Destiny 我が儘な子と臆病なヒト |
「おや、ミルアちゃん、久しぶりだね〜」 「あ〜パン屋の女将さんv偶然ですねぇ〜♪」 ミルアの後ろに控えるガウリイを見て女将さんが目を丸くする。 「おやおや、ここらじゃ滅多にお目にかかれないような美青年じゃないか。ミルアちゃんも隅に置いておけないねぇ」 「あはは。そんなんじゃないですよぉ〜」 「またそんなこと言って。…でもミルアちゃんもリナ先生も相手がいるんじゃ、うちの息子もがっかりするねぇ…」 体格のいい体を無理に肩を竦めてみせる。 「え〜?先生って相手、いるんですかぁ?」 「ほら、先生はいつも大切そうに指輪してるだろ?」 「ああ〜そう言えば〜」 「いつだか誰に貰ったのか聞いたら、なんて言ったと思う?」 含みを持たせた言い方にミルアも身を乗り出して聞く。 「なんて言ったんですぅ?」 「世界より大切な人からの贈り物だってさ。いや〜いいねぇ。若いってのは」 「どっさり砂糖が吐けますねぇv」 「……その指輪………特徴は?」 突然、横から口を挟んだのは今までうざったそうに二人の会話を聞き流していたガウリイだった。 「どうしたんだい?急に…」 「その指輪の特徴を教えてくれ!!」 怪訝そうな顔をする女将さんに重ねて言うと、相手はちょっと考え込み、 「そうさねぇ……銀色の指輪だったと思うよ」 綺麗な細工が入ったものだ、と詳しく話してくれた。 「…………」 その言葉にガウリイは沈黙し、ミルアはちらりとガウリイに視線を走らせる。 戸惑っているような彼に内心ほくそ笑む。 これを使わない手はない。 俯く彼にわざと聞かせるように声のトーンを上げる。 「先生、大切な人がいたんですねぇ」 「あの子、若いのにしっかりしてるからねぇ。 是非ともウチの嫁に来て欲しかったんだけど、こればっかりは仕方がないね。 それにあの子、時折ふっと、悲しそうに笑うだろ?あれは見てる方が居たたまれなくなるねぇ……きっと辛い事があったんだろうさ」 その言葉に隣の男が一瞬、震える。 ミルア自身、一度もこの男が感情を乱すことはできなかった。 けれど、たったこれだけの事で、この男は動揺している。 世間話から解放された後、ミルアは最後の賭に出ることにした。 「…聞きましたかぁ〜?」 「…………」 「指輪にまつわる先生の癖、知ってますぅ?」 「…………」 「何かあると、右手の薬指に嵌められた指輪をなぞるんですぅ〜」 「………村人とグル組んで俺を填めたいのか?俺はそんな指輪なんぞ知らん」 一方的に歩き出したガウリイを追いかけ、ミルアは懐から何かを取り出す。 「そうそう、今日病室の掃除してて…枕の下からこんなものを発見しました〜」 投げて寄越す小さな箱を反射的に受け取り、ガウリイが手にすっぽり収まるそれを見る。 それは小さな箱。 新しいとは決して言えないそれは、彼にとって見覚えのあるモノだった。 開けばそこにしっかりと納められた小さな指輪。 彼の手にはとても嵌らない、繊細な造。少し酸化してはいるが、それがまた落ち着きを醸し出す美しい銀の指輪だった。 「………」 「あなたが突然運ばれて来たのでぇ、今日まで取れなくなっちゃたんですかねぇ〜…それとも、その指輪の代わりだったモノが来たから、あえて取らなかったのかもしれませんねぇ♪」 「…何が言いたい?」 眉を顰めた彼にミルアがますます笑みを深める。 「いいえ〜。ただの嫌みですぅ」 何食わぬ顔できっぱりと言い切った。 「さて、最後に付いて来て欲しい所があるんですぅ〜」 「………俺は…」 「踏み倒しはいけませんよぉ〜」 グリーンの深い瞳が見透かしたようにきらめき、ガウリイは言葉に詰まる。 「それではぁ病院の裏庭まであなたを徴発しますぅ〜〜」 「……アイツがいる…」 「だから、行くんじゃないですかぁ〜」 「……………あんたは何か知っているのか?」 目を細めて威嚇とも取れる仕草にも、怯むどころかにっこりと笑って受け流す。 「いいえ〜♪」 鈴の鳴るような美しい声音であっさりと。 「嫌がらせに決まってるじゃないですかぁ♪」 天使のような微笑みで言い切ってみせた。 ガウリイは何かを探るようにミルアを見つめるが、結局何も読みとることは出来ず、しばし黙考した後、小さく頷いた。 「はいはい〜。