Destiny |
変化
それから何事もなく数日が過ぎて。 あたしはどうしていたかと言われれば、ガウリイばかりにも構っていられず、他の患者を診察したり、ミルアに教授したりと概ね平和に過ごしていた。 ガウリイとの再会から、あたしは二度と彼の病室に足を踏み入れることはなかった。 …行けなかったという方が正しいのかもしれない。 彼に会ってはいけない。 あたしから彼に近づく権利はない。 そう思い知らされた――― 必要な買い出しでふと目につく金髪の男性。 たかが金髪なだけで自然と視線を注いでしまう自分に苦笑するしかない。 決してガウリイとは似てもにつかないけれど、優しそうな笑みを浮かべた彼の隣には少し年の離れた女の子が一人、居た。 無邪気に笑って、あっちこっちを見回る少女と穏やかな笑みで少女に連れ添う青年。 懐かしい姿を彷彿とさせるそれ。 けれど女の子の細腕は彼にしっかりと巻き付いていて。 二人の関係はあたしの思い出にあるものとは明らかに違っていた。 けれど、あたしがそれを望んでいたのはまぎれもなく事実で。 子供扱いの彼に訳もなく苛立った。 苦笑して髪を撫でる彼に訳もなく涙が出そうになった。 遠い遠い思い出となってしまった記憶。 本当なら、あの夜全ての望みが叶うはずだった。 横を通り過ぎる恋人たちのようになっていたかもしれない。 けれど出来なかった。 あたしは弱かった。脆かった。幼かった。 冷静に受け止められるようになったあたしは、この一年の間に少し、成長したのだろうか? ぼんやりと一人で歩いていると、不意の衝動。 この頃良くあることだけど… また、アイツの顔が見たくなってきてしまった。 無性に会いたい。 会ってすることはいけれど。 会って話すこともないけど。 あたしはあの頃の優しい笑顔が見たかった。 取り戻せない永い空白の時間を巻き戻したくなった。 我ながら、情けないなぁ… 「せんせぇ?物騒さん、寂しそうですよ〜」 ある日の診察を終えたミルアがぽつりと漏す。 「ぶっそうさん???」 「あの病室に居る患者さんのことです〜。正面切っていえないのでぇ、腹いせにそう呼ぶことにしたんですぅ〜」 ……だからって………爽やかな笑顔でなんつー後ろ向きな報復を…… 頭痛すら感じるこめかみを押さえ、大げさにため息を吐いてみせる。 「あいつはガウリイって名前あるんだけど…」 「でもぉ、私ぃ彼からは一言も名乗ってもらってません〜。せんせぇがそう言ってるだけですよぉ?」 改めて思い返せばそうかもしれない。 「ま、今更だしね」 「それでぇ〜せんせぇはぁ、物騒さんの治療止めちゃうんですかぁ?」 ミルアはあたしがガウリイを途中で投げ出したと思っているらしい。 苦笑が漏れる。 そんなことあるはずがないのに。 例え彼が自ら死を望もうとも、あたしのエゴで蘇らせるつもりだった。 彼が死ぬところだけは見たくない。 彼が死ねば、この一年は一体何だったのか分からなくなる。 それなら、ずっと傍にいられた。 運命が変えられないならば、あたしは死ぬ間際まで彼を生かし続けただろう。 ………随分都合の良い話だけどね。 皮肉は胸中に留め、答えを待っているミルアに笑いかける。 「大丈夫よ。むしろ自分の持っている自然治癒力を落とさないように、これ以上白魔法に頼らない方が良いわ。深い傷はあらかた治療しておいたから。きっと痕も残らないわよ」 あたしの断言に少し間をおいて破顔するミルア。 「そうだったんですかぁ〜私ぃ安心しましたぁ〜」 蟠りが解けたのか、にっこりと笑う。 「治療にケチつけられるとぉ、治療費を渋るかもって考えたらぁ、もう夜も眠れなくてぇ〜」 ………そこがポイントなの? 「あ、そぅ…」 もうツッコミを入れる気力もなくなってきた。 「でも、せんせぇ?」 「今度はなに?」 投げやりに聞くあたしに対し、ミルアは微笑んだまま、告げた。 「それでもぉ、私では物騒さんの心の病まで治せませんよぉ?」 ミルアの言葉に肩を震わせて。 固まった笑顔で彼女を見返す。 いつもふやけたパスタのようにノビきった彼女なのに、その緑の瞳は不思議な光を放っていた。 「ミル、ア…?」 ぎこちなく笑おうとするあたしをミルアが言葉で制する。 「せんせぇには〜黙ってたんですけどぉ、この際だから言っちゃいます〜。 物騒さん、私が病室に入るたびにぃ、こっちを向いてくれるんですぅ。せんせぇが診察する前まではぁ、いっつもどこか遠くを見ていたのにぃ、今は私を見てぇ、ほんの少しがっかりしたように肩を落とすんですぅ。『なんだぁ、お前かぁ』って感じでぇ」 「………」 「今日、初めて声を掛けてくれましたぁ。 素っ気ない顔なのにぃ、すっごく切ない声でぇ『リナは?』ってぇ。 物騒さん、せんせぇの事すっごく気にしてましたぁ〜」 「………」 「もっとありますけど、言いますぅ〜?」 「…遠慮しておくわ」 深いため息を吐いて、あたしは力無く椅子に腰掛けた。 「馬鹿なヤツ」 「せんせぃもですよぉ〜?」 「…そうかもね」 にっこりと付け加えるミルアの言葉に、あたしは自嘲気味に呟いた。 あたしは一緒にいられない。 そういう契約だから。 あなたが想ってくれるのなら、あたしは精一杯あなたを守りたいと思った。 例え恨まれても、会えなくなっても。 あたしとは一緒にいられない。 だから、あなたはきっと一生許してくれない。 一緒にいたいと思ってくれた、あなただから――― to be continue… |