『遺書』 vol.2





















 グレイさんの屋敷は、街からかなり外れた沼地のほとりに寂しく建っていた。
 頑丈な石造りの外観はよくいえば重厚、悪く言えば陰気なかんじだ。

 門から続く枯れた雑草が生えた道の奥には、圧し掛かるような巨大な館が建っていた。

「は〜……こ、ここを家捜しすんのね(汗)」
「部屋は百ぐらいあるぞ。使ってないがな」
「なのに付近一帯には僅かな民家だけ、街まで行かなきゃ買い物もできないとは不便そふ……」

「ついでに、屋敷の中が汚いのも勘弁してくれ。こちとら男のやもめ暮しだ」

 依頼主を目の前にしみじみと言ったリナだが、屋敷の主はただ小さく肩を竦めただけだった。
 引き攣った顔で、リナがオレに囁く。

「ど、どんぐらい汚いかちょっと怖いもんがあるわね……(ひそひそ)」
「ダニとかいるベッドはちょっとオレも……(ひそひそ)」



 結論から言えば、有り難いことにオレ達の心配は杞憂に終った。

「いや〜、ここも寂れちゃってさ!昨日薬草焚いたからダニはいないと思うけど、結局、あたしを含めて通いのもんしか働いてないだろ?ほとんどの部屋は使ってないし、実際には何も出やしないのに、街では『幽霊屋敷』だなんて言われちゃってさ〜〜!」

 教えてくれた屋敷のコックのおばちゃんは、リナとためを張れるほど御喋りだったが、オレは食べるのに夢中でダニの部分ぐらいしかよく聞いてなかったりする。

「んぐぐ、このぷりぷりチキンのオーブン焼きがうまいぞっ!!」
「はっは、この辺自慢の地鶏だからねー♪塩胡椒とレモンだけで味つけは充分さ。で、この屋敷の作りは、4階建てで中庭が……」
「ふむふむ。中庭には離れもあるのか……あたしこのパンおかわりっ!!」
「これは沢地に生える蔓草の実を焼きこんであってね、ちょっと噛み辛いけど栄養価が高い。旦那さまも飲んだくれてばかりいないで、ちったぁまともなご飯も召し上がってくださればねえ……元からあんまり食べない人みたいだけど。結婚された当時、あの人はそりゃあ痩せて貧相だったんだよ。うちのおとーちゃんとは大違い!」

 色々な話をしながら。 
 机上を飛び交うオレ達のフォークも気にせず、夕食をしっかり給仕をしてくれる所がすごい人だ。
 おばちゃん……アイダさんは、自室に引きこもってまた飲み始めたグレイさんに変わって、色々と教えてくれた。
 
 調理場で一緒に夕飯を食べているのは俺とリナと二人だけなのだが、時々屋敷に掃除にくるという近所の奥さん仲間が一人と、それから荷物運びなんかの若い青年が一人ここで働いているそうだった。

「ここの奥様はご病気されてね」

 食事が香茶とデザートに入ってから、アイダさんはそう切出した。

「ある日なんてことない感染症に罹って、それがなんでも生まれつき悪かった内臓を急に動かなくしちまったそうなんだ。風邪でも引かれたのかね〜なんて、あたしらが呑気に言ってるうちに、見る間に寝付いてしまって……そこからはもうどんな医者にかかっても駄目だった。最後にゃ、惨いぐらい痩せ細ってお亡くなりになっちまったよ」
「むぐむぐ……えーと、どんな人だったの?」
「少し変人だったけど、まぁ付き合いやすい人さね。病気してからも明るくてさ、看病するこっちの方が辛いぐらいだった。なんとゆうのか……忘れられない感じの人だよ」

 旦那様があんなに飲むようになったのも奥様の葬儀以来だねえ、とおばちゃんは言う。

「どーも、酒のつまみみたいなもんしか食べなくて困ってんの。その割に太ってきてるよーだし」
「ま、あれだけ飲んでれば太ると思ふ」
「運動でもさせたらいいのかね??」
「……だったらおばちゃん、グレイさんに外の草刈してもらえばいいんじゃない♪」
「そりゃいい考えだ。ここの庭の荒れ様ったら、玄関に辿りつくまでに何箇所虫に噛まれるか分からないぐらいだからね。雑草が多すぎるせいで。……試しに、言ってみようかね。近頃じゃここも管理が悪くて物騒なことが多いけど、旦那様もちったぁ動かなきゃ、毒なんか飲む前に死んじまうさぁね」

