夜と朝の狭間で |
「っ………っげほっげほけほっっ!」 ずぴずぴ。。 うぁ〜咳が出ると何もかもが痛ぇ。。。 「調子、どう?」 ぴょこん、と開いたドアから飛び出る栗色の頭。 オレはひっきりなしに眩暈のする頭を押さえて呻く。 「あ〜〜ノド痛ぇ。ダルイ。頭ガンガンする。 関節外れそう。目の前がぐるぐる回ってる。おまけに寒ぃ…」 「立派な風邪の症状ね。熱は?」 「さぁ?」 「体温計ないの?」 「ん〜。計ってもしょーがないだろ?」 ぱたぱたとリナが近づいてくると、体温調節が出来ないオレの頬に手を当て、おでこをくっつける。 「な…っばか! 平気だよ、こんくらい!!」 そんなに顔、近づけるなよ? オレ、なんかこの頃変なんだ。 リナに触れられると、すっげぇぎくしゃくして、必ず顔が真っ赤になる。 今だってそうだ。 心臓がバクバクいってる。 絶対今ので2度は高くなったぞ? 「うわ…。すごい熱。今日は絶対安静だかんね」 「えーー!今日は一緒に外食に付き合ってくれるんじゃなかったのか?」 「もちろんそのつもりだったわよ。でも、だ〜め」 「外に出るくらい大丈夫だぞ?」 「だめだめ〜。大体、こんなに熱が高くて扁桃腺ヤられてるあんたに味覚なんかあるわけないでしょ?」 「ぶーーっ! リナの過保護」 リナは相変わらず多忙を極め、顔を合わせるのは夕食の時くらいだった。 それも、彼女が無理して作ってくれる時間だというのは分かっていた。 だからこそ。 仕事の合間が出来た今回は、久々にオレと時間を取って食事を摂ってくれるリナとゆっくり過ごしたかったのに…。 オレとリナの距離は、出会いの日を境に急接近していた。 あの夜が明けた朝、目覚めるといつの間にかベッドに運ばれていて。 オレの隣にはリナが、別れたそのままの格好で気持ちよさそうに寝ていて。 また、夢を見ているのかと思った。 この頃、夢と現実の境目があやふやになる。 起きていても、なんとなく夢心地の時がある。 きっとリナにそう言っても、 『寝ぼけてるでしょ』とからかい倒されるだけなのであるが。 一番現実味があったのが、リナと一緒に寝たあの時だった気がする。 …あ〜。リナって、すっげぇ温かいんだよな〜。 抱き心地抜群というか、柔らかさも、暖かさも、体の大きさでさえ。 オレのためにあしらえつくした抱き枕のよう。 病みつきになったオレが次の日も誘ったのだが、 リナが履いていたスリッパで思い切り、叩かれてしまった。 子供と揶揄するオレに真っ赤になった彼女が印象的で。 からかったら、もう片方のスリッパで再び叩き倒されたっけ。 リナも、オレと同じくらい子供っぽい表情をしていた。 それなのに。 こんな時の彼女は、ムカツクぐらい大人ぶるのだ。 「ま、今日は時間あるから、こ・の・あたしが看病してあげる」 「当然だよな、お義母様?」 「…うあ。なんかアンタの口からソレ聞くと違和感ありまくり。 というより、ちょっとキショイ…」 「をい…」 そう言いながら、甲斐甲斐しく世話をするリナは手に持ってきた氷枕を布でくるんで枕を替えてくれる。 「食欲ある?それとも水分が欲しい? あ、でも薬飲むなら何か胃に詰めなきゃ駄目よ?」 「う〜〜。とりあえず今はなにもいらない。それより寒いな」 「寒い?…って言っても、すでにエアコンで温度調節してあるのよね…。 毛布もあるだけ使ってるし……」 「丁度良い抱き枕なんかがあるといいな、と思う」 「……………」 「こう、限りない洗濯板に等しいヤツでな」 「電柱のようにずどーんとした手振りで示さんでいい!!!」 すぱぺん! と、いつもよりは、だいぶ手加減している威力でスリッパが飛んできた。 「ってえ〜」 「自業自得っ!」 「…なぁ、リナ?」 