『遺書』 vol.1





















 ある冬の日、リナが街の魔道師協会で見つけた依頼は、平たく言えば『家捜し』だった。

 依頼主はグレイ=コートランドという。
 内容は本人の住む屋敷に隠されたあるものを探索すること。
 張り紙に簡潔に書かれた仕事は、一見簡単そうだが破格に報酬が良い……まぁ、これらは酒場への道々リナが説明してくれたから覚えているんだが。

 普段は郊外に住んでいる依頼人は、今日は偶然街に来て、今しがた協会に顔を出したという。
 これが運がいいのか悪いのか、まだ判別できないんだが、とにかくリナとオレは、依頼人が路地裏の酒場に行ったと聞いてそこへ向かった。

 腕に覚えがなければ踏み込むのに躊躇いを覚えるような、汚く細い路地の先に店がある。 
 安っぽい扉を開けてオレより先に足を踏み入れたリナは、店内の暗さに一瞬顰めっ面になった。

「リナ?」

「汚ちゃない店。ったく、商売やる気が感じられないわね」
「そ〜か?場末の酒場なんて、だいたいこんなもんだと思うが」
「まぁ確かにそうとも言うけど……ガウリイに常識を説かれてしまうとはっ!(動揺)」
「をひ」

 などと掛け合いながら、栗色の頭の後ろでオレは店内を見渡す。
 カウンターの向こうに従業員もいないのだが、奥の椅子ひとつにだけ人影があった。

「お二人さん、まだ開店前で店の奴はいないぜ。俺はもう始めているが」

 その男の身体が半分のめっている机上には、茶色い酒が注がれたグラスと酒瓶だけが鎮座している。
 曇ったブロンドの不精髭を生やし、体型が酒のせいか崩れかかった男が、オレ達の方を見ていた。

「貴方が、グレイ=コートランドさん?」

 着崩したシャツの中年男が、気怠い動きで手をひらひらさせる。
 多分、リナの問いに対して『そうだ』ってことなんだろう。

 その外見は、どっからどう見ても見事な酔っ払いなのだが……。

「ちなみに独身だ。かといって、結婚したことはあるからな。ほ○ぢゃないぞ?」
「そーれすか(汗)……良かったわねガウリイ」
「なんでオレに言うんだ!?」

 やっぱり中身も見事な酔っ払いだった。
 しかしオレ達を見て興味深そうに細められている瞳は、濁りきってはいない。

「で?お嬢ちゃんと後ろのでっかい兄さんの名前は?」
「あたしはリナ=インバースで、こっちの連れがガウリイ=ガブリエフよ。依頼を詳しく聞きにきたんだけど……グレイさんが素面の時に出なおすわ。このまま話を聞いてもいまいち、信用できないし」
「ハッキリ言うお嬢ちゃんだなぁ」

 小さく笑ってから、グレイさんは腹を立てるでもなくさらりと続けた。

「ここ一年ほど、俺が素面だった時間はほどんどないぞ?まぁ、これだけの酒なら話ぐらいできる。良かったら内容だけでも話させてくれや」



 ***



 がたがたがた。

 という訳で……依頼人に会った一時間後、オレとリナは馬車の上にいた。
 ここにこうしているのは依頼を受けたからで、それを決めたのは例によってリナだ。
 屋根のない馬車で少し眩しい光に伸びをしつつ、オレは隣の相棒に目を向ける。

「お前さんが、この仕事を受けるとは意外だなぁ」
「へ……そぉ?」

 がたん。
 石畳の街道は切れ、すでに石ころだらけの田舎道の上だ。馬車も揺れる。
 雇い御者がいるでもなし、依頼主のグレイさん本人が手綱を引いているのだが、どうもあんまし馬の扱いは上手じゃないようだ。

 お尻が痛いのか、少し顔を顰めているリナだが……膝の上に乗せてやる訳にもいかないしなぁ。
 などとのんびり考えつつ、舌を噛まないように気をつけて訊く。

「リナはなんつーかこう、もっと派手なのが好みぢゃないか?」
「ん〜、なんか面白そうだし懐は寂しいしっ。なんつっても、部屋とご飯つきってのが魅力ねっ!」
「……そりゃそうなんだが」

 なんとなく釈然とせず、ぽりぽりと頬を掻くうちにも景色が流れて行く。
 一面に生えた、背の高い湿地の草。
 街から少ししか離れていないのに、ここはほとんど民家のない寂しい土地だった。 

「どしたのよガウリイ。なんか文句あんのっ?!」
「いや別に、そーゆー訳じゃないぞ」

 交渉はリナの分担だし、相棒が受けた依頼は俺にとっても全く同じことだ。
 今回の仕事は、オレにしては珍しいことにリナと依頼主の交渉の間全然居眠しなかったので、だいたいやることは把握できている。



