片 翼 の 天 使


〜 再会の章 〜(後編)

















日が沈みかけているというのに、あたし達は町を出て次の町に向かって歩き出した。

バカみたい。いつまでもあいつの影に怯える自分が…
吹っ切れたと思ったのにいつまでも引きずっている臆病な自分がいた。
もしかしたらどんなに遠く離れていても、あいつの蒼い瞳からは逃げられないのかもしれない・・・


でも捕まるわけにはいかない。

――― マタ 逃ゲルノ ?―――


『そうよ。あいつのために』

――― ウソ ・・・ 自分ガ恐イダケデショウ ? ―――

『・・・・・・・・・・。』

――― アナタノセイデ ・・・ヲ失ウコトガ・・・・ ―――

「・・・・ナ」

『あたしは・・・・』


「リナ!」

!?

その声で我に返る。
隣を向けば背の高い金髪碧眼の剣士・・・ではなく、露出度が高い女魔道士がいた。
えっと・・・こいつはダレ?  そうだ・・彼女の名は、

「・・・ナーガ・・・いたの?」

現状を把握できないあたしはそう問いかけた。

「リナちゃんっヒドイ・・・」

ナーガは情けなくもしゃがみ込んで『の』の字を書き始める。

・・・・・そうだ。今 あたしは一人じゃないんだっけ。
話せる人がいるんだっけ。彼女の存在はあたしをほんの少しだけ元気づけた。
そしてあたしは下を向いていた視線を前に戻す。

「ほら・・・ナーガとっとと歩くわよ。」

そうだね。前に進もうか。
あたしらしく進もうか。

「ふっそうね。リナの奢りも待ってる事だし。」

ナーガはいつもの如くすぐさま立ち直り、憶えていなくても良いようなものをしっかりと記憶していたりする。

「そーいえばナーガ。あんた今まで何処で何やってたの?」

大いに疑問である。
以前はどっからともなく湧いてきていつの間にやら姿を消していた。
まぁナーガだから、といえばそれで片づく事なんだけど・・・
やっぱ気にならなくもない。


「ええ?ああ、ちょっと故郷に帰ってたのよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・。

ナーガの故郷・・・・・



あたしは思わず町全体がナーガルック、おまけにナーガ直伝の高笑いが横行する
とんでもない町を想像してしまった。
・・・・・恐ろしい・・・・・この上もなく恐ろしすぎる・・・・
顔が引きつって、冷や汗が滝のように流れる。
ナーガから出身地を聞き出して問答無用で竜破斬ぶちかまそうか・・・いや
触らぬナーガに祟りなし。
今のは 聞かなかった事にしよう。うん。

「わたしの話よりあなたの方はどうなのよ。」

自己完結をしていたあたしに思わぬ質問が来る。
あの、究極自己中心的暴走自爆お約束のあのナーガが他人の詮索をするなんて!!!

「どうって?」
「あんた、風の噂じゃ凄腕の剣士と旅をしていたそうじゃない。」


う…。相変わらず余計なことだけ情報通のようね・・・

まさかあいつの話が出てくるとは思ってもみなかった。
一瞬強張った顔を和らげ、素っ気なく本当のことを言う。

「別れたのよ。」

抑揚のない声。

ずきんっ

胸が痛い。
なんで自分の言葉に傷ついちゃうかなぁ〜あたし。
思わず自嘲にも似た苦笑が漏れる。


ナーガはあたしの表情に気付かなかったのか、ぽんっと手を打ち、ナーガらしい答えを返してくる。

「わかったわよリナ!あんた路銀欲しさにそいつを売っ払ったのね!」
「初めは・・・そのつもりだつたんだけどねぇ。」

自嘲的な笑みを浮かべたまま沈みかけた夕日を見る。
そう。初めはそんな軽い気持ちだった・・・まさかこのあたしがあいつに心を奪われるなんて思ってもみなかった。
でも結局は 捨てることになってしまった彼。
きっと・・・恨んでるだろうなぁ。


