満月の夜の話
















　　「っくしょいっ！！」

　　「へっくしゅんっ！！」

　　二人同時にくしゃみ。

　　「ううっ、寒いっ！！」

　　「大丈夫か？」
　　
　　湖の畔で思いを伝えて受け入れられて。

　　濡れた身体も忘れて抱き合ってたけど。

　　今の季節は秋。

　　夜は結構冷えるし。

　　元々寒がりのあたしなんかは、もう体の芯まで冷えちゃってる。
　
　　「とにかくこの服を何とかしなきゃな」

　　優しい声で話しかけてくるガウリイ。



　　あたしと同じ様に濡れ鼠の筈なのに、何であんたは寒くないのよ！？

　　・・・やっぱりクラゲは濡れても平気なんだろうか？



　　しっかし一度気が付いちゃうと、カタカタ歯の根が合わなくなって。

　　「寒っ！！さむいっ！！さっむ〜いっ！！」

　　言った所でどうにもならないのは判っちゃいるが、
　　言いたくなるのが人情ってもの。

　　「リナ、とにかく身体を温めなきゃ風邪引くぞ」

　　「か、か、風邪引くって、い、言われてもっ。
　　こ、ここから宿って、かなり距離が、あったよねっ」
　　
　　それに、あの町の門は夜間締め切っている筈。
　　
　　「あ、あんた。　そういえばどうやって町から出てきたのっ？」
　　
　　ガウリイはニコッと笑いながら。

