『遺書』 vol.12





















「よぉ、随分ごゆっくりだったな?街での用事があらかた終わっちまったぜ」

 かぁああああああっ。
 屋敷に戻った途端のおっちゃんの意味深な流し目に、思わず赤面して、あたしは慌てて言った。

「いやこれには深い事情が…T…あの」
「よかったな」

 小さく苦笑したおっちゃんの視線の先には、ガウリイがいて。
 へらっと嬉しそうに笑みを返したガウリイとの間には、きっちり、男同士の無言の会話があるようだった。
 なんつーか、何があったかもろばれ?!

 く……くそ恥ずかしい。

 しかし、おっちゃんに揶揄されるのも当然ってなもんで、真剣におっかけっこしてたあたし達が屋敷に帰ったときには、もう 正午もだいぶ回った頃だった。

「あんちゃんが嬢ちゃんを追ってくのを見て、ほったらかしでボーゼンとしてるエイミィの顔は見ものだった」
「うわ。性格悪……つーか、見てたんですかい!」
「そりゃ、うちの門はひとつだからな。こっちだって馬車で出かけようと思えば、あそこから出なきゃならん」

「で、レイスは」
「とりあえずは牢屋に放り込まれた。どうゆう処分になるだかは知らんが、法にのっとって裁かれるだろう。それで『終わり』……釈然としないが、あんた達もそれで簡便してやってくれ。恐らくこの街の慣例じゃ、死刑にはならないがな」
「おっちゃんがそれでいいなら」
「かまわない。二度と仲良くおんなじ屋敷でいるっつー訳にゃいかんが」

「エイミィは?お咎めなしになっちまうのか」

 意外にもガウリイが口を開き、おっちゃんが肩を竦めた。

「罪に問うのは不可能だな。証拠がない」
「そりゃそーでしょうよ」
「……レイスのことに関してはな」
「は?」

 グレイさんは淡々と言う。

「うちのカミさんの魔道具を盗作したことについちゃ訴えることができるかもしれん。大昔、良くできたもんにだけあいつが印をつけてたのは覚えがある……とはいっても、ちょこっと端に爪あとをつけるだけなんだが。エイミィが持っていって発表したもんに印があれば話は早いし、そうでなくても、何とか手がかりがあるだろう」
「で、おっちゃんはやる気なの?」
「正直いって、やろうと思えばずっと前にできた」

 考えつかなかったわけじゃない。
 でもわざわざ争うのも億劫だったし、逆恨みされて面倒なことになるのは目に見えてたからな。
 見過ごすかわりに、こっちのことも放っておいて欲しかったのさ。
 そういって、おっちゃんは疲れたように苦笑した。

「でも、今回は仕方ないだろーが。こうなったのには、オレの責任もある」

 とても喜んで行動を起こすようには見えなかったけど、たぶん、奥さんが亡くなってからのグレイさんは、今よりももっと無気力な状態だったのだろう。
 奥さんの残した魔道具にも、自分の命にすらも執着がなかったに違いない。
 そして……まともに喋って前を向いているように見えても、本質的には今もそうだ。
 薄々とは分かっていたけれど、生々しいグレイさんの絶望を見せ付けられたような気になり、あたしは考え込んだ。

(吉と出るか凶とでるかわかんないけど)

 あのことを、グレイさんに言うべきだろうか?
 答えはすぐに出た。

「えーと、あたし達への依頼はどうします?」
「懲りてなけりゃ、続けてくれ」
「了解。そーいやおっちゃん、ここの地下室無茶苦茶になってるけど……早いとこ片づけたほーがいいわよ」
「んあ?ああ、また明日にでも」
「おっちゃんの大好きなお酒が、どれだけ生き残ってるか調べなくていいの?他の樽にも細工されてるかもしれないし、あれって奥さんが作ったお酒なんでしょ」
「はぁ……敵わねえな。そうだ、嬢ちゃんは今日は休めよ。病み上がりなんだしな」

 溜息をついて重い腰をあげたおっちゃんの後を、ガウリイが追いかけようとしたのを見て、あたしは慌てて止めた。

「ガウリイ」
「あ〜いや、だって手伝ったほーが早く終わるんじゃないのか?リナは部屋でちゃんと……」
「確かじゃないけど、地下室はおっちゃんに任せたほーがいいのよ」
「へ?」

 きょとんとしたガウリイに、あたしは呟く。
 他にも候補はあるけど、なんとなく。
 ……あの人の奥さんの『遺書』あそこにあるような気がするのよ、と。

「そうなのか?」
「『そのうち自然と見つかる』……だから、きっとおっちゃんがよく行く場所に隠してある。病気だった奥さんが、どうやって隠したかは置いといてね」

 実は、明け方に地下室にいったのもそれが確かめたかったからなんだけど。
 まー、奥さんはおっちゃんが一番に発見するのが望みだったろうから、仕方ない。
 と、鷹揚に微笑んだ直後、あたしはとある事実に気づいて真っ青になった。

(……はっ。いま思えばこれじゃ報酬貰えないんじゃ!?)



