風の向こうに















 13.さよなら


 あいつは人間。だから、人間と人間が一緒にいるのは当たり前。
 なのに。

 なんでこんなに、苦しいんだろう。







 とにかく無茶苦茶走り続けて、あたしは木の下に座り込んだ。
 裸足で走ってたから、足が痛い。小さい小石が一杯転がってるから当たり前か。
「そういえば、アメリアが靴を持って来てくれたっけ……」
 お礼、言わなきゃいけない。
 でも……どこに行ったら会えるんだろ。よく考えてみたら、あたし、ここの事全然知らないんだ。
 辺りを見回してみても、見たこと無い景色ばかり。あいつの家から見た様子とも全然違う。
「ここ……どこだろ」
 小鳥でもいないかな。そうしたらこの辺りのこと聞けるんだけど……

「どうした?こんな所に座り込んで」

 知らない人間が三人。あたしを取り囲んでる。
 やだな、こいつら。すごくやな感じがする。
「見たこと無い顔だな」
「ふぅん……なかなかいいカッコしてるじゃないか」
 一人があたしに手を伸ばしてきた。
「触るな!」
「いってぇ。可愛い顔して気が強いぜこいつ」
「いいじゃないか。その方が面白そうだ」
「それに……」

 笑った。
 あいつとも、アメリアとも全然違う。こいつらの目は、獲物を見つけた獣の目だ。
 こいつらは危険。早く離れなきゃ…
「おっと、逃がすか」
「やっ!」
「細い腕だなぁ。片手で掴めるぞ」
「そう暴れるなって。俺達と遊ぼうぜ」
 やだ!
 振り払おうとするけど、掴まれた腕を反対に捻り上げられ動けない。

「そこで何をしている」

 この声……知ってる。アメリアの……
 やっぱりそうだ。名前はたしか――
「ゼルガディス…」
「こいつ、軍人だぞ」
「そこで何をしていると訊いたはずだが」
 ゼルガディスに睨まれて、腕の力が緩んだ。そのまま振り払い、こいつらから離れる。
「べ、別に何も……」
「お、おい、行くぞ」
 そそくさとあいつらはどこかに行ってしまった。
 ほっとするのもつかの間、今度はゼルガディスがあたしを見た。

 ……鋭い目。
 もう、あたしがハーピィだって事……知っているんだろうな。
 あの襲撃を引き起こしたことも……

「…………ガウリイに会いに来たのか」
「え?」
「違うのか」

 本当は、そう。
 でも………言いたくない。思い出したくない。

「…………も、いい」
「いい?
 …………すぐに戻るのか」
 首を振ろうかどうしようか迷っていると、ゼルガディスは小さく溜息をついた。
「時間があるなら、一緒に来い」
「どこに」
「アメリアが落ち込んでる。………いやか」
 今度はすぐに答えられた。
「会いたい」
 そう言ったら、目に見えてほっとした顔をした。
 アメリアには会わなくちゃ。お礼、ちゃんと言っていなかったし、あたしも会いたい。
「……こっちだ」
 歩き出そうとして、急に足を止める。
「………」
「何?」
 あたしをまじまじと見て、ゼルガディスは小さく溜息をついた。

  ばさっ

「それを着てろ」
「………上着?なんで?」
「いいから着てろ。で、その足で歩けるのか?」
 あ、忘れてた。そういえば、足が痛くて休んでたんだっけ。
「大丈夫」
「ならいいが……」
 ゼルガディスの後について行く。
 ちょっと歩いた後、大きな家の前で止まった。
 それにしても……あいつの家もおっきいと思ったけど、こっちの方が大きいかも。
 ……アメリア、ここにいるのかな。
 中から出て来たのは知らない人間。あたしを見て不思議そうな顔をしたけどすぐにまた中に入っちゃった。

「リナさん………!」

 出て来たアメリアは、あたしを見て目を丸くした。でも吃驚したのはその瞬間だけ。あっと言う間に大きな目に一杯涙が溜まって……
「ごめんなさい!」
「アメリア……」
「私が謝ったって、何にもならないのは分かってます。でも……
 ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 あぁ、あいつと同じだ。
 自分の事じゃないのに。まるで自分がしたように感じてくれてる。