　　「アレくらいの城壁なら、何とか越えられるから乗り越えた」
　　と、あっさり。

　　「そうそう、俺達の荷物はきっちり隠して置いたから大丈夫だ。
　　それよりリナ、昨日また盗賊いぢめに行っただろ？
　　荷物がやけに重いからすぐに分かったぞ」

　　何でもない事の様に言いながら、いきなりヒョイッとあたしを抱き上げた。

　　しかもこれって、お姫様抱っこ！！
　　
　　「ちょっ、ちょっとガウリイっ！！」

　　抗議の声を上げたあたしに、
　　「いいから捕まってろ。
　　ここから少し先に小屋があったから、とりあえずそこに行くぞ」と。

　　喋りながらも、既にガウリイは走り始めていて。

　　仕方なくあたしはガウリイの首に腕を回して運ばれてあげる。

　　・・・・ま、引っ付いてると暖かいし。

　　頬に冷たいブレストプレートを感じつつ、あたしを
　　抱き上げている腕は、熱くあたしを包んでくれていた。




　　「着いた」

　　あたし達が辿り着いたのは、どうやらボート小屋のようだった。

　　月明かりに照らされた室内にはテーブルなんかが見て取れた。

　　日中は管理人が来るのか、その上に飲み物や食料が置いてある。

　　・・・ちなみにどうやって中に入ったかは聞かないで欲しい。
　　予想はつくと思うけどね。

　　「リナ、明かり頼む」

　　「お、おっけー、ライティングっ」

　　魔力の明かりを生み出して、部屋の中を照らし出す。

　　「ガウリイっ、しゃぶいいいっ！！　とにかく暖炉に薪入れてっ！！」

　　すぐに目に付いた暖炉。

　　そこに薪が放り込まれると同時に
　　「フレア・アロー！！」
　　アレンジして威力を弱めた呪文で火をつける。

　　ごうっ！！　パチパチパチ・・・。

　　あっという間に炎が上がり、部屋の空気がじんわりと温まる。

　　あったかい・・・ああ、幸せ。

　　ペタンと暖炉の前に座り込んで、火に当たっていたあたしに、
　　「リナ。着替えなくてもいいのか？」と後ろから声がかかった。

　　「なに・・・」

　　振り返ったあたしの眼に飛び込んできたのは！！

　　じ、上半身裸の、ガウリイ！！

　　剣士にしてはそれほどマッチョに見えない彼だけど。

　　脱いだら当然と言っちゃ何だが結構筋肉がついてる。

　　体のあちこちには小さな傷跡。

　　そこに飾りのように濡れた髪が貼り付いていて。

　　「き、きゃっ！！」

　　見ちゃった！！

　　しっかりばっちりとっ！！

　　そりゃ、怪我の治療の時とか何度かガウリイの裸って見た事あるけどっ！！

　　こんな状況で、さっきまで抱かれていた場所を見ちゃったら
　　誰だってドキドキするってものよ、絶対そう！！

　　「きゃっ、って、なぁ・・・。
　　この位幾らでも見たことあるだろうが。
　　・・・さてはリナ、お前、照れてるだろ？」

　　自分のシャツを絞りながら、可笑しそうにあたしをからかいにかかる。

　　「お前、世の中の事には詳しいのに変なところでウブっていうか
　　可愛いっていうか♪
　　それよりリナ、気が付いてないのか？
　　濡れたパジャマが身体に貼り付いて、なかなか刺激的な眺めなんだが？」

　　はた、と我に返って己を見れば、
　　確かに濡れた布が身体のラインを露わにしていて。

　　「ぅきゃ〜っ！！」
　　思わずその場で丸くなって、胸元を隠した。

　　恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいいいっっ！！

　　自分じゃ見えないけど、きっと真っ赤になってるあたしの顔。

　　さっきここに着いてライティング掛けた時から見られてたって事！？

　　う、迂闊だった・・・。





　　ひたすら恥ずかしくて動けなくなってるあたしの元に。

　　ゆっくりと。

　　ガウリイが近寄ってくる。
　　


　　「リナ」



　　ビクッ、と身体を震わせたあたしに
　　「そんなに警戒しなくてもいいだろ？　それより、ほら」

　　パサッ。

　　あたしの頭に降ってきたのは、清潔そうな大判のタオル。

　　「とにかく着替えないと風邪引くぞ。
　　恥ずかしいならあっち向いてるから、とにかくこれで身体を拭いて
　　服を干そう。　ンな濡れた服着てるより脱いでるほうがマシだろ？」

