風の彼方から





















 4.ゼフィーリア


 旧ゼフィーリア領内に辿り着いて3日が経っていた。

「異常ありません」
「そうか。だからといって気を抜くなよ?(五月蠅いのがいるから……)」
「了解しました。(分かってますって)」

 見張りに立っている兵士と言葉を交わしながら、俺は木々の向こうに見える建物を見ていた。
 神殿か何からしいそれを、シェーラ達は熱心に調べている。
 考古学とか、そういうのに興味のある奴なら少しはあれの価値も分かりそうだが、いかんせんここにいる連中は俺を含め、そういったものに全く縁がない。かろうじてゼルガディスがあいつらと会話できるが、傍で聞いていてもちんぷんかんぷんだ。

 着いた時の話では、遺跡の調査を邪魔する一団があるらしい。元ゼフィーリアの民が中心となって組織された一団。
 あそこは、きっと彼らにとって大事な場所だったのではないだろうか。
 よそ者の俺達にとってはただの古い建物でも、ずっとここに住んでいた人には掛け替えのない……

「こんな所にいたのか」
「ようゼル。疲れた顔してるな」
「誰のせいだ?」
 ジト目で問われ、俺は視線を明後日の方角に向けた。
 遺跡の調査を行っているシェーラ達とは、一日に一度打ち合わせがある。それを全部ゼルガディスに押しつけてしまったのだから……ははは、あいつが疲れるのも無理ないか。
「そうは言っても、俺じゃあ説明されても理解出来ないからな。毎日ケンカじゃ、向こうさんもこっちもやってられないだろ。
 さっさと仕事を終わらせたいんだ。余計な手間を増やしたくない」
「それには同感だが……」
 そう呟きながら、ゼルガディスがわずかに立ち位置をずらした。
「客だ、ガウリイ」

 風を切る音と共に飛来した矢を、剣を抜いた勢いのまま払いのける。
「4人か……少ないな」
 呟き、自分たちを取り囲む木々へ目を向けた。

「出て来いよ」
 やはり、返事はない。
「出来れば、あんた達とやり合いたくないんだ。話ぐらいできないか?」

 ややあって、一本の木の陰からやたら目つきの悪い男が姿を現した。
 その後に、銀髪の若い女が続く。周囲の気配は……動かない、か。
「話だと?」
「あぁ」
「ふざけるんじゃねぇ!お前らが今更何の」
「少し黙っていてくれないかしら」
「う゛」
 怒鳴り掛けた男は、女の方の一言で黙り込んだ。もっとも、真っ赤な顔でこちらを睨みつけるのだけは止めていないが。
「五月蠅くてごめんなさい」
「いや、そっちが怒るのは当然だろ」
「………珍しい人ですね、貴方は」
 その言葉に、俺はただ肩を竦めて見せた。
「貴方はエルメキアの……ガブリエフ将軍ですね」
「あぁ」
「貴方を送り込んでくるとは思いませんでした」
「そっか」
「……何故、私達と話をしたいと?」
「一応合法的な形は取っているが……こっちがやってる事は、事実上火事場泥棒だからな。そっちが反発するのは当然だ」

 火事場泥棒。
 その言葉に、彼女はほんのわずかに表情を動かした。

「火事場泥棒、と言うんですね。貴方の故国でしょう?」
「故国でも、気に入らないことは気に入らないさ。ましてそれが他国で行われているなら尚更だ。
 あの場所は、あんた達にとってかなり大事な場所じゃないのか?だから危険を冒してまで俺達を追い出そうとしている……違うか?」

 俺の問いかけに、返ってきたのは沈黙。
 だが、それは暗に、俺が言った事に対する肯定を示していた。

「……あそこは、代々女王のみが入ることを許された場所です。何人たりとて、例えそれが王族であっても、近づくことさえ禁忌とされていました」
「そうか………じゃあ、よりにもよって他国の人間が入り込んで好き勝手してれば、追い出したくなるよな」
「じゃあさっさと出て行けよ」
 いらいらした口調で男の方が吐き捨てる。
「あんた達が出て行けば、全部丸く収まるんじゃないか」
「そうしてやりたいのは、山々なんだけどな」
「……無理を言っては駄目よ」
 軽く窘め、彼女は苦笑を浮かべた。
「貴方のような人ばかりなら、私達も助かるのですけど……そちらの要求は?」
「話が早くて助かる。俺達は警備という事で来ているから、侵入者に対する生殺与奪権も与えられている。ちょっかいをかけるのはいいが、撤退も素早くして欲しい。
 お互い、出さなくてもいいけが人は出したくないだろ?」
「私達に近寄るな、とは言わないんですね」
「言ったところで、無茶をする奴が出て来そうだからな。こっちにも血の気の多い奴はいるし、何より……」