「…………」 「リナってば」 「…………」 「返事、してくれよ?」 「なによ。…ったく、喉痛いんだから、無理して声出さない方がいいわよ」 掠れた声で根気よく呼びかけ続けると、渋々と言った表情でリナが返事を返す。 「せっかく時間空いたのに、付き合わせて悪いな」 「……いいわよ。別に」 「オレ一人で大丈夫だし。ゆっくりしてきたらいい」 「…気ぃ、使わなくたって平気だってば…」 「親父とでも、食事してきた方がいい」 「……」 「オレ、一人には慣れてる」 「……バカ」 「リナ?」 「病人のくせに余計な気回してるんじゃないの」 「でも…」 「いいこと、ガウリイ!」 二の句を告げさせず、リナがぴしゃりと遮る。 「あんたが病気で苦しんでるってぇ〜のに、あたしがあんたの事ほっぽっといて何処かに行くような人間に見える?」 「………いいや」 当然と言った顔でリナが続ける。 「回転鈍くなってる頭で考えるからおかしな考えが出てくるのよ。 こーゆー時は、たっぷり甘えてたっぷりワガママ言うって相場が決まってるのよ!」 「……じゃ、遠慮無く♪」 捨てられそうな子犬のように打ちひしがれていたオレが満面の笑みを浮かべると、唖然とした表情になるリナ。 「…は、はへ?」 「寒いから、添い寝して♪」 オレの真意を悟ったのだろう。 みるみるうちに怒気で赤くなるリナの顔。 オレはしてやったりと内心ほくそ笑む。 「嵌めたわね。ガウリイ=ガブリエフ…」 「邪推はいけないな。お言葉通り、ありがたく甘えようとしてるだけだぞ」 「…………あんたって、ほんっっっと可愛げない子供なんだから!!!!」 「と、いいつつ。 何だかんだとパジャマ姿になって一緒に寝てくれるリナもリナだよな〜」 「…ガウリイ」 「なんだ?」 「あんたをクッキングヒーターの上で炙ってあげてもいいのよ?」 「はいはい」 「ったく〜。あたしが風邪引いたらどうする気よ?」 「うん?そしたら、今度はオレが看病してやるぞ。 でも大丈夫だろ?バカとリナは風邪引かないって言い伝えが…」 「あるかいっ!!」 温かい彼女。 いつ触れてもそれは変わらない。 今日は自分が熱を持っているせいか、リナの方がひんやりとしていたけど、それでもじんわりと染み渡る温かさ。 「…なんでだろうな……こうしてると、夢と現実があやふやになるんだ…」 「え…?」 閉じていた目を開くと、リナも驚いたように目を見開いていた。 「ガウリイも、そう感じるの?」 「ああ。全部曖昧で。それでいて全部現実なんだ」 「……そうだね」 頷いたリナは、どこか遠い目をしていて。 オレがリナの前髪を払うと、くすぐったさそうに目を細めた。 「なんだか、前世にもこうして会ってたみたい」 「うん?」 「例えば、どっかのお姫様と傭兵とか♪」 「…お姫様は飛躍しすぎだろー。せめて、旅の相棒とかさ」 「それで旅するのかな?電車や飛行機もない、そんな時代でさ」 「あー。リナは魔法とか使いそうだよな。ところ構わずぶっ放しそうだ」 「アンタは生意気なガキで、いっつもあたしの事引っ張り回してさ」 「うん?それはリナの方だろ?オレは深慮ある保護者」 「それはないそれはない」 そうしているうちに、ようやく怠さを伴った睡魔が襲ってくる。 「そうだったら…いいのにな……」 「ガウリイ?」 「………なんで……今、……こんな…出逢、い………リナと……」 「………今のセリフは、聞かなかった事にしてあげるわ。 あたしは、アンタの母親なんだからね?」 リナ。 いつもオレのこと馬鹿にするけど、今度ばかりは馬鹿はお前さんだよ、 リナ。 お前さんはオレの母親なんかじゃない。 今更何言ってるんだ? いつも言ってるじゃないか。 オレは保護者だって。 お前さんは、オレの――――――――― <続く> |