風の彼方から |
6.指輪 通された部屋は、ひたすら豪華だった。 寝室だと言われた部屋だけでも、アメリアの家で一番大きい部屋と同じぐらいあるかもしれない。 豪華な調度品、揃えられたドレスの山、毎日付け替えても一通り使い終えるのにかなり掛かりそうなアクセサリー。 この全てが、あたし一人のために用意されたのだと、あいつはあたしに言った。 でも。 「流行の服は嫌いでしたか?リナ姫」 ここに連れてこられて暫くした頃。現れるなりゼロスはあたしにそう言った。 あたしはそれに答えない。 困ったようにわざとらしく溜息をつき、ゼロスはあたしに近づいて来る。近づかれた分あたしは遠ざかる。 「そんなに警戒しないでくださいよ。何もリナ姫に危害を加えるつもりなどありませんから」 何が、よ。 こんな所に無理矢理連れて来といて……よく言うわ。 「……ガウリイさんの話、聞きたくありませんか?」 不意に投げかけられた問いかけに、あたしの足が止まる。 振り返ったあたしに、ゼロスは満足そうに笑みを浮かべていた。 それは、城で開かれた舞踏会の翌日。 まだ朝も早い時間、いつものように散歩に出掛けたあたしを、何人もの兵士が取り囲み、無理矢理馬車に乗せられて……この部屋に通された。 ここが、お城だっていう事しか、あたしには分からない。 しかも、いきなり“姫”なんて呼ばれるし……訳が分からない事ばかり。 「ガウリイが、どうかしたの」 「その事の前に、確かめないといけない事がありまして」 「確かめる?」 「はい。……これ、ご存じありませんか?」 そう言いながら、ポケットから小さな箱を取りだし、あたしの前で開いてみせる。 そこにあったのは、古い指輪。 あたしが、ガウリイに渡したあの……! 「何で……何であんたがそれを持ってるの!」 「これを、知っていますね?」 「何言ってるのよ。それは……それはあたしがガウリイに預けた物よ!どうしてあんたが持っているの!?」 「……そうですか。では、これは確かに貴女の持ち物なんですね」 そう言って箱の蓋を閉じる。 その瞬間、ゼロスの顔に一瞬だけ浮かんだ笑みに、あたしの背筋が凍った。 「これで証明されました」 「……だから、何が」 「貴女が、ゼフィーリア王家の姫君であられるという事実ですよ」 一瞬、言われた意味が分からなかった。 「姫……?誰が……」 「勿論リナ姫、貴女ですよ」 にこにこと微笑まれる。 「何で……」 「貴女がこの指輪の正統な持ち主であるという事実……これが証拠ですよ。 この指輪に刻まれているのはゼフィーリア王家の、それも次期女王として指名された王女だけが持つことを許されているのですから」 王女とか次期女王とか言われても、あたしには何の事なのかさっぱり分からない。 それに、そんなことなどあたしにとってどうでも良かった。 「質問に答えて。何であんたがそれを持っているの?それはあたしがガウリイに預けた物なのに」 「持って来ていただいたんですよ。これは、貴女の手になければなりません」「………ガウリイを、どうしたの」 あたしに向けられる優しげな微笑み。でもその背後にとてつもなく冷たいものを感じずにはいられない。 大体、この指輪をどうやって手に入れたんだろう。ガウリイが簡単に手放すわけがないのに。 「……僕は何もしていませんよ?」 「あんたが何かをしたかどうかは関係ないわ。ガウリイをどうしたの!」 「……………そうですねぇ………国家に対する反逆罪は、死刑、ですね」 し、けい? しけいって……… 「どうして……」 「どうかしましたか?」 「なんで……ガウリイを殺すの………」 「貴女を隠していたから、です」 隠す? 「隠すって……あたしは隠れてなんかいない」 「ゼフィーリア王家の生き残りを捜し出し、保護すること。これは上からの指示で、勿論ガウリイさんだって知っていたはずです。それなのに、リナ姫の事を報告しなかった。これは立派な反逆に」 「あたしは知らない!」 身体の震えが止まらない。 どうしてガウリイが……ガウリイがそんな目に遭わなければならないの? 王女だなんて言われても、あたしは分からない。あたしは知らない。 あたし自身が知らないことを、どうやってガウリイが知る事が出来るの? 「その指輪だって……ほとんど誰にも見せなかった。ガウリイにだって。あんたが言ったような物だなんて、知らない。それなのに……それなのに、ガウリイが悪いって言うの?」 「えぇ。そうです」 あたしの中で、何かが切れた。 「無駄ですよ。扉には鍵を掛けさせました。もし部屋から外に出られたとしても、この城から外には出られません。 ……空でも飛べれば、別ですけどね」 ゆっくりと近づいてきたゼロスが、立ち尽くすあたしの手を取った。 「ガウリイさんは、今現在捕縛されています。処分は、まだ決定していませんが」 左手が持ち上げられ、指にはめられた指輪があたしの目の前に持ってこられる。 「ガウリイさんを、助けられるのは、貴女だけですよ。……リナ姫」 「………どうしろって………」 「簡単なことです。王女として、この国に協力して下さればいいんです。ただ、この指輪は外していただかなければなりませんが」 ゼロスが言っているのは、ガウリイがくれた……指輪の事。 ずっと一緒にいるっていう……約束の証。 でも。 「ガウリイさんとの婚約を解消し、ゼフィーリアの女王になるのなら……ガウリイさんは、ゼフィーリア王家の血筋を絶やそうとする反逆者からリナ姫を守っていたとして、釈放されるようにお願いしますよ」 にこにこと、微笑む。 「どうしますか?……………王女」 「………ほんとうに………」 呟く自分の声が、酷く遠い。 「ほんとうに………ガウリイをたすけてくれるの………?」 「えぇ。努力しますよ。僕に決定権はありませんから」 あたしの指から外された指輪が、ゼロスの手に渡る。 「では……確かに。これはリナ姫にお返しします。正統な持ち主である、貴女に」 ゼロスがあたしの右手を取り、指輪をはめる。 あたしはそれをどこか遠くの出来事のように見ていた。 それしか……出来なかった……… |