　　そう言いながら、元いた位置に戻る。

　　「ホレ、風邪引いたらつまらんからさっさと着替える。
　　　それとも外に出てようか？」

　　ガウリイの気遣いは嬉しかったんだけれど。

　　「・・・ううん、いい」

　　なんでだか、ガウリイに出て行って欲しくなかった。
　　
　　「絶対こっち見ないでね」

　　ちらりと振り向いてガウリイの方を確認。

　　よし。

　　炎のお陰で生暖かくなっていたパジャマを脱いで、
　　タオルを身体に巻きつける。

　　下着はどうしようかと迷ったけど、結局脱ぐ事にした。

　　乾いたタオルに身体を包まれてる今、濡れた下着はひたすら
　　気持ちが悪いし。

　　パジャマは暖炉の近くにあった洗濯紐に架けて、
　　下着は見えないように隅の方に。

　　「もういいわよ」

　　「ん」

　　くるっと振り返ってガウリイの方をって・・・。

　　「な、な、な、な、な」

　　「何見てたのよって？」

　　「そ、そうよっ！！　こっち見ないって言ったじゃないっ！！」

　　「リナ。　俺はそれほど紳士じゃないぞ。
　　ずっと惚れてた女の無防備な所を見逃すほど間抜けじゃない」

　　そのままスッとあたしに近づいて来て。

　　いきなりギュッ、と抱き締められた！！


　　自身の際どい格好と羞恥心で固まってしまったあたしを抱き留めながら。

　　「なぁ・・・リナよ。
　　何でお前さんはこんなに可愛いんだ？」あたしの耳元で囁きながら
　　ガウリイの手が、ゆっくりと髪を梳いてくれる。

　　「いつもはあんなに強気でメチャ明るい奴なのに、何で
　　今はこんなに頼りなくて、可愛くて・・・綺麗なんだよ」

　　熱い吐息の後から、頬にキスが降る。

　　「あ、あの・・・」

　　なんだか手がその・・・少しずつ際どい場所に下りてきてるのは？

　　「リナ・・・。　俺のものになっちまえ。
　　そしたら俺は未来永劫お前のものだ」

　　熱っぽく囁く唇に、キュッ、と首筋を強く吸われた！！

　　やだ、やだ、やだっ！！

　　「ガウリイ・・・や・・・まって・・・」

　　「待てないね」

　　ガウリイの唇はゆっくりとあたしの胸元に向かって降りてきて・・・。

　　「だめっ！！　だって、だって、お風呂に入ってないもんっ！！」

　　咄嗟に口から出た言い訳に、ガウリイの動きはカキンッと停止。

　　あたしは恥ずかしさにクラクラ眩暈を感じながらも、何とかガウリイの
　　説得工作に掛かった。

　　「だって、いきなりこんな所でって、やだもん。
　　・・・あたし、初めてなんだよ？
　　それにさっきやっと告白したばっかりで、なし崩しにそういうのって、ね？」

　　そりゃ最終的にはそういう行為に及ぶんだろうけど。

　　ついさっき恋人同士！！（って言ってもいいのよね？）
　　になったばっかしで何の心の準備も出来ないままってのは！！

　　お願いだからもう少し、時間を頂戴よっ！！

　　「えっとね、ガウリイの事を嫌いとか、そう言うんじゃないのよ？」

　　あたしの言葉に、ようやくフリーズ状態から解凍されたガウリイは、
　　真剣そのものの表情で、あたしを問い詰めに掛かった。

　　「なら、落ち着いて二人きりになれる所でちゃんと風呂もあったら
　　リナは俺に抱かれるんだな？」

　　や、ガウリイ、なんか怖いんですけど・・・？

　　妙な迫力に飲まれたあたしはまともな答えが出てこない。

　　「え、えっと・・・」

　　「俺はずっと前からリナが好きで、リナだって俺のことが好きだよな？」

　　コクコク。

　　「で、俺達の付き合い自体は結構長いよな？」

　　コクン。

　　「なら、お互いの事は充分すぎる程分かってるし、知らないのは
　　夜の顔のみってな♪」

　　コク・・・・・・、って！！

　　ちょっとまて、夜の顔って！！　

　　いや待てそんな恥ずかしいものっ！！

　　「なら、さっさと服を乾かして、宿に戻ってゆっくりと・・・な」






　　そのあと、手付けにってディープなキスをされたあたしは、
　　いつの間にか気を失っていたみたいで。

　　目覚めたのはガウリイの腕の中。

　　・・・しかも、森の中を全力疾走で走ってるガウリイの。

　　「おっ♪　気が付いたか？」

　　「気が付いたかって・・・」

　　いったい何がどうなってるのよ！？

　　なんで？

　　どうしてこんな事になってるの！？

　　いつの間にはあたしも服着てるし。

　　「いやな、リナはあのまま眠っちまうし俺は目が冴えて全然寝れないし。
　　仕方がないから服を乾かして、明け方になったから服を着て小屋の中を
　　片付けてから出てきた」

　　「そう、って・・・。　まって！！　あたしの、服は誰が？」

　　「俺しかいないだろ？
　　無防備なリナに服を着せてる間、どれだけ俺の理性が試された事か♪
　　でも、もうすぐ宿に着くから、リナも覚悟を決めとけよ」

　　さらっと物凄い事を言われたような気が・・・。

　　「って！！　ま、ましゃか下着もっ！？」

　　「ああ、着けてないと嫌だろ？　ちゃんと胸は寄せておいたからな♪」

　　事も無げに言うしっ！！






　　そうこうするうちに、町の城壁が見えてきて・・・。

　　「ガウリイっ、降ろしてっ！！」

　　まだあたしはお姫様抱っこのまんまで。

　　ジタバタ暴れるあたしを「こらっ、暴れない」とキスで黙らせて。




　　まんまとそのまま門をくぐった。




　　門番のおっちゃんに「朝っぱらからやるね〜っ！」と冷やかされるし。

　　「いやぁ♪　」と嬉しそうに返事を返すな〜っ！！

　　そのお陰で何も怪しまれずに入れたけどさ・・・。

　　何もこんな恥ずかしい事しなくてもいいぢゃないっ！！





　　あっという間に町の中を駆け抜けて、目前には泊まっていた宿屋。

　　「おや、お客さん。
　　こんな朝早くからお散歩でしたか？」

　　あたし達を見留めて、宿の主人が声を掛けてきた。

　　「ええ、まぁ・・・」

　　宿の近くでようやくガウリイの腕から解放されたあたしは、照れながら
　　そう答えた。

　　だって、まだっていうか、手を繋いでるし。

　　「なぁ、ここの宿で一番良い部屋ってのは空いているのか？」

　　いきなりそういう事聞くか！？　

　　まったく、この男はっ！！

　　「ええ、空いてございますよ。
　　うちの特別室は離れになっておりまして。
　　料金は昨日お客様方にお泊まり戴いた部屋よりも割高になりますが、
　　その分部屋は広いし内風呂もあり、簡単なキッチンも付いてますから
　　どちらかといえば長期滞在用ですね。
　　療養目的にお泊りになる方もいらっしゃる程ですから。
　　近くの森のフィトン・・・何とかが身体に良いってね。
　　で、お部屋を変えられますか？」

