Never Ending 旅立チマデ、モウ少シ… |
「ちゃっかりと不気味さんが居座ってますねぇ……。 そーだぁ、せっかくですからぁ、宿泊費も頂いちゃいましょーかねぇ♪」 ミルアがにこにことケチ極まりないセリフをのたまう。 「不気味さん…って……それもガウリイの事?」 こくんと頷くミルア。 「だって、物騒っぽくなくなっちゃったのでぇ〜 現代ニーズを先取りしてぇ〜不気味さんと名付けましたぁ!」 「誰のニーズだ、誰の!?」 とりあえずツッコムべき所は指摘して、視線をミルア銘々『不気味さん』に向ける。 その視線の先には言わずもがな、病院の花壇に水をまいているガウリイの姿。 何がそんなに楽しいのか、窓の向こうで水まきをしているガウリイは終始笑顔である。 「う゛う゛…やっぱり不気味さんですぅ〜」 治療している時の彼とのギャップが激しかったのか、 ガウリイは『物騒さん』から『不気味さん』に昇格した…らしい。 いいけどね。別に。 「それよりミルア、あんたもそろそろ独り立ち出来るようになんなさい」 「はいぃ〜頑張りますぅ」 のんびりとした動作で時計を見ると、あらあらと声を漏らす。 休憩時間はとっくに過ぎていたのだ。 それでもなお、ゆっくりとした動作で白衣を着ると、これまたトロトロと休憩室を出て、ノロノロと診察室へと向かっていった。 「…………」 もう何も言うまい。 あたしはコメカミをつたう冷や汗を無視して、窓から吹き込んでくる爽やかな風に身を委ねる。 最近はミルア一人でも診察を任せられるようになってきた。 始めはそれこそ注射器を動脈に無理矢理押し込んだり、毒草を傷口に塗り込んだり、輸血するつもりが、あろうことか逆流させて血を吸い取ってみたり……と、微笑ましいエピソードが数多くあるが、今は随分落ち着いてきた。 ……たかが時間など、初めのアレに比べれば愛嬌で済む程度。 そうなると、そろそろあたしのここでの役目も終わりだろう。 やっぱ、少し寂しい……かな? 「なーなーリナ」 ぴょこんと、窓から顔を出したのは何故か頭まで水を被ったガウリイ。 その彼がにこにことあたしに手招きをしていた。 「ったく…ガキじゃないんだから、風邪ひかないでよ?」 「平気だって。今日は良い天気だし。それより、リナも来いよ」 窓縁に寄ったあたしを軽々と抱き上げて、外へと連れ出す。 「あ、こら!あたしスリッパのまま…っ」 「いいじゃないか、どーせ濡れちまうんだから」 まるで悪戯っ子のような顔をして、ガウリイはいきなし水を掛けてきた。 「わきゃっ!?」 「水も滴るいい女ってな♪」 いくら天気が良くても、井戸の水は相当冷たい。 ガウリイはお構いなくあたしにそれを掛けたのだ。 「上等じゃないっガウリイっ!このあたしを濡れ鼠にした罪は重いんだからね!」 水を掛け返し、その度に応酬され…… 庭じゅうを水浸しにさせながら、あたしたちは久しぶりにはしゃいで遊んだ。 ―――そして次の日。 「せんせぇ〜風邪薬、ここに置いておきますね〜」 間延びしたミルアの声をぼーーっとした頭で聞きながら、あたしは頷いた。 「おい、リナ、大丈夫か?」 ベッドサイドから心配そうに覗き込むガウリイは、昨日一緒に水浴びをしたはずなのにまったくの元気で。 あたしだけが風邪をひいてしまったのだ。 「不気味さん、ダメですよ〜。 せんせぇ、こんなんでも一応か弱い女性なんですからぁ」 をひ…っ一言多いやいっ! 喉がやられて声が出ないのが悲しいかな。 珍しくぷりぷりと怒るミルアは肩を落とすガウリイに言い聞かせる。 「ちゃんと看病してあげてくださいねぇ。 不気味さんが死にぞこないで目を覚まさなかった2日間はぁ、 せんせぇが寝ずの看病をしてくださったんですよぉ!」 「へ〜そうだったのかぁ」 しかも余計な事をっっ おにょれミルアめ……声が治ったら覚えてろよっ あ、ガウリイっ 何へらへらしてんのよ! 「じゃぁ、今度は俺がリナを助けてやらなくちゃな」 「そうですよぉ。不気味さんは文無しで治療費踏み倒そうとしているんですから〜 治療費分は働いていってくださいねぇ〜」 ミルアが満足気に頷く。 ………この子、やっぱりいい性格してるじゃない。 ガウリイの頬に流れた冷や汗を、あたしは見逃さなかった。 「……リ、リナ。早く良くなれ。そして早く二人で旅に出よう」 切々と訴えるガウリイがおかしくて、あたしは思わず笑ってしまう。 そうね。 この風邪が治ったら、また二人で旅をしようか。 今度はあんたに言わなきゃいけない。 あたしも、あんたのこと……………… 「……?…リナ?」 寝息を立てて眠ってしまったリナの頬に、そっと手を伸ばす。 熱で上気した頬。 少し苦しそうに吐息を繰り返している。 それは、あの時とよく似ていた。 「風邪引いたリナって、俺とキスした時とそっくりだ」 「あ、知ってますぅ〜?風邪って移すと早く治るそうですよぉ〜?」 ミルアの言葉に、ガウリイが実践したかどうかはわからない。 ただ、あたしが回復した後、入れ違いで風邪を引いてしまったのは、事実だった――― ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ お・ま・け♪ 「不気味さん〜治療費、上乗せしておきますねぇ〜」 にこにことツケを加算するミルアが本当に嬉しそうで。 あたしはふと思う。 ミルアって本当はとんでもなく頭が切れる子なんじゃ……… 頭に浮かんだ考えを打ち消し、熱にうなされるガウリイのおでこに絞ったタオルを置く。 まさか、ね。 「…あーでもぉ、不気味さんはせんせぇと旅に出られるんでしたらぁ、請求書はせんせぇにお渡ししますねぇ」 ぽんっと手を置いてくるミルアが本当に輝くような笑顔で。 あたしは思いきり固まってしまった。 振り返ると、ミルアの手には紙が一枚、突き出されている。 でかでかと書いてあるのはまさに『請求書』と題されている。 「………コイツの怪我、あたしが治したんだけど…」 「はぃ〜。もちろん、その分はちゃぁんと差し引いてありますぅ」 …………こいつ、とんでもないヤツでやんの。 「アンタ、いい医者になるわよ」 「はい〜。あのヒトもぉ、そんな事を言って息を引き取りましたぁ」 あのヒト? ……ああ、あの優しそうなお爺さんね。 笑顔全快のミルアから寝込んでいるガウリイに視線を移す。 彼は浅い呼吸を繰り返していたが、お構いなしにぺちぺちと頬を叩く。 「いーい。これ、奢りじゃないからね。身売りしてでも全額あたしに返すのよ」 意識のないガウリイがあたしの言葉に応えるかのように小さく呻いたのは、それはそれは微笑ましい光景だった。 これは二人のインターバル。 あたしたちが旅を再開するまで、もう少し―――― おしまい☆ |