「アメリア、泣かないで」
「でも……っ」
「ありがと。泣いてくれて。それだけで十分だよ」
 悲しんでくれて。
 謝らなきゃいけないのは、あたしの方なのに。
「それより、あたしの方こそごめんね?一杯良くしてくれたのに、ちゃんとお礼も言ってなかった」
「そんなこと!お礼言われるようなこと私何も」
「してくれたよ。だけど、アメリアが作ってくれたアクセサリー……」
「それなら大丈夫です!」
 アメリアはにっこり笑ってくれた。
「ちゃんと直してあります。それで……あの、良かったら、また貰ってくれますか?」
「うん。嬉しい」
 そう言ったら、アメリアは……本当に嬉しそうに笑ってくれた。
 良かった。アメリアを悲しませたままだったら、きっと一杯後悔したから。
「リナさん、すぐに帰らないといけないですか?」
「そうだな……」
 空を見上げてみる。まだ日が落ちるまでだいぶある。
 祭りが始まるのは日が完全に落ちてからだから、まだ大丈夫。
「うん、大丈夫」
「良かった!ならどうぞ♪」
 アメリアはあたしの手を引っ張って家の中に連れて行った。



 それにしても、アメリアの家って大きい。
 あいつの家も大きいと思ったけど、アメリアの家はそれより大きい。それに綺麗。
 ふと足元を見た。外を歩いてきたから汚れてる。
 どうしよう。せっかく綺麗なのに、汚しちゃいそう。困っていたら振り返ったアメリアが怪訝そうな顔をした。
「どうしたんですか?」
「えっと……」
「あぁっ!リナさん、足、痛くないですか?」
「痛くはないけど……汚しちゃう」
「そんなこと気にしないでいいです!」
 そう言ってアメリアはあたしを家の中に引っ張っていった。

「ちょっと待ってて下さいねっ!」

 一つの部屋にあたしを案内した後、アメリアはそう言い残してまたどこかに走っていってしまった。
 綺麗な部屋。あいつの部屋とは……やっぱり違う。
 暫くして戻って来たアメリアは椅子を持って来ていた。後から来た人が桶と湯気の立つ瓶。
「リナさん、そこに座って下さい」
「ここ?」
「はい。
 熱くないですか?大丈夫ですか?」
 桶の中にお湯を入れる。温かくて気持ち良い。
「そっか、足を洗えばいいんだ。
 あ、アメリア、あたし、これ、出来るから……」
「いいから、リナさんはじっとしていて下さい!」
 そのままあたしに有無を言わせずに、アメリアは足を洗ってくれた。
 その後、桶とかはまた後から来た他の人が持っていった。部屋の中にはあたしとアメリアの二人だけ。

 …………どうしよ。
 いざこうなると、なんか………話し辛い。困ったな。

「あの、リナさん」
「何?」
「その……これ」
 差し出されたのはあのアクセサリー。
「ありがとう。大事にするね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、このお菓子美味しいんですよvガウリイさんの手作りには劣りますけど……あ」
「…………」

 また、沈黙。
 なんでだろう。どうしてあいつの話になると、胸が痛くなるんだろう。
 時間がないのに。
 アメリアとは、もっと一杯話しておきたいのに。黙ってるなんて時間が勿体ない。
 だから、あたしはお菓子を口に入れた。
「うん。美味しい」
「リナさん」
「あたしね、お菓子って初めてだったの。だから嬉しい」
 ハーピィの群れに、お菓子なんて存在しない。甘い物っていえば、果物だけ。
 だから、あいつが作ってくれたお菓子は、すっごく嬉しかった。美味しかったんだ。
 アメリアもぽいっと口に放り込んだ。
「もっと食べてくださいね。まだまだいっぱいありますから」
「ありがと。
 ………あのさ、アメリア。一杯良くしてくれて、ありがとね。忘れないから。アメリアのこと」
「やっぱり……もう会えないんですか?」
 あたしは、黙ったまま頷いた。
「引っ越すんだ。あたし達。もっとずっと遠くに……」
「そうですか。でもそれは………仕方のないことですよね………」
「それに、ね。あたし、もうこの人間の姿にはなれなくなるんだ」