　　商売モードに入った主人の、板を流れるような説明に、
　　「なら、そこに移りたいな。
　　期間は・・・そうだな、一週間」

　　勝手に話を進めようとするガウリイ！！

　　「ちょっと！！　
　　　そんなにこの町に留まるつもりは無いんだからっ！！」

　　慌てて待ったの声を挙げたあたしに、
　　「だってリナ、これからの俺達には必要な話がたくさんあるだろう？
　　それにはやっぱり腰を落ち着けて過ごせる場所が必要だし」

　　「お金はどうするつもりよ？」

　　そうよ、一週間もお泊りなんて！！

　　しかも同じ部屋でって、何が起こるかあたしでも想像付くものっ！！

　　身の危険所の騒ぎじゃないわよっ！！

　　「ああ、それなら」何も心配要らないから、と言いながら
　　ゴソゴソと懐を探り、ガウリイが取り出したものは。

　　金貨３０枚分位の金の延べ棒。

　　「これで足りるか？」と宿の主人に見せると
　　「ええ、ええ！！　充分ですとも！！
　　それだけあれば一月はお泊りになっていただけます！！　」

　　「いや、泊まるのは一週間ほどでいいんだが、釣りがあるのなら
　　その分で食材と酒とかを頼む。
　　俺達の食べっぷりは昨日で判ってるよな？」

　　「はい、承りました。
　　それではお部屋の御荷物を移動させてもよろしいでしょうか？」

　　「ああ、それは自分でやるから後で部屋までの案内を頼む」

　　「承知いたしました」

　　サクサクと進んでいく話をあたしは呆然と聞いていた。

　　ガウリイにあんな甲斐性があったことも驚きだし、交渉をスムーズに
　　進めることも出来るなんて・・・。

　　「リナ？　部屋に行って荷物を取ってくるからここで待っててくれよ。
　　・・・言っとくけど、逃げるのはナシだからな？」

　　しっかり釘まで刺されちゃったよ・・・。







　　案内された部屋は、離れというより貸家のような。

　　町外れの閑静な場所に建っていた。

　　「ここは元々観光地でしたから、お忍びの方も多くいらっしゃって。
　　騒々しい所はお嫌だと仰られるので、町中の宿屋の組合で纏めて
　　別荘地みたいに建ててあるんですよ。
　　今は観光シーズンを少し外れていますので、ここの利用者はきっと
　　お二人だけだと思いますよ」

　　ガチャン。

　　重々しい扉を開く音。

　　「では、これがここの鍵です。
　　お食事はこちらの前までお届けに参りますので。
　　いやなに、野暮なお邪魔はいたしませんから」

　　最後の方は訳知り声で囁かれて。

　　真っ赤になったあたしと。

　　「おう、頼む」余裕しゃくしゃくのガウリイを残して。

　　宿のおっちゃんは一人戻って行ってしまって。






　　「リ〜ナ♪」

　　妖しげな雰囲気を纏わせて、ガウリイがあたしの肩を抱いて
　　中に入るように促すけど！！

　　でもねっ！！

　　足、動かないのようっ！！

　　『お、お願いだから、もう少し猶予をくれないっ！？』

　　そう言おうとしたけれど、ガウリイに伝わる事は無かった。

　　だって、だって！！

　　「何だ、リナ♪　運んで欲しいのか〜っ♪」

　　嬉しそうに言いながら、あたしを軽々と抱き上げて。

　　「一緒に風呂、入ろうな？」って勝手に決めて、抗議の声を上げる前に
　　キスでそれを阻止されてしまったから！！









　　その後の事は、多くを語らなくとも予想がつくと思うけど。

　　あたしは本当に一週間、一歩も外に出られなかった事だけを追記しておく。

　　だから、お願い！！

　　「なにがあったの？」って、聞かないで〜っ！！