現代スレイヤーズ
第三話

拾った少女と拾われた男

















殺風景な部屋は結構な広さがあるのだが…生活必要最小限のものしかおいていない。
彼が少女を連れて帰ったマンションはそんな所だった。


生活感のない寒々とした部屋。

彼のものではない、女性の香水がリナの鼻に微かに届いた。

ま、あたしには関係ないけど。
大して気にも留めず、男と共に大きなダブルベッドの方へ移動しながら、感想を漏らした。


「へ〜綺麗にしている……っていうより、何もないのね」

「あのな〜そーゆーのは心の中に閉まっておくものだろ?」

億劫そうに、それでも律儀に言い返してくる男。

「ふん…どーせ聞こえてるなら堂々と言ってあげるまでよ」


それもそうかと妙に納得しながら男はベッドに倒れ込む。

今まで平然と話していたが、実のところ体はかなり無理をしていた。
こうしている間にも、自分から徐々に血と命が抜け落ちて行くような気がする。

別に、ここで死のうが生き長らえようがどうでもいいこと。
ぼんやりと、そんなことを考える。

実際、彼は痛みと眠気で意識が朦朧としていた。


「…くっ……はぁ…」

「大丈夫みたいね。使えそうなモノ失敬してきたわよ」

いつの間にやらリナの手には包帯や消毒液。
すでに男の部屋を物色して持ってきたらしい。


「あのな…これが大丈夫なら、瀕死でもお前さんにとってはかすり傷か?」
「それだけ減らず口叩けるなら上等よ。ほら。さっさと服脱いで…っ」


血を失ったせいで眠気すら襲ってきている彼を無理矢理起こし、痺れを切らした少女がシャツを脱がす。


「…襲うなよ?」

「誰が。」

短く答えて、まず腹部の創傷を見る。

どうやら内臓には達していない。ただ出血だけが問題だ。
これならばと血を丁寧にぬぐい、消毒をする。
こんな時、姉になんでもかんでも叩き込まれた経験が役に立つ。


「うへ〜痛そう」

肉の見える部分を恐る恐る覗き込む。
一応、基礎知識を持ってるとはいえ、もう少し深ければ自分では手に負えなかっただろう。

この男、どうやら見かけによらず筋肉質で良い体をしているらしい。
本当は何が何でも病院に行った方が良いのだろうが…

目を瞑ったまま治療を受けている男をちらりと盗み見る。
………この男の性格じゃ、絶対に行かないわね。

綺麗な顔に似合わず、どこまでも冷め切った冷たい瞳。
今は閉じられているが、あの瞳を見れば、彼が融通のイイ人間かどうかなど誰にでも分かる。

全てを拒絶し、全てを諦めているような、そんな瞳だった。
自分命ですらも、きっと粗末にする。

そんな男だろうから、リナは黙々と手当を続ける。



この男も拾われたからには、最後まであたしにも付き合って貰うわよ?






包帯を巻き、次は背中。
こちらはもっと軽傷だった。
傷自体は大きいものの、深刻でない。

背中を縦横に切り裂かれてはいるが、どれも浅く、既に血も乾いている。


…しかし……
リナは手を止めずに考える。

これは刃物による傷だ。しかも、明らかにこの男に殺意を持つ者の。
それも、おそらく複数人によるもの。

切られ方の違う傷跡が物語っている。
あの暗く狭い路地裏で複数人に襲われたら……

リナはふと悪夢のような光景を想像したが、

「勝手に殺すなよ…」

目を瞑ったままの男にそう言われ、肩を竦めて詫びた。


まあ、誰にやられたかは知らないが、殺す気でかかって来た人間をこれだけの傷で回避できるなどと、この男はただ者ではなさそうだ。



背中の傷も一通り終え、一段落着いたところで無数についた傷の手当てにかかる。


どれも急所には及ばない。
ただしかし、掠めただけであっても、十数カ所にもなれば手当も楽ではない。


包帯とガーゼ、止血用の薬も切れてしまった。
後で補充しておかなければ……

そもそも、治療に必要なものは勿論、生きていく上でもこの家はロクなものがない。
生活感のない男だ。


そういえば…

先ほどからこの男の憎まれ口がない。

どうしたのかと訝しげに見やれば、くぅくぅと気持ちいい寝息すら立てて寝ていた。


「こ…んの…っ」

人が苦労して……と愚痴りそうになって止めた。

気が抜けたのかもしれない。
出血も酷かったし。


…それより、男の寝顔があまりに無防備だったので……今回は見逃すことにした。


出血から来る寒気はどうしようもないが、少しでも和らぐかと思ってを少しでも上布団を掛ける。




次に、冷蔵庫を漁る……が。

「見事に酒蔵と化しているわ」

ビールと酒が無造作に転がっている冷蔵庫にポツリと漏らして、男を見る。
小一時間は起きないだろう。

怪我をして、血を失ったからにはやはり栄養は必要である。


ここまできて、はいさよなら。…でも良かったのだが、なんとなく。
そう、なんとなく、気が向いたからである。


おまけに今日は家には誰もいない。両親はもともと海外だが、リナには姉がいた。
しかし、幸か不幸か今日は外泊すると言われていた。


いつも誰かと居るせいか、一人で食事をするのもなんとなく、虚しいものがある。

考えた末、リナは彼の血が付いてしまった上着を脱いで、少し寒いが買い物に出かけることにした。

ちなみに、今日の彼女の服装はブラウスの上に散々重ね着して6枚ほど着ている。

極度の寒がりである彼女にとっては、今日はこれでも断腸の思いで薄着した方なのである。

本人にとっては寒いが、少し身軽にもなる。




リナは彼に案内される時に見つけたスーパーとドラッグストアに急いだ。











拾った少女と拾われた男・終