ファミリー ― プロポーズの行方 ― |
6 サァー サァーァーーッ 乾いた砂の流れる音。 ここは、何処? ひ上がった大地にリナは独りで佇む。 ジャクジャクジャク 歩くたびに乾いた大地が砕ける音がする。 乾いた草が絡み千切れて風に舞う。 「ここ、何処よ」 声を出すだけで喉がからからで・・・ひりつく。 ケホケホケホッ 喉を抑え、マントで日影を作り、仰いだ虚空は白かった。あいつの蒼じゃく、白かった。 喉、渇いた・・・。一歩ももう・・・・・・・歩けない。 「熱い・・」 「何だ?」 慌てて体を起こし、リナを覗き込む。汗の粒が額一杯に出来ていた。それを拭ってやりながら、その人の名を呼ぶ。 「リナ・・・大丈夫か?」 それに返ってくる声は期待できない。高熱で意識のない彼女は、何も応えてはくれない。 出会って今日までずっと大切に接してきたつもりだった。今回、こんな形で彼女が姿を消すまで誰よりも、大切に彼女を慈しんできたと思っていたのに・・・・。 「リナ・・・」 額に纏わりつく前髪を避けてやりながら・・・・問い掛けた。 何がいけなかったんだ? 何が・・・いけなかったんだ? 俺が嫌いだったのか?ずっと・・・我慢してたのか? 妥協で俺と一緒に居たのか? 「お前―――」 応えはない。 ザアァァァァァ−− 雨脚は増すばかり、高熱の彼女を動かすことも出来ず見付けた小屋は物置小屋。 火の気もないここで火をおこし、少しでも彼女が楽になればと膝に抱く。 ――― 結婚しよう ――― その応えはいつも、NO。 ――― 関係を変えてどうするの?――― その問いに応えられなかったのは俺。 そして、いつもの決り文句。 ――― このままで良いじゃない。このままで ――― どうせ、一緒にいるのだから変わらないと。 肩書きにこだわるなんて滑稽だと―――。 だけど、家族として過ごしていた。少なくとも、端からは・・・そう見えていたはずで、だから、深く考えもしないでいた。 「まさか・・・」 見下ろした愛しい人は蒼白で。 切ない。 苦笑が溢れる。額を片手で抑え、溢れそうになるものを耐えた。 傍に居たい。 ずっと、傍に居たい。 傍で護って、この手で幸せにしてやりたい。 そう思っていた。願っていた。 でも、 それは、自分のエゴであること――― 「ごめんな・・・お・・れ・・気がつかなくて」 俺にリナが必要なように、お前さんにも俺がって・・・思っちまったよ。 「ここ何処?」 乾いた風が吹く。 立ち止まって、振り返る。 不意に湧き上がる違和感。 「な・・んでぇ・・・・」 あるはずのものがない。 そう、あって当たり前の―――・・・ 「やだ・・・やだ・・よ・・・」 心細さが支配して行く。 「ば・・・か・・ぁ・・」 落ちた雫が彼女の瞼に落ち、まるで彼女自身の涙のように見えた。 俺が泣かしたんだな。 「ごめんな」 リナはその馴染みの声に振り返る。 何処? 一向に姿が見えないその人を追う。 やだ、傍にいてよ。 ジリジリと大地からの熱が足元から体を炙る。 熱い、苦しいの・・・っ。 「うっ・・・ん」 苦しげに眉を顰めたのを見て、頬に手を当てる。 「熱が上がったな・・・」 雨は止む気配を見せない。 病んでゆく愛しい人を腕に何も出来ない自分。 リナ―――・・・ 会いたい。 名前を呼んでもらいたい。 呼べば直ぐ其処に居る筈なのに――― 呼べない。 負けたくないの。 何にだろう?何に負けたくないのだろう? 分らない。 「が・・・りっ」 傍にいて、あたしを捕まえて! 怖いのっ。 「がうり・・い」 名前を呼ばれてはっとする。 「リナ?」 