Destiny
〜また巡りくる日まで〜















別れが来るのは初めから分かっていた。
出会いがあるように、別れもあることを。

そして……置いていかれるのは、いつも自分だった。


あの時も、そう。
そして…今も―――








「また不気味さんに嫌気がさしたら来て下さいね〜〜〜♪」

朗らかに手を振ると、遠くから振り返った二人。
特に栗色の魔道士の少女が大きく手を振り返す。

「そン時はヨロシクね〜〜〜!!」

傍らの青年が、情けなく肩を落として少女のマントを引っ張っり、
『…リナぁ…』とすがるように少女の名を呼んでいた。
それは見ているほうが思わず笑みを浮かべるくらい微笑ましい光景だった。


騒がしい二人が離れてしまうと、もの足りない寂しさ。
それでも自分は救われた方。
彼が居なくなってすぐに転がり込んできたおかしな同居人。
胸にぽっかりと空いた空洞は埋められなくとも、彼女といると退屈はしなかった。


だけど別れは来る。
そう、こんな風に……



二人の影が遠くなり、見えなくなるまで。
ミルアはずっとそこに佇んでいた。





そして、不意に生まれる闇の気配。


「…ミルアさん♪お久しぶりですねぇ」

「あらあら〜♪ゼロスさん、お久しぶりですねぇv」

突然現れた漆黒の神官服を纏ったおかっぱ頭の青年。
ミルアは驚きもせずのんびりと頭を下げて見せた。

「あ〜あ。またリナさんたち一緒になっちゃったんですかぁ〜残念ですねぇ」

少しも残念じゃないような口調で言うゼロスにミルアもにっこりと微笑む。

「契約違反をしたのはそちらでしょう?」
「彼はこちらで処分させて頂きましたよ」

肩をすくめ、あっさりと言い切った内容は流石に魔族、というべきか。
ゼロスは嘆息するように吐息を漏らす。
それは本当に人間じみた仕草だった。

「せっかく慈愛と自愛に満ちた戦力協定を結べたと思ったんですがねぇ…。
 彼の執念を甘く見ていましたよ」

ニコ目を困ったように下げて、魔族なりの誉め言葉を捧げる。

「何故彼を囮に使ったんですかぁ?」
「適任でしょう?」
「…まぁ、そうですね〜」

さして気にすることもなかったのか、ミルアも頷く。


「僕としてはこっちの方が面白そうですし、敢えて干渉するつもりはないですが…」
「何か不都合でも?」
「アストラルサイドの方々に色々と問題がありましてね。」

「パシリ魔族さんも色々と大変なんですねぇ〜」

しみじみとした口調に白く荒むゼロスの肩。

「はぁ…。
 リナさんとガウリイさんがらぶらぶ…考えただけでも恐ろしい………」

『だからあの時慌てて契約をむしり取ったんですがねぇ…』とぼやくゼロス。

「まぁ、いいじゃないですかぁ。世の中愛が溢れてて」
「良くありませんよぉ……レッサーデーモンあたりならアレ、一撃で滅んじゃいますよぉ」

実際、ここの辺りには魔の気配が全くない。
……当分寄りつく物好きもいないだろう。

ゼロスはまたため息を吐いた。

人材不足、もとい魔族不足で不景気なこの時期に、強い意志を持つ人間が激烈ラブラブパワーをその辺に垂れ流して歩かれたのでは魔族にとってはたまったものではない。
しかも、あの人間の男…

「あーあ。ガウリイさんが独りだった時には、彼だけでも何十匹の魔族が食いつないでいけただけの負の力を撒き散らして下さったのにぃ〜」

さめざめと泣くゼロスにミルアがハンカチを差し出す。

「世の中、そうそう上手くいかないものなんですよ」

妙に悟った面持ちでミルアが言うと、差し出されたハンカチを目尻に当ててゼロスが振り向く。

「所で、あなたはなんでこんな所に居るんです?」

「……あら、やっと聞いて下さいますぅ〜?」
「ええ♪ホント、久しぶりじゃないですかぁ。……ざっと300年ぶりですか?」
「正確には287年ぶりですねぇv」


さらりと修正を加えて、ミルアが微笑む。

そしてふっと表情を変え、遠く遙かに思いを馳せる。









「あの人に先立たれたれてしまったわ」



それはいつもの口調ではなく、悲しみに彩られた碧瞳に陰が落ちていた。
一度でけ金髪の男に見せた、あの表情。

「でも彼は生粋エルフだったんでしょう?」
「私のせいね。彼に影響が出たのよ」
「あなたもリナさんと同じように離れるべきだったんですよ……彼の為を思うなら」

ゼロスの細い紫の瞳を見つめ、ころころと笑う。

「冗談でしょう?私は後悔してないわ。そして彼も。逝く前に言っていた。『一緒に居てくれてありがとう、また会おう』ってね」


かつて自分もあの少女と同じような行為をした。
愛しくて愛しくて、大切なヒト。
でも自分が何かを分かってしまった。
年をとらない体。人間には過ぎた魔力。そして………紅いチカラ。

逃げた私がある日立ち寄った町。
そこで見かけたのは自分の似顔絵。
それはなんと、賞金首の指名手配書だった。
まじまじとみた自分は、その途方もない金額に目を飛び出したものだ。

