風の彼方から |
5.アナタハ イマ ナニヲシテイマスカ……? ガウリイ達が行ってしまってから、もうだいぶ経ったのかもしれない。 ガウリイに言われたとおり、あたしはアメリアの家にいる。 ここにいる人達は、アメリアと同じでみんな優しい、いい人達ばっかり。だからここにいるのは嫌いじゃない。 ……それでも、やっぱり。 「ガウリイ、どうしてるかな……」 もうずっとガウリイの顔を見ていない。声が聞けない。 左手の指にはめられた指輪だけが、今のあたしとガウリイを繋いでいるようで…… 「リナさん」 ぼんやりとそんなことを考えていたら、アメリアがこっちに来ていた。 「あ、アメリア」 「どうかしたんですか?」 「うぅん……何でもない」 「ならいいんですけど……あ、そうだ。リナさん今日はベルウッドさんの所に行く日でしたよね」 そうだった。今日は歌の練習があるんだ。 おじいちゃんなら何か、ガウリイのこと聞いてるかもしれない。 「じゃあ、あたし行って来るね」 「待って下さい、あの、今日は私も一緒に行ってもいいですか?」 「え?」 「練習の邪魔はしませんけど…」 「うん。いいよ、一緒に行こう」 アメリアも歌が上手なんだよね。 ガウリイやゼルガディスが帰ってきたら……みんなで一緒に歌いたいな。 「パーティじゃと?」 「はい、そうなんです」 歌の練習の後、みんなでお茶を飲んでいたら、そう言ってアメリアが一通の封筒を取りだした。 見覚えがある。前にガウリイと一緒に舞踏会ってのに出た時も、あれと同じ物がうちに届いてたっけ。 「私やリナさんにも招待状が来てるんです。ガウリイさんやゼルガディスさんがいないから、代理として…って」 「ふん、あやつらの考えそうな事だ」 「何を?」 あたしがきょとんとしていると、お爺ちゃんはなんでもないって言って笑った。 何が何でもないんだろ?? 「分かった。儂に任せて置け」 「すみません」 「あいつからも頼まれておるからな。それに……」 「それに?」 「最近、妙な連中がこの周りを彷徨いておったからの」 「……油断も隙もありませんね。じゃあ、これからは私も一緒にきて良いですか?」 え?アメリアが一緒なの? 嬉しいけど……なんでそういう話になったのかな? あたしが首を捻っている前で、お爺ちゃんとアメリアはしっかり握手を交わしていた。 ???? アメリアの家に帰ったら、メイドさん達が大勢待ちかまえていた。 「ささ、リナ様はこちらへ」 そのまま部屋の一つに連れて行かれたあたしを待っていたのは、沢山のドレスの山。 「アメリア様プロデュースのリナ様も素敵でしたけど、今回は私たちにお任せ下さいね」 「前から是非着ていただきたいと思っていたドレスが……今すぐ香の用意を!」 「かしこまりまして♪」 「皆様、アクセサリーの準備は宜しくて?」 「お任せを♪」 吃驚してどうしていいか分からない間に、メイドさん達は楽しそうにあれやこれや取りだしてきてはあたしの前に並べていった。 ちらっとドアの方を見たら、アメリアが「御免なさいっ!」って手を合わせてた。 ドレスとか見るの、嫌いじゃないけど……ひょっとして、ここにあるこれ全部、一度は着ないといけないのかな…… ものすご〜〜〜く楽しそうなメイドさん達の様子で、あたしは着せ替え人形になる覚悟を決めた。 覚悟は決めたものの……それでもいい加減ドレス選びにも疲れた頃、ようやくあたしは解放してもらえた。 メイドさん達はみんな嬉々として戻っていった。どうやら満足したみたい。 「疲れた〜〜〜」 部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだあたしは、暫くふかふかした感触を楽しんでいた。 ふと見ると、窓の外に大きな月が懸かっていた。 「おっきな月……」 窓を開け放つ。 漆黒の空を彩る月が、柔らかな光を投げかけていた。 「ガウリイも、この月を見てるのかな……」 ガウリイに貰った指輪をそっと撫でる。 行ってしまう前に、いっぱい抱きしめてもらって、いっぱい愛してもらったけど……やっぱり傍にいて欲しい。 アメリアも、お爺ちゃんもみんな優しくしてくれるけど…… ガウリイに、傍にいて欲しい。 ね、ガウリイ。 あんたは、今何をしてるの? やっぱり、この月を見てるの? あたしがガウリイのことを思い出してるように、ガウリイもあたしのこと……思い出してくれてるのかな。 そこは暑い? それとも寒い? ベッドで休んでいるの? それとも……草木を枕にしているの? 会いたいよ。 翼があったら、ガウリイのとこまで飛んで行けたのに。今のあたしは待つことしかできない。 だから。 帰ってきて。 早く帰ってきて。 待ってるから……… せめて今夜。 あなたに、一時の安らぎが訪れますように……… 「そうですか。ご苦労様でした」 短く答え、小さな革袋を投げ与える。気配が消えたのを感じながら、彼は窓を開けた。 夜空を彩る月。 夜風に乗って、鳥のさえずりのような声が微かに届いてくる。 「……素晴らしい声ですね。 いずれ貴女には、歌ってもらわねばなりません。王国の復活を告げる歌を……そう、その美しい声で、僕の為に」 闇に溶ける笑い。 目を細め、彼は持っていたグラスを月に掲げた。 彼女は、まだ、それを知らない。 |