片 翼 の 天 使 |
双翼の天使・・・永遠に・・・
〜前編〜
小屋を出てから、あたしはただがむしゃらに走った。 何処をどう走ったなんて分からない。 今、目の前に広がっているのは小さな泉。 静かに・・・時の流れから置き去りにされたようにあたしを誘う幻想的な泉。 立ち止まって・・・・初めて気づく。 視界が霞んでいることに。 落ちては溢れ、また落ちては溢れていく涙。 アイツのための・・いや、自分のための涙は止めどなく流れ、大地に受け止められた。 分からない。 ―――まだアイツの温もりが残ってる。アイツがあたしを包み込んでる・・・・ ガウリイ! 服を脱ぎ捨てて、泉に向かう。 消して、清めて、あたしの体に残る彼を。 あたしに刻み込まれた熱も、吐息も、あの声も・・・記憶さえも・・・!! 足を浸すと、湖面に波紋が広がっていく。 時を忘れた泉に時を繋ぐ干渉をするあたしは、引き戻すのではなく過去を選び、時から隔絶される事を望む者。 彼への想いから、彼からの想いから逃げる臆病な愚者。 助けて・・・心が悲鳴を上げてる。 助けて・・・あたしがコワレてしまう前に・・・ 冷たく身を凍らすような水の中を泉の中心へと向かって進んでいく。 神秘的で幻想的な泉。でも、あたしから体温を奪う冷たい泉。 きっと違うのはアイツだけ。アイツは・・・ 神秘的で人を惹きつける魅力を持っていても、優しくて包み込んでくれる。 温かい熱を分け与えてくれる。 それが今はどうしようもなく切なかった。辛かった。 求められれば求められるほど苦しかった。それに頷けない自分がいたから・・・。 情けない!! ぐいっと手の甲で乱暴に涙を拭う。 何時からこんなに弱くなってしまったのでろう。 いつでも自由を選んで、自由を勝ち取ってきたあたしが・・・今は束縛を望むただの女に成り下がっていた。 人はここまで変わるのだろうか? 昔のあたしが今のあたしを見ればきっと『くだらない』と一蹴しただろう。 怖い物が何もなかった昔。 今は・・怖い物がありすぎて、それでも失いたくなくて・・ だから・・・・ カサ・・っ ? 気のせい? カサっ・・・カサカサ・・ ・・・・・!? 今度は気のせいなんかじゃない。 草を踏み分ける確かな足音がはっきりと耳に届いた。 敵・・? 気づかなかった・・・? ううん。気配がしなかったんだ! 踏み分ける音がする方に視線を向けるが、まだ姿も気配もしない。 今のうちに・・・急いで泉から上がらなきゃ。 足場が悪ければこちらが不利になってしまう。 悠長に服を着ている暇はないので、マントを体に巻き付け、魔血球を装備するだけにとどめる。 カサ・・カサ・・カサ・・ 獣? 敵意はないみたいね・・・喉を潤しに来ただけならいいんだけど・・・ 踏み分ける音は真っ直ぐこちらに向かってくる。姿はまだ確認できない。 小声で攻撃呪文の詠唱を始めようとするが、なにか違和感を感じる。 どうしても敵意がおきない。 な・・に?この感じ・・・?本当に敵なの? 心のどこかで歓喜の声が上がる。 誰が来たって言うのよ・・・ 分からないまま、鼓動が早くなっていく。 や・・・めて・・・ やめて!! カサ・・。 陰が・・・闇の森から現れた陰が月によって縁取られていく。一歩を踏み出す度に、 そのしなやかな四肢が幽かに浮かび上がってくる。 それは・・・・ 封じ込めた記憶が再び解き放たれる。 彼を縁取る金色の絹糸・・・あたしを捕らえる蒼い瞳が再度、甘美な誘惑をかけるためにあたしの前に現れた。 ガウリイ・・・。 幻よ・・・・ これは月が魅せる幻影よ。 だから・・・ほら、霞んでいく。きっとこのまま消えてしまうのよ。 来てくれた、あたしを見つけてくれた――― 本当・・・なの? ガウリイなの? でも、霞んでるのよ?こんなに・・・・ 「やっと見つけた。」 耳に届く、心地良い声音。 