 なごやかな会話の中、いきなり物騒な単語が出てきてリナとオレは同時に喉を鳴らした。

「……毒?!」
「ああ」

 おばちゃんは、口が滑ったという顔で少し曖昧に笑う。
 リナがそれを見て、思いっきり眉を顰めた。

「まさかとは思うけど。グレイさん、自分で……?」
「違うよ。旦那様の好物はこのへん独特の葦から作る酒で、奥様お手製の樽がまだ地下に残ってるんだけどさ。これの味が苦くてね。大抵は、おちょこの底に砂糖を入れて飲むんだけど、それが倉庫の置き場で、うっかり害虫退治とかに使う良く似た毒と一緒になってたことがあって……」

 ……ぶっ。
 丁度砂糖がけを軽く焦がした冷たいデザート♪を口にしていたオレは、思わずむせ返る。

「げふ、ごふっ……み、みず……」
「砂糖とここに通ってる若いのが間違えたんだろうって、こっぴどく叱っといたんだけど。や〜、一口飲んだだけで、旦那もかなり危ない状態だったね」
「えふっ、おほっ……うううっ(涙)」
「ちょっと、煩いわよガウリイっ!!」

 熱い香茶で菓子を流し込み、さらに咳き込みながら横目で薄情なリナを見る。するとそこには、

(巻き起こる遺産相続争い)
(そして、なんと相続人の酒に毒がっ?) 
(……となると、この怪しさ爆発の状況の答えは……っ!!)

 と、でかでかと書いてあった。
 また難しいこと考えてるなぁ、こいつ。

「う〜〜〜〜〜〜みゅ。あの破格の報酬だし、まだ何かあるとは思ってたけど。護衛の必要があるんなら、もうちょっと交渉したのに」

 などと溜息をつきつつ、リナはその時の状況なんかをおばちゃんに詳しく聞きだした。

 問題の砂糖は、今日のデザートの上に乗ってたのとは違って氷砂糖だとか。
 その日は台所でアイダさんが禁酒を命じたため、グレイさん本人がこっそり倉庫へ砂糖を取りに行ったとか。屋敷の倉庫にストックしておいた砂糖袋を運んだのは、いつもの下働きの青年だとか……。

「それで毒を飲んじゃったとは、グレイさん情けなさすぎ……(汗)」
「まあ、間が悪かったね。袋も中身もまぁ、見かけはそんなに違いがないしねぇ」
「……でも。もしかして、事故じゃなくて悪意のある誰かの仕業かもしれないんじゃない?」

 故意に袋の置き場を変えた人間がいたかもしれない。
 そうきっぱり言ったリナに、おばちゃんは曖昧な顔をする。

「そもそも台所でわたしが砂糖を渡しておけば良かったんだし……考え過ぎ、じゃないのかい」
「まぁ、おばちゃんがそう思いたいのは分かるし、そ〜ゆ〜可能性だってあるけど。あれは多分事故だったってトコロで納得して気を緩めるのも、ちょびっと用心が足りないわ」

 手厳しい言葉。

「をいをい、リナ。おばちゃんにそこまで言わなくても……」
「犯人がいるのかどうかも分からない。いたとして、それがグレイさんの遺産を狙う親戚だかどうだかなんてのも、確かめられないけど。仕事が終る前にグレイさんに何かあったら報酬はなしだし、おばちゃん達まで毒とかで危ない目にまき込まれたら、今日みたいに美味しいご飯も食べられなくなっちゃうのよっ、ガウリイ?!」
「はっ。……それはいかんっ!おばちゃん、用心してくれなきゃ駄目だぞっ!!!」
「う……ま、まぁ気をつけるわ……」

 オレとリナは、がしいっと腕を組み、一致団結して机から身を乗り出す。
 それを呆れたように見たアイダさんが、ふと少しだけ切ない顔をした。

「旦那様も奥様と仲良かったねぇ。世間じゃ、旦那様が取り入ったみたいな言い方してるけどさ」
「『も』って……まーいいか。そーなの?」
「余所の夫婦のことを他人が分かるもんじゃないんだけど、傍から見ればね」
「そうか〜」
「リナさんとこは、あたしにゃ分からない苦労がありそうだね」
「はい??」
「あんたトコの旦那はちょっとのほほんとし過ぎてはいるけど、グレイ様やうちのと違って、特別男前だし。……ちゃんと掴まえとくんだよ?」
「ぶ、ぶは〜〜っ!?(赤面)」

