『遺書』 vol.4





















 美女と野獣。

 ……詳しく言うなら、滅茶苦茶美人な女性と昼間っから酒臭い酔っ払い中年オヤジ。
 いやいや、仮にも依頼人のグレイさんにそれでは悪いから、せめて『うら若き美女ぷらす、隣にいると違和感ありありな自堕落ロマンスグレー』……あんまり変わらんか……??

「……」

 開いた扉の外の光景に、あたしはしばし呆然とした。
 いや冷静に見れば、そこには単にグレイさんと見知らぬ女性が立っていたに過ぎないんだけど。

(グレイさんはとりあえず置いといて、このハイレベルな美人さんは一体っ?!)

 思ったと同時に、声がした。

「この方たちは?」

 グレイさんの隣で、彼女がゆるやかに瞬きする。
 初対面のその超絶美人さんは、同性のあたしでも『現実にこんなんが生息してるのかー!?』と驚くほど可憐だった。
 ……いやあたしだって超絶美少女だけどね!!カテゴリーが違うというかなんというか。

 歳の頃はあたしと同じかちょっと上。
 金褐色の髪は優しく肩の上で波打ち、バサバサの長い睫毛の下から覗く潤んだ若草色の眼差しがなんともいえなかったりする。
 なんつーか、『まるで砂糖菓子でできたような』なんつー幻想に満ちた修辞が思わず出そうな感じ、といえば分かってもらえるだろうか??
 極上のお菓子のような、甘く繊細な雰囲気と容姿。
 ……ちなみにガウリイは、拳がまともに鼻骨にヒットしたらしく、美女の到来に鼻の下を伸ばす余裕すらなく床でのたうっていたりする。ちょっぴし哀れ。

「紹介してくださいな、ジェンダル」
「何様のつもりかしらんがお前に説明する義理があるのか?」

 凶悪にイラついた顔で吐き捨てる、グレイさん。
 結構気のいいおっちゃんと思っていたひとの、これでもかと言うほど皮肉に歪んだ口元と、冷たい眼差しにあたしは目を円くする。

「や、あたし達も紹介していただけると助かるんですが」

 思わずフォローするあたし。
 いや、だってほんとに気になるし。
 この人は誰?んでもってグレイさん、その表情の意味するところはっ?!

「こいつは、エイミィ。エイミィ=コートランドだ」

 貴族的な小さい会釈で挨拶した彼女は、名前から察するに奥さんの親族なのだろう。
 グレイさんの態度を全然気にする様子はなく、鮮やかな唇を笑みの形にする。

「あたしはリナ=インバース。こっちは……ガウリイ?」

 隣のガウリイをちらりと見やる。
 んで、ようやく顔を上げた自称保護者の反応をこっそり観察しようと思ったのだが……ガウリイは鼻面を押さえたままうらめしげなじと目をあたしに向け、目の保養になる美女そっちのけで小声で猛烈な抗議を始めた。
 よっぽど痛かったらしい。

(お前さんなぁっ……(怒)人の顔を潰す気かっ!!)
(依頼主の顔潰してるのはあんたでしょ。今取り込み中だから黙ってなさひ!)
(とか言って、どうせ話が終ることには何のことだったかしらてへ♪とかって誤魔化す気だろ〜!)
(にゅ……(汗)珍しく鋭い洞察!)

 あたしは話を誤魔化そうと額に汗を流したまま、にっこし扉へ向き直る。

「こいつは放っといて♪えーと。グレイさんとエイミィさんはどうゆう……??」
「をい、リナ。誤魔化そうったって……へぶっ」
「こいつは妻の従姉妹だ」
「なるほろ(汗)」

 もう一度、今度は裏拳で沈んだガウリイは置いといて。
 よっぽどこのひとのことが嫌いなのか、吐き捨てたグレイさんの態度は極悪といって良い。
 そしてこの光景、事情は知らねど問答無用でグレイさんが底意地の悪い中年オヤジにしか見えなかったりするのが恐ろしいところ……いかんせん、冷たくする対象が超絶美女では相手が悪過ぎるっちゅーもんである。

 うーみゅ。
 それでも平気なこの態度、もしかしてグレイさんの奥さんはもおっと美人だったんかしらん??