「……つまり依頼は、屋敷を探すだけなんですね?」

 酒場で、何度もリナは念を押していた。

「そうゆうこったな。何を探してもらうかは、受けてくれるまでべらべら喋りたくないんだが」
「ううみゅ」
「何か不都合でもあるのか。仕事をしてくれりゃあ、払いはきっちりするぜ?……貧相に見えても、俺もいちおう貴族の端くれだからな」
「そうそう、外見からはとても貴族とか信じらんなくて実はそれが心配だっ……はっ!!て、てへ♪そんなことは全然ちっとも思ってなかったりもしないことは(滝汗)」

 図星を指されたリナの視線が泳いだ。
 赤ら顔で忍び笑いを洩らすグレイさんは、不精髭なんかもそうだが、口調が貴族にしては砕け過ぎている。魔道師協会の受付でちらっと聞いたところによると、依頼主が郊外の大きな屋敷の所有者なのでリナも酒場にまで出向いたんだと思うが……いい意味でも悪い意味でもなく、ただ、どうもらしくない男だとはオレも思う。
 
「正直言って仕事に対して報酬が良過ぎるよーなのが、かなり胡散くさいんですが」
 
 相手の様子を見て、リナは普段の交渉の猫っかぶりを止めた。
 グレイさんは親子ぐらい……というほどでもないが、かなり年が離れている。余裕のある態度に、単刀直入に攻めてみようと決めたのだろう。

「あー、やっぱりそうか?」
「何を探してんのか気になるけど、そもそも住んでる人が探すほうが早いんぢゃ……」

 三年、自分で探した。
 それでも見つからないから依頼するのさ、と諦めたように溜息を吐いて、グレイさんの手が、懐から何かを取り出しテーブルに載せた。

 こつん。

 リナの茶色の大きな瞳が、テーブルに載せられたものへと吸い寄せられる。

「こりは……『箱』?」

 それははオレの両手ですっぽり隠してしまえるぐらいの、ほんとに小さなものだった。
 硝子製なのか?緑がかった半透明のぶ厚い面に覆われ、少し角が丸い。

「……屋敷のどこかに隠されたこれと同じものに、妻の遺書が入ってる」

 唐突な言葉に驚いて、オレ達はグレイさんを凝視した。
 不精髭の顔が、悪びれずに視線を返す。

「遺書……??」
「俺は妻に先立たれて三年になるんだが」
「へっ?!」
「いまだにあいつの遺書がみつからない」

 きっぱりと言い切られ、冷や汗を掻きながらリナが問い掛ける。

「……あの〜失礼ながら、遺書が見つからないってどうゆう状況でしょう(汗)」
「妙な話だろ?」
「屋敷のどこかに隠されたっていうのは、何故……?」
「遺書を隠したのは妻本人でな」
「はぁ」
「『あなた、この屋敷に遺書を隠しといたから♪まぁ多分、そのうち自然と見つかります。見つからないならそれはそれで良いことだと思うし』……だそうだ」

 よく分からないものマネをするグレイさんを凝視したあと。
 長い沈黙を経て、額を押さえたリナが言った。

「そりはなんとゆーか、お茶目な方で……(滝汗)?」
「死ぬ前にあいつがそう言ったんだから、夫としては探さなきゃ仕方ないだろ。といっても、3年見つからないんじゃお笑い草……ま、その上他にも金を出す理由がある」

 元々、おれはケチだしな。
 結婚してあいつの婿になるまでは、金に不自由しまくりだったんだぜ?
 肩を竦めて言うグレイさんに、『あ〜そんな感じっ!』と思わず相槌を打ったリナが、直後に死ぬほど気まずい顔をしていたのは、よ〜く覚えている。いつも一言多いんだよなぁ、こいつは。
 とにもかくにも、リナはグレイさんのもう一つの理由に、それなりに納得したらしい。

 報酬は、目的のものを探し出せた暁の成功報酬のみだと、グレイさんは言った。
 ただし屋敷で滞在する間の食事ぐらいは出す、という言葉にリナが喜んだのは言うまでもない。



 ……がたがたがた。

「えーと、あれ?(汗)」

 ここまで思い出して、オレはふと焦った。グレイさんが、他にもいい報酬を出す理由ってなんだったっけ?? 実はその後話はだんだんややこしくなってきたので、記憶があまりない。

 密かに考え込むオレの横、リナは辺りをふと見回しはじめる。
 そして急ににや〜と笑って、盗賊いぢめの帰りみたいに嬉嬉とした声を出した。

「しっかし、この湿地で『真の青玉<ブルー・ローズ>』が出るとはね〜♪」

 相変わらず揺れる馬車も気にならないような、そんな顔でうっとりしている。

「『真の青玉』ってなんだ??」
「ガウリイ、あんたはまた覚えてないんかひッツ!!」

 そーいえばグレイさんの話でそんなのが出てきて、リナが『どぇええええっ!?』って驚いていたような気はするんだが。それ以上の記憶は全くない。

「……つまり『真の青玉<ブルー・ローズ>』ってのは、最近発見されたばかりの鉱石なんだけど。まだ魔道士教会の博物館ぐらいでしか御目に掛かれない、一国に数個あればせいぜいっていうぐらい貴重なもんなのよ。見つけりゃあんたの小指の先の大きさで、城が買えるわ」
「うーん……つまり、すごく高いんだな?」
「平たく言うと、そりゃまーそう言うことなんだけどね。その三歳児並のひょーげん、なんとなからんのかひ(汗)」

