風の向こうに















 12.示された怒りと消せない想い


「ガウリイ、入るぞ」

 ノックも無しにゼルガディスが入って来る。
「状況報告があがってきた」
「……どうなんだ」
「死者は1名。あの時のあいつだけだ。最も負傷者は増え続けているがな」
「……そうか」
 ふと城の窓から外を見る。

 視界に入る鳥たちに、あの時の気配は……もうない。

「ガウリイ、一つ訊きたい事がある」
「何だ」
「リナ……彼女は何者だ」







 山ほど寄せられる負傷者の報告。
 夕刻に突如始まった鳥たちの猛襲により、この町は負傷者で溢れかえっていた。
 小さな小鳥から大きな翼を持つ猛禽たちまで。
 ありとあらゆる翼持つものたちが、あの日一斉に牙を剥いたのだ。

   こんこん

「あの……今、大丈夫ですか?」
「あぁ、構わないぞ」

 負傷者の収容と、混乱に乗じた不届き者の始末。
 ようやく仕事場から解放された俺とゼルガディスは、そのまま俺の家で話し合っていた。
 そこへやって来たのはアメリアだった。
「どうした」
「あの……」
 アメリアにしては珍しく言葉を濁らせている。言おうか言うまいか、悩んでいる様子に催促はせず俺はただ彼女が話し始めるのを待った。
「リナさんは?」
「………いない」
「そう……ですか………」
 アメリアは一つ息を吐いた。
「あの……ガウリイさん。私……」
 ちらりとアメリアがゼルガディスに目を向けた。
 珍しく、ゼルがいることで話しづらくなっているようだ。
「どうしたんだ?」
「あの……」
「ゼルなら気にしなくていいんじゃないか?なんの話でも」
「本当に……いいんですか?あの時の……リナさんのことなんですけど……」

 あの時。
 そうか………アメリアは………

「構わない」
「本当に?」
「今、その事を尋ねられてたところだ。見ていたのなら、ちょうど良いかもしれない」
 ゼルガディスがゆっくりと俺を見た。
「アメリアは……見たのか。あの時に何があったのか」
「はい、ゼルガディスさん。
 あの時……鳥たちが襲ってきた時……」
 アメリアは大きく息を吐いた。

「リナさんが、ハーピィに……姿を変えたのを………」





 辺りの異様な雰囲気に、そいつはようやく気がついた。
 得意げに喋っている間に集まり、自分たちをじっと見つめる無数の瞳。さらには頭上で旋回する鳥たちの影。集まった羽族は、無言のまま何かを待っていた。
 さながら戦闘態勢を整えた軍隊が、司令官の一言を待つように。

「な……何だ?こいつら」

 今更ながら狼狽え始める。だが俺にとってそいつらの様子などどうでも良いことだった。
 腕の中の少女は、あれを見た瞬間から体を強張らせ、瞬きもしない。
「……リナ」
 小さく呼びかけるが、彼女は答えなかった。
 鳥たちと同じ……いやそれ以上に。何の感情も読みとらせない瞳は、ただ一点に注がれている。
「こいつら、鳥のくせに人間に逆らう気か?」
「少し射かけてやれ。そうすれば逃げ出すだろう」
「ほっておけ。それより次の狩りを計画しなきゃならんぞ。この柔らかな羽を見ろ。これで寝具を作らせれば今までよりもっといい物が作れる」
「成程。これを献上すれば……」
 そう言って、そいつらは小さな体を取りだして笑った。


   !?


 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
 耳の奥が変な感じがする。
「え?」
 呆然とする俺達の目の前で、音もなく切り裂かれた男の体が馬の上から滑り落ちていった。
 男の体が大地に落ちると同時に、リナから怒りと悲しみに満ちた声が発せられた。