実はあの夜、あたしはあいつのために人一人が遊んで暮らしていけるくらいの額の金貨を置いてきた。餞別として。
勿論、お金じゃ解決できないって知ってるけど、去りゆくあたしには他に残していく物がなかった。
初めはあたしがいつも身につけている宝石護符を残そうかとも思った。
あたしが傍にいられない分、それだけでも彼に持っていて欲しいと・・・
でもそれで彼があたしを忘れられなくなってしまうのが嫌だった。
優しいあいつはきっと自分を責めてしまう。
だから、あたしを思い出させる物は何一つ残さなかった。

いくらあいつがクラゲでもあたしを思い出す品があれば思い出すに違いない。
あいつが自分を責めないように、苦しまないように、すぐにでも忘れるように。
あたしは彼の生活から残らず消えなければならなかった。

でもせめて彼が不自由しないようにと・・・
精神的にはどうか知らないけど、せめて物質的な欲求は満たして欲しいと。
お金だけを置いてきた。けど果たしてそれで・・・ん?


これは・・・・・・。


「ふっお喋りはここまでね。」

立ち止まり、すいっと目を細め、戦闘態勢を整える。
辺りには誰もいない。けど、それがいることはあたしにも分かった。

「別に戦う必要はなさそうよ。ねぇ ゼロス?」

そいつがいるであろう前方に視線を向け、闇の気配を持つ主に問いかける。

「おや、バレちゃいましたか。お久しぶりですね、リナさん。」

自分から気付かせておきながら白々しい事を言ってゼロスは姿を現した。
あたしとこいつの馴れ初めを知らないナーガは、あたし達を見比べながら、

「リナ・・・あんたとうとう人間の友達が出来なくて魔族とトモダチになったの?」

などと真面目に言ってきた。
大体ナーガの方がトモダチ少ないんじゃ・・・・いいけどさ。でもなんかこいつにだけは言われたくないぞ、あたしは。

「こいつはただの知り合いよ。最も、あんまし会いたくない奴だけどね。
 どっから嗅ぎ付けて湧いてきたんだか・・・」

「そんな人をボーフラみたいに言わないで下さいよ。」

「ふっ あんたは人じゃないでしょう!」


ををっナーガにしては鋭い突っ込み。

「そう言うあなたこそ、とても人間とは思えませんけどね」

ゼロスもやや引きつった笑みを浮かべながら反撃する。
ををっこれまた的を射た応え。
端から見たら、ナーガの方がよっぽど魔族らしい。
でもこんなカッコした魔族なんか死んでも見たくない。
なんか一瞬2人の目に火花が散ったような・・

人間外対魔族の戦い・・・・ある意味興味深いカードである。
あたし的にはゼロスの圧勝って感じなんだけど、ナーガの蘇生力も捨てがたいし・・
完全に蚊帳の外のあたしは、2つの物体の成り行きを見守っていた。


「あんた、その格好からするとかなりの高位魔族のようね」

隙なく相手を窺いながら、ナーガはゼロスの正体を的確に見抜いた。
ナーガのヤツ。妙にスルドイ。
人間外同士、分かり合えるところでもあったのかしらね〜

そう。確かにコイツはただの魔族じゃない。
この世界を統べる魔王ルビーアイ・シャブラニグドゥが生み出した4体の高位魔族の一人、獣王が生み出したただ一人の獣神官の名を持つ高位魔族。

普通に戦って敵う相手じゃない。…ま、かなりいい加減なヤツだけどね。

「それはヒミツです。」

漆黒の神官はお得意のポーズで誤魔化す。
最近はゼロスとのつき合いも長いせいか魔族がそんなセリフを言う違和感も感じなくなってしまった。でもよーーく考えると、かなり変よねぇ・・・

・・・・なんか平凡が欲しいかも。
そしたらあいつと別れなくて・・・いや、何でもない。

あたしはいつの間にか落としてしまった視線を再び上げて、ゼロスに注ぐ。
なんにしても油断は出来ない。
こいつは命令が来たら、知り合いのあたしでも躊躇せず殺すだろうから。

ナーガは・・・
と言えば、いつもよりさらに胸を反らし、ゼロスに言い返ところだった。

「ふっ まぁその格好を見ればどの程度か予想がつくわ!
その冴えない顔!おまけにセンスの欠片もないクソ地味な神官服!
その程度じゃわたしの足下おろか手下のリナにも及ばないわっっ」

