女 神 降 臨 |
女神は世界の敵になり、世界は女神の敵になる・・・ 予想でも推測でもない、 これ即ち、『歴史』なり―――・・・ 『あたし』という存在がある。ハッキリとした概念・・・ 他との境界線が――まだあった。 「金色の魔王・・・」 そっと・・・呟く。 ここは―――彼女の混沌(なか)―― 無が渇望して止まぬ在処―――総ての母の御下――― 「悪夢の魔王――」 もう一度、人の言葉では語り尽くせぬ彼女の名をそっと呟く。 まさか――― 出てこない・・・なんてシャレになんないこと言わないでしょうね。 ―――……き、た…… あたしの予想と反して、膨大な光が視界に膨れ上がり、視力を奪う。 そして・・・目の前で混沌が具現化した――― ―――再び見(まみ)えることになろうとは――人の身において・・・ いや、狭間の人間であるからこそ、我を引き寄せし純粋な存在よ。 汝は何を願いて、再び我が前にその身を現したのか―― 恐怖感は―――ない。 圧倒的な力は感じる・・・けれど、それは寧ろ心地いい―― ―――――これが・・・混沌・・・ 「さぁてね。あたしがそう願ったからここに在る。 ただ、何がなんだかさっぱり分からないままここに来ちゃったのよねぇ。 ・・・悪いけど、どうして突然世界の破滅が訪れたのか説明してくれない? そしたら、願いが変わるかも――」 悪びれず、思ったことを口にするあたし。 はっきり言ってそれが本心よ。 なんでいきなり滅びが来たのかすら解らず仕舞いで、禁呪を唱えて世界に身を投じるなんて不条理なこと納得できるモンですか! あたしのおかしな願いを聞き届けたのか、ロード・オブ・ナイトメア・・・、 金色の魔王は、その瞳を閉じる。 そして、ゆっくりと語りだした・・・ それとともに、言葉を補う膨大な知識が、あたしの意識に直接注ぎ込まれてくる。 ―――汝等が世界と呼ぶ空間、それは有限にして無限なもの・・・ 汝等が『記憶』、『歴史』と意味づけるもの―― その一つ一つに無数の分岐点があり、無数の世界が創り出される。 汝が記憶せし世界もまた、そのうちの一つに過ぎない――― 「つまり、細分化した現在がいっぱいあるってことね。続けて―――」 ―――各々の歴史を生み出させし世界は、各々の空間で在り続ける。 それが交わることは皆無――― しかし、ある力により空間にずれが生じた・・・ それこそが災い。歴史を持たず生み出されし歪んだ夢幻の世界―― 「傍迷惑な話ね。どうしてそんなズレが生じたの? しかも、よりにもよってあたしの世界に?」 ―――汝が駆使した闇の力―― 混沌ではなく、混沌の海にたゆたいし力・・・それが・・・原拠―――― 「不完全版『重破斬』!? あれが……全ての元凶――?」 じゃあ・・・全ての責任は・・・あたしにあるってこと・・・? 「一つの空間に重複して創られちゃった世界ってのは、どんな世界?」 ―――・・・・・・魔が滅び、神が勝利した光の世界――― それこそが引き寄せられ、全てを混沌に帰す存在――― 「そう・・・で、やっぱあたしの願いは結果的にこーゆーのに行き着くわけね。・・・それを回避するにはどうすればいい?」 ―――純粋な想い故に世界を捨てた人間よ――― 「―――――・・・」 ―――そのお前が、世界を救おうというのか・・・? 何故に?彼の人間の男のため・・・か・・・?――― 「・・・・・・・・・・違うわ。あたしはあたしのためにそうするのよ。 しかも、元はと言えばあたしが引き起こしたことじゃない。 自分でやった後始末は自分でつける。 それが結果的に世界を救うことに繋がる――ただ、それだけよ。 あたしは正義の味方で英雄気取りは御免だからね」 ―――その想いもまた、純粋なそなたの心――しかし――・・ 我が力は我にしか振るえぬ・・・ 重複せし二つの世界を救うことは我が力を持ってしても不可能。 もはや、動き出した力は止まらぬ――― 「じゃぁ、どうすればいい?」 ―――・・・一方の世界を消す・・それしか方法はあるまい―― 「っ・・・冗談じゃ・・・ないわよ・・・っ」 喉の奥から絞り出す低い唸り声。 彼女に怒りをぶつけても、なんの意味も持たないのに――― 虚勢を張るしかないあたしは、、なんてちっぽけで無力な人間なんだろう・・ 「・・・他に方法は?」 虚無感に囚われ、縋るような弱々しい声で尋ねる。 ―――光は闇、有は無に惹かれる。闇と光は対極にして同一。 有は無にして無は有となる―――片一方だけの存在は・・・ 有り得ない――― 「そうじゃない!