始まりの物語
――5――

















 トントン。

 遠慮がちに叩かれた扉の音に、眼が覚めた。
 横には流れる金髪、まだ眠っているガウリイが。
 寝顔がとっても幸せそうに見えるのはあたしのせい?
 腰に回された腕をそっと持ち上げて・・・グイッ!!
 余計に抱きしめられて、身動きが取れないぃぃぃぃっ!!!!


 トントン。


 ノックの主はまだ諦めない。


 トントン。


 コホン。
 「誰?」
 声をかけたあたしへの返事は、
 「お客さん。お届け物です」と男の声。
 「ちょっと待って」仕方ないなぁ。
 「ガウリイ、起きて。お届け物だって人が来てるから、出なきゃ」
 「ん」
 おもむろに起き出して、腰にシーツを巻いただけの格好で扉に向かうガウリイ。
 「こちらです」
 「ん、ごくろうさん」
 「失礼しました〜っ」
 「ほんとだ」
 薄く開けた扉越しに短い会話を交わし、
 何かを受け取ったガウリイが、こちらに戻ってくる。

 「リナ。これ、受け取ってくれ」
 手の中に載せられたのは、小さな小さな箱。

 「これって・・・」
 ガウリイの顔を見つめると「いいから開けてくれ」と照れた顔。
 カパンッと音を立てて開いた中には・・・銀色に光る小さなわっか。
 上には控えめながら質の良いルビーが煌めいている。

 「とりあえず婚約の印ってことで」
 ぽりぽり頭を掻きながら、微笑んでるガウリイ。
 「一応プラチナだから、多少の事じゃ傷ついたりしないって。
 もう一つの指輪は・・・お前さんの故郷に行って許しを貰わなきゃな」
 そう言って、指輪を摘むとあたしの左手を取って、薬指に嵌めてくれた。

 「うれしい・・・」すごくうれしい。
 今まで手に入れてきたどんなお宝よりも、
 たった一つの小さな指輪が、あたしを最高に幸せな気分にしてくれる。
 この指輪は、ガウリイからの誓いの証。その想いが幸福の源。

 「あっ、どうしよう」
 「どうかしたのか?」
 「あたし、ガウリイに何にも用意してない!」
 慌てるあたしに、「俺の婚約の印はこれ」
 そう言って指差したのはブラスト・ソード。

 「でも」
 「おそろいの指輪はもう一つの方で」
 それでいいじゃないか。
 不満なら、これから幾らでも時間はあるんだし。

 そう言ってガウリイはあたしを抱きこんで、もう一度ベッドの中に潜り込み。
 いつしか二人で夢の中へ。




 夢の中、あたしはもうモイラじゃなかったし、
 ガウリイだって皇子様じゃない。
 それでも、二人はもう離れない。
 あたしとガウリイは二人で一人じゃない。
 あたし達は二人でいる限り、どこまでだって行けるだろう。
 どんな困難が待ち受けようと、二人は繋いだ手を離さずに。
 お互いの存在を力に替えて。




 幸せな未来を勝ち取ろう。
 

 


 結局、夕方近くまでベッドの中でウトウトと過ごし。
 お腹の音で眼が覚める。
 いつもの服に着替えを済まし。
 二人で食堂に降りていく。

 いつものように注文を済ませて待つ間、ふと目が行くのは左手の指輪。

 「特盛りディナーセット10人前、ヘルシーサラダ5人前、
 山盛りボンゴレスパゲッティ3人前、フライドポテトとオニオンリングに
 ミートパイ、ガチョウのローストお待ち!!」

 テーブルを二つ引っ付けて食べる気満々のあたし達の前に、
 三人がかりで料理が運ばれてくる。
 あっという間にテーブルの上はお皿の山に。
 ただし、無茶な奪い合いはナシ。

 美味しく料理を平らげた後、ここの主人が挨拶にやって来た。
 「今日も気持ちよく食べていただいて、料理人冥利に尽きますよ。
 本当にありがとうございます」
 そう言った後、コトンとテーブルの上に置かれたものは、
 グラスが二つに蜂蜜酒のボトルが一本。
 「お二方、御婚約おめでとうございます。
 これは我々からのささやかなお祝いの気持ちです」
 どうぞお召し上がり下さい、とニコニコと笑ってる。

