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| 片 翼 の 天 使 |
〜鏡の章〜
自らを守り羽ばたかせる翼を己の手でひきちぎった 愚かな堕天使･･･ 大空に飛び立とうとしても、天使を守り、導く翼がない それでも空を捨てきれず 空に思いを馳せ、地上から見上げる 哀れな････片翼の天使 「うぴーーーっ」 夜の闇に一片の光さえかき消すように、空から大量の雨が降り注ぐ。 最悪っあたしとしたことがっ！！ 綺麗な夕焼けは雨を呼ぶのを知っていたのに……ホンっト、調子が狂いっぱなしよ！ あたしはマントを雨よけにしながら、雨宿り場を探してひたすら森の中を一人で走り続けていた。 ･････いや、ホントはナーガもついさっきまではぶちぶち愚痴りながら隣を走っていたんだけど、『雨雲を吹っ飛ばせば雨もやむ』などと言い出し、 例によって例の如く即興で実践。速攻で自爆。 見事に自分の風系呪文を暴走させ、上昇気流に乗って吹っ飛んでしまった･･･。という愉快なエピソードがあったのだが、どーでも良いので、省略させてもらった。 どっかいい雨宿りの場所は････っと、ん？ この道、明らかに人の手が加えられてる？ よっしゃっ！！これぞあたしの日頃の行い！ あたしはある程度の確証を持ってその道を進んでいくと、狩猟用であろう簡素な小屋を発見した。 ビンゴ！ついてるぅ〜♪ ぴちゃぴちゃと水たまりを飛び越しながら入り口のドアまで駆け寄る。 当然の如く鍵は掛かっていたが、呪文で解除して外と中の空間を繋いだ。 ドアノブを開ける手がふと止まる。 ･･･そういえば、あいつと旅してた時もこんな事あったっけ･･･ あたしが道か違えたり、盗賊に釣られて迷子になったとき、途中雨に降られて濡れながら走ったっけ。 いっつも巻き込まれてるくせに、あたしの後を付いてきて、離れなくて…… その間にも容赦なく降り注ぐ雨があたしを濡らしていく。 髪をつたい、あたしの頬に流れていく冷たい雫があたしを現実に呼び戻す。 ほんの数分だと思っていたが、思ったより長く佇んでいたみたいだ。 もう全身ずぶ濡れになっていた。 ････なにやってんだろあたし。 そして、ノブを回し中に足を踏み入れた。 ！？ ぽたぽた･･･ あたしのマントから、服から、髪から、雫が落ちて床に染みを付ける。 中は温かく、暖炉には柔らかな炎。 そして････彼がこっちを向いて微笑んでた。 う、うそ？ 目を見張って瞬きをすると、全てが一瞬でかき消える。 温かい暖炉の火も、包み込むような温かさも、あいつの笑顔も、全て････。 ぽたぽた･･･ あたしの瞳から雫が溢れ、床に染みを付ける。 「･･････会いたい･･･」 口に出したのは衝動的なものだった。 けれど、それは確かな願いに変わっていく。 「･････会いたい。」 あたしは独りになってから、彼の名を出そうとしなかった。 彼なしでは生きていけない自分を認めたくなかったから･･･ 「････に会いたい」 でももう限界。あたしは、あたしにはあいつがいなくちゃダメ･･･ 「ガウリイに会いたい･･･」 自らの禁を犯し、彼の名を呼ぶ。 「会いたいよぉ がうりい･･･」 もう一度だけ、たった一度でいい･･･ あいつの優しい笑顔を見たかった。 あいつの空色の瞳を見たかった。 あいつの包み込むような気配を感じて微睡みたかった。 あいつともう一度一緒に笑い合いたかった。 あいつともう一度････一緒に歩きたかった。 叶わない、けど捨てきれない願い あたしは濡れた髪も服もそのままで、その場にしゃがみ込んだ。 会いたい。 彼に会いたい。 けど、もう会えない･･･ あたしの中にある記憶を呼び覚ます。 あたしを呼ぶ彼の声。 今でも隣で囁かれているようにはっきりと鮮明に思い出すことが出来る。 彼の低くて心地良い声。 彼の蒼くて澄んだ瞳。 いつ頃だろう･･･ 彼があたしの名を呼ぶ時、何か特別なものが含まれていることに、 彼があたしを見つめる視線に熱いものが込められていることに気付いたのは･･･ でもあたしは気付かない振りをした。 あの心地よさをいつも感じていたかったから。 彼に名前を呼ばれるたび、 彼の蒼い瞳に見つめられるたび、 あたしの胸が高鳴るのを感じたかったから。 でも、もうあたしの胸が高鳴ることはなくなった。 残ったのは、あいつといた時の名残。いつも使っていた『癖』だけ。 一つは自然と後ろを振り向いてしまう『癖』 いつも後ろを守ってくれていたあいつに振り返るためのもの。 もう一つは自然と見上げてしまう『癖』 あたしよりずっと背の高いあいつと視線を合わせるためのもの。 使うことが無くなった癖だけが残った。 彼以外の人間と使う必要がない癖だけがあたしに刻み込まれた。 もう取り戻せない過去、現在、そして未来。 あたしの胸に巣くっている誰か… まだ幼い少女のような声、姿。 誰なのよ あんたは･･ 『･･･････。 違う･･･後悔はしてない。これしか方法が無かった･･･ あいつを幸せにする為には』 ―――本当？本当ニ彼ハソンナ幸セガ欲シカッタノ？――― 『あたしさえ消えればあいつに厄災が降りかかることは無くなる。 あいつは生き延びられる。生きていれば幸せがきっと来る。 だから･･･これでいいの。 あたしのせいであいつの人生を壊したくない。』 ―――違ウ――― 『何が違うのよ！』 ―――アナタハ自分ノセイデ大切モノヲ失ウノガ恐イダケ･･･――― 『･･･････････｡ そうよ。 悪い！？ そう思って何が悪いの？ 彼をあたしのせいで失いたくない！･･･当たり前じゃない！ こんなに大切なヒトなのに･･･っく･･･』 ―――逃ゲナイデ･･･――― 『･･･っひくっ･･･』 ―――逃ゲナイデ。向キ合イナサイ。 彼ノ瞳ニ･･･自分ノ運命ニ･･･――― 少女が･･･姿を現す。 紅の瞳、栗色の髪を持ったまだ幼い少女―――それはあたしだった。 例え、彼との時間がたった一時だったとしても 大切なものを自分から切り捨てないで････後悔･･･しないで――― あたしを……あたしの想いを殺さないで。 過去に置き去りにしないで。 あたしを、彼の居る未来へ連れてって…… 「････････っ｡」 下唇を噛み締めて嗚咽を堪える。 ゆっくりと、だけど意志を込めて首を振る。―――横に･･･ 「ごめんね。あんたの―――あたしの期待には応えられそうもないわ。 これは綺麗事じゃない。それじゃ済まされないのよ。でも、あいつの命は守る。それはあたしのたった一つの願いだから。あたしの全てを犠牲にしても。例え･･･後悔することになっても･･･」 あたしは涙を拭いて立ち上がる。 暖炉に火を灯さず、服や髪を乾かす。 耳に届くのは、未だ激しさの衰えない雨音だけ。 話す相手もいなく、ただ瞳を閉じ、雨音に耳を澄ましていると、 その中に人の気配が混じるのを感じた――― 夢幻の章に続く。 |
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