 人間には話さない事だけど。
 あたし達の為に泣いてくれた、アメリアだから。

「あたしね、生まれつきのハーピィじゃないの。小さい頃、森の中で泣いてて姉ちゃんに拾われたんだ」
「え……?」
「結構多いんだよ。あたしみたいに、拾われた子って」

 人間が争い会った後。焼け跡で泣いている子供は少なくない。
 あたしもそうだったらしい。泣きながら、一人で森の中を彷徨っていた。姉ちゃんがあたしを見つけて、群れに連れて行ってくれなければ、あのままあたしは死んでいただろう。

「あたしがハーピィになる時は、姉ちゃんが自分の羽で作ってくれた羽衣が必要なの。でも、ある一定の時間が経つと、かけられた力は無くなってしまう。
 ……だからその前に、羽衣に込められている力と自分を一つにするの。一つになったら、あたしは本当のハーピィになる」
「じゃあ、リナさんは、本当は……」
「うん。……人間よ」

 ずっとそれを望んでいた。
 本当のハーピィになりたいって、ずっと………
 だって人間は大嫌いだった。何の理由もなく仲間達を殺す人間。
 だから……本当は人間である自分も………嫌いだった。

 でも、今は違う。
 人間も、嫌いなだけじゃなくなった。アメリアやゼルや…あいつに会えたから。

「今夜、その儀式があるの。儀式を終えたらすぐに出発する事になってるから、アメリアに会えるのはこれで最後」
「!?」

 人間の自分とさよならするのが寂しいなんて、思いもしなかった。

「ガウリイさんには、会ったんですか?」
「…………」
 首を振ったら、アメリアはもの凄い勢いで立ち上がった。
「じゃあ、じゃあなおさら、会わなくちゃ駄目じゃないですか!ガウリイさん、あれからずっと元気が無くて………リナさんだって、会いたくはないんですか?」
 そのまま飛び出していきそうなアメリアに、あたしはゆっくり首を横に振った。
「…………会わない方が、いい」
「どうしてですか!」
「だってあいつは……人間だもの」
「リナさんだって人間です!」
「あたしは……もうハーピィになるの。もうずっと前から決めてたの」
「でもっ……」
「あたしはハーピィとして生きていく。あいつは人間として。
 もう会うことは絶対無いの。だったら……」

 人間とハーピィは、決して共には住めない。
 一緒にいられない相手なら、会わない方がいいに決まってる。
 あいつにだって、ちゃんと一緒にいてくれる相手がいるんだから……

「リナさん、本当に会いたくないんですか?」
「会いたくないわ」
「じゃあ、じゃあどうして!どうしてそんな泣きそうな顔してるんですか!?」

 ………泣きそう?
 あたしが?
 泣きそうなのは、アメリアの方なのに。

「本当は会いたいのに、どうして会わないんですか?本当にもう二度と会えないのなら、会っておかないと絶対後悔します!」
「会っても会わなくても、同じだよ。もう会えないんだから。
 ………もう、帰らなきゃ」
「リナさん!」
「ばいばい、アメリア。元気でね」
「リナさん?リナさん!!」




 そのまま。
 あたしはアメリアの家を出た。

 真っ赤な空。もう白い月が出てる。
 日が完全に沈んだら、祭りは始まる。










 茜色だった空が、群青に変わっていく。
 急がないと、そろそろ祭りが始まる時間。

 分かっているのに、どうしてもあたしは飛び立てずにいた。
 羽衣を抱きしめたまま、木の枝の上から遠くを見ている。

「帰らなきゃ……」
 呟いてみても、身体はまったく動こうとしない。



 ………本当は、何で動かないのか分かってる。
 ここは、初めて会った場所。
 矢で射られて落ちて、あいつに助けてもらった………

 初めて、会った場所。

 馬鹿みたいだ。
 ここでじっとしてたって、会えるわけないのに。
 会わないって決めたのは………あたしなのに。

「…………………っっ」

 分かってる。ううん、もう分かった。
 あたしは……会いたいんだ。
 でも会ってしまったら………もう、戻れなくなる。みんなの所には。
 あいつの隣には、ちゃんと人がいるのに。あたしの居場所なんか……ないのに……
 それでも離れたくなくて、こんな所でぐずぐずしている。

「帰るのよ。あたしは。みんなの所に……姉ちゃんの所に。
 帰るんだからっ!」

 目を閉じて、羽衣を身につける。
 迎えるように吹く風に身体を委ね、あたしはそこから飛び立った。