 「何で?どうしてあたし達が婚約したって判るのよ!?」
 驚いて聞いたあたしに、
 「何故って、昨日は無かったその指輪と、それからその・・・」
 ・・・いかにもラブラブなオーラと、首筋のキスマークですかな。
 おっちゃん、恥ずかしそうに教えてくれた。・・・って。
 うわっ、うわわわっ、そんなもんついてたの!?
 ひゃーん、
 ものすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉくこっぱずかしぃぃぃぃぃぃぃぃっ。
 ポムッと頭から湯気を噴きそうになったあたしを
 ガウリイはクスクス笑いながら、幸せそうに見つめていた・・・。




 次の日は、久しぶりの快晴!!
 やぁ〜っと旅に戻れるぅ!!
 泊まっていた宿を後にして、町を出る前に向かった先はあの洋服屋さん。

 「いらっしゃいませ〜っ!!」店先にあの時の店員さん。
 「こんにちは」
 「あ〜っ!この間の彼女さん!!あの後デートされたんですか!?」
 ・・・この人、好奇心ありあり過ぎ。

 「まぁ、ね。それでお願いがあるんだけど・・・。
 このドレスってウエディング用に細工できる?」
 その言葉を聞いた途端、
 「まっかせてください!!」パーンと胸を一つ叩いて笑顔全開で、
 「このアルメナ、愛を誓い合ったお二人の為に、全力全霊で
 仕立て直させていただきますっ!!」と、快く請け負ってくれた。

 ・・・やっぱりこの人ってノリがアメリアそっくし。

 「で、お式はいつ、どこで、どのように!?
 ドレスとお揃いのヘッドドレスも作らないとっ。
 ああっ、新郎用のタキシードも必要ですよねっ!!
 そうだっ、手袋もあのレースを使って作ればきっと映えますよ!!!」
 捲くし立てるように喋り続けるアルメナに、
 「これからあたしの故郷に行って報告をしてからだから
 まだまだ先の話よ」・・・でね。

 前金と一緒にうちの住所を記した紙を手渡しながら、
 「これがあたしの実家の住所だから、
 仕立て直しができたらここに届けて欲しいの。
 方法は魔道士協会の配送サービスを使ってくれればいいわ。
 あたしの名前を出したら後はあっちがやってくれるから。
 ・・・ただし、荷物の中身がウエディングドレスってのは内緒にね」
 この方法が一番安全とはいえ、もし中身がバレたら
 あっという間に各魔道士協会に伝令が飛びそうだもん。
 そしたらまーた面倒な事になりそうだし。
 両親に報告する前に周りが知ってるって状況は嬉しくないし。
 ・・・第一そんな事態になったら姉ちゃんのお仕置きが怖いっ!!

 「え〜っ、こんなにおめでたい事なのに、
 内緒にするなんてそんなの悪ですっ!!」
 真っ赤な顔で正義とは、と力説する彼女を見ながら、
 アルメナって実はどっかでアメリアと血が繋がってるとか?
 と一人思ったりして。

 「で、聞きそびれてましたが、彼女さんのお名前は?」
 「あたしはリナ、リナ=インバース」
 「ええええええええええっっっっっっ!!!!!!!」

 ここまであたしの悪名は届いていたらしく、
 そのあたしが噂とは全然違う事にかーなーり、ビックリしてた。
 (一寸本気でムッとしたけど呪文は無しで)



 その後、なぜかアルメナにサインなんぞを書かされて
 (ガウリイも一緒に)
 散々妄想たっぷりのマシンガントークに付き合わされた後。
 何とか旅に戻ったあたし達の耳に入ってきた噂話。

 その町のとある洋服店で、意中の彼女に白いドレスをプレゼントしたら。
 どんなにおてんばな娘でも、きっと男と結ばれると。
 最近、伝説の魔道士と剣士が店を訪れて、二日後きっちし結ばれたとか。
 それって、それって〜っ!!
 
 アルメナ〜っ!!勝手に伝説を作るんじゃない!!





    おわり。