ファミリー
― プロポーズの行方 ―









5


 足取りが重い。
 ひどく体がだるい。
 

 あたしは立ち止まってしまった。


 早く、少しでも早く、二人の居る宿から離れなければいけないのに・・・体がゆうことを利いてくれない。



 あたしはまだ、宿からさほど離れていない森の中にいた。



「バカよね・・・あたしも。あのまま、ご飯なんか作らずに大人しく
 やり過ごせばよかったじゃないの」


 あたしはどうしても・・・・ウナに何か作ってあげたかった。
 思いがけず、久しぶりに見たウナが小さく見えたから。



「ウナ・・・」


 駆け寄って抱き締めてあげたかった。





 再び、歩き出そうとするあたしを突然の腹痛が襲う。

「うっ・・」

 二三歩、歩いてあまりの痛さに膝をつく。
 それでも立ち上がろうとして、目眩にまで襲われ倒れた。

 二人の顔が浮かぶ。
 会いたい。

 ダメ・・・・こんなことしてたら・・・ガウリイに見付っちゃうよぉ・・・

 
 会いたいのに離れようとする。相反する思い。


 立ち上がろうとするあたしに誰かが言う。


 ――― お願い!もう、何処にも行かないで!!


 だ・・れ・・・?



 ――― もう、進まないで・・・待ってあげて・・・。



 だ・・めよ・・・。


 ――― もう一度だけ・・・・チャンスをあげて―――。


 
 チャンス?
 でも・・・それは・・・・それ・・・は・・・。


 あたしは薄れ行く意識の中、誰かの声を聞いた。











 何処だ?
 何処に居る?

 傍に必ず居るそう思うだけで胸が熱くなる。
 以前なら容易く気配を読み取ることが出来た。
 何故か今はそれすら掴めない。
 方角が違ったか?と、踵を返そうとしたその時、


 ――― こっち。ここに居るよ。急いで。早く見つけてあげて!
 
 
 それは不思議な感覚だった。
 音として聞こえない声に導かれ、ガウリイは道を逸れ茂みへと入って行く。


 ――― もう少しだよ。


 初めて聞く声。けれど、懐かしい誰かの声を思い出す。
 誰だっただろう?
 思い出せないまま、先に進む。


 ――― 救ってあげて。この人を護るのはあなただから。


 その声に確かな意思を感じながら・・・・。
 胸に広がる一つのイメージ。
 それは―――愛しい人の微笑む姿。

「リナ」

 会いたい。
 
 出会って今まで毎日のように新しい彼女を見付けた。
 その度に恋に落ちる自分。
 飽きることなどなく、毎日が新しい発見で・・・・。
 気付けば、何者にも代えがたい女性となっていた。
 リナ・・・・ただ一人の人。

 
 早く、お前さんに会いたい。
 元気な声が聞きたい。
 怒った顔でも泣いた顔でも何でもいい!顔が見たい。



 額に冷たい物があたる。

「雨・・・」
 立ち止まって虚空を仰ぐ。
 掌に落ちる雨粒。
 間をおかずして本降りになる。


 雨の中、リナも濡れているのだろうか?
 こんなに冷たい雨に・・・・。
 華奢な体を濡らす雨。
 雨からも護りたかった少女のような女性リナ。


「冷たいな・・・」
 ぼそり呟き。視線を下ろす。
 視線の先に―――・・・

「リナ!!」

 その人は其処にいた。
 期待した想像した姿とはかけ離れた姿で。

「リナぁぁぁぁ!!」

 真っ青な顔で体を丸め腹部を押さえ意識を失った姿。
 慌てて抱き上げる。以前より更に軽くなったそれに息を詰める。

「リナ、リナ、おいっ!リナ!!」

 生気はまるで感じることが出来ずまるで、死人のように見えた。
 手も足も冷たく冷えきって―――・・・

 嘘だ!
 嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁ!!



 寝込んでいたのに―――・・・

 その宿の人間の言葉を思い出す。
 体調が・・・具合が悪い事は聞いていた。
 まさか、倒れるまでとは思わなかった。
 日頃の元気な姿からは想像も出来なかったその姿に・・・・。
 
「リナぁーーーーっ!!」


 普段、桜色をしている唇は紫というより、白く・・・。
「くそぅ!」
 これ以上、雨に体温を奪われないようにリナを抱きかかえ、体力の限り疾走する。


 早く、早く、暖かな場所へ―――!
 



 ――― お願い、この人を死なさないで・・・。