風の彼方から






















 2.音楽・詩・楽器



 あの舞踏会の夜からしばらく経って、あたしはガウリイを通してある人に会った。
「ちょっと変わった爺さんだけどな」
 ガウリイはそういって笑っていたけど……?
 一体、どんな人なのかな。
「まだ生きてればいいんだが……」
「え?」

「くぉら!勝手にワシを殺すんぢゃない!」

 ノックをするのと、ドアが開くのとがほとんど一緒だった。ガウリイじゃなかったら、ドアに頭をぶつけてたかも。
 出て来たのは、頭が真っ白のお爺さん。
 ちょっと恐そうな顔をしていたけど、ガウリイを見た途端表情が変わった。恐い顔から、玩具を見つけたような顔に。

「ふん。誰かと思えばガウリイか。まぁだ何の役にもたたん軍人なんぞやってるのか」
「まぁ……な」
 困ったように笑うガウリイに、お爺さんはわざと顔をしかめて見せた。
「で、何の用ぢゃ?戦意高揚の為の曲ならやらんぞ」
「そんなもの頼まないよ。今日はちょっと会わせたい人がいるんだ」
「ん?」
 そこまできてお爺さんの目があたしに向けられた。
「……なんじゃ、どこから攫ってきた」
「何でみんな揃ってそういう言い方するか?
 ……彼女は俺の婚約者で、リナ。リナ、この爺さんはグレイヴ=ベルウッド。こう見えても昔は宮廷音楽家だったんだ」
「昔?」
「ふん」
 あ、お爺さん家の中に入っちゃった。
 と思ったら、手だけ出て来てちょいちょいと手招きした。
「来いってさ」
「入っていいの?」
「あぁ」
 ガウリイの後に続いて家の中に入る。

「うわぁ……」

 家の中は沢山の本でいっぱいだった。
「これ、みんな本?」
「グレイヴじーさん、あれでも結構有名な作曲家でもあるんだ」
「へぇ……ねぇガウリイ」
「ん?」
「さっきょくかって、何?」

 がたがたがたっ

「あれ……?」
「そーいや……教えてなかったか……」
 ズッコケちゃったお爺さんに、ガウリイ。あたし、何か変なこと言ったかな?
「おい……」
「リナは、ちょっと特殊な環境で育ったんだ」
「どういう環境ぢゃ……まぁいいわ。その辺に適当に座っておれ」
 ガウリイと一緒に椅子の上にも山積みにされていた本をどかす。
「あのな、リナ。作曲家って言うのは音楽を作る人のことだよ」
「音楽を……作る?」
「あぁ」
「ふぅーーん……」
「で、作った曲をこうやって……残すんだ」
 ガウリイはそう言いながら一冊の本を開いて見せてくれた。
 字の代わりに、何か記号みたいなのが線の上にいっぱい書いてある。
「これを楽譜って呼ぶんだ」
「がくふ?」
「そう。ここに書いてあるとおりに楽器を鳴らせば、作った人がいなくなってもずっと音楽は残っていくんだ」

 ずっと……残る?

「あの舞踏会の時も?やっぱりこれを見ながらやるの?」
「あぁ。といっても同じものじゃないけどな。楽譜は沢山あるから」
「すごいんだ……」
 こんな風に後に残すなんて、考えたこと無かった。
 歌を歌うのは好きだけど、いつもそれはその時限りのもので……後でまた同じものを楽しんだりすることなんて、群れではなかった。
「それで、ワシに何をさせるつもりぢゃ」
 奥の部屋に行っていたお爺さんが戻って来た。
 ずっとどこか怒ったような顔をしているけど、どうやらそう怖い人じゃないみたい。
「リナに音楽を教えてやって欲しいんだ」
「え?」
「この娘にか?」
「あぁ」

 ……音楽を、教わる?
 吃驚しているあたしをほっておいて、ガウリイはにこにこしてお爺さんと話してる。

「お前さん、リナ、といったな」
「はい」
「楽器は……使ったことなさそうぢゃな」
「歌うのは好きです」
「ほう……」
 っていうか、あたし歌うことしか知らないし。
 お爺さんが立ち上がり、あたしをまた手招きした。ガウリイの方を見たら、ニコニコしたまま頷く。
 後を追いかけたら、お爺さんは大きな部屋に入って行った。
「これ……何?」
「ピアノ、ぢゃよ。見るのは初めてかね?」
 ピアノ……
 あたしが頷くと、お爺さんは蓋を開けた。
 白と黒が、決まった仕方で並んでいる。
「押してご覧」
 お爺さんに言われ、恐る恐る白いのを押してみた。

  ぽーーん……

 吃驚した。
 押しただけで、声…じゃない、音が出た。
 色々押してみたら、それぞれ全部音が違う。

「面白いかね?」
「うん!」
「じゃあ、今度は……」
 そう言いながら、お爺さんはいくつかの音を出した。
「この音に合わせて声を出すんぢゃ。音と同じ声を出すようにするんぢゃぞ?」
 お爺さんがゆっくりと音を出す。
 最初はうまく合わせられなかったけど、何回もやっているうちに何となく分かってきた。
 うまく合わせられるようになると、今度は少しずつ音が変わっていく。
 それを繰り返していくうちに、お爺さんが目を丸くした。
「驚いたの……ここまで声が出るとは」
「まだ出るよ?」
「何じゃと!?」
 これくらいじゃ遠くまで声を届けられないもの。いつもみんなと歌っていたように声を出してみせる。
 あれ?

「…………………………………………ガウリイ!」

 お爺さん、どうしたんだろ?
 きょとんとしているあたしを残して、お爺さんは台所にいるガウリイの所に行っちゃった。
 お茶、飲みたくなったのかな?



「貴様、あの子を何処で見つけてきた!」
「リナか?……それは秘密。でもいい声だろ?」
「そんなレベルの話ではないわ!
 ……あの声、のびの良さ、音域、どれをとっても千人…いや何万に一人の歌い手ではないか!」
「……あんまり興奮すると、倒れるぞ?」
「これが興奮せずにいられるか!」



 そぉっと覗いたら、お爺さんがガウリイに大声で何か話していた。
 でも……怒っているのとは違うみたい。どっちかっていうと……嬉しそう?

「じゃあ、教えてやってくれるんだな?」
「当たり前じゃ!というか、他の奴になぞ任せられるか!」
「そうか。良かった。
 ……リナのこと、宜しくお願いします。ベルウッド卿」
「………うん?」

 あれ?
 何か……ガウリイの雰囲気……変わった?

「なんじゃ?いきなり改まりおって」
「ガウリイ?どうしたの?」
 あたしが近寄ると、ガウリイはいつものように笑って髪を撫でてくれた。
「何でもないよ。リナ、良かったな」
「?………うん!」

 良かった。いつものガウリイだ。

「………行くのか」
「まだ決まってはいませんが」
 ………何の話だろ?
 あたしが首を傾げたのに気がついたのか、二人とも表情を崩した。



 結局、あたしはそれからグレイヴお爺さんの家で音楽を習うことになった。
 習うときは、お爺さんじゃなくって、先生って呼ぶらしい。
 最初は分からないことばっかりだったけど、先生の授業は楽しくてあたしは大好き。
 早く上手になって、先生やガウリイと一緒に『演奏会』っていうのをやりたいな。
 そうしたら……


 あたしは、今幸せだよって。
 姉ちゃん達の所まで、届くかもしれない。