 そこで。
 耳慣れない艶めいた声がまた、響く。

「ガウリイ、の後は?」
「ほへ?」

 虚を突かれた感じで、ガウリイが顔を上げた。
 エイミィさんは、ガウリイと視線を合わせた上でふわりと微笑み、もう一度尋ねる。

「ガウリイの後の姓は、何と仰るんですの」
「ガブリエフ、だが……?」

 ふっと、若草色の美しい瞳が見開らかれた。

「そのお名前は……もしかすると、エルメキア方面から?」
「はぁ」

 歯切れが悪いガウリイの返事。ちらっとあたしを見たのが癪に障る。

(なに?とーとつにこいつの故郷話っ?……つーか、なんで分ったエイミィさん!?)

「やっぱりあの国の方なのね。まだ私はあの国へ行ったことがないのですけれど」
「……お二人さん、アイダが昼食を準備して待ってるぜ。一休みして早く行ってやれ」
「おおっ♪」

 エイミィさんを無視したグレイさんの『昼食』の言葉に、即反応してガウリイが歓声を上げる。
 をいをい……乙女との会話の最中に、おまいはそれでいいんかいっ!?などと頭の片隅でつっこんだのは当然であろう。
 実をいうと、ちょびっと、嬉しかったりしたけれど。

「私もご一緒して宜しいです?」
「エイミィ。お前が煩いからここまで連れてきたんだぞ。勝手に客に付きまとうな」
「お昼をこちらで頂こうとは思っていませんわ。ただ喉が乾いたので、食堂まで連れて行っていただきたいの」
「はっ……」
「それとも、私も我が従姉妹のように日干しにする気ですの?」
「お前が、タニアのことを口にするな」

 グレイさんが暗い瞳で睨み、背を翻す。
 彼女は軽蔑するように眉を一度顰めたきり、すぐにその姿から目を背けた。
 うにゅ……美人さんなだけに、強烈な感じがするわね。

 とりあえず、オレ達は行くか?そう眼差しで聞いてきたガウリイに頷いたあたし。
 物色していた本を置いて二人で経ち上がると、エイミィさんは自然な仕草で手を差し出した。

「???」

 握手を求めているにしては、少し位置が高い。
 困惑したあたし達に華やかな笑みを洩らして、一点の傷も染みもない柔らかな手がガウリイの腕を取る。

「へっ?」

 うおおおっ!(驚愕)
 ガウリイがぼさっとしている間に誘導されてできたのは……『えすこぉと』の姿勢!?
 ツッコむ以前にいまいちエイミィさんの意図が分からず困惑しているうち、こちらも驚いたらしいガウリイの声が聞こえた。

「えーと、オレ達今まで埃にまみれてたから、あんまし手も綺麗じゃないと思うんだが(汗)」
「私、少し視力が弱いのです……食堂まで、このままお願いできますか」

 と、彼女に微笑まれて断れる奴はほとんどいまい。

(それだったら別にあたしでもいいのでは?や、このひとあたしと重さは一緒ぐらいみたいだから、転んだら一蓮托生か)

「……そーゆーことなら」
「よろしくお願いいたします」

 それにしても初対面でこの態度、もしかしてこのひと。

 そう思いはするが、ガウリイが了承したならあたしが止める権利はない。
 肩を竦め、あたしはそっけなく、じゃあ行きますかと歩き出した。


 ******


 いったいなんでこんな状況になってしまったのか、いまいちついていけない。

「光の剣は、やはりまだガブリエフの方がお持ちなのかしら?」

 目が悪いというのは本当らしく、エイミィさんは、ガウリイには一跨ぎの段差で時間を取る。
 声が遠くなるたび自然と振り返って見れば、顔だけみればかなり上等な部類のガウリイとその腕に支えられる美女。
 目の保養にはなるけど、今の金魚のフン状態のあたしにはあんましユカイな光景ではない。

 でも先に自分だけ行くのも失礼な気がして、仕方なしにぶらぶらと歩く。

(知らなかったけど、ひょっとしてガウリイん家って結構有名?!……あたしもそれなりに伝承の類には強いはずだけど……そういや、家系とはか気にして勉強したことなかったわね)

 そーゆーのに興味なかったし。
 血統イコール実力な〜んて寝言は、実の姉に『赤竜の騎士』を持って、しごき抜かれてからほざいてほしい戯言である。
 姉ちゃんと同じ血が流れていたって、あたしは絶対に姉ちゃんと同じようにはできない。
 そしてその必要も、ないのだ。有難いことに。

