現代スレイヤーズ
第四話

ひとときの安らぎ






















寒い……っ

身震いして毛布を掻き抱く。

寒い…寒い、イタイ……くそっ!!

少し力を込めるだけで体中に痛みが走るもどかしさに歯を噛み締める。



………………なんだ……死ねなかったのか…………………


痛みで混沌としている意識の中で、思わずそう呟いた。

ぼんやりした視界の中で照明が薄暗く光っていた。

鼻には食い物の香ばしい香り。
―――香ばしい?

今度こそはっきりと目を開き、状況を確認する。
そこは自分の部屋だった。


しかし……なぜ自分一人しか住んでいない部屋に他の人間の気配まである?
しかも、台所で炒め物をするような音といい香り。


立ち上がろうして、鈍い痛み。
そして、酷い貧血の症状。

ぐらぐらと揺れる頭を抱え、痛みに耐える。


「…っ」


綺麗に包帯を巻かれ、僅かに血は滲んでいるようだったが、もう止血したようだ。
どうやら助かったらしい。
……オレ、いつの間に手当したんだ?

解らないことだらけの中で、台所にいる人物とおぼしき鼻歌が聞こえた。


それで全てを納得する。

ああ、そう――――だったな。

手当をしてくれたのも、毛布を掛けてくれたのも…そして今料理しているのも、
あのおかしな嬢ちゃんか…。








「あ、もう起きたの?」



両手に抱えきれないほどの料理をもって、少女が問いかける。
料理をしやすいようにか、袖をまくり、その細く白い腕がなんとも愛らしい…。

が、その身を包むのは柔らかくも厚い重装備。
寧ろ、北極熊もたじたじなほどの着膨れようである。

少女の細い腕と、かろうじて出ている首に丸顔。
決して太ってはいないのだろうが……
……随分…寒がりのようではあった。


「おまえさん…ホントにこの国の人間か?」

青年が呆れ気味に尋ねると、リナは事もなく言い放つ。

「そうよねぇ。せめて寒暖の差が無くてなおかつ最適湿度・気温、天候に恵まれた所に住めたら文句ないんだけど、今の所この国に甘んじてるのが現状ね。
 ちなみに今日は薄着で6枚だけど…ま、最高20枚強までイケるわよ」

「いっそのこと冬眠したらどうだ?」
「本格的な冬が来たら考えるわ」

そう言って軽くあしらい、彼女はまるで自分が始めからここに住んでいたかのような振る舞いで着々と料理をテーブルに並べていった。


「このテーブル、ちょっと小さいわね〜」
「…パーティーでもする気か?」

青年の部屋に置かれていた大きくもないテーブルに、溢れんばかりの料理の数々。
それを見て尋ねると、少女は当然とばかりに胸を張った。

「二人分ならこれっくらい必要でしょ?」
「…いや。そーは思わんが……」

「そう?」

全く意に介さず、また台所に戻ってく少女。
青年も何かと自力で起きあがると、テーブルに並ぶ数々の料理に素直に感嘆する。

サラダにパスタ、唐揚げ、春巻き、ロールキャベツや煮物まで……和洋折衷というより、使った材料を全て消費させるかのように数々の品がところ狭しと並んでいた。

「へぇ〜上手いもんだな」

まだ温かく湯気の立つ唐揚げを一つ、口に運ぶ。
ハーブの効いた鶏の唐揚げは文句なしに美味かった。

「お、いけるな。これ」
「あ〜摘み食いすんじゃないわよ〜あんたはコレ!」

戻ってきたリナはなんとか皿を退けてスペースを作り、ニラとレバーの炒め物をどん、と置いた。
これもほかほかの湯気が立ち、作り置きではなく自作なのだろう。


「これまたどういう風の吹き回しだ?」

「ん〜?どーせあんたロクな物食べてなさそうだったから。ま、あんたの言うところのお節介ってヤツよ」


そう言って腕まくりを解き、パソコン前に置いてあったはずの座卓のエアーチェアにぽすんと座る。

「オレも食っていいのか?」
「当然じゃない。あたしが作ったんだから、味は保証するわよ?」

恐る恐るテーブルの前に座ったオレを見て苦笑すると、『毒なんて盛ってないわよ』と笑ってリナは豪快に食べ始めた。






「すげぇ…どーやったらあれだけの量が収まっちまうんだ?」

オレの素直な感想にリナは紅茶をひとすすりしてすましてみせる。

「あなただって似たようなものだったじゃない?」
「オレは男で図体もでかいんだぞ?」

「でも怪我人でしょ?」


飄々と言ってのけ、紅茶をもうひとすすり。


あのゆうに10人前はありそうな量をいとも簡単に胃袋に納めてしまえば、普通の人間なら驚きもする。
まして、彼自身ですら、自分の食欲に驚愕したほどだ。

いつも酒か煙草でろくろく食事も摂らなかったはずの自分が、少女と先を争うようにして食い物を口に運んだ。

誰かとこんな風に食事をしたりするのは、少なくとも、彼の記憶にはない。

いつも彼は独りだった。
いつも誰かと距離があった。

もはやなんとも感じない過去を振り返りつつ、彼は自然に顔が緩む不思議な感覚に
無理矢理顔引き締め、その整った眉根を寄せてみせた。

「にしてもな、オレは病人なんだから、もう少し労れよ」

食事は戦いだと言って遠慮なく食い物を奪っていった少女。
あの豪快な記憶は鮮烈であった。

リナはカップから口を離し、不適に微笑む。


「んっふっふ。弱肉強食って言葉を知らないの?」
「いい性格だよ、まったく」


肩をすくめてて見せると、満足そうに頷く。

「よく言われるわ」

そして、コクリ、と紅茶を飲み干した。




「さぁて…食器を片づけたら、そろそろ失礼しようかな」

「あ、手伝うか?」

「あのねぇ、それこそ怪我人は大人しく寝てなさい。あなたみたいに図体のでかい人に台所に立たれたんじゃ、狭くてしょうがないわ」

「そうか…なら送っていこうか?」

「だーかーらーーっっ!」

「はいはい」


苦笑して、降参の手を挙げる。


「怪我人は大人しくしてます」

「…ったく…もぅ………」


ぶつぶつ言っていた少女は立ち上がり、乱雑な食器を手際よく片づけてゆく。

その様子を見ながら、彼はなんとなく心地良い気分になった。

もうずっと前から一緒にいるような、二人で居ることがあたり前のような…そんな奇妙な安心感すら覚えた。



実際は数時間に会った出会ったばかりなのに。


きれいに拭かれたテーブルに頬杖をつきながら、思いを馳せる。

自分のおかしな能力に後ろめたさを感じない。


こんな事は初めてだった。


いつも心のどこか…片隅では引け目を感じていた。

けれど、彼女の前ではそんなことを考えている余裕はなかった。
考える事が馬鹿らしいほど、あっけなくあしらわれてしまったのだ。


こーゆー女もいる。

彼にはそのことが新鮮で仕方がなかった。
どこか胸の奥で、くすぐったいような、甘い感覚がした――
















ひとときの安らぎ・終