今思い出しても笑いがこみ上げてくる。
それは指定の役場に引き渡すのでもなく、殺すのでもない、おかしな手配書。
賞金を支払う相手、それはなんと賞金を懸けられていた自分だった。
何故自分を捕まえたら、大金を支払わなければならないのか…。
あまりにお粗末だったが、それは確信犯のバカなワナだった。

たかが一人の尋ね人に一人の生粋エルフが知恵を絞って考えた、
馬鹿らしいほど笑えるワナ。


『見つけた―――っ!!』
『………な、んで……』
『そーれーはっこっちのセリフだぁぁっ!!
いいかっ!覚えとけよ。オレはなぁ、執念深くて陰険で雑食なエルフなんだ!!』
『雑食って………』
『いい、とりあえずなんでもいい。それよりミルア、オレがお前を捕まえたんだからな、あの賞金額、払えよ?』
『……はぁ!?』
『とーーーぜんだっ!!全額払うまで一緒にいるからな。あんだけの金払う頃には離れる理由なんて忘れてるだろうさっ!!』
『……威張る事?』
『おぅっ!いいじゃねぇか。オレも長生き。お前も綺麗なまま若作り……
 いや、まて。悪かった。謝るからその紅い力を消してくれ!』


『……あたしと居ると……いつか災いが訪れるかもよ?』




『だったらどーした』



にかっと笑った、あの人の笑顔の残滓―――

涙が出そうになるほど甘くて切なくて……愛しい思い出。


お金に何かと執着を持つのは…その名残かもしれない。
そう言えば、あの金額は払い切れたのだろうか。

二人で共に過ごした時の中で―――



「相手を思って離れることは愚かだと教えこれまたの。私はもう、そんな綺麗な生き方はできないし、しない」

「おおこわ」

大げさに引いてみせるゼロスにすくり、と微笑んで。

「私にとっては最高の誉め言葉ね」

鮮やかに微笑んで見せた。



「あなたはこれからどうします?」

「…彼を、待つわ」

「輪廻転生を?」



 『――ミルア――待ってろ……オレが、戻ってくるまで……
  少なくとも、お前がオレ以上のイイオトコを見つけるまでは。』



馬鹿なヒト。
あなたよりイイオトコなんて、そうそう見つけられないのよ?
そんなの、一生探したって無理。
私たちは一緒にいるのが運命。

どうせ戻ってくるのなら、私は大人しくしてる。
時の移ろいと共に村からは出たとしても。
私はこの風の吹く所にいる。





「そう、再び彼が戻ってきてくれる日まで。私は待ち続ける。
 彼と生きたここで―――」





一年前に死んだ彼女の半身。

それが眠る、この地で―――




「そうですか…でも―――」

くるりと身を翻し、錫杖をミルアに向ける。


「なんなら、そのつまらない命に僕が終止符を打ってあげてもいいんですよ?」
「あなた如きで私に勝てると思う?」


すくすくと微笑むミルアにゼロスが錫杖を下げる。

「やってみる価値はあると思ったんですがねぇ〜」
「無理よ。……それとも」

きらり、と煌めく瞳にゼロスが一歩後退する。

「あの人との愛の日々を赤裸々に語って欲しい♪」

「え、遠慮しますぅ〜〜〜」

泣く泣く謝ったのは言うまでもなく、ゼロスは肩を落として項垂れた。

「どうしてこう僕の回りにはおかしな精神攻撃でつくつくといぢめる人たちがいっぱいいるんでしょう…」


それは時に黒髪の爆発元気娘の生の賛歌だったり。
魔族でも一撃のさっっむいギャグをとばす黄金竜だったり。
果ては栗色の髪の少女にぞっこんの金髪剣士の惚気だったり。


各々の攻撃にはそれぞれ特色があり、それはそれで趣もあるのだが。
非常に情けないことにそのどれにも敵わなかったりする。


「…はぁ…………あなたも後二、三度転生してくれれば僕たちも随分楽になると思うんですがね?」

「ダメよ、まだ瞳は緑だもの♪」

「はぁ…魔王様ぁぁ〜〜〜」

「あらあら〜ゼロスってば、ホームシック?」


よしよしと撫でるとゼロスはますます顔を歪める。

「あなたは本当に不思議な人ですね。魔の力と人間の心を持ち合わせている」


くすくすくすくす…。

「ええ。恋する女は強いのよ」

「願わくば、一日も早く復活して欲しいんですがね?」
「期待には当分応えられそうにないわ。だって私、この世界好きだもの」


手をいっぱいに広げて、示す世界。

蒼い空、緑溢るる大地、心地よく吹く風。
そしてそこに育まれる命。


「滅ぼすなんて勿体なさ過ぎる」


ゼロスは嘆息し、身を翻す。

「ではまた、気が変わった頃にお訪ねしますよ」

「ええ。ではまたいずれ〜」


口調を戻してにこやかに手を振る。
消えていったゼロスを見送ると、ミルアもまた身を翻す。


今日は、あの人の一年忌。
愛しい愛しい私の半身。

両手に抱えきれないほどのお花を持って、あの人が眠るあの場所に行こう。


あの、風の吹く丘へ――――










ミルア編・終