 今度はさっきのオレより盛大にむせ返りつつ、リナが香茶を吹いた。
 そういえば、グレイさんからファーストネームだけで紹介されたような気がするなぁ……と思っていると、電光石火の勢いでリナがおばちゃんに叫ぶ。

「お、おばちゃん違うッツツツ!ガウリイはあたしの、だだだだだ、旦那なんかじゃ……」
「おや、まだ結婚してなかったのかい?そりゃなおさら心配だ」
「だ〜〜か〜〜らっ!!こひつは旅の相棒でっ、そうゆう関係じゃないのっ!!ちょっとガウリイ、あんたも何か言いなさいっ」
「へ?ああ……おばちゃん。だ、そーだ♪」

 にやっと微笑むと、リナの額に青筋が浮かぶ。

「なんの説明にもなっとらんわ、このくらげ頭あぁああッ!!(怒)」
「じゃあ、どう説明すればいいんだ??」
「ありのままを言やぁいいのよっ!!」

「ん〜……俺は」

 リナの、自称だけど保護者なんだ。
 オレは定番の言葉を出す。

 誇らしくて大事で、それでいて少しもの足りない台詞。

 おばちゃんは『ふうん?』と分かったような分からないような顔で首を傾げていた。




 ******



 その、翌朝のことだった。

「リナ?」

 朝、起き出して部屋の扉を開けた俺は驚いた。リナの栗色の頭が、そこで待ち構えていたからだ。

思い立ったら即実行の彼女が、扉を叩きもせずに俺を待つ理由などさっぱり見当もつかなかった。
 それで始めは何事かと考えたものだが、なかなか切出そうとせず、珍しく視線を逸らしてきまり悪げなリナの様子に、オレはじき用件に思い当たる。
 あれ?まだ、そういう時期じゃないと思っていたんだが……。

「ガウリイ。これからちょっとの間…多分2、3日、あたし魔法が使えなくなくなりそーなの」

 勘でだいたいのことが分かった途端、それを早口で切出されてしまう。
 思った通りのリナの言葉に、俺がぽん、と手を叩いた。

「……えーと。それはつまり、『あ』……」
「アンタ、それ以上言ったら分かってるんでしょーねっ!?」

 俺がのんびり口にしようとした単語を最後まで言わせず、リナが真っ赤になって怒鳴り散らした。
 やっぱり間違い無いらしい。
 つまり、リナは『あの日』なのだ。

 それは、ほぼ月に一度の割合で彼女に訪れる期間。この間、世間では最強と呼ばれる呪文すら簡単に発動できるリナの魔力も、使用が不可能になる。女性特有の魔法の使えない周期なのだが、ここではそれだけの期間、という訳じゃない所がミソだ。
 一緒に旅してもう二年も経つ相棒の俺とはいえ、はやり言い辛いのだろう。
 不自然なぐらいぶっきらぼうな態度は相変わらずだった。

 こうゆうのがリナの可愛いトコだと言えなくもないんだが……それは、照れるついでに、俺の口を永久に封じようとスリッパで咽元の急所を狙ってこなければの話。

「……いいぢゃないか、別に。確認しなきゃわかんないだろっ!!」
「朝から、呪文で吹っ飛ばされたいの?ガウリイ。ん?(怒)まだそんなに威力は弱ってないわよ〜??」

 俺が蒼褪めて謝ると、溜息をついてリナが続けた。

「で!今回の依頼にこれはあんまし関係ないと思うけど、おばちゃんが言ってた事故のこともあるから用心は必要よ。何かあったら、ガウリイ」
「……をう。まかせとけ」

 ぽんぽん、と俺は柔らかで触り心地のいい髪を撫でる。

 普段は元気過ぎるぐらいのリナが、今日はそうじゃない。
 歯切れが悪い口調はらしくなく、多分これは俺達が今仕事を請け負ったばかりなせいだろう。
 気にするな、と伝えたかった。

「まぁなんとかなるさな♪」

 敏いリナのことだ。
 俺が依頼にあまり乗り気でなかったことにも気付いたに違いない。……気付いた上で、『旅の路銀が尽きかけているからには、くらげ保護者の意見なんぞ無いのと同じ』と、仕事をさっさと請負うのがこいつなのだが。契約を済ませた後、魔力が使えなくなった自分に少し気が咎めているのかもしれない。
 勿論、今更リナが受けた仕事に文句を言うつもりはない。

(でもま、こればっかりはお前さんのせいじゃないしな)

 リナは普段の旅でも、さり気なく魔法が使えない日を断ってくれる。
 この小さい少女の保護者を初めてから、始めはその度に、俺は内心困ったものだが今はそんなこともない。

