片 翼 の 天 使 |
〜 離別の章 〜
羽ばたく翼を振り返り、そして気付いた。 己が付けてきた血の軌跡を。 優しく包む翼の傷痕に。 絶えず血を流す彼の姿に・・・ まだ飛べる。まだ一緒に居られる。 そう、思いたかった―・・・・ ――「危ない!」―― ……っ!? 油断した・・・! 街道を歩いていたら、突然レッサーデーモンに襲われて。 でも、たった三匹程度だからと――― 気付いた時には敵に後ろを取られていて・・・ デーモンの腕が振り下ろされるのがスローモーションで見えた。 あたしは次に来るであろう衝撃と激痛を覚悟し、体を強張らせた。 ―――でも、あたしが感じたのは力強い腕と包み込まれるような感触。 そして『骨の砕ける鈍い音』 衝撃で吹っ飛ばされてもなお、何かがクッションになってあたしは深手を負うことはなかった。 けど・・・・ 「ガウリイ!」 あたしは自分の身代わりとなった相棒の名を呼ぶ。 「リナ・・・無事か?」 彼は顔だけを上げ、無理に微笑んであたしの安否を確認する。 自分が庇ってもまだあたしの心配して・・・ 彼が受けた傷を見ればとても治療などでは治りそうもない深手。 どうして あたしのことを心配するの? どうして こんなになってまであたしを庇うの? 彼から冷や汗が吹き出す。 早く手当てをしないと手遅れになってしまう。 「待っててガウリイ・・・すぐにケリつけるから。」 「ああ・・・油断するなよ。」 またあたしに気をつかって微笑む。 ・・・ばか バカバカバカ あんたそんなことしてたらホントに死んじゃうんだからね。 クラゲのくせにへんな気つかってんじゃないわよ・・・ 死んだら三途の川に重し乗っけて沈めてやるんだから! だから死なないでよ・・・ あたしは立ち上がって呪文を唱え始める。 「黄昏れよりも昏きもの 血の流れより赤きもの・・・」 ちらっと横目で見れば、彼は痛みで気を失い、グッタリとしていた。 ガウリイ・・・お願い 死なないで・・・ 彼の服が血で染まってゆくと同時にあたしの胸に不安が広がってゆく。 「我ここに闇に契わん・・・」 亜魔族たちが咆吼を上げ炎矢を出現させこちらに放つが、あたしの周りに張り巡らされた魔力障壁によって全て虚空へと散る。 「・・・等しく滅びを与えんことを――ドラグ・スレイブ!」 赤き閃光が放たれ木々を巻き込んで大爆発を起こす。 あたしは手応えを感じると敵には目もくれず、ガウリイに駆け寄った。 ・・・良かったまだ生きてる。今なら間に合う。 「レイ・ウィング」 まっててねガウリイすぐ手当てしてあげるから・・・ 運が、良かった―― すぐ近くに村があったのも、丁度この日が魔法医の巡回日で村に居たことも。 そのどちらが欠けていてもガウリイは助からなかっただろう。 それ程の大怪我だった。 あたしは村一件の宿を一部屋だけとって彼を付きっきりで看病し続けた。 彼は二日間目覚めることはなかった。 もう二度と目覚めないんじゃないかって思うほどの時間を彼はただ眠り続けた。 三日目になると、骨折のせいで高熱が出て・・・下がることなく丸二日苦しみ続けた。あたしはその間、彼を不眠不休で看病し続けた。 でも、彼が苦しんでいるのを見て不謹慎だけど・・・安心した。 ちゃんと生きてるって・・・ 生死の境を彷徨ってるガウリイよりも、あたしの方が生きた心地がしなかった。 もし、彼がこのまま死んでしまってら・・・・ あたしの悪夢は覚めることはなくあたしを苛み続けただろう。 ばか・・・被保護者に心配なんかさせないでよ・・・ 彼がその蒼い瞳を再び開いたのは、あの事件から一週間が過ぎた頃だった。 「ガウリイ?」 あたしの声に彷徨っていた瞳がこちらを捉え、弱々しく微笑む。 「リナ 良かった・・・無事だったんだな。」 一週間ぶりの彼の蒼い瞳 一週間ぶりの彼の低い声 暗闇の一週間だった。あたしにとって長く辛い一週間がようやく終わりを迎えたことを彼の命の輝きかあたしに静かに告げてくれた。 懐かしい声に自然と笑みが広がっていく。 「何言ってんのよ あんたの方が大変だったんだから!・・・少しは自分のこと考えなさいよ。」 っとに心配性なんだから・・・ 「すまん・・・お前に心配かけちまったな・・・」 少し掠れた声で言う。 「だから!あたしのことはどうでもいいの!なんであたしのことばっかり・・・」 目尻が熱くなる。 なんでよ・・・ あたしの頬に添えられるガウリイの手。 温かくてほっとする大きな手があたしを撫でる。 なんでそんなに優しいのよ・・・バカ。 