 ふと気がついた気配に、向こうも気がついたようだった。

「では、私達はこれで」
「あぁ。気をつけて戻れよ」

 彼らの姿が森の中に消える。ややあって姿を現したのはシェーラだった。
「遺跡の方はほっといていいのか?」
「警備が当てにならないと、落ち着いて作業なんか出来ませんわ」
 嫌みらしいその一言を無視し、俺が歩き出すと、シェーラは溜息をつきながら隣に並んできた。
「一度、ちゃんとお話ししなければ駄目みたいですね。私達の活動が如何に重要なものなのか」
「俺に説明するだけ、時間の無駄なんじゃないか?どうせすぐに忘れるんだ」
「それは分かりませんわ」
 そう言い、シェーラは先に立って歩き始めた。



 木々に埋もれるように建つそこに足を踏み入れたのは初めてだった。
 中に入るとすぐに壮麗なレリーフで飾られた広間になっていたが、シェーラはそれを無視しどんどん奥に進んで行った。
「そこにあるのはただの飾りです。古美術家には貴重なものでしょうけれど」
「あんた達にとってはどうでもいいって事か」
「少なくても、ここの地下に眠っているものに比べれば、ここにある物は何の価値もないですわね」
 柱廊を抜け、奥まった部屋に案内される。
 祭壇らしき物の後ろに、ぽっかりとどこかへの入り口が開いていた。
「こちらですわ」
 さっさと中に入っていくシェーラだったが、俺は入ることに躊躇いがあった。
 さっきの話によれば、ここはゼフィーリアの女王しか入ってはならない場所。だが少し進んだ所で振り返ったシェーラは冷笑を浮かべて俺を手招きした。
「どうかしましたか?さ、早く」
「……あぁ」
 仕方なく、こちらを睨んでいるような印象を受けた彫像に一礼し、俺は底へ足を踏み入れた。



「……行き止まり?」
「えぇ。今は」
 シェーラの後に続いてさほど進まないうちに、通路は行き止まりになっていた。
「ここがどうかしたのか」
「この向こうに、私達が探しているものがあります」
 シェーラが示した場所は、ただの壁になっていた。
「で?」
「鍵がなければ、先へは進めないようですね」
「なら諦めたらいいじゃないか」
「ここを放置することが、世界的に言っても危険であるとしても?」

 危機?
 余りにも似合わなすぎるその言葉に、俺はただ唖然となった。が、そんな俺の反応を都合の良い方に解釈したらしく、シェーラは得意げな顔で説明を始めた。
「ここには、太古に栄えた大いなる力が封印されているのです。ゼフィーリアの女王は代々その力を隠匿し、時を待っていたのです」
「待っていた……?」
「えぇ。牙を隠しながら、ここに眠る力を解き放つ時を」
 言っちゃなんだが、あんた達の方が危険そうだ。
 そう言い掛けたのを無理矢理呑み込み、俺はシェーラの話を聞き流しながら岩壁が剥き出しの通路を見ていた。

「だがな、お前さん達の言うとおりだとして、それだったら余計に発掘なんてしない方がいいんじゃないのか?」
「どういう意味です?」
「そうじゃないか。入れないんだろ?この中に。んで、あんたが話した力ってのも同じ場所にある。それならあんた達がいじくる必要なんてない。違うか?」
「そうして、何も知らない者が誤って封印を解いてしまったなら……どうなるでしょうね。
 ここに眠る力について無知な者が、世界をいいように動かせる力を持ってしまったら?誰が責任を負えるのです?」
「その時はその時だろ。そんな先の事まで俺に分かるわけがない」
 シェーラは処置無しというように首を振った。
「貴方には、ここでの活動がいかに重要なものなのか、理解しようという気持ちさえないのですね」
「じゃあ聞くが、あんた達はその力とやらを見つけて、どうするんだ?飾っておくのか?
 手に入れたものは使いたくなるのが人間の性って奴だ。いい剣を手に入れれば試し切りをしてみたくなる奴がいるように、な」
 俺のセリフに、シェーラは顔をしかめた。
「私達がそんな愚か者だと言いたいのですか」
「あんた達にその気はなくても、そんな気を起こす奴が出てこないとは誰にも言えないだろう、と言っているんだ。そうなったら、あんた達はどうやって事を収めるんだ?」
「そうならないために、我々で管理するのです」
「……あんたのセリフ通りに扱われることを祈ってるよ」

 それ以上会話を続けることに疲れ、俺は踵を返した。シェーラの方も同感だったらしく、俺を止めようとはしなかった。




 遺跡から離れ、真っ暗闇の森の中を進む。いつの間にか日は完全に落ちてしまっていた。
 振り返ると、遺跡の周りで焚かれる篝火の光だけが赤々と揺れている。
 遺跡の地下に隠された“力”。そんなものに興味はない。

 だが。



 周囲に人の気配がないことを確かめ、そっと服の下からチェーンに通した指輪を取り出す。
 古い古い指輪。リナが唯一手元に残していたもの。

 ……彼女の出生を証する物。

 指輪を握りしめ、俺はまたそれを服の下に隠した。
 確かめておかなければならない。






 シェーラが固執していた地下道。そこ封じている壁。
 ……そこ刻まれていたレリーフは、リナの指輪に刻まれていたものとまったく同じものだった。