ保護者失格だな･･･ 「そろそろ寝よっか。」 一頻り想いを昇華させて、気持ちを切り替えるように明るく振る舞う。 「くーん･･･」 無理･･･するなよ･･･ リナはぱふぱふとオレの体を叩き頭をくしゃっと撫でる。 いつもオレがやる動作。 「癖ってうつるものね。」 自嘲的に言ってオレに笑いかける。 「早く寝なさいよ。あんたケガしてんだから。」 そう言うとリナは体にマントを巻き付けてコロンっと横になる。 すぐにリナの安らかな寝息。 疲れたよな･･無茶ばっかりして･･･ 目を細めてリナの横に丸まって座る。 それでもオレはやっぱりお前の傍にいたいんだ･･･ ！！？ この気配は！？ 素早く立ち上がり相手の居場所を探る。 あっちか･･ 北の方角に進んでいくと、月明かりさえ届かない闇の森が現れる。 「う゛ーーー」 いるんだろ･･･出てこい！ 姿を見せぬ魔に向かって威嚇する。 「おやー野生のカンは健在･･･というか獣そのものでした。一日で随分板についたじゃないですか････ガウリイさん。」 魔が木の幹に腰掛けて具現化する。 （貴様！よくもこんな事しやがったな！さっさとオレを戻せ！！） 「良いじゃないですかその姿だから見れたものもあったでしょう。」 （お前･･オレの声が聞こえるのか！？） 「そりゃー僕自身で呪いですからねー」 （解け！　今すぐ！！） 「いやですよ。折角面白くなってきたところなんですから。 いやー貴方もリナさんもとてもいい負の感情をだして下さる。美味しく召し上がらせていただいていますよ。でも良かったじゃないですか･･･リナさんが貴方のことどう思ってるかわかったでしょう。」 （リナを悲しませた時点で本末転倒だ！） 「おやおや難しい言葉知っているじゃないですか」 （余計なお世話だ！そんなことより、さっさとオレを人間に戻せ！） 「そーですねぇ･･･僕も鬼じゃありませんから貴方にチャンスをあげましょう。」 （お前は鬼でも悪魔でもないが魔族だろう。そんな奴の言葉が信じられるか！） 「いけませんよーガウリイさん。人間、人を信じられなくなったらおしまいです」 （･･･････････お前が言うなよ） 「さて、つつがなく納得して頂いたところで呪いの解除方法です。それは簡単、オーソドックスにリナさんから貴方にキスをしていただきます！」 （は？） 「ですから、貴方はリナさんの口づけで元に戻れますよ。」 （冗談じゃない！リナが犬にキスするわけないだろ！！） 「それは貴方の努力次第、まぁ戻れなくても良いじゃないですか。可愛いですよその姿。」 （ふざけるな！！） 「別にふざけてませんよ。これでも出血大サービスしたつもりなんですけどね。いいんですよぉ〜僕は。リナさんを殺せば元に戻るとか、リナさんを犯せば元に戻るとかにしても･･･」 （リナを殺すくらいならオレが死ぬつもりだし、犬がどうやって犯すんだ？） 「やって出来ないことはないですよ。ガウリイさんは雄ですし」 （……真面目に言うなよ） 「まぁ例えば、ですから。では早速ゲームを始めましょう。制限時間、反則技一切なし、成功条件はさっき言った通り‘リナさんからのキス’です。健闘を祈りますよ」 片目を閉じて茶目っ気たっぷりにそう言うと、オレの返事も要求も一切聞かず一方的に言い放って、傍迷惑なゼロスは姿を消した。 ･･･････････はぁ。あの道楽魔族め･･･ まぁ、方法がないわけでもないから良いか。 でも人間のオレだってキスなんかして貰ったことは悲しいかなただの一度もないのに、犬がどうやってさせるんだよ･･･でも人間より犬の方がいい目みてきたしなー……けど･･･犬とキスかぁ････あり得なくないかぁ？ オレはトボトボとリナが寝ているところに戻ろうとした。 ････が････ どっから来たんだっけ････ ･･････････････････････ ･･････････････････････ おおーいリナぁぁぁ！！！！！！！ 「わおーーん！」 取り敢えず吠えてみる。 が、どーにもならない。 返してくるのは何故か他の獣とおぼしき咆吼だけ。 くそー！　それもこれもゼロスのせいだぁぁぁ！！ 結局、オレがリナの所に戻れたのは空が白み始めた頃だった。 つづく