横 恋 慕























無性に顔が火照ってしまい、相手の顔をまともに見れないまま車は走り続ける。

長いような短いような時間。
でも先ほどまであった気まずさや緊張はいつの間にかほだされ、氷解してしまった。
何もかもすべてこの飄々とした男のせいである。




「さぁ。着いたぞ」

先に下りて、手を差し伸べる彼。
その手を無言で見詰めてしまう自分。

なにも、エスコートなんて誰にでもやることじゃない。
気にしない。気にしない。意識しすぎよ…

そろそろと手を重ねると、男の手は自分とは比べものにならないくらい大きく、少しひんやりとしていた。


車を降りと、そこは高級ホテルのフロント。

「……ほええ…」

思わずホテルのてっぺんを見上げるあたしに、男はかまわず手を繋いだまま歩き出す。

エレベータに乗ると、透けて見える外。
地上はだんだんと遠ざかって、見事な夜景が視界を圧倒していく。

…ってちと待て。
なんでいきなりホテルに入ってるのよ!?

…ま…まさか………
たらたらと冷や汗が背中を伝う。
もしかして、もしかしなくても、あたし…このまま……

「どうかしたのか? あ、高所恐怖症だったか?」
「ち、違うわよっっ!!そ、それより、話が違うじゃない!!!」
「何の?」

…しらばっくれる気だ。コイツ。
あたしたち二人以外には誰も居ないこの狭い空間。
はっきり言って車内よりなお悪い状況だった。

「あんた、下心はなしだって!!」
「…?………ああ、誤解してるだろ」

誤解も何も……
確かに。どこで何をするのかまでは聞かなかった。
それでも、あたしはこの男を信じたからだ。

それなのに――…


「最っ低!」
「こらこら。勝手に自己完結するなよ」

着いた先は21階。
着いたと同時に逃走する準備をしていたあたしは、正直、開けた視界に体が固まってしまった。

「な?誤解してただろ?」

悪戯っぽく笑って顔をのぞき込まれると、ぱちぱちと瞳を瞬かせるあたしは何も言い返すことができない。

…あー。そーゆーこと……ね。

さり気なく、動かないあたしの肩に手を回し、エレベーターを降りると、一礼して近づいてきたウェイターに男が短く告げる。


案内されたのは窓際の二人がけ。
そこは、夜景を見るのには最高の場所。


薄暗い店内にはピアノの音がしっとりと流れていた。


「それならそうと早く言ってよね」
「何だ?お前さん、もしかして最上階のスイートに連れてってほしかったのか?」
「そういうつもりだったら鳩尾を蹴飛ばして帰る気だったわ」
「だろうな。オレも折角の信用を失いたくない。それに…」
「それに…?」
「個室に篭ったら、それこそ話す所じゃなくなるだろ?」

人の悪い笑みを浮かべて、艶のある瞳が見つめてくる。

「ばか…」

こーゆーことに免疫がないあたしは、真っ赤になって口籠もることしかできなかった。





最近、二十歳になったばかりのあたしはまだ酒に慣れているはずもなく。
こんな高級バーには一度たりとも足を踏み入れた事などなかった。

当然メニューを見ても、さっぱり何がなんだかわからない。
仕方なくそれを放棄して、男に託す。

男はあたしとは違い、穏やかな物腰にも優雅さすら漂わせている。
…確かに、お肉を頬いっぱい詰め込んでナイフに次の獲物をキープしいてなければ、気品すら感じられるし、その育ちのよさが伺えるというものである。
おまけに注文も手馴れたもので場数もありそうだ。


そりゃー、この顔だし、年は分からないけど、おおよそ二十代半ばだろうし、スタイルだっていいし。
お金持ちならまさにパーヘクト。
女性の扱いにも慣れていることだろう。

問題はよりによって、なんでこのあたしが。
……もしかして、この男……


「お前さん、二十歳は超えてるか? 一応、甘いカクテルにしたんだけど…」
「ジャスト二十歳よ」
「ひゅ〜。若いねお嬢ちゃん♪」
「ふん。いくつに見えたんだか知らないけど、見えた分だけあんたのロリ度が増えるだけよ」
「そりゃーマズイ。こう見えてもお子様は苦手でな」
「へぇ。意外ねぇ…」

こんなに人当たりが良さそうなのに。

「そうか?」
「うん」

運ばれてきたカクテルは淡いピンク色。
対する男は琥珀色の液体だった。
ちびり、と口に含むと、甘味と酸味がほどよくマッチした味。

「あ、美味しい…」
「そりゃー良かった。でも、甘い割にアルコールは強いからな。
 気をつけて飲まないと酔うぞ」


相手の忠告も何のその。
くぴくぴと飲み干したあたしは、男の指示を仰ぎ、おかわりを注文した。



しばらく他愛ない話をしていたのだが…

アルコールが進むたびにまず体が発汗して呂律がおかしくなり、なんだか気分が高揚してきた。
これがほろ酔いって言うヤツなのね。
慣れない感覚に意識はあるあたしが冷静に分析するが、やっぱり酔っているせいか愚痴が零れてくる。

「それでねぇー。あいつってばこの頃ぜぇんぜんつれないのよ〜」

「ふぅん」

「最初は忠犬みたくあたしにくっついてたくせにぃ〜今じゃ……」

「もう潮時なんじゃないか?」

「ふーんだ。
 あんたみたいな好色魔の言う事なんか信じませんよ〜」

「事実、お前さんの彼氏は来なかっただろ?」

「…あーあーったく、そうよ。あんたの言う通りよ。
 ここまでほっぽっとかれると、一度くらい別れてやるぞーって脅してやろうかしら」

「脅すんじゃなくて、本気で別れちまえよ」

「…ふん。そんな簡単じゃないもん」

「ま、それでも見込みはありそうだから、ゆっくり時間を掛けてやるさ」

「にゃはははは、がんばってね〜」

「酔ってるだろ?」

「うーん。知らなーーい♪♪」

「――……。もし酔い潰れたら襲うからな」

声は朗らかだが、目が笑ってない相手の言葉にあたしのほろ酔いが瞬時に酔いが覚めたのは言うまでもなかった。











そして、結局アパートの前まで送ってもらっての別れ際。
これが最後のチャンス!!


「あの…っ」
「なんだ?」
「その……。最初はヤだったけど、時が経つうちにその…まぁ、悪くもなかったし。色々と…」

ありがと。
そう言おうとした瞬間、あたしの唇が不意にふさがれた。


「ん…!?」
「ごちそーさん」

「……な、なななななななななな………!?!?」

「それはまた今度に聞かせて貰うよ」
「こ、今度って…」

「だから、また逢おうな♪」




ひらひらと手を振って去っていく男の背中を呆然と見送るあたし。

飛びかけていた思考が戻って拳を力一杯握る。
やっぱり!!!!!!!

あいつはとんでもない男だ!!!!!!!!









■  続く  ■