胸に詰まって何も言えずにいると、彼が静かに言葉を繋ぐ。 「疲れてるだろ?もうオレは大丈夫だから 休め。ありがとな、リナ。」 それだけ言うと、彼は再び眠りに落ちていった。 力を失った彼の手に自分の手を重ね、瞳を閉じて彼の体温にあたしの意識を委ねる。温かいね・・・・あんたの体も、心も・・・ でも・・・ 「ばかね・・・過保護すぎるわよ・・・・」 あたしは力を失ったガウリイの手を戻し、顔に掛かった金髪を払ってやる。 彼の顔は少し窶れ、髪は艶をなくしてしまっていた。 しかし、一週間前より格段に血色も良くなり、呼吸も落ち着いた。 順調に回復に向かっているなによりの証拠だ。 暫くの間彼の寝顔を見ていたあたしは水を換えるために席から離れ部屋から出ていくことにした。 張りつめていた緊張の糸が切れ、独りでに溢れ出る涙を拭いながら、そっと彼から離れていった。 ドアが閉じられると、彼の蒼い瞳が再び開かれる。 「それは・・・・お前がオレの全てだからだよ。」 その言葉は彼女に届くことなく空間に飲み込まれ消えた。 彼の想いが届かない彼女はある1つの決断を下した・・・ 彼は微笑み『大丈夫』を繰り返すだけ。 そして―― 悲鳴を堪え、震える天使に・・・・・・・限界が訪れる。 想いに疲れた天使は翼を切り離し、安置した。 そして天使は大地に降り立ち、その足で歩き出す――・・・ 「よっ!リナ」 彼がベットの上で軽く手を挙げ、ドアから入ってきたあたしに合図を送る。 「あんたねー・・・」 思わず呆れてしまう。 「オーが並の体力ってこのことだわ。つい10日前までは生死の境を彷徨っていたくせに」 ガウリイはにこにこと屈託のない笑顔であたしに返してくる。 「そりゃ、お前さんが看病してくれたからな。」 「当然よ。一つ貸しだかんね。」 「ああ 後でメシでも奢ってやるよ。」 「ラッキ〜♪でも・・・もう大丈夫そうね。」 (あたしがいなくても) 「まだ立てないけどな。」 (その方がいい・・・少なくともあたしの計画に置いては・・・) 「あんだけご飯食べられたら十分よ。」 あたしは心の内を証すことなく微笑む。 「まっ体力まで無くなったらノーミソスライムのあんたに取り柄ってもんが無くなっちゃうしね。」 「すらいむって・・・」 屈託のない笑みから引きつった笑みに変わる。 「をを!スライムに失礼ね。賞味期限がきれたヨーグルトってところで手を打とうか。良かったわねーガウリイ あんたが遭難したときは自分のノーミソ食べて生き延びられるわよー なーんて経済的♪」 「お前なー」 「冗談だって とにかくゆっくり休みなさい。寝付くまで傍にいてあげるから。」 「うわ・・・かんなリナが優しげ・・・何か悪い食い物でも食ったのか?」 ほほぉぉぉぉそーんなこといっちゃうんだぁぁ 「ガウリイ君〜 レア・ミディアム・ウェルダン どの焼き方がいいのかなー 取り敢えず順番に網羅してみる〜」 ガウリイはあたし掌に乗る火炎球を見てプルプルと首を横に振る。 「お休みなさいです。」 そう言うと、ガウリイはそそくさとベットに潜り込んだ。 あたしは作り出したライティングの光を消し、 彼があたしの姿を確認できないと知って悲哀の笑みを浮かべた。 (優しくもするわよ・・・これで最後なんだから) 彼は言った。 「これはお前のせいじゃない」 と、あたしが辛そうな顔をすると、決まって微笑みながら何度も言ってくれた。・・・・でもこれはあたしの所為だ。 彼が怪我をしたのも。 あんなに苦しんだのも。 あたしに気をつかうのも。 全て。あたしの所為だ。 彼が回復してきた以上あたしに出来ることは・・・無い。 あとあたしがすることは―――― すっかり暗くなった部屋の中であたしは無言で席を立ち荷物を纏め始める。 あとあたしに出来ることは――――彼の傍を離れること。 このまま一緒にいたら何時か彼の命まで奪ってしまう。 彼のためを思うならあたしが傍にいちゃいけない。 支度を終え、足音を殺してベットにそっと近づき、眠っている彼の端正な寝顔を目に焼き付ける。 ゴメンね・・・挨拶もなしで・・・ 少し屈んで彼の額に口づけをする。 最初で最後のキス。 「・・・さよなら・・・」 小声で呟き、ベットから離れる。 「ありがとうって言えれば良かったんだけどね。」 部屋のドアを閉め終えてから自嘲的に言う。 そして・・・あたしは彼に背を向けて歩き出した。 「さて、これから何処へ行こうか・・・」 その問いに答える筈の人は・・・もう――いない――― |