風の彼方から |
3.命令 リナがグレイヴ爺さんの所に通うようになってしばらく経った頃。 俺はゼルガディスと共に城に呼び出された。 結果は、俺の予想通りのものだった。 「ゼフィーリア、か」 廊下を歩きながら、呟く。 ゼフィーリア。代々女王によって治められた小国。 とはいえその歴史は古く、国内には遺跡があちこちにあるという話だ。数年前に内乱で滅亡したが、結局新しい政府は立たず、国土は周辺国に吸収された。 「単なる遺跡の警備じゃすまないだろうな。ゼロスの部下っていうおまけ付きじゃ」 「当たり前だ。それに、今頃遺跡の調査だと?」 思い当たるのはゼロスの特務とやらしかない。 特務に就いていたとか言っていたが……ゼフィーリアが何の関係があるのだろう。 ……考えても、分からないことは分からない。結局、俺は命令通りにしか行動できないのだから。 俺に出来ること、俺がしなければならない事をやるしかない。 リナのために。 「お帰りガウリイ。………どうしたの?」 家に戻った俺を出迎えたリナが首を傾げた。 「命令が出たんだ。しばらくここには帰ってこれなくなる」 「え………」 びくりとリナが震えた。 「どこに……?」 「昔あった国との国境だ。遺跡の調査をする時の警備とは言っていたが、実際は行ってみないと分からない」 「……お仕事、なんだよね」 「……あぁ」 「じゃ、しょうがないよ。お仕事はちゃんとしないと……」 リナはそう言って笑ってくれた。でも寂しさや不安を必死で我慢しているのはすぐに分かった。 「お腹すいてるよね。今用意するから…」 「リナ」 「きゃっ!………ガウリイ?」 台所へ向かおうとしたリナを背中から抱きしめ、柔らかな栗色の髪にそっと口づける。 「失敗したなぁ」 「え?」 そのまま呟くと、リナがきょとんとした顔で見上げた。 「じーさんがいつも言ってたみたいに、さっさと軍なんて辞めておけば良かった。そうしたら、リナと離れないですんだのにな」 「……………………」 リナは何も言わずに、ただ俺の腕の中でじっとしていた。 夕食は、いつもと違って静かだった。 こうやってリナの顔を見ながら食事が出来るのも、しばらくはお預けだというのに……でも何をどう話したらいいか分からない。 仕方なく、俺は“言っておかなくてはならない事”を話すことにした。 「なぁ、リナ」 「何?」 「俺がいない間だけどな。この家にリナ一人じゃ不安だろうし、俺も心配だ。だから戻って来るまでアメリアの所にいてくれないか?」 「アメリアの家に?」 「あぁ。アメリアが一緒なら、俺も安心できる」 「…うん、分かった」 「それと、もし城から何か言われたらグレイヴのじーさんに相談するんだ。あぁ見えて博識だから頼りになる」 それに、城の者に睨みが効くし、な。 俺という存在がいなくなれば、リナに群がってくる奴が後を絶たないだろう。何しろ人のものほど欲しがる奴らだ。リナを放っておく訳がない。 アメリアだって自分自身を守らなければならない。 「なるべく早く戻れるようにしたいが、こればっかりは俺の意志ではどうにもならないから……御免な」 「大丈夫。アメリアも先生もいるから。それよりガウリイこそ気をつけてよね」 「あぁ」 ………それっきり、また会話が途絶えてしまう。 いつものようにぽんぽんと会話が続かない。 俺は小さく嘆息した。 夕食の後、俺は自室に戻り剣の手入れを始めた。 戦闘は、無いにこしたことはない。が、どうにもきな臭い予感が無くならない。ことこういう事に関し、俺の勘が外れた例がないのだから始末に負えない。 そうでなくてもリナを一人にしてしまうのに…… こんこん 「ガウリイ。……ちょっといい?」 ノックの後に躊躇いがちなリナの声がした。 「あぁ。開いてるぞ」 「うん」 ドアを開けて入ってきたリナを見て、俺は思わず固まった。 リナは白い夜着を身に纏い、部屋に入ったものの閉めたドアの所で立ち竦んでいる。長い栗色の髪がまだ湿り気を帯びていた。 「どうしたんだ?」 「あの、ね………ここにいちゃ、駄目……かな」 「え?」 「だから、その…… 明日から、ガウリイいないんだよね。だから………」 俺は何も言えなかった。ただリナを抱きしめると、リナの小さな手はぎゅっと俺の服を握りしめた。 「寂しい思いをさせて……すまない」 「しょうがないよ。お仕事だもん。でも……早く帰ってきて、ね……」 「勿論」 顔に手を当て、上を向かせる。 真紅の瞳がゆっくり閉じられ、俺はそっと唇を寄せた。 離れたくない思いは俺もリナも同じだ。 その思いのまま、深く深くキスを繰り返す。 「今夜は……ここにいてもいいよね……」 「あぁ………」 明け方近く、俺はそっとベッドを抜け出した。 傍らで眠るリナを起こさないよう、そっと着替え、ドアに手を掛けた。 「……もう行くの」 小さな声に振り返る。リナがシーツから顔だけ出して俺を見ていた。 「起こしたか?……まだ寝てていいよ」 「でも、それじゃ目が覚めた時……ガウリイが見られない」 そう言いながら、リナはそっと左手に目をやった。薬指にはめられた指輪に。 「リナ……俺は必ず帰ってくるよ。何処に行かされても、何があっても、必ずここに、リナの傍に帰ってくる。 俺の居場所は、もうここしかないんだから。例え地平線の彼方からだって、風みたいに帰ってくるよ」 「うん。待ってる……待ってるからね、ガウリイ」 「じゃあ……行くな」 未練を断ち切るように俺はリナから手を離した。 「ガウリイ!」 「ん?」 「これ……持って行って」 リナが差し出したのはあの古い指輪だった。 「でもこれは、リナの大事な物だろう」 「そうよ。大事にしてる。だから絶対返して」 言いながらリナは俺の手に指輪を握らせた。 「大事な物だから。絶対にガウリイが返して。他の人に預けたりしないで、ガウリイがあたしに返して」 「………分かった。絶対に、俺がリナに返すよ」 「うん……」 受け取った指輪を胸ポケットにしまい、俺はリナにキスをした。 「全員揃いました」 報告に、ゼルガディスが振り返り、頷く。 「ま、戦場に行くんじゃないからな。さっさと行って、さっさと仕事をこなして、帰って来よう」 「随分暢気な発言ですね。それがガブリエフ将軍のやり方ですか」 背後からかけられる剣呑な声に、俺はただ肩を竦めて見せた。 シェーラと名乗ったこの女が、ゼロスの部下。 「ここは俺の部隊だからな。俺のやり方が気に入らないなら、別の奴にしてもらうか?」 「いいえ。結構です。貴方のやり方に口を挟む気はありませんから」 すました顔をしているが、このシェーラという女、どうにも腹が読めない。ゼロスといいこいつといい…… あんな言い方をしたものの……実際のところ、何事もなく帰ってこられればいいんだが…… 残されるリナの事が気になりつつも、俺達はこの日、首都を後にした。 目的地は、かつてゼフィーリアと呼ばれた…… 魔道の国。 |