Destiny |
代償
順調に回復するガウリイは、体の感覚を取り戻すため、リハビリを始めることになったらしい。 『らしい』と言ったのは単純。あたしは関わってないからだ。 ガウリイの一切をミルアに押しつけ、あたしは彼に干渉しない生活を送っていた。 彼をひたすら避け続け、病室に近寄りもしない。 アイツのノーミソをかち割ってホントにタルタルソースが詰まっていたとしても、野性の勘だけは侮れないのは確かで。 ガウリイにも、あたしが近寄ったことで心を乱して欲しくなかった。 だから遠巻きに見守る事すらせず、ただ彼と鉢合わせしないような生活をしていた。 だけど。 会えない時間が経てば経つほど、 彼の傷が癒えれば癒えるほど、 あたしの中の衝動が、押さえきれないほど強くなっていく。 「早く出ていっちゃえ、馬鹿くらげ」 思わず呟いた瞬間、タイミングよく開いたドアから顔をのぞかせたのはお約束のミルア。 焦るあたしを目にすると、あろうことかミルアは意地悪げに、にんまりと微笑んだ。 「あれぇ〜?せんせぇ、寂しいんですかぁ?」 嬉々とした表情で迫ってくる彼女にあたしは不本意ながら小さく呻いて後ずさる。 「ち、違うわよ!!誰があんな男に会えないからって……っ」 そこまで白状した所でようやく自分が墓穴を掘ったことに気付き、慌てて口をつぐんだ。 「せんせぇって以外と乙女ちっく☆ですねぇ〜」 しきりに頷くミルアにあたしの顔が火照る。 こ、こいつは…っ 「ふむふむ〜。せんせぇは意地っ張りで物騒さんに素直に会えません〜でも会いたいらしいですぅ。天国のアナタ、見てますかぁ?どんな凶悪な人間でもぉ、やっぱり人の子なんですねぇv」 「ち、違うわ〜〜!!!って、だぁれが凶悪よ!巨悪の根元よ!?人類の天敵なのよぉぉっっ!!あ、こっこら!!そこっ!あたしが付け足した分までメモるなっちゅーの!!忘れろーーっっ!といいつつ、メガ・ぶらんどぉーーーっ!!!!」 どごぉっ!!! 焦ったように振る舞っておきながら、ちゃっかりとミルアを葬り去る計画っ! うっしゃ完璧ぃっ! ガッツポーズさえ決めて自己陶酔に浸っていたのだが、どうも様子がおかしい。 爆風が巻き上げられるが、そこには彼女の影も形もなかった。 ……な、何故に? 「ふふっせんせぇ、甘いですぅ〜」 崩れ落ちる壁を背に、堂々と佇むミルアの姿。 しかも傷一つない。 爆風に白衣をはためかせ、不敵に微笑んで見せた。 「ちぃぃぃぃっ仕留め損なったか…」 そういえば、未だかつてこの子に呪文がキマった事…ないかもしんない…… タラリと冷や汗が頬に流れる。 どーゆう構造しとるんじゃ、おのれは。 あたしはまた一つ、ミルアの謎を見つけてしまった気がした。 ちょっとしたじゃれ合いがあったモノのの、壁を一部破壊し、大部分を焦がす程度で止め、ミルアから報告を聞く。 ……ちょっぴし風通しが良くなったわね〜ま、ミルアの所有物だし。いっか♪ 話しを聞く限りでは、ガウリイの回復はきわめて順調。 もともと体が資本の元傭兵も手伝ってか、あたしの治療の腕も捨てたもんじゃないのか、そうとうに回復したらしい。 そもそも白魔術で負傷した怪我は治せても、衰えた体力や怪我による負荷で蓄積した疲労は彼にベッドの上での療養を強いた。 その間に筋肉が落ちて歩けなくなった体を少しずつ慣れさせていくだけのこと。 もう傷は完全に塞がっている。 あとは、彼の自然治癒力に任せるだけ。 そう、ここであたしが彼に施すことは………もう、何もないのだ。 だから……後は……… 彼女が外回りに行っている間を見計らって、寝室として占拠した院長室を抜け出す。 やるべき事はやった。 後は、あたしとアイツの気持ちの整理だけ。 だから、彼の病室に行ける。 ただ会いたいだけじゃない。 …もちろん、それもないとは言い切れないけど。 自分の気持ちに整理を着けたい。 ミルアの言葉をハッキリと確かめたい。 そして、面と向かって言わなきゃいけない。 たった一言。 ……な……さい…って――――… 病室の中は白色に統一され、色もなく、音もなく。 ただ、彼が居た。 あたしが出て行ってから何一つ変わらない彼。 まるで、今まで時間が止まっていたかのように。 窓から入る風は清々しく、柔らかで。 それだけがこの止まった空間を満たしてくれる。 そういえば、まだ二人で歩いていた一年前もこんな風が吹いていた。 またこの季節が巡ってきた。 けれど、あたしたちは一人一人で存在している。 以前とはあたしとガウリイで二人一括りだったけれど、今はあたし一人とガウリイ一人。 別個の存在。 捨てた者と捨てられた者――― そしてあたしはようやく口を開いた。 「順調ね」 彼も微かに反応し、一瞬視線を寄越すが、それには応えずに窓の外へ戻してしまった。 今回は笑顔もくれないらしい。 以前のあたしならとっくに逆ギレしていたかもしれない。 ぼんやりとそんなことを思いながら、あたしもガウリイと同じように窓の外を眺める。 「もうすぐ外に出られるようになるわ」 臆することなく続けるあたしの明るい声に、彼は皮肉るように口の端だけつりあげてみせる。 