俺が傍に居るのが分るのか? 「リナ?」 優しい声・・・聞きたかった声。 でも、それだけ。 あなたは何処にも居ない。 苦しい。 何処なの?何処に居るの? どうして、あたしを苦しめるの? 会いたい。 苦しげに唸る顔は蒼白に近い。 頼むから、目を開けてくれ。 「リナ!」 また、呼ばれた。 でも、すごく遠い―――・・・ もし、このまま・・・・このまま? このまま何だと言うんだ! 余計なことは考えるな! 温めてやりたくて抱き締める。 苦しみが少しでも軽減してくれればと・・・・ 「どうすればいいんだよっ!」 情けないことに何をすればいいのかが分らない。 もし、それを思うと怖くて震えてくる。 「リナ、頼むから目を開けて・・・」 おかしいくらい声が震える。 消えてなくなりそうなリナを確かめるように抱き締め、はっとする。 こんな時でさえ、自分のことしか考えていない。 置いていかれるのが怖くて、独りになりたくなくて・・・。 二人を確かめたいだなんて。 俺はなんて弱い人間なんだ! それでも、この人を・・・・ 愛してる。 こんなに誰か一人を愛してしまうなんて、昔の自分なら想像もしなかっただろう。 毎日、仲間の誰かが命を落とす・・・そんなのが当たり前の世界に身を置いていた。 悲しみはあっても、一時でしかなく―――死を軽んじて生きてきた過去の自分。 人の死を哀しむ前に生きる術を考えなければならなかった。 フリーでいる時に出会ったリナ。 最初は気まぐれで傍にいた。 そのうち、目が離せなくなり今までずっと共に生きてきた。 気がつけば、天職とまで思っていた傭兵を辞め、子供にまで恵まれ・・・・ なのに、一番大切な人を今、失いかけている。 たった一人の人の命がこんなにも大切だったなんて・・・・ 「り・・な・・・頼むよぉぉ」 目を開けてくれ、元気に笑って見せてくれ! 他には何も望まないから。 離れたいのなら、離れてやるから・・・。 独りは嫌・・・ 何故、独りにするの? ずっと、一緒だって言ったじゃない! 「ガウリイ・・・」 「リナ?」 しっかりと聞こえたリナの声。もう一度聞きたくて、 「リナ!」 顔を覗く。 閉じられた瞳は開かない。 涙で視界がぼやけてくる。 「愛してる・・・愛してる・・愛してる」 何をいえばいいのか分らずそればかりを連呼する。 愛して欲しいの。 それも無理なこと? あたしを選んではくれないの? 妥協でなんかそばにいて欲しくなかった。 誰よりも深く、愛してしまったから。 心が欲しかったのに! 「愛してる」 不意に聞こえてきた言葉に立ち止まる。 ガウリイ? 幻聴なの? 見えないその人の姿を探す。 「愛してる」 都合のいい幻聴なの? ――― 違うよ。違うんだよ。 誰? ――― 還ろう。一杯心配してるから。 優しい声が力をくれる。 還ってもいいの?あたしの場所は其処にあるの? ――― あそこ以外の何処にあなたの場所があるの? 「愛してる・・・リナ」 溢れて止まらない。 そうよね?あたしの場所は其処にしかない。 薄っすらと目を開ける。ぼやけた視野に懐かしい人の顔を見て、笑みが漏れたのを覚えてる。 でも、それだけだ。何か、呟いた気がするけど―――あたしはその時、何を呟いたのか思い出せず。 ―――やっと・・・言った。ばぁか・・――― えっ? 掠れたその一声を生きた瞬間、涙が零れ落ちた。 リナが笑って・・・幸せそうに笑って寝息を立て始めたから。 安心して、全身から力が抜け落ちる。 「リナの・・・あほう・・・」 その日、俺はまるで子供のように声をあげて泣いたそれは、誰も知らないこと―――。 |