本当に、・・・本物・・・なんだね。 「ガ・・・っ」 漏れそうになる言葉を寸での所で飲み込んで、下唇を噛みしめる。 だめ・・・ここで彼を呼んではいけない・・・っ 身を翻して走り出しながら呪文の詠唱を始める。 うるさい! この呪文を発動させればもう彼に追う術はない。 「翔封・・ッ」 完成した『力あることば』を解き放・・・ ズシャアアァァァ・・・っ 呪文を解き放つ前に、しなやかな獣があたしに飛びかかって地面に押し倒す。 「・・・・・っ」 暴れてもビクともしない力。 逃げようとしても彼の束縛がそれを許さない。 「リナ」 「・・っ放して!!」 飛びかかってきた獣・・・彼と地面の間に挟まれて身動きがとれないあたしはただ、叫ぶことしかできなかった。彼から視線を逸らしたままで―― 「どうして・・・どうして逃げようとするんだ!?」 「いや!」 「どうしてオレを置いていくんだ!?答えろっ・・答えてくれリナ!!」 「っ・・・・・。」 それは貴男が大切だから・・・ 言えない・・・言える分けない。 捕まってしまったなら、酷い言葉で彼を傷付けて無理にでも引き離さなきゃ・・っ 「リナ・・・頼む、答えてくれ・・・」 「・・・・・・からよ。」 「な・・んだって・・・?」 ごめん・・ごめんね。 「あんたが邪魔だからよ!あたしにはもうあんたは必要じゃない!! 足手まといなのよ!消えて!!もう二度とあたしの前に現れないで!!!」 お願い・・・あたしを嫌いになって。 あたしから離れて。 もう二度と貴方が傷つかないように・・もう二度と苦しみを味うことがないように。 「・・・・・・・」 ごめんね。あんたはあたしに優しくしてくれたのに・・・ あたしは・・こんな方法でしか貴方を思いやれなくて。 「あんたと一緒にいたのは光の剣目当てだったからよ。それがない上に、その辺でのたれ死なれちゃあたしが迷惑なのよ!!用無しは・・・もういらない。消えて!」 「・・・・・・・・。」 傷・・・ついた? 彼があたしに負い目を感じている事を逆手にとって中傷したから・・・傷ついた? 酷い言葉を並べて彼を傷付けたのに、彼に嫌われることを恐れている。 何処までも都合のいい女。 あたしは今悪役に徹しなければならないのに・・・自分の言葉で彼が傷つくことに怯えるなんて・・・・ 「どうしてオレの目を見ない?」 「・・・!?」 彼が言った言葉は、あたしが想像していたどの言葉とも違っていた。 逸らしていた視線を戻すと、静かに、あの泉と同じ静かにあたしを見つめる瞳と出会う。 彼は全てを受け止めてしまったのだ。 あたしの最後の手段をあっさりと受け止めてしまったのだ。 どうすればいいの・・・? 再び彼から視線を逸らして、あたしが一番言いたくない言葉をそっと呟く。 「お願い・・・あたしと別れて」 「・・・・・・・・・。」 「もし、お前がオレの目を見ながら同じ事を言うなら・・・お前の言葉に従う。」 ああ、終わった・・・。 彼の言葉に従えば。 これでいい。もうすべて終・・・ 「・・・だけど・・・その後は・・・お前の手でオレを殺してくれ。」 コ・・ロ・・ス・・・? あたしが?ガウリイを? 「でき・・な・・い・・よ」 できる分けないじゃない。どうして殺せるのよ・・・ 生き延びてほしくて、幸せになってほしくてこの方法を選んだのに・・・ 自分が辛くても、いつかこれで良かったと思える日が来ると思ったのに・・・ そんなこと・・・ 「できるわけないでしょ!!」 ここで泣き叫ぶことができたらどんなに楽だろう。 けど、あたしにその権利はない。 必死に溢れそうになる涙を・・・漏れそうになる嗚咽を堪える。 ふ、とかち合う優しい瞳。 切なく諦めさえ帯びた瞳で彼も自分の覚悟を言葉に乗せる。 「オレの傍にリナがいないんだったら・・・もう、いいんだ。ほかの誰でもないリナが傍にいてくれなきゃ生きていけないんだ。