では一名様ごあんな〜〜〜い♪」 鼻歌交じりで歩き出すミルアに少し躊躇するが、お構いなしに歩いてゆくミルアの後に結局は従った。 モウ一度、逢イタイ…… イツデモ…逢イタイ…………… だから、 モウ一度ダケデモ、逢イタイ。 いつも中から見ていたここ。 今日ばかりは逆の位置から、中を窺う。 どこか不思議な感じがした。 別に外に出たかったわけではなかった。 ただ、ぼんやりと見ていただけ。 本当は何も映っていなかった。 ただ虚空を見ていた。 それ以外、俺には何もすることがなかった。 必要もなかった…… 小さな背中を覆う長い栗色の髪。 小さな顔を覆う、指輪の嵌っていない手。 今朝まで彼が居た病室……その暗い室内に彼女は佇んでいた。 「………」 「何で…」 誰に言った言葉でもないそれは微かに声は掠れている。 ミルアは視線だけをガウリイに向ける。 「何で…泣いてるんだよ」 それはあたかも、彼もまた泣いているかのような、そんな響きだった。 「何で泣く?アイツが決めた事だろ。自分が選んだ道だろ?」 じっと彼の言葉を聞いていたミルアが、ぽつりと呟く。 「あなたは……置いて行かれて哀しくはなかったのですかぁ?」 そんなわけ…ない。 身を割かれるような思い。 けれど、アイツが拒否した。 逃げた。消えた。拒まれて、俺は…捨てられた。 だから。 「泣くなよ…」 もう、手を伸ばして涙を拭ってはやれないから。 もう、優しく笑って励ましてやれらいから。 ――もう、あの頃には戻れないから。 「…あの人は……残酷なくらい優しいんです…そして、とんでもないワガママなヒト」 静かな言葉にぴくっと震えたガウリイが思わずミルアを見る。 そこには凛と佇む彼女の姿。 いつものほえほえっとした彼女ではなく、凛と前を向いている強い姿勢の女性がそこにいた。 「あの人は自分を犠牲にしても護るモノがあればどんな事をしても護る強いヒト。…自分勝手なほど強引で、悲しいほど優しい…誰よりも他人に残酷で甘い。 あの人は諸刃を持つヒト」 遠く見つめているミルアはリナよりもっと先を見ているような錯覚を覚える。 悲しみを宿した深い深い碧瞳。 不意に、それはガウリイに向けられる。 「あなたもそうね。優しくて、哀しいヒト。優しいから強いヒト。だけど…肝心な所はとても臆病」 「あんた……」 そこで初めて目の前に立つ女の違和感に気付く。 「…何者だ?あんた…本当に人間か?」 「さぁ、どうかしらね?」 お喋りが過ぎたわ、と瞳を閉じ再び開けた碧瞳にはもう深い陰はなく、にっこりといつものように微笑んで見せた。 「でも、それだけじゃイイ男とは呼べませんよぉ。泣いている乙女を放っておくなんて言語道断ですぅっ!」 「………」 ガウリイはもう一度リナを見て、そしてゆっくりと首を振った。 「…アイツがあんなになってまで護ろうとした事だ。俺は口を挟めない」 そっと指輪の箱を握りしめ、踵を返し掛ける。 「ああ、そうだ…。悪いが、この指輪をリナに返しておいてくれ」 これだけでも、自分が居た証を残しておきたいから。 それを渡そうと振り返ったその時、微かな囁きが聞こえてきた。 『ゥリ…ィ…』 その言葉に思わず振り返る。 あの小さな肩を小刻みに震わせ、こちらに背を向けて。 掠れた声で呼ぶその声は、 『ガ、ウリイ…っ』 彼だけを呼ぶものだった。 「…っ」 唇を噛み締め、駆け出したい衝動をやっとのことで堪える。 「馬鹿だな、俺もアイツも…」 差し出した箱をミルアは受け取ろうとする、が。 「力を抜いてくれないと、受け取れないじゃないですか〜」 握りつぶすほどの力が込められている箱をミルアが取ることなど出来ず、ただにまにまと笑っている。 『ガウリイ……ガウリイ……っ』 「……っ!」 『傍に……ちゃんと傍に居いなさいよぉっ…馬鹿クラゲぇぇっっ!!!』 その言葉に、ガウリイは堪えきれず、とうとう走り出した。 窓の向こうの彼女に向かって。 それを見送るミルアは呆気にとられ………てはおらず、ただにこやかに手を振ってみせた。 よく見れば、もう片方の手には小さくブイサイン。 「びくとり〜♪」 呟いた声は幸い、当人同士には届かなかったようだ。 《……置いて行くのも置いて行かれるのも嫌なら、一緒にいればいい―――》 ミルアは空を見上げ、吹く風に身を委ねながら、胸中で呟く。 果たして言葉にならない想いは叶うのか、 それは全て、彼ら次第―――― 続く |