横 恋 慕




















人懐っこそうな顔をしていても、どんなに甘い笑みで微笑みかけられても、………相手がどんなに容姿端麗であっても。



………う゛う゛…ちょっとクラっとくるかもしんない。


潔く負けを認め、改めて相手を観察する。
逞しいのに、いやらしいほどマッチョなわけでもない。
均整の取れた体つきと人当たりの良さそうな顔は十分観賞に値すると思う。

……おまけに、彼に…似てるかもね。

評価にそう付け加え、今ここにいない彼と目の前の相手を重ね合わせる。


「…あの。何かご用ですか?」

しばし無言で見つめ合った後、眉を顰めながらしぶしぶ自分の方から相手に問う。
そもそもあたしから声をかけるつもりはなかった。
相手がニコニコしたまま無言だったから間が持たなかっただけのこと。
それなのに、その無言男はあたしに相手にされて嬉しいとでも言うように目を輝かせて満面の笑みになる。

うぁ。なんかこっちが照れるような爽やか笑顔なんですけど…。

捨てられそうになっていた子犬に話し掛けたら、こんな風に見られるかもしれない。
そんな下心など微塵もなさそうな笑顔である。


「おまえさん、ずっと待ってたのに帰っちまうのか?」

「……ええ。まぁ…」

ってことは、こいつもあたしの事ずっと見てたってこと?

「じゃ、これからオレに付き合わないか?」

やっぱりナンパだ。
にしても、随分顔のいいナンパねぇ…。


「お生憎様。あたし、恋人いるから」

「どこに?」

「どこにって…」

彼が来ないから帰ろうとしているってのに、見える範囲にいるわけがない。


「すっぽかされたなら、いいじゃないか」


全然よくないわい。
あたしはそんなに浮気性じゃないし、何より自分の信条に反する。


「付き合わないわ。他を当たって」


ひらひらと手を振って男の隣を横切ろうとするが、その手を不意に掴まれる。
痛いほど力を込められているわめでもないのに、振り払おうにも外れない。


「…しつこい男は嫌われるわよ?」

「うーん。それはヤだなぁ」


軽薄ともとれる態度に、正直あたしはげんなりした。
少し天然入ってない、この男?
それでなくとも今、気が立っているというのに…。

「あなた。こう言っちゃあ、なんだけど。顔のつくりは良いと思うから、他の女の人ならきっと成功するわよ」

「…もしかしてお前さん、オレのことナンパだと思ってるのか?」

「ナンパ以外の何に見えるわけ?」

「いやぁ、情熱的な出会いというかなんというか…」

「はぁ?」


「つまり、アレだ。一目惚れ」


あたしを腕をつかんでいない手で、照れているような素振りで男がぽりぽりと頬を掻きながら暴露する。
束の間、あたしの思考回路がぎちりと音を立てて止まり、間を置いて目まぐるしく働き出した。

「な、なら、なおのことよ!!あたし、恋人いるんだってば」

「うん。さっき聞いたから、なんとか覚えてる」


なんとか、なのか?


「…オレ、今かなーり無理してソフトに誘ってるんだけど…」

「そう?」

訝しげに口をはさむと、こくこくと律儀にうなづき返し、

「さもなきゃ、このまま強引にお持ち帰りするか、オトモダチとして強引に付き合わせる」

「…どっちも強引って言葉が気になるんだけど…」


…というか、それ以外の選択肢はないのか?
ってな突っ込みは置いておいて。

いつの間にか相手のペースに流されそうになっている自分を叱咤する。


「とにかく、嫌なものは嫌よ」

「どうしてだ?」

どうしてったって……

「あたし、あなたの事知らないし、付き合う理由がないじゃない」

「だから♪試しに一回だけ付き合ってみろって。お試し期間につき、下心は一切なしだ」
「下心なしって自分から言うこと自体、下心ありまくりじゃない?」

「だってそうでも言わなきゃおまえさん、警戒して絶対ついてこないだろ?」


…そりゃそうだけど…
でも…。


「付き合ってる人がいるのに…なんか……ほかの男についていくなんて……」

「ぶー。時間切れ」
「ちょっ…な!!?」

抵抗する間もあればこそ。
あたしは伸びてきた太い手に絡めとられ、男の肩に担がれてしまう。


「このままじゃ埒があかないので、強制連行」

「お、おろせーーっっこの人攫い〜〜〜!!!!!」

ジタバタと暴れても、まったく意に介さず、すたすたと歩き出す。
すれ違う人々のほとんどは、何事かとこちらを見る。

「待ってってばーーーっ!!恥ずかしいじゃないのよ〜〜!!!!」

「じゃ、すぐに人目につかないところに行こうな〜♪」

「怪しい発言かましてるんじゃないわよ!!」

バシンっと背中を強く叩いても、非力なあたしの力では全く歯が立たない。


「おーい。開けてくれ」

路上際まで歩いていくと、コンコン、と窓ガラスを叩く音と、自動で開いたと思しきドアのロック。

ま…まさか……。
肩越しそれを捕らえると、黒い車が見えた。

「ほ、本気で攫う気!?」

「んあ? ああ、ここまでこれで乗り付けたからな」

なんでもないようにさらっと言うと、いささか乱暴に後部座席へとあたしの体を押し込める。

「…ちょっと!!冗談じゃな…っ!!!」

車から這い出ようとしたあたしを牽制するようにその大きな身体を屈めて車に乗り込むと、『出せ』の一言。



あっさりとドアは閉まり、車は走り出してしまった―――






■  続く  ■