おい! 誰が手下じゃ!このたかり魔め・・・

流石にゼロスも今の言葉にはムカついたのかぴくぴくとこめかみを引きつらせる。

「だっ 大体、あなたこそ何なんです?」

お互いに挑発し合い、殺気だった2人が対峙する。
ナーガが余裕綽々の笑みに対し、ゼロスのそれはちょっと・・・・いや、かなり引きつっていた。
そりゃ、ナーガみたいなのにここまでコケにされちゃ流石のゼロスも頭にくるわな。

それに対し、ナーガは無意味に大きく胸を反らして余裕の笑みで応える。
この時点であたしは呪文の詠唱を開始する。

「ふっ愚問ね。わたしこそリナの最強最大のライバル 白蛇ナーガよ!
「魔竜吠・・・」ほーー… ぺぐっっ」

愉快な声を上げてナーガはあたしが呼び出した魔竜王の足に踏みつけられ、カエルみたいに見事に潰れた。
まさにジャストタイム!
その名も『高笑いする前に黙らせちゃうよ』作戦である。
うむ。流石、デイモスドラゴン。いい足しとるのぉ・・・

「でいちゃん 動いちゃダメよ。」

あたしは手でメガホンを作り、魔王竜に命令を与える。

「ガウ!」

あ、なんか従順でラブリ〜。
やっぱりどこぞの傍迷惑製造魔道士と違ってちゃんとコントロール出来るようになったあたしの魔竜はひと味違うわ。ともかくこれでよしっと。

「リナさん・・・・今のはガウリイさん以上の反応ですね。」


ズキン…

また胸が痛い・・・あいつの事言われるたび痛みが増していく。
あたしから溢れ出す負の感情をゼロスが察知して食べているとしても、あたしは平静を装って強がる事しかできない。

「あいつは脳味噌が麻痺するような高笑いはあげなかったしね。」


・・・・どうして?
どいつもコイツもあいつを思い出させるようなことを言うの?

忘れたいのに。思い出したくないのに。

でもあたし自身が一番悪いのかな・・・
これは黙ってあいつを置き去りにしてきた罰なのかな。


「それでですね。リナさん?」


何やってんのよあたし。魔族が傍に居るのに注意力が欠けてる・・・
もう守ってくれるヤツはいないのに・・



「で?なんだってこんな所に出張してきたの?」

「いやぁ〜今回はリナさんじゃなくて、別件だったんですけど、最近この辺りの盗賊がことごとく潰されてると聞きまして、もしや と思って来てみたんですよ。」


なんでこいつらは盗賊団が潰れていると聞くとあたしだって思うんだろう・・・


「まさか・・・・そんだけ?」
「いえ、こちらにももうガウリイさんと貴方が別れた、という情報が入ってきてましてね。」
「へーー早いじゃない。」



やめて・・・彼の名前を出さないで。
あたしが彼と別れてから一度も口に出さなかった名前を。


「それで、リナさんにお誘いを、と思ったんだすよ。
 どうです?ここは一発やけくそになって魔族なんかになってみませんか?
 今ならもれなくカタート山脈に庭付き一戸建てをプレゼント!」

「あんたはどこぞの訪問販売員か!・・・・悪いけど、あたしは魔族なんかになる気は毛頭ないわ。そう獣王に伝えなさい。」

「まぁ・・・・どうせ返事は分かってましたから。でももし、気が向いたらいつでも声をかけてください。24時間受け付けますよ。」

「あんた・・・魔族なんかやってないで転職してみたら?」

疲れたように言い返す。・・・実際疲れたけど・・・
対するゼロスは疲れた様子もなく。ぷかぷかと浮き上がる。

「獣王様にクビにされたら考えてみますよ。
 では僕はお仕事の途中なんで、これで失礼しますよ。」

そう言って、なにしに来たんだか分からない魔族は消えていった。




上を見上げれば、空はもう薄暗く、辺りには闇が忍び寄っていた。


これがあたしの身を置く暮らし。
いつも死と隣合わせの生活。
厄介ごとが頼みもしないのに向こうから押し寄せてくる。


多分、安らぎが訪れるのは・・・・・の時だけ。









鏡の章へ続く。