 何故かげっそりと疲れた顔で、リナが空を仰ぐ。

「数ヶ月前にこの湿地の辺りで、『真の青玉』の欠片が見つかったらしくてね。で、ここいらのほどんどがグレイさんが奥さんから残された土地なもんで、奥さんの実家の人達が、結婚の無効及び財産の返却を求めてきてるって訳よ」 

 今まで黙ってのんびりを馬を操っていたグレイさんが、御者席で皮肉っぽく笑った。

「ちなみに、コートランド家っていやぁ落ちぶちゃいるが、地元の名家だからな。あいつらが圧力を掛ければ、街の誰も元貧乏人の俺の依頼なんぞ受けてくれないって寸法だ」
「……まぁ、それでこの石はものすごーく複雑な工程を経ると、一時的にとある力を持つようになるてぇ噂だけど。ゴミみたいな石も全部魔道士教会が研究用に召し上げちゃうから、このあたしでも実物には御目に掛かったことがない訳よっ!」
「ふーん。リナは何でもよく知ってるなぁ」
「……始めはまさかと思ったが、さすがはリナ=インバースってところか」

 ぼそっと呟いて、グレイさんは続ける。

「一般的にはまだ知られてない鉱石なんだが、まぁ世の中には嫌な入れ知恵する輩もいてな。ここにも鉱脈があるかもしれんとなった途端、三年前の葬式にも来やがらなかった妻の親戚連中が、急に屋敷と土地を明渡せときたもんだ」
「で、グレイさんは奥様が『遺書』を仕舞ったその箱を、確かな権利の証として探して欲しいと」
「そうゆう訳だ。しかし……」

 その兄ちゃん本当に忘れっぽいんだなと苦笑するグレイさんに、リナがきっぱし言う。

「その分外見と野性の勘に栄養が回ってますから。必ずや今回の依頼には役立つはず!」
「はっはっは、そうゆうのなら任せとけっ♪」
「いや、あんまし褒めとらんから嬉しそうに頷かれても……?」

「えーと。でもなぁ、リナ?(ぽそ)」

 ふと疑問に思ってオレが耳元に顔を寄せると、リナがいきなり、ずささっと飛び退った。

「うひゃっ!ちょっと、いきなし耳元で喋るのは止めてよっ!!」

 あ、赤い。
 そのどぎまぎした横顔を見て、思わず小さく笑いが漏れてしまう。

「すまんすまん……で、どーして奥さんは、遺言状を隠したりしたんだ??」
「それはグレイさんに聞いてよ」
「俺も困る。死んだ妻に聞いてくれ。……まぁ大概お茶目な奴ではあったがなぁ」

 手綱を握る背中は、相変わらず上着もなしでよれよれのシャツ一枚きり。
 ちっとも金持ちに見えないその男に、オレは真面目に聞いた。
 
「ええと、それじゃあグレイさんは、奥さんの遺言が全然別の人に財産を渡すってもんだったらどーするんだ??」
「……ガウリイ!?」

 焦って遮るリナより先に、グレイさんが振り返った。
 しかしその顔に怒りはない。本気なのかどうなのかも計りかねる調子で、彼は言った。

「そんときゃ遺書を破いちまえばいい。それで、なんとか今後も親戚の攻撃をしのぐだけだ」

 ……じと目で睨むリナに冷や汗を掻きながら、オレはまたぽりぽり頬を掻く。

「こーゆーでりけえとな問題は、アンタ向きぢゃないのよっ!」
「すまん」



 今のは別に、グレイさんを怒らせようと思ってやった訳じゃないんだが。
 でも正直に言えば、オレは今回の依頼を受けたくなかった。理由は単に、この仕事に時間が掛かりそうだからだ。

『お前の実家なんてのはどうだ?』

 あの……ルークの件の後。
 目的地をリナの故郷へ定めた俺達は、あれからまた別の事件に巻き込まれ、未だゼフィーリアに辿りついていない。最近小さい依頼で寄り道ばかりの旅路が、オレは内心もどかしくなってきた。

(なるべく隠してるつもりだが、薄々リナも気付いてるかもしれんなぁ)

 自分の方が彼女の故郷を楽しみにしているのも妙な気がして、リナには何も言っていない。
 けれど自分の中にほんの僅かずつ積み上がる焦りと逡巡の原因は、ちゃんと把握している。

 そもそも葡萄の季節に間に合わなかったのだから、一年遅らせて秋にゼフィールシティに到着すれば良いだろう……そう考えているらしいリナに、どううまく説明できるというのか。



 リナ、オレの一番の目的は葡萄じゃないんだと。










to be continued …