片 翼 の 天 使 |
〜 再会の章 〜 (前編)
―――あれから2週間が過ぎた――― 『時』は移りゆく・・・・けれどあたしは『時』に取り残された。 あの夜からあたしの心は明けていない。 過去の残像に捕らわれたままあたしは・・・独りで歩き出した。 想うのは―――あいつのこと。 ちゃんと生活してるんでしょうね? あたしのことふっ切ったんでしょうね? 勝手な女だって・・・・薄情で酷い女だって思っても良いから・・・ 捜したりしていないんでしょうね? あたしは後悔してないよ。あんたと別れたこと。 立ち止まったり振り返ったりしない。あの時の自分を否定しないために涙も零さない。 平和な町を窓に腰掛けながら見下ろす。 うん・・・いい天気・・・ 今あたしは国境の町に滞在している。 理由は、単なる魔力と体力の使いすぎ。 あたしはあいつと別れた夜、あいつが起きあがれないと知りながら走って走って、それでも足りなくて・・・あいつが追ってこれないと知りながら翔封界で飛び続けた。 二つの大きな町を越え、国境の町に差し掛かった所でとうとう限界に達してしまい、この町で休養を取るうちにそのままづるづる住み着いたと言う訳だ。 「さて・・・ご飯でも食べようかな・・・」 窓縁から腰を上げて、食堂に向かう。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 あいつが居た時より随分少ない注文をして、ただ無言で待つ。 ・・・そういえばあいつと別れてから出費が減ったわね。 当然と言えば当然だけど・・・・食欲まで減ったっていうのは問題かもね。 でも・・・もうあいつがいないのにも慣れてきた。 時は残酷で優しい。望む望まぬにかかわらず出来事を記憶に、思い出に作り替えてくれる。 霞かかった記憶は脳裏に描かれたまま風化され優しい過去になる。 注文が運ばれてきてもただ口に運ぶ動作が続くだけ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 黙々と食べ終えて、食後の紅茶をひとすすり。 「・・・・・・・・・・・・・・」 紅茶をもうひとすすり。 「・・・・・・・・・・・・・」 ――――待ってて・・・すぐにケリつけるから―――― ――――ああ・・・いつまでも待ってるよ―――― 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・っ」 もうひとすす・・・ 水面に波紋が広がる・・・・持つ手が細かく震えている。 ったく、断りもなく勝手に震えてるんじゃないわよ。 強がりくらいさせて欲しい。 平気よ・・・あいつと出会う前は独りで歩いてきた。 震える水面に口づけて吸い込む。 あいつと出会う前は独りで・・・ 「ほーっほっほっほっほ・・・」 そう こんな高笑いする奴もいて・・・・・ !? 「ほーーーっほっほっほっほっほ」 バンっっ!! と ドアが開かれる。 ・・・・まさか・・・・・・・この声とこの登場シーンは・・・・ 恐る恐るそちらに目を遣れば・・・・ ぶっっ!! 口に含んだ紅茶を豪快に吹き出す。 「っけほけほ・・・・」 ああっ 紅茶がもったいなひ・・・・ 以前では日常的と化した物体で別段驚くことでも何でもなかったが、時を隔てれば、その耐久性も薄れてゆく。 出来れば二度と思い出したくなかったのだが・・・ あたしのリアクションやお客がその姿に驚愕するのもお構いなしに、お日様をバックに仁王立ちする人影。 ・・・カエルや熊でさえ堪らず冬眠するこの季節もなんのその。 懐かしのコスチュームで見てるこっちが寒くなる。 お久しぶりの・・・・いや直視したくない・・・・ 神出鬼没百害あって一利なし!あたしの自称ライバルこと白蛇のナーガであった。 その物体はあたしをビシっと指さし、 「見つけたわよ!リナ=インバース!!わたしに捕まるのが恐くて逃げ回っていたようだけど、とうとう捕まえたわ!!さあ! 最強の名をわたしに渡す記念を祝して食事を奢らせてあげても良い・・・パグゥ・・・」 「やかまし」 辛気くさい…もとい、柄にもなくカンショーとやらに胸を締め付けられていたびしょーぢょのモノローグを問答無用でぶち壊すなど言語道断! あたしはナーガの戯言が言い終わらぬ内に飲んでいた紅茶を素早く飲み干して顔面に投げつけ、即座にナーガを黙らせた。 「いきなりなにするのよリナ。そういう過激な再会の歓迎は友達に嫌煙されるわよ。」 いつもの如くすぐ復活してカップのあとを付けたまま非難の声を上げてくる。 「なんであんたがここにいるわけ?」 「ふっ 愚問ねリナ。最近周辺の盗賊が潰されてるって小耳に挟んだのよ。わたしが知る限りそんなことをするのはロバーズ・キラーこと洗濯板魔道士リナ=インバースって・・・リナ!ちょっと待ちないよっ!・・・・いえ、待ってリナちゃん。ナーガ淋しい(はぁと)」 あたしの幸せの礎として汝に死を与えん。 