ファミリー
― プロポーズの行方 ―








3



「りにゃ〜、りにゃ〜・・・がうり・・・りにゃ、何処でしかぁぁ」
 幼子に揺すられ目が覚める。
「ん?ウナ・・・おはよ・・・」
 瞼を開けると目に一杯涙を溜めた我が子の顔。
 一気に覚醒する。

 がばっ


「どうした。ウナ、どっか、痛いのか?」
 焦った。


 ふるふると首を振る仕草を見て安心する。


「りにゃ、居ないでし」

 リナが居ない?

 一瞬、壁に吊ってあるリナのカバンが目に飛び込む。
「大丈夫だよ。ウナ、リナは直ぐ帰ってくるよ」
「ほんとでし?りにゃ、帰ってくゆでしか?」
 安心したように笑顔になる。


 笑顔のウナの頭を撫でてやる。
 リナのそれと同じ感触に苦笑が漏れる。

 ほんと、似てるよなウナはリナに髪の色、髪の質、瞳の色、仕草、
声、唯一異なるのは・・・ウナが素直だということ。


「ウナは美人になるぞぉ〜」
「ウナ、びちんでしぃ〜」
 抱き上げる。母親以上に軽かった。
 泣きたくなるほど愛しい存在。


 ずっと焦がれ続けた俺の家族。


 ウナが居て、リナが居てくれたら他に何も要らない。
 地位も名誉も・・・何も要らなかった。


「愛してるぞぉぉぉ!!」
 突然、それを叫びたくなった。
「愛ちてるでしぃぃ!!」
 高く高く抱き上げて、愛しくて堪らない。


 

 だけど、そのたった一言が足りなかった為に、
大切な人を失ったことに・・・俺はまだ、気付かずに居た。



 リナが戻らないと気付いたのは夕暮れ時―――
 俺は何を安心していたのだろう?


 荷物も魔道具もすべて、残したまま彼女は姿を消した。
 それは強い意思の表れ・・・二度と戻る気がないことを示していた。



 一番大切な宝物だけを俺に残し、リナは消えた―――



















「見て、ウナがたっちしたわよ」
 ふらふらしながら、手で不恰好にバランスとを取る姿。
「うわっ!すげぇ!!ウナ、すげぇ!!」
 ガウリイの驚喜の声。


 あたしはそれなりに幸せだった。


 当たり前のようにあいつが居てウナの存在があって・・・
自然に笑える自分が居た。


「りにゃ」
 最初、それがなんなのか分かんなかったけど・・・
 それが自分のことだと気付いて、嬉しい反面、寂しかった。
「がうり」
 ウナはあたしたちを『パパ』『ママ』とは呼ばなかった。
 無理もない、そんな単語を教えなかったのだから・・・・


 あたしはあいつを愛していた。
 二人の時はそれだけでいいと思っていた。
 だけどそれが三人に増えて、変わってしまった。


 あたしは初めて知った。
 人とは強欲で醜い生き物だということを。


 ――― 一生、傍に居てください ―――


 嬉しくなかったと言えば嘘になる。


 ――― 結婚しよう! ―――


 泣きたくなるほど待ってた言葉。


 だけど・・・その時、あたしは冷めた気持ちでそれを聞いていた。
 お腹に宿った命を感じながら、ひどく冷静な判断を下していた。



 ――― 今と変わんないじゃない ―――




「・・・・・」


 コンコン


 ノックの音に身を起こす。

「はい」

 開かれるドア。顔を覗かせる宿の女主人。

「リナちゃん、気分、どう?なんか、食べられる?」
「うん・・・食べてみよう・・かな?」
 その優しさが嬉しかった。
「熱は下がったかい?」
 テーブルに軽食を置き、あたしに振り返る。

「ありがと、おばちゃん・・・も、大丈夫・・・明日からまた、
 働くね。迷惑かけてごめんね」

「ダメだよ。あんた突然、倒れたんだから・・・明日も寝といで」
 スープをよそってあたしに差し出す。
「少し、冷ましてるからね」


「ありがと」

 ここに来て十日。持参金を持たないあたしは事情を話して、
ここで働かせてもらうことになった。忙しく動いていると楽だった。
ウナのことを思い出さずに済んだから・・・

 しかし、昨日、目眩がして気が付いたらここに寝かされていた。
 熱を出し倒れたのだ。


「シーズンオフで客も一組しか居ないから・・・手なら足りる。
 ゆっくり、お休み」

 

 あたしはその一組の客が、ガウリイとウナだということに
その時はまだ、気付かずにいた。





「がうり・・・・・・・・」
 自分を呼び手をしっかり握ってくる。
「ウナ、どーした?」
 身を屈め、ウナに目線を合わす。
 じーっと心細げに見詰め返し、
「ママ・・・居るでしか?」
 そして、くいくいと手を引き、
「パパ。ママ居るでしか?」と―――


 俺は驚きで声が出なかった。
 一度もそんな風に呼ばれたとがなかった。







 それは初めて親を呼ぶウナの声だった―――













続くのでし。