横 恋 慕



















「あーvvもー食べられな〜い♪」

「…………」

「やっぱり奢りだと気持ちいーわ」

「…………」

「あ、これとこれ、あれも!3人前お持ち帰りね〜〜!」

「……なぁ」

「ああ。忘れちゃいけないデザート!!これとそれとあれ。各3つずつよろしく〜♪」

「おーい…」

「あ、ちなみに、御代はこの人からヨロシク!」

「おいっっ!!」


抗議の声にちらりと振り向くと、数時間前とは打って変わって疲労が滲み出た顔つきをしている男。


「なあに?もしかして食べ過ぎ?」

「おまえさんなぁ…」

ガックリと肩を落とし、しぶしぶ懐からカードを取り出すと店員に渡す。
しかも、ちらりと盗み見たがゴールドである。
あたしとしてはキャッシュが一番好きだし、クレジットの類は使わないが、それがどういうものかくらいは知っている。
実はこの男、結構経済力が豊からしい。


「いやー。悪いわねぇ〜」

ため息と共にお持ち帰り品を持つ男にねぎらいの言葉を掛ける。


「どうしたの?随分大人しいじゃない。やっぱり食べ過ぎた?」

「それはオレの台詞だ。
 おまえさん、そのちまっこい体のどこにあんな量のメシが詰め込めるんだ?」

しげしげと頭のてつぺんから足のつま先まで眺め、そしてまたある一点に戻ってくる。


「何がいいたいのかな〜その視線は…?」

ちょっぴし我ながら気にしている体のある一部の起伏に乏しいその部分。
相手は無遠慮に見ると、またこれ見よがしにため息をつく。

「どうしてその栄養が胸に…」
「じゃかましいっっ!!!」

相手の発言を遮るように一喝する。
あたしに対してはそれは禁句なのだ。

大体、もともとスレンダーな体型(幼児体型ともいふ)なんだからボイ〜ンとでっぱってる方がおかしいのよっ!!………たぶん。……………だといいなぁと思う。


「大体、あんたの方があたしよりパカパカ食べてたじゃないのよ!」

「おかげでオレは標準より育ってるからな〜」

「あたしは今食べ盛りなのっっ」

「オレが今まで会ったどんな人間より食ってたきがするなぁ…」

「そんなに大食いな女が嫌なら、二度と誘わないことね!!」

「あ…いや。その。まぁ、見てて清々しいまでの食い気だとは思うぞ」

取り繕う相手を鼻であしらい、車まで戻るとくるりと向きを変えて相手の正面を向く。


「さ、約束は果たしたんだから、帰らせてもらうわよ?」

「……ヤダ」

「は?」

「だって、食いながらだとあんまり話せなかっただろ?」


そりゃーそうだ。
店中の…店員さんもお客さんも唖然としながら目を丸くしてこちらを見ていたけど、当のあたしたちは『美味い』『追加』『それ、あたし(オレ)のっっ』程度しか言葉を交わしてないのだから当然である。

お互い砕けた雰囲気になったけど、思い起こしてみれば親密な話は何もしてない。
何しろお互いの名前すら名乗っていない。



「オレと居るのは嫌か?」

「………ううん」

「じゃ、決まり」


車に乗り込んで行き先を告げると、それからは互いに無言だった。
…にしても、始め押し込まれた時にはタクシーあたりだと思っていたのだが、どうやら見当違いだったらしい。いわゆる、運転手付きの高級車というヤツである。

うへ…。今更だけど、こいつって結構じゃなくて物凄くお金持ち…?
まぁ、喩えそうだとしてもやっぱり奢ってくれたことへのお礼は言わねばなるまい。

味も文句なかったし、雰囲気もよかった。
何よりこの男、なんの害もなく紳士に扱ってくれた。
大抵の男はあたしと一度食事すると、乾いた笑いを浮かべながら、二度と誘わなくなる
彼だって例外ではない。
彼と食事に行くときにはもはや割勘でもなく、食べた分だけ当人が払う形式になっている。

まー自分で食べた分だし。それ自体に文句はないのだが…………。
目の端に男の姿を捉える。―――あたしの何処がそんなに惹かれるんだか…
世の中奇特なヤツがいたもんである。
友人とかにならこーゆーのが一人いてもいいかもしれない。


いや、それよりお礼を言わないと…。
ありがとう、かな? っていうかそれ以外ないわよね?
…うぁ。なんか今更なんだけど緊張してきた。


たった一言の言葉。
あまり言い慣れてないから仕方ないんだけど…

気合を入れて、相手を見る。
一度深呼吸をして、息を吸い込み……


「……なあ?」
「…ぁ………な、なによ?」

…見事失敗。
出鼻をくじかれたあたしは彼の声に言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。


「食事、楽しくなかったか?」
「なんで?」

キョトンとしてたずね返すと、相手は複雑な表情で笑った。

「ずっと無言だからさ。どうする?お前さん、意外と気ぃ使う性質みたいだからここでお開きにして送るか?」

「そんなことない。美味しかったしそれなりに楽しかったわよ」

それを聞くと、明らかにほっとした様子で破顔する。

「それを聞いて安心した。なら、このまま行ってもいいか?」

コクンと頷く。
あたしはまだお礼を言ってないんだから、少なくともそれまでは―――
…なにも、あんたに気があるってわけじゃないのよ?

胸中で相手に文句をつけてもしょうがないんだけど、誰ともなく言い訳したい気分になった。




そう。それだけ。
飼い主の居ない犬っころに懐かれて、離しがたい気分に囚われている、そんな心境。


だから、そんなに無邪気に笑わないで――――








■  続く  ■