 始めは彼女も止むを得ない場合のみ、自分の『体調』を告げてくれていた。
 が、状況がそれを変えてしまった。
 やはり、旅をしているとどうしても突発的に事件に巻き込まれる可能性が高くなる。それがどらまたのリナなら尚更だし、あの魔族連中も彼女を放っておかない。緊急時に、俺がリナの『体調』を知らないせいで互いが危機に陥ることも充分有り得る。
 他でもないリナがそう判断したのだ。

 などと思い返しているうちも、リナの言葉はどんどん続いていたらしい。

「……のところ物騒なことはないし……って聞いてる?ガウリイ」
「えーと、もちろん聞いてたぞっ??」

 はっと気付くと、彼女のじと目がこっちに向けられていた。
 思わず聞いていた、などと嘘っぱちを言ってしまい大いに焦る。

「じゃ、あたしが今何喋ってたかいってみんさい」
「こ、ここのところの朝食はぶどうパンが出たことがない…?」
「………」
「ををっ、正解なんだな?!」
「…………全然ッ違うわぁあっ!」

 見事に、スリッパが顔面に飛んできた。

 リナの頬が薄っすらと赤いのは怒りのため…もあるだろうが、やはりさっきの報告が恥ずかしかったからなのだろう。『あの日』か?と、ずばり尋ねる度にスリッパ攻撃で誤魔化そうとする初心なリナには、辛い習慣に違いなかった。
 だから始めは俺も、言いづらいなら毎回告げてくれなくともなどと呑気に思っていた。

(実は……だいたい次何時頃なのか見当つくし)

 しかしそう思うのは男の浅はかさ。
 今回のようにリナ本人にすら予想外の、日にちのズレというものがある。前もって分かっていれば、間違いなくリナは今回の仕事を見送ったに違いない。そうゆう奴なんだから。

「しっかし、この仕事いつまでかかるんだ?」
「……う〜、それは言わない御約束、よ。ガウリイ君」
「んな約束したかぁ?」

 こんな最高の仲間は、他にいない。

 俺も始めは妙に恥ずかしがるリナが可愛くてからかい倒していた。が、示される相棒への義務と信頼を長くは茶化し続けていられなかった。今は、返事は一言「そーか」とだけ口にすることにしている。

「んじゃ、朝ご飯食べに行きましょ」
「楽しみだなぁ〜」
「ん。この屋敷で唯一褒められるのは、おばちゃんの料理の腕の良さねっ!!」

 最近俺達の周りは平和で、今回請け負った依頼も多分あまり物騒なもんじゃない。そう思っていたせいだろうか。 もう何事もなかったかのように廊下を進む彼女に、俺はつい話を蒸し返しす。

 久しぶりに「そーか」以外の返事をしてしまい、あんまり赤面するリナが可愛くて、可哀想だったから。

「さっきの話だが。お前さんも、そー毎回苺みたいに真っ赤にならんでも…なぁリナ?」

 何気ない一言だった。
 でも……言い方が不味かったと、リナの顔を見てオレは初めて気付いた。

「そー毎回ぃ?」
「へ?…リナ?」

 どこが悪かったのかよく分からなかったが、リナが一瞬眉を顰めて怖い顔になる。

「んなこと言うのは恥ずかしいに決まってんでしょ?!……それを何って?」
「を、をいをいリナ。俺はそーいう意味で言った訳じゃないぞ??」
「じゃあどうゆう意味よ!?だいたいあんたは普段から『あの日』とか平気で言うしっ!脳味噌で芽こんぶの養殖しかしてない男は、デリカシーっつうもんがないから嫌よ!!」
「あ〜っ!!」
「何」
「リナだって今自分で言ったじゃないか!『あの』…」

「だからそれを言うな、このド阿呆ぉおおっ!!(怒)」

 お決まりの攻撃に出た彼女が、いつもの底抜けに明るいリナに戻ったと思った俺は馬鹿な男だった。本当は、そう自分が考えたかっただけなんだろう。数え切れない月日をずっと傍にいながら、それでもまだ俺達の関係が、揺れ動く不安定なものだという事実から目を逸らしていた。

「……この、ど阿呆」
「リナ?」

 もう一度、今度は冷ややかに言ったリナに困惑する。
 胸の痛みを堪えるようなその声に、何と言えば良いのか分からなくなる。

「も、いいわ」

 押し殺した言葉が響くか響かないかのうちに、廊下の向こうから屋敷の主が現れる。
 そしてオレ達の会話は、それきりになってしまった。










to be continued …