ファミリー
― プロポーズの行方 ―









7




「へ?」
 部屋にガウリイの間の抜けた声が響いた。
「え?ご存知なかったんですか?」
 今度はリナを診察した、大陸からの医師の呆れ気味な声。



 ――― 奥さん、ご妊娠されてますよ? ―――




 魔法医学を学ぶ為に大陸からわざわざ来ていた医師を、ウナを預けていた宿の女主人に紹介されリナを受診してもらった・・・・・その結果、リナのお腹の中に二人目の赤ちゃんが存在することに気がついたのだ。

「気がつかなかったね」
 ベットからの弱々しい声に振り返りちょろりと、照れくさそうに可愛い舌を出しているリナを見た。

「あのなぁ〜〜〜〜っっ」


「あはっ・・・おもしろ」
 と、ばつが悪そうに布団に潜り込み、大きな赤い瞳だけを覗かせる。
「おもしいって・・・・おいっ」
 リナの熱も引き、今日で三日目。ガウリイはその間彼女が心配で仕方なく―――
「疲れた上に風邪をひき足したんだよ」と言う宿の女主人の声も聞かないで・・・・
診て貰うために魔法医の居ないこの村を端から端まで駆け回っていた。
その間もリナの熱は順調良く下がっていたにも関わらず・・・・・で、やっとこさ診察してもらえば、これだ。
「こっちは死ぬほど心配したんだぞ」
「ごめん」
「ごめんって・・・・・・・・まっ・・・いいか・・・・」
 ほっと一息ついてベットに腰を下ろし、


 くしゃり、慣れた仕草で柔らかな栗色の癖毛を撫でる。
「もう、居なくなるなよ」


 ――― 結婚しような・・・今度こそ ―――


 何度目かもう、記憶にないプロポーズ・・・でも、今回の返事はいつもと違うと確信がある。

「どっしよっかなー・・・」
 と、小憎らしい小悪魔は視線を逸らすけど・・・・
「ダメ、もう逃がさないからな」
 と、ある言葉を耳元で囁く。途端に彼女の耳が赤く染まり、布団に完全に隠れてしまった。


 くすくすくす


 ダメだぞリナ?お前さんを捕まえる呪文はしっかり、頭にインプットしたからな。


 ――― 愛してるよ ―――






「うみゅ〜っ・・・おしっこぉ・・・」
 とリナの隣で寝ていたウナが、目を擦りながら起き上がる。
「あっ・・ウナ。おしっこ?」
 リナが起き上がろうとしたのを静止して、ウナを抱き上げる。
「やぁーーーーっ、まぁーまとぉぉ!!」
 ガウリイ脳での中で小さなウナが暴れる。


 がばっ


 それを聞いた途端に勢いつけて起き上がるリナ。
「あたし、行く!!おいでウナ」
 と、ベットから下りスリッパを履く。余程、ママと呼ばれたことが嬉しかったんだろう。リナは少し、泣きそうな顔をしている。


 
 ガウリイの腕からウナはするりと抜け下り、
「抱っこぉー」
 と、せがむ。抱き上げようとする白い手を静止し、
「ダメだぞ。ママはまだ病気なんだ。ウナ、歩けないんなら俺と行くか?」
 それを聞くと慌てて、ウナが首を振る。
「あゆけるぅ」
「じゃ、行こっか。ウナ」
 ふらふらと立ち上がり小さな手を取るその姿を見送りながら、苦笑が漏れる。


 ったく。ずっと、ママじゃないって言ってたのは誰だったやら。リナの意地っ張り。


 そっと、ベットに腰を下ろし、リナ分の重みでくぼんだ其処に手を置く。
暖かだった。これが愛しい人の残した温もりだと思うと、胸が熱くなる。

「リナ・・・・」


「何?」

「うわっと!」


 ズルッ。ドタッ!

 
「ガウリイ?何やってんの?」
 ベットから驚いてずり落ちたガウリイは、顔を赤くして振り返る。
其処にはウナと手を繋いで立つ、リナの呆れ顔。
「・・・・・・・・・・」
「で、何?」
「え?」
「名前、呼んだでしょ?今」
「ううん・・・呼んでない」
 声が上擦る。

「りにゃってゆったでしぃぃーーーっ」
「呼んだよねーーーーーっ」

 心なしか嬉しそうに見える二人の顔。

 お前等、分っててやってるな?

 ますます、ばつが悪くなり・・・・・・・・

「リナ、寝てろ!病み上がりだろ!!」
 と、つい声が大になる。









 夜、ウナの寝顔を覗いてリナが言った。
「ね?ガウリイ・・・」
「んー?」
 ガウリイは頬杖をついて、愛娘の小さな手で手遊びをしながら、
「あの、約束・・・・・・・覚えてる?」
「約束?」


 覚えがなくて顔を上げると、優しい笑顔。
「忘れちゃったかなー?あたしの実家に行くって――・・・あれ」

 まだ果たしていなかった約束。ルークとの戦いの後したあの、約束。

「覚えてるよ」
「そっか・・・覚えてたんだ・・・・珍し」
「珍しいって・・・おい」

 雲に月が覆われて薄暗くなった部屋。リナの表情が見えなくなる。
「・・・・る?」
 あまりにも小声で聞き取れなかった声。
「え?」
「かえ・・る?今度・・・」
 言われた意味が分らず目を凝らす。
「リナ?」


 ゆっくりと雲に隠れていた月が顔を出し―――・・・リナの顔を見た瞬間、無意識に。
「帰ろうか・・・お前さんの実家・・・・」
 照れくさそうに顔を赤くしるリナが可愛くて、ぽろりとそんなセリフが零れ落ちる。
「うん」




「なぁ―――・・リナ・・・いい家族になろーな」
「うっ・・・・・・う、ん」




 もう直ぐ、俺たちは本物の家族になる―――――・・・






*** おまけ






 小さなウナは夢の中で、まだ見ぬ魂に逢っていた。

 ――― やっと、くっついてくれたよね。

 ウナは嬉しそうに頷く。
「うん!」

 ――― ほんっと、世話のやける人たちだよね?あたし、疲れたわ。

「そうでしねー」

 ――― お姉ちゃんも苦労するよねぇ・・・生まれる前からこれじゃあ・・・

「まったくでしよ」

 と、ウナは顎に手を当て難しそうな顔をしてみる。(似合わない)


 ――― せめて、僕等が仲良くしなきゃーね。


「あい、よろちくでし!」


 ウナはもう随分と前から、この二つの魂とこうして夢の中で逢っていた。
 だから、小さなウナだけが知っていた。


 もう直ぐ、二つの命が誕生すること・・・・