「『光の剣』は……」
「は?」
「えーとえーと……どーしたんだっけか?リナ(汗)」
「あにょね……自分ちの家宝の末期ぐらい覚えときなさいよっ、このボケくらげ!」

 ぢと目を向けると、ぽりぽりと頬を掻くいつもながらのガウリイとその隣のエイミィさん。
 彼女のあたしに向けた表情は、どこまでも微笑ましそうなのに。
 自然に深く絡んだ二人の腕を見て……ぽつりと。胸に毒が落とされたような気がした。

「お二人は、仲が宜しいのですね。失礼ですが、どういったご関係ですの?」
「オレは、リ……」
「旅の相棒よ」

 『自称保護者』を名乗られる前に、びしりと言ってやる。
 下らない。
 まったくもってそう思うのに、エイミィさんの出るとこが出た女らしい曲線が目につく。

「まぁ、お若いのにすごいですわ」
「……そーですか?」

(貴女と、そー歳は変わらんと思うんだけどね)

 子供扱いされているように聞こえて、嫌な言葉だった。
 あたしは、彼女の口調はあくまで柔らかいのにどうも良い感情を抱けなくて、溜息をつく。
 どうも体調が悪くて、言い返す気がおこらないんだけど、ストレスたまるわねこれ。

(もっと歳取ってる奴なら、ガウリイの『相棒』も不自然じゃないわけ??)

 十九歳にもなって、何故あたしはこんなこと言われきゃならないんだろ?
 苛立ちが苦しい。自分が、辛いのか腹を立てているのか……何も感じていないのかすら、わからない。

 昨日、ガウリイは何って言ったんだっけ?
 
『そー毎回苺みたいに真っ赤にならんでも…』

 あの呆れたような口調。
 自称保護者は、あたしが何故怒ったのか分かってない。
 それが情けなくて恥ずかしくて……こんなに悲しい。

 この自称保護者は思ってもみないんだろう。あたしがもう子供じゃないとは。

(毎回、魔法が使えなくなる期間を告げるのがどれぐらい嫌かなんて)

 その『期間』を言うのは、ほとんど排卵期を教えるのに等しい。
 女なら、理由もないのにべらべら喋るようなことじゃない。
 そりゃ……あたしは、理由があってガウリイに告げるんだけど。
 『しばらく、あたし魔法が使えないから』とガウリイの前で言うたびに考える。
 あたしが、なにか妙なつもりでこんなこと言っているじゃないかって思われたら我慢できないとか。
 死ぬほど恥ずかしい上、なんでこんな風に悩まなきゃいけないんだとか。
 それから……ガウリイは、被保護者のあたしの言葉を深読みなんかしっこないから、自分はほんっきで無駄なことで悩んでいるんだと、考える。

 分かっていても悩まない訳がない。平気な訳がない。

(だいたい鈍感ボケ過ぎるのよ)

 あたしはあたしだし。そりゃ、多少胸は世間一般より寂しいかもしんないけど。
 つぶらな瞳、手入れにはをつかってる長い栗色の髪。手足だって割とほっそりしてるし、旅の生活の割には肌もつるつる。最近じゃ、美少女というよりは美女の領域に入ってきてると思わない?

 ……でも、あたしは少なくともガウリイが認める『大人の女』ではない。

 そうこうするうちにも話は進む。

「この屋敷には、どうして来られたの?」
「え〜と。どうしてだったっけ……??」
「……あたし達は、依頼を受けてここに来たんですけど。ま〜詳しい内容は依頼主に聞いて下さい」
「ジェンダルが教えてくれるとは思えないわ」
「ジェンダル……??」
「あの男の姓です」

(ははぁ)

 会話に意識を切り替え、ぽむ、と胸で手を打つ。
 グレイさんのムコ養子に入る前の旧姓のことか。……確か奥さんの実家の人達は、この結婚の無効を唱えているそうだから。グレイさんは、あくまでグレイ=ジェンダルであり決してグレイ=コートランドではないと主張しているわけか。

 ん?ジェンダル?あたしははっとして記憶の糸を辿る。
 ……確かさっき、ちらっとグレイさんが奥さんの名前をタニアって。

(これは『真の青玉<ブルー・ローズ>』発見者とも言われるタニア=ジェンダルの『失われし呪具について』ときたっ。なんだかんだ言って、よく研究してるじゃないのグレイさんっ♪)