・・・もうお前の傍にいられないなら・・・オレはもう駄目だ。・・・殺してくれ」 地面とあたしの体の間に手を入れて、抱きしめる。 あたしがこの手を振り解く術は・・・持っていない。 「できないよぉ・・・」 雫が・・・頬をつたう。 堰をきったように溢れ出した涙が地面に吸い込まれていく。 できないよ。 ガウリイを殺すことも、この包まれる温かい腕を振り解くことも・・・ 「お前が、少しでもオレのことを想ってくれるなら・・頼む。傍にいさせてくれ。オレ頑張って役に立つからさ。オレに生きる意味をくれないか?」 「生きる意味?」 あたしなんかと一緒にいて・・どんな意味があるっていうのよ。 辛いだけじゃない・・・苦しいだけじゃない・・・ 「一緒にいたいんだ。いつもお前の隣で笑っていたいんだ。それが今を生きる全てなんだ。リナが消えちまってから、笑い方も、泣き方も忘れちまった。 お前だけがオレを温かい人間にしてくれるんだ。・・・お前の傍がオレの在る唯一の場所なんだ」 「でも!!・・・・あたしと一緒にいて・・あんたが死んじゃったら? またあたしを守って今度こそ死んじゃったら?」 その時あたしはどうなるの? 残される者の永遠に救われることがない嘆きはどうなるの? 今生の別れじゃないなら、いつか笑って会える日が来るかもしれないのに・・・ 「死んだりしない。お前が傍にいてくれるなら・・地獄からだって這い上がってくるから・・・」 「嘘よ!」 「嘘じゃない!!」 「嘘よ・・嘘よ嘘よっうそ・・っ」 「リナ・・・愛してる」 ぴくんっと震えてしまう体。なんて甘い響き・・・甘い誘惑。待ち望んでいた言葉・・・このまま彼に全てを委ねれば、あたしはあたしに戻れる。 けど・・・ 何を悩むの?――― 一時の感情に流されて彼に・・・ ・・・もういいじゃない。もう十分でしょう? 無理よ。無駄よ。無意味なのよ。 彼もあたしも・・望むものはお互いの存在だけなんだから――― ・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・。 「・・・平和じゃないよ」 「・・・もう慣れたよ」 ゆっくりとあたしの体を離して、小さく笑いながらあたしの瞳を覗き込む。 「あたしワガママだよ、大食いだし、意地っ張りだし・・・」 「知ってる」 「あたし・・・」 「し、もういい。リナ。何も言わなくて・・ごめんな。お前が辛かったのに、こんなに悩んでたのに・・・気づいてやれなくて・・・ごめんな。」 あたしを守ってくれるその大きな手で涙を拭ってくれる。 全てを受け止めてくれる彼。 誰よりもあたしのことを理解してくれる彼・・・。あたし自身よりも・・・。 あんたの言う通りだね。 その時のことは・・・まだ起きていない未来は・・その時が来てから考えようか。 傍にいたい。 だから・・・・ガウリイの命と同じくらいに自分の命も大切にしよう。 何時までも一緒にいられるように・・・ 何時までも隣で笑っていられるように・・・ 「万が一オレがお前の傍にいられなくなったら、次の人生をお前にやるよ。また一緒に旅をしようぜ」 「クラゲのあんたがそんな気の遠い話なんか覚えていられるの〜?」 「大丈夫だよ。リナのことだったらな。」 「ふんっ しゃーないから、クラゲの一匹や二匹、お供に付けてあげるわよ」 「お前の傍にいるのはオレだけでいいよ」 「バカ…////」 緩んだ顔を引き締めて、少し緊張した面もちで二度目の始まりの言葉を告げる―― 「・・・・付いて来たいなら、付いてこさせてあげてもいいわよ!」 「……相変わらず捻くれてんなぁ」 「ほっといてよ、バカ」 「ま、その真っ赤な顔じゃ説得力無いけどな」 「うっさい、この下僕くらげ!」 月明かりの下で、永遠の誓いを立てた――… 双翼の天使〜中編〜に続く |