*********



 街道を歩きながら、空を見上げる。
 眩しい光が木々の間から零れ落ちて、みょーに清清しい前向きな気分になったりして。

 ……財布の中身もいっそ清清しいけど(滝涙)

 『青髭屋敷』の地下室からはちゃんとグレイさんの奥さんの遺書が見つかった、らしい。
 翌朝グレイさんがそう言って、あたし達はお役ごめんになった。
 いちおー第一発見者はグレイさんなので報酬は懐をあっためてはくれず、あたしがヤケになってアイダさんの朝食を7人前平らげたのは大自然の摂理ってもんだろう。うむうむ。

 ちょっぴし好奇心が疼くところではあるけど、グレイさんが『言わぬが花だ』といって遺書の内容は教えてくんなかったので、奥さんが彼に一体どんな言葉を残したかは謎のままである。

「ま、間違いなく『真の青玉』の製法じゃなかったな。だいたいあいつはズボラで、完成品ができるまで、細かい材料や作り方なんて残さずにどしどし失敗作の山を作るタイプだったしよ」

 そしてグレイさんの奥さんが残したのは、彼女自身のための言葉でもなかったろうと思う。
 朝食の席に出てきたおっちゃんは素面なのに目が真っ赤に充血していて、口数が少なかったけれど、少なくとも嫌な表情の変化はなかった。

(あんたなら『遺書』になにを書く?)

 そんな問いを口に出せないまま、あたしは屋敷を後にしてガウリイと歩いた。
 たぶん聞いても仕方ない……あたしは当分、どんなことがあっても、ありとあらゆる手段を使ってガウリイを死なせない。
 努力が結果と結びつかないことなんて、世の中にはざらにあるけど。こればっかりはなにがなんでも。

(なら、あたしはなにを書く?)

 ま、今回不覚にも倒れちゃったのは単に『あの日』ゆえの不調だけど。
 タニア=コートランド、おっちゃんの奥さんのようにもしも癒せない病にかかってしまったら?






「あ、そーいやリナ」

 と。
 道の途中、思い出したようにガウリイが後ろから声をかけてきた。
 とりあえずしりあすに考えるのを中断して、あたしは彼を振り返る。

「ん?何、ガウリイ」
「これ」

 大きな手のひらに何やら掴んで、あたしの方に差し出すガウリイ。
 握りこんだ拳の形から察するに、小さな立方体。

(小さい四角。なんかの、入れ物?)

 と、そこで想像したものに心臓がどくりと音をたてた。
 あたしは赤くなって動揺に視線を泳がせる。

(ままままま、まさかッこれはぁあっ!?いや、ありえない!ありえないってば!!)

 慌てて打ち消し、あたしは必死で平静をたもつ。
 もしかしてその立方体はビロード張りだったりして。
 開けてみると、中になんかベタなアクセサリーが入ってたりして……いやそんなまさか。
 でも。
 いまいち実感がない、というか恥ずかしいのであんまし考えないようにしているんだけど、あたし達はその……世にいう、こいびとどーし。
 昨日も別の部屋に引き上げるときに、ちょっと微妙な雰囲気だったりしたし。

(でもこれは早すぎるというか、そんなとこまでは考えてなかったとゆーかっ(赤面))

「なんか、グレイさんが『天才魔道士リナ=インバース』に渡しといてくれって。すっかり忘れてたなぁ」
「………………………あ、そ」

 預かり物かいッ!