「タニア=ジェンダル……?」

 書庫を整理している最中の自分の台詞を思いだし。
 その魔道具師の名を呟いたあたしに、エイミィさんは少し驚いた顔で言った。

「知りませんでしたの?……詳しい話は、あの男もしていないようですね」
「はっきし言って初耳です」
「私の従姉妹の名前は、タニア=コートランド。論文などは全てあの男の姓でタニア=ジェンダルとして発表されていますが、それもきっと唆されてのことに違いありません」
「思わぬところで、どえらい有名人がいたもんね……(汗)」
「?グレイさんの奥さんがどうかしたのか??」

 丸きり分っていないガウリイに溜息をつき、あたしは説明する。
 
「ガウリイ。あんたにも、タニア=ジェンダルさんが発見した『真の青玉<ブルー・ローズ>』の話はしたわよね?」
「……え〜と……」
「覚えとらんのかいっ!!」

 思わずスリッパでツッコミ入れそうになるが、ガウリイの腕をしっかり掴んだエイミィさんの姿を見てなんとか思いとどまる。
 視力が弱い彼女の、案内役兼転んだ時のつっかえ棒であるこいつを地に這わせるのは、まずい。
 ……う〜みゅ、昨日グレイさんがこの辺りで獲れると教えてくれた『真の青玉』、ガウリイにもとにかく貴重な鉱石だと説明してやったのに。スッパリ全部忘れているとは許しがたし。

「つまり。タニア=ジェンダルと言えば名の知られた魔道具師で、特に『真の青玉』っつー鉱石の発見で滅茶苦茶高名な凄い人なの」

 そう、この辺りで産出される(と昨日聞いたばっかしの)『真の青玉』は魔道発展のための可能性を秘めている。時間を保存できるという特性……これを何に利用できるかは未だ未知数だが、『真の青玉』が高額で取引され、研究者の垂涎の的であることからも、その素晴らしさが分かるだろう。

 魔道は、もはや天才レイ=マグナスの古き時代から発展しておらず、魔道具などに至っては、古代の神殿から運び出されるもののほうが最近のものよりもずっと高度な技術で製作されいるのだ。

 例えば、ガウリイがかつて持っていた光の剣。
 もう一度作り出せる者が現在どこにいる?(つーかベースが異世界のしろもんだし)
 そんな中で、この鉱石の発見は現代の奇蹟だと言えた。

 魔道で空間を操ることは可能。
 物質にも働き掛けることができる。ものを出現させ、動かし、消す……黒魔術でそれは堅著な例ね。そして魔道は、精神にも影響を及ぼせる。

 でも時間だけは。まだ魔道にとって未開拓の地といわざるを得ない。

 確かに時間の流れを遅くするような術、少しだけ早める術などは存在するが、時は常に一方向に過去から未来へと流れ続け留まることはない。
 しかし『真の青玉』はこの動かしがたい現象を動かす足がかりとなる可能性がある。いまの段階では、これは時間を保存できる『らしい』としか分かっておらず……しかもほんの狭い範囲にしか効果はないそうだが。時間を完全な形で保存できる、固定できる魔道具が存在するなら、それはやがて魔道士が時間そのものを操ることができる理論へと繋がるだろう。

 高いところから低いところへ流れる水のような『時間』を、どこか任意のところで留め、もしかすると逆流さえ可能にする。
 そうすれば……不老長寿ですら夢ではなくなるのだ。
 ま、不老不死なんて気色悪いもんあたしは興味ないけどねっ!!
 方法を見つければ高く売れるって意味ではいいかもしんない。

「従姉妹は……タニアは、確かに素晴らしい研究者でした。それ良かったかどうかはわかりませんが……だって、彼女の高名があのような男を呼び寄せてしまったのですもの。気をつけて下さいね。特にそちらの、リナさんは」

 エイミィさんの言葉に首を傾げると、彼女は真面目な顔で言った。

「何をです?」
「あの男に騙されないように。街でこの屋敷がどう呼ばれているかご存知ですか?」
「いえ。あんまし滞在しないうちに、ここに来ましたから」
「従姉妹が死んだここは……沼地の『青髭屋敷』と、そう呼ばれているのですから」

(へ……?)










to be continued …