「地精道」 「っきゃぁぁぁぁぁ」 ナーガはあたしの呪文であけた穴に見事に吸い込まれるように落ちていった果てに、『ゴーン』と教会の鐘を打ち付けたような景気のいい音が響く。 あんたの頭は空洞かい! きっと穴の底に石でもあった運悪く頭を強打したのだろう。 ま、ナーガだからどうでもいいけどね。 あたしは素早く次の行動に出る。料理の仕上げとナーガの復活は時間が命。 「んっしょんっしょ・・・」 誰も座ってないテーブルをひっくり返して穴を塞ぎ、トドメに酒樽を3つほど乗せる。 穴の中の少ない空気の関係上風系呪文は使えない。 粉砕呪文を使っても、酒樽とナーガと熱烈な出会いが待っている。 火炎系呪文で吹っ飛ばそうとすれば、バックファイア免れないし、おまけにアルコールに引火して黒こげになるだろう。 うんうん。我ながらぱーへくと。 「・・・・そこまでする」 お客の呟きが聞こえてきたりするが、あたしに言わせればまだ手緩い方である。 「ふうっ・・」 スッキリした〜 なんか・・・・ナーガのお陰であたしらしさが戻った気がする。 あいつと別れてから調子狂いっぱなしだったっけ・・・・ ちょっとだけ感謝かな・・・・お礼に時限発火装置は付けないであげるわ。 作業を終え、代金をさっさと払って宿を出る。 後、あたしが出来るのは・・・・・・・一刻も早く逃げること・・・・・ このままあいつにまとわりつかれたら、きっと・・・いや必ずあたしが不幸になる。 自分のためを思うならあいつの傍に居ちゃいけない。 ごめんね。・・・・・・・なんて言わないわ。 ちゃんと成仏してね。 お墓にはぺんぺん草を供えてあげるから・・・・ どっかで使ったような科白回し(一話ラスト)でそそくさと宿から離れていく。 と、 ドガァァァァンっっ 大きな火柱が、あたしが居た宿屋の方で立ち上る。 ナーガの奴よりによって一番過激な火炎系呪文を唱えたらしい・・・・ふっ愚かな・・・ あいつ弁償できんのかな・・・・あたし、しーらないっと。 あたしがマジックショップで盗賊から失敬したお宝を換金し終えて、店を出た所で、今度は夕日をバックに仁王立ちをする人影。 ちっ しくじったか・・・・ そいつはさっきと同じようにビシっとあたしを指さし、 「ふっ 見つけたわよリナ!!さっきは自分が追いつめられる恐怖に勝てないからってわたしを抹殺しようなんて言語道断!!この礼はわたしに宿付き食事し放題の奢りを提供してくれるなら快く忘れてあげても良いわよ。」 などとのたまってきた。 あたしもさっきと同じように穴に落とそうと思ったのだが、ナーガの表現に不適切な所を訂正するために呪文の詠唱を止めた。 瞳をうるうるさせて切実に訴える。 「ナーガ!!それは誤解よ。あたしはただ、ナーガの命なんて そこら辺にいる害虫以下としか思ってなかっただけよ!!」 「・・・・・・・そう。」 あっなんか納得してくれたし。 「それよりナーガ。あんた、さっきのちゃんと弁償してきた?」 「ふっ わたしの人徳があればあんなものタダよ。」 「で、実際は?」 「わたしが炭化してぴくぴくしているのを見たら主人があまりに哀れんで、涙流して弁償しなくて良いって言ったのよ。おまけに水までかけて貰ったわ。」 「・・・・・・・そう・・・良かったわね。」 結局2人仲良く大通りを歩いていたりする。 彼と居たときの熱望の視線とは違うものがあたしの連れに向けられる。 露出度が高くてとげとげのショルダーガードやドクロのネックレスなんてつけていたら普通の反応かもしんない。 あたしはただ気にしないようにただ前を向いて歩いた。 いやに人通りが多いわねぇ・・・・ え!? 思わずナーガに向けられる視線も忘れ、立ち尽くす。 一瞬だけ・・・・ほんの一瞬だけ人混みの合間から背の高い金髪の男性が見えた。 が、次の瞬間それは人混みに消されてしまう。 まさか・・・・・ ナーガは急に立ち止まったあたしを振り返って怪訝そうに眉を顰めながら声を掛けてきた。 「どうしたのよリナ。いきなり立ち止まって・・・」 「・・・・・・・・・・何でもない。」 ・・・・見間違いよ。ただの他人の空似よ。 あいつじゃない。 あいつであるはずがない。 でも・・・・・・・ 「ナーガ」 「何よ?」 「町・・・・出よ。今すぐ・・・」 「何言ってるのよもう日暮れに・・・・・」 「お願い。食事と宿代一回だけ奢るから・・・・・」 「さっリナ。 こんな退屈な町はさっさと出るわよ!あの夕日がわたしを待ってるわ。」 自分の意見を180度変えてぐいぐいと町出口まであたしを引っ張っていく。 あたしはナーガに引っ張られながら一度だけ後ろを振り返った。 違ウ・・・彼ハイナイ・・・ ・・・恐イ・・・ 早ク・・・逃ゲナイト・・・ 早ク 早ク 早ク 早ク 恐イ 恐イ!! 恐イ・・・逃ゲナイト・・・・!! なにをそんなに怯えているの? 彼・・・・の・・・自分・・・・・大切・・・う・・・こと。 後編に続く。 |