Destiny 運命<さだめ> |
「リナ!!」 突然抱き締められて、あたしはただ呆然とその相手を見上げた。 金色の髪が覆う精悍な体つき。 見上げないと、とてもじゃないけど見えないその綺麗な顔立ち。 「がうり…」 どうしても止まらなかった涙があっさりと止まる。 「馬鹿………。馬鹿だよ、俺たちは……」 ぎゅっと抱き締める力が痛いほどあたしの体を締め付ける。 なんで……?どうして…?? 疾風のように舞い戻ってきた男にあたしの頭がおっついて来なくて。 ただ呆然と、ガウリイのなすがままになっていた。 「ガ、ウリ…イ…?」 抱き締めていた手の片方が、あたしの頭に添えられ、ガウリイの厚い胸板に押しつける。 「いいか。一回だけ弱音吐くから聞いとけよ。 ………逢いたかった。逢いたかったんだ、お前さんに。 なのになかなか逢えないし、俺がいくら探しても痕跡一つ見つけられなかった。それなのに、突然こんな簡単に逢えちまった。…なっさけねぇ。 おまけに素直に再会も喜べもしないほど振られたショックがでかくてさ。 居なくなったお前に、俺のココロを根こそぎ持っていかれちまった気がして……俺が俺じゃなくなってた。 俺はこんなになっちまったのに、お前は前と変わらない。 そう思ったら、傍にいるのにずっと遠くに居るような気がして、ガキみてぇに苛立ち紛れで八つ当たりした。 そんで落ち着いて気付いたら、お前はもっとずっとずっと遠くに離れて行っちまってた。 やっと見つけたのに…… 一人で宛もなく彷徨っている時より…辛い、寂しい…虚しい…… 一人で歩くのはもう嫌だ。 俺は戻りたい。本当は戻りたいんだ。あの頃に……」 「がうり…」 抱き締められたまま吐き出された想いの全てに、止まったはずの涙がまたじんわりと浮かんでくる。 「俺が言いたいのはコレで全部だ。情けない男だと思うならそう思え」 自棄気味に宣言し、あたしをさらに強く抱き締める。 その言葉に乗せられた想いに、あたしはいつの間にか強く握っていた拳を解いて、彼の背にそっと回す。 ビクッと肩を震わせても、すぐ答えるように抱き込んでくれたのが嬉しくて。 溢れ出した涙が一粒、零れ落ちた。 「あたしは…ただ………アンタに生きて幸せになって欲しくて… そんな思いをさせる気はなかった。あたしは弱くて受け止められなくて……こんなんじゃ………あたしは……あたしは…っ」 言ってる事は矛盾ばかりだったけど、全て、あたしの中の真実だった。 居たたまれず逃げたい時もあったけど、離れるのが怖い時も…それ以上にあった。 ただ、あたしに関わったばかりにガウリイはいつも魔族との諍いに巻き込まれ、そして何度となく勝利を収めてきた。 あたしたちが別れれば、不利になるのは目に見えている。 それだけは避けたかった。 ……魔族と関わらないなら、彼の敵になるものなんていない。 人間相手なら…。 比類なき腕を持つガウリイなら。 戦いをさほど好まない彼なら。 きっとそれなりの生活を送ることが出来る、そう考えた。 それが彼のシアワセにも繋がると思った。 「お前なあ、俺が生きて幸せならいいんだって、お前さんは言うがな。 そんなもン、俺がお前の隣にいて、笑って、幸せだって言ってなきゃ、なんの意味があるってんだ。誰がそれを見届けてくれるんだ?」 「それは……」 「そんなの、俺が死んで居ないのと何処が違う?」 そう――、 傍にいないのは、死んでいるのと同じ事。 あたしには何も分からない。 