それが今の彼の表情の全てで、 「今度は俺がお前を置いていく番だ」 以前の彼からは想像もつかない、まるで別人のように冷淡に笑ってみせた。 彼の容赦ない言葉にあたしの体が無意識に強張る――が、気付かれぬよう弛緩して、笑いかける。 感情が消えた訳じゃなかった。 まだ、彼は生きてる。 それだけで、あたしはいい。 「それまであたしに出来ることあったら、遠慮なく言ってよ。昔のよしみだしね」 あたしにしては破格の扱いに、ガウリイは今度こそ表情の全面に憎悪を滲ませた。 次々に出る嫌悪の表情。 けれどあたしはただ無性に嬉しかった。 まだ、全てが凍り付いたわけじゃなかった。 「出来ること、だと?」 「そうよ」 「お前に何が出来る」 「………」 あたしは……何モ出来ナイ…。 「お前は俺の為に何が出来る? 共に戦うことも、癒すことも…一緒に歩むことも、何も出来ないくせに」 分かっている。 彼が言っているのは、正しい。 あたしは、彼の望むことを何一つ満足に出来ない。 無言でぎゅっと掌を握り締める。 そうでもしなければ、本音をぶちまけてしまいそうで……怖かった。 彼の言う通り、これから先で何があっても、あたしはどうすることも出来ない。 「逃げるだけのお前は無力だ。俺が魔族に襲われても援護は来なかった」 「ま…ぞく…?」 彼の言葉に今度こそハッキリとあたしの笑みが凍り付いた。 まさか………あの怪我の原因は………… そ、そんなはずはない! 確信を持っていたあたしの自信がそう言わせた。 「魔族があんたを襲うはずがない!」 声を荒げて断言する。 それに苦笑で答えるガウリイ。 「何故そう言い切れる?あいつらは遠慮なく襲ってきたさ」 殊更ゆっくりと言われた言葉に衝撃が走り、あたしの中に亀裂が奔った。 「あたしが離れればあんたは襲われることなんてない!!!」 それでもなお張り上げる声に、ガウリイが初めてこちらに振り返る。 その顔は怒りに満ちていた。 「何が離れれば、だ。お前は悲劇のヒロインのつもりか?」 ガウリイから聞いた初めての辛辣な言葉。 あたしは必死に首を振る。 「そんなはず、絶対ない!ないったらないの!絶対ないっっ!!! ……だって………考えても…みなかったのよ。 あたしと別れれば、それで終わるんだって。あんたにはもう何も関係ないって」 肩を落として、脱力する。 せめて目尻に滲んだものを零さないように、堅く目を瞑る。 「奴らはそんなのお構いなしだったさ。俺の死体をお前さんの前に晒してやるんだと。たとえ一部だけでも、脅しには十分役に立つんだと」 彼の言葉に全身がカタカタと震え出す。 そんな…馬鹿なこと………あるわけ、ない。 あたし絡みでガウリイが危険に晒されるはずがない………っ! 「あたし…の、せい…で……」 きっとそれが真実。 きっとそれが現実。 きっとそれが全て。 ああ、あたし……ホント、何やってんだろう… 亀裂が入った部分が音を立てて、砕け散った――― 「あなたはあたしを恨んでる?」 そっと聞いた言葉に、ガウリイははっきりと首を横に振った。 「恨むとか憎むとか、そういう次元じゃない」 「あたしがなんの理由もなく消えたと思ってるの?……信じて、なかったの?」 その言葉にガウリイは何かを諦めるように、ゆっくりと頭振った。 「何もわかってない…。お前だから気を許していたんだ。 他でもない、お前にだけを信じていた。…逃げられる前まではな」 自嘲気味の彼から一切の表情が消える。 「…生まれて初めて信じた者に裏切られた。 信じる思いを知った途端、その人間に裏切られる。 永遠に続くと思っていた安らぎが突然、終わる。 もう何も信じない……誰も、信じない」 やめて。 そんな風にならないでよ。 前みたいに、笑ってよ。 「…もう、俺に気安く話しかけるな。お前が俺の物になるなら、考えてやらなくもないがな。そうじゃないなら…仲間面して話しかけるな」 彼から笑顔を奪ったのは、誰でもないあたし自身だった。 護りたくて、護れなくて。 あたしは………彼の言葉通り、無力だ。 「…ご、めん……」 ふらりと立ち上がり、ドアへと向かう。 深い、深い傷。 あたしではきっと埋められない。 いつか……消えるのだろうか? 誰かが癒してくれる日が訪れるのだろうか? 誰かが彼を助けてくれるのだろうか? あたしではない、誰かが。 ドアのノブに手を掛けようとするが、上手く掴めない。 瞳に溢れる水が邪魔をしているから。 やっとのことで掴み、回す。 それもなかなか上手く開かない。 震えて、力が入らない手を必死に捻る。 「ごめんなさ、ぃ…っ」 そう呟いて、あたしは部屋を出た。 ドアに背を預けるように体重を使って閉める。 「ふ…っ…くっ……」 嗚咽をかみ殺し、あたしは逃げるようにそのドアから離れた。 だから、彼がどんな気持ちなのかも分からなかった。 悲しい瞳で、出ていったあたしを必死に追っていた事も。 気配が消えて、静かに泣いていた事も。 「なんでそうやって消えるんだよ…居てくれよ。…俺の傍に…っ」 彼のそんな言葉も。 あたしは、何も知らない。 何も、知らなかった―――… to be continue… |