あたしが聞きたいのはそんなことじゃ・・」 ―――闇と光の狭間に生み出されし人間よ、それが――・・・答えだ――― やるせなくて・・無力な自分を蔑みそうになって・・・叫びだしそうになって・・・ 全てを堪えるために下唇を噛み締める。 あたしの世界を救うための選択肢は・・・一つ――― 「・・・つまり、両方の存在は維持できない。だから混沌を宿したあたしが、ズレで生じた光の世界を滅ぼすしか方法がないってこと?」 ―――・・・・・・・――― ゆっくりと金色の瞳を閉じる――それは肯定の証だろう―― そこには・・・例え、ズレで生じた世界とはいえ、幾億もの人が生きている筈・・・あたしとは違うあたしがいるかもしれない世界・・・・なのに! これが冥王が言っていた多くの血・・・・おおすぎよ。いくら何でも。 世界丸ごと一つ滅ぼすなんて・・・・ ふと・・・微笑する。 それが金色の魔王に伝わったのか、再び見る者を圧倒する金色の瞳が開かれる。 「あたし・・・ロクな死に方出来ないでしょうね。 一度は・・自分の望みのために世界を滅ぼしかけ、今度は・・・ 実際、世界をこの手にかける。 裏切りと・・・報い。決して拭えぬ罪―――そして、罰――」 ―――贖罪を求めるのか――― 「まさか。そんなガラじゃないわ。ただ、そう思うだけ。 今なら、予言の・・・あたしに下された神託の意味がわかる。 あたしは―――世界の敵となり。世界はあたしの敵となる・・ それが、『歴史』―――」 ―――生あるものには扱える器がある。 汝は、それが他者より大きいに過ぎない――― 「自惚れるなってこと?人間ごときが?」 ―――そう自虐的になることもあるまい・・・ それもまた、一つの歴史に過ぎない――― 「簡単に言ってくれちゃって。あたし等にしては大事なんだけどね。 ま、おしゃべりはここまでにしましょう。決めたわ。 あたしの属する世界は滅びに従わない。滅ぶのは、夢幻だけよ。 だからさっさと・・・・終わりにしましょう。」 ―――汝は、それを受諾するのか――― 「どういう意味?」 ―――我が力を振るうには、汝の純粋な想いが糧となる。 汝が心――我が内に囚われることになる・・・永遠に――― 「何を今更、もう遅いわよ」 ―――引き返すことは・・出来る。 我が力をもってすれば、再び彼の男の手に戻ることも・・・ 今ならまだ――間に合うであろう――・・・。 しかし、我が力をその身に宿し、 混沌の力を駆使すれば後戻りはできぬ――― 「へーー今回は随分と親切丁寧じゃない? 前は好き勝手やってくれちゃったくせに。 ・・・でも・・・お生憎だけど・・・・このまま戻っても、世界と一緒に心中――― 戻らなくても同じなら――― 後悔はしたくないタチなの。後で、あーすれば良かった・・・なんてね。 あんたの言う所、これも一つの岐路――そして、今のあたしの言葉で選ばれた未来が―――あたしが生きた『歴史』よ」 ―――・・・・・それもまたよかろう。 我はただ、夢見の存在・・汝に力を貸そう――― 「随分気前が良いわね」 二度も、彼女にとってはちっぽけな存在に手を貸すなど・・・ ―――・・・あまりにも長き年月を経てきた我が力――― 一時の夢に干渉するのも、また一興―――― 「それって、単なる暇つぶしってこと?」 ふ・・・・っと揺らぐ魔王の瞳。 それが優しいと感じたのは、きっとあたしの気のせいじゃない。 「折角のご厚意を無駄にするのも悪いしね。あんたの気が変わらないうちに・・・・・やるわ」 ――――どうして・・・あたしは恐怖を感じないのかな? もうあの世界には戻れないのに・・・・ ―――では、誘(いざな)おう。 光に満たされながら、闇を求める世界へ――― 彼女の声とともに、視界が暗転していく――――・・・ ・・・約束は・・・守れそうもないわ。―――ゴメンネ・・・――― ―――リナ・・・帰ってこい。待ってるから・・・――― ゴメンネ・・ごめん・・・・・・・・ごめんなさい・・・・ 滅ぼすのは―――・・・一瞬だった。 苦痛も・・・快楽も感じない。 悲鳴も、罵声も、恐怖に戦(おのの)く声も、生を請う声も―――― 何も聞こえなかった―――・・・・ ただ、あたしは、それを目に・・・心に焼き付けた。 これが・・・あたしが滅ぼしたもう一つの現在(いま)――― 未来(明日)を断たれた『歴史』・・・ あたしが生み出して、あたしが滅ぼした世界――・・・ それを見届けて、あたしは――・・・混沌に沈んだ――・・・ ――――ずっと・・・・待ってるから、――――――― ご・・・め・・・・・・ん・・・・・・・・・ね・・・・・ ・ ・ ・ |