幸せなのも、泣いているのも――― 「だって……約束が…あいつらとあたしは……」 『リナ=インバース、我ら魔族と契約せぬか―――』 「誰と何があったのかしらんが、ンなもの、取り消しだ」 『魔族から最大限の譲歩…いいや正当な取引だ――――』 「でも……あたしは…っ」 『お主は我らが滅ぼす。が、しかし、お主が首を縦に振れば、 お主と共に我らが王を滅ぼしたあの男の安全だけは約束しよう』 「もう、黙って。みんな俺に預ければいいから」 『お主は一人になれ。あの剣士から離れよ。それが、契約の証――』 「ダメだよ……こんなの、絶対だめ…っ!」 『我ら魔族は、あの男からは手を引こう―――』 「いいから俺の物になれ、リナ」 「な、に…言って……」 見上げたガウリイの瞳は、深い深い蒼色をしていた。 それはあたしが苦手な全てを見透かす瞳。 思考を溶かして素直にさせられる、おかしな力がある瞳。 「俺の物になれば全部水に流してやる」 「ガウリ…イ・・・・」 その甘い誘惑に。 その強い蒼玉に。 全身が、魂が、一つ一つの細胞が、否応なしに震えた。 「約束の印もある」 差し出されたそれは、あたしが今まで部屋の隅々まで探していた指輪を納めた小箱。 「これ…っ!」 ガウリイが来たことですっかり忘れていたあの指輪を取ろうとこの部屋に来た。 けれど、いつもの隠し場所には、もうそれはなくて。 もしかしたら、気付いたガウリイが捨ててしまったのかと思っていた。 けれど、それは今まさに彼の手中にあって。 一年前と同じように、あたしに差し出されていた。 「懐かしいな…前にもこうやって贈った」 それは懐かしい思い出。 別れたあの日、部屋に来た彼から手渡されたプレゼント。 『手持ちがないから安物で悪い』と、前置きして照れたように頬を掻きながら。 『もっとちゃんとした物を渡すから今はこれで我慢してくれ』と、お日様のように笑いながら。 あたしにくれた銀の指輪。 金もない、甲斐性もない相棒がくれた、あたしの唯一の宝物。 ガウリイからの、想い――― 「もう一度…貰ってくれるか?」 過去のあたしはこの時、殴られたかのような衝撃を受けた。 贈り物と共に、告げられた言葉を受け入れられなかった。 『愛している』と保護者と称する相棒が言った。 相棒のくせに、保護者のくせに、クラゲのくせにっっ!!! ガウリイはあたしを裏切った。 ………そう思えた。 でもそれはもう、過去。 この離れていた一年、ずっとこの場面を、あの言葉を反芻していた。 ふと気が付くと、ガウリイの手は微かに震えていて。 あたしはそれを支えるように、両手で彼の手を包み込んだ。 「いいの?」 あたしの声も微かに震えていて。 「本当に、いいの?」 縋るように確認する。 「お前じゃなきゃ、やらん」 あたしにだけ向けられる想いに、また涙が溢れた。 「リナ、もう一度だけ言う。 オレのモノになれ、……いいな?」 彼の問いかけに、あたしは涙を拭いてゆっくりと頷く。 「このあたしをアンタなんかに預けてやるんだから。ガウリイのも全部あたしが頂くわよ?」 「当然。最初からそのつもりだ」 その様子に小さく笑ったガウリイがあたしの手を取って、指輪をあたしの左手の薬指に嵌めてくれた。 「もう二度と外すなよ」 指輪を嵌めた手に口づけて。 次にそれは唇に降りてくる。 次第に近づいてくる彼を合図に、あたしの瞼は自然に閉じた。 温もりがそっと離れ、目を開けるとそこには―――― 「ここからまた、俺たちは二人だ」 いつの間にか1年前のガウリイがいた。 優しくて日だまりのように温かい蒼い瞳をした彼が……………戻ってきてくれた。 「忘れるな、リナ……オレのシアワセは、お前と共にある………」 ああ、もう……。 あたし、あんたが居ればそれだけでいいよ…… おわし。 |