「ほい」
「はいはい。……って、なによこれ?!なんでこれが。だって、おっちゃん」
「オレもそう言ったんだが、手元に一つあるから、それはリナが持ってるといいってさ」
「持ってるといいって……でもこんなもんもらっても(汗)」

 それはグレイさんの奥さんが、同じものに遺書を入れたと告げた、あの小さい薄緑の小箱だった。
 最初に依頼を受けたとき、見せてくれたものなのか。
 それとも、実際に遺書がはいっていたものなのか。
 ……それは見分けがつかなかったけれど、半透明のそれはこうして光の下で見るととても綺麗だった。

 その小箱から微かな魔力の余韻を感じ、あたしは首を傾げる。
 それをひっくり返してみて、息を呑んだ。

「……ガウリイ、おっちゃんは『天才美少女魔道士リナ=インバース』にっていったのね?」
「いや、『美少女』はどこにもついていな……ごげふっ!!(苦)」

 内臓を抉る鋭い肘鉄にのたうつガウリイを尻目に、あたしは夢中になってその手の中の小箱を見つめた。

「信じられないけど、もしかしなくてもこれが?!」

「……ぐふっ……そ、それが一体どーしたってんだよリナぁ〜〜……」
「研究してみなきゃわかんないけど!!ガウリイ、ちょっとここ見て、ここ」
「へ?ああ、なんか抉れたあとが」
「おっちゃんが言ってたでしょ。奥さんが、たまに出来がいい作品に、小さい爪あとで目印つけてるって」
「これがそーなのか?」

 いや、見たことないから知んないけど(きっぱり)。
 ひっくり返した小箱の端には、明らかに完成前につけたれたとおぼしき、三日月型の傷が残っていた。

「じゃあグレイさん、報酬はやらねえぞとか言いながら、こっそり奥さんの作品をひとつくれたって訳か」
「……それだけじゃないわ」

 息を呑んで、あたしは興奮を鎮める。

「ひょっとして、この箱まるごと全部が、『真の青玉<ブルー・ローズ>』で出来てるんじゃないかと思う」
「『真の青玉<ブルー・ローズ>』?」
「まさか忘れたとは言わさないわよ」
「う(汗)あ、あの小指くらいの大きさで城がひとつとか言ってたやつ……って、え?どええええっ?!(滝汗)」

 そう考えれば、グレイさんがこれを『リナ=インバース』にくれた意図もわかるってものだ。

「リナ。ど、どどど、どうするんだソレっ!?」
「どうって……別に。普通に調べて、あたしの研究の材料にする気だけど?」
「売ったりしないのかっ?」

 むか。

「失礼な。だいたい、あんたのその斬妖剣とかだって、売ろうと思えば代価に城のひとつやふたつ簡単に手に入る代物なのよ?元は伝説の『光の剣』持ってた奴がこんくらいで動揺してどーするっ」
「そ、そーいえば……」
「折角手にいれた貴重な魔道具を、なにが悲しゅうて魔道士協会の知んない人に任せるってのよ勿体ないっ!!」

 これは。
 報酬代わりとかそんなんじゃなくて、あたしの魔道士としての好奇心を見込んだおっちゃんの取引。
 魔道具になってるってことは、奥さんはすでに『真の青玉<ブルー・ローズ>』の何らかの使用方法を思いついてたのだろうけど、あの屋敷には資料が残っていないってことだし、この鉱石の謎はまだ全く手がつけられていないのだ。
 彼女の研究を引き継ぐ人間が必要だと、グレイさんは考えたに違いない。

「ウフフフ♪ああ、こーんなものが貰えるなんて魔道士冥利につきるっ!!うぷぷぷ、へっへっへ(はぁと)」

 嬉しすぎて笑いがとまんない。
 これは料理のしがいがあるわねーっ!
 まかせてグレイさん、リナちゃんの手にかかれば、『真の青玉<ブルー・ローズ>』の真実もそう遠くないうちに明らかになること間違いなしっ!ついでに魔道具造りも研究して、よりよりお金儲けのスキルも身につけちゃおーかなっ♪♪

「さてっ、こうなりゃぐずぐずしてらんないわよガウリイっ♪」
「おう!」
「ゼフィールシティにさっさと帰って、実家の倉庫地下に作ったラボで色々実験をしてみないと。最近、協会の論文読むヒマもあんましなかったから、じっくり資料集めとかもして……ぬふふふ」
「その前にオレは、リナの家族に挨拶しないといけないけどなぁ」
「まぁそこはちゃちゃっと済ませて」
「ちゃちゃっとでいいのか?」
「ん。色々激しい家族ではあるけど……(汗)まーガウリイならなんとかなるっ!!」
「はっはっは。そーか、なら良かった。さすがにオレも、嫁さんもらいに行くのは緊張すると思うからな〜〜」

 え。

 突然の言葉に固まるあたしの頭を、楽しそうに撫でるガウリイ。








 こいつが実家で父ちゃんに。

『リナのどこが良かったんだ?天然』と聞かれて、
『殺されても絶対根性で死にそうにないとこが』などと答えた前後のことは……
(反対にガウリイが死にそうになるまで折檻してやったけど)

 まぁまた別の、お話。












the end.