「そういう訳だったのか」
「すまないな。隠していて」
「謝るな。誰彼構わず話せるものじゃないだろう?お前が悪いわけじゃない。だが………」
 ゼルガディスは窓の外に目を向けた。
「あれは、積もり積もった怨みだったんだな。ハーピィ達の人間に対する」
「鳥さん達は、リナさん達の怒りや悲しみに答えたんですね。だから……
 ハーピィの羽で着飾っていた人や、それを売ってお金を儲けていた人達を襲った」
 そう呟き、アメリアはずっと握りしめていた物をテーブルに乗せた。
「切れちゃったです。これ……」
「アメリアが作ったんだってな。あいつは……リナはこれをすごく気に入っていた」
「それならいいんですけど」
 重苦しい雰囲気が、部屋中を包んでいた。
 ほんの昨日まで。ここにリナがいたとは……俺自身思えなくなってきていた。
「アメリア、あんまり落ち込むなよ」
「でも!
 ……私、リナさんの事なんにも分かって無くて……なのに……」
「アメリア。リナは、アメリアを嫌っていなかった。多分、俺やゼルもな」
 ふと口をついた言葉だった。
 でもそれは正しいと、そう思える。

 リナは、すくなくとも俺達を嫌ってはいなかった。

「そうでなければ、あの場にいた俺達はただじゃすまなかったはずだろ?」
 あの鳥たちの猛襲。
 全ての翼持つ生き物が、一斉に牙を剥いた。小さな小鳥から大きな猛禽まで、鳥という鳥が鋭い嘴と爪で、人間に怒りを示した。
 仲間を殺され続けてきた、ハーピィ達の怒りを。彼らが代わりに示したのだろう。
 でも。
 あの最中、無傷ですんだ者も少なくなかった。
 鳥たちは、明らかに区別していた。復讐すべき相手と、そうでない相手を。

「色々あったからな。アメリアも疲れているんだ。
 ゼル、ちゃんと送ってやれよ」
「あぁ、分かっている」
「さよなら。お休みなさい、ガウリイさん」
「あぁ、おやすみ」



 二人が帰った後。
 妙にがらんとした家の中で、俺は何をするでもなくぼんやりしていた。

 俺以外誰もいない家。
 ずっとそれが当たり前だったのだ。最初の状態に戻っただけ。
 あの風変わりな同居人が……来る前に。
「………リナ」
 やっと少しだけ、笑顔を見せてくれていた。
 俺の作った菓子を、美味しそうに食べてくれた。
 隣にいても、近寄っても、嫌がらなくなってくれた。


 ……これから。
 まだ、これからだったのに。

「……リナ」
 もう会えない。
 会うことはない。
 ハーピィの群れに戻ったリナは、金輪際人間には近づかないだろう。そして、俺は彼女に近づけない。
「…リナ」

 あの瞳を見ることは……



 風の中に消えた彼女を追う術を。
 人間でしかない俺は、持っていないのだから………







 あれ以来。俺は何をする気も失せていた。
 とはいえ仕事はある。休みたいがどうせ休ませてはくれないのだろう。
 とにかく城へ行き、適当に訓練でもやって時間をつぶし、家に戻る。ただその繰り返し。

 シルフィールが来たのは、そんな毎日の中でだった。



「ガウリイ様、そうやって家にこもりきりでは体に良くありませんわ」
「ほっといてくれないか。シルフィール」
「そうはまいりません。私、きつーーーく言い聞かされてきました。ガウリイ様を、どんな手を使ってでも外に連れ出せと」
 誰に、とは聞かなかった。どうせ世話好きお節介大好きの叔母の仕業だろう。
 幼馴染みであるシルフィールは、両親が生きていた頃よく遊びに来ていた。俺が一人暮らしになれるまでは、随分家事や料理で世話にもなった。だが。
「帰ってくれないか。
 ……そう言っても聞く気はなさそうだな」
「はい♪頑固者なのはガウリイ様と一緒だと思いますよ?」

 シルフィールが悪いわけでないことは良く知っている。
 ただ……

 リナがいなくなってから、何かをしようという気が起きないのだ。
 何一つ。

「とにかく、今日は一緒に外に出ていただきますから」
「すでに決定済みというわけか」
「そう言うわけです。ささ、ガウリイ様。早く支度をしてきて下さい」
 シルフィールに居間から押し出され、俺は溜息つきつつ自室へ向かった。




 街は、少しずつ活気を取り戻していた。
 元々、鳥たちに襲撃されたのはハーピィで着飾る連中だ。一般庶民はせいぜい引っ掻き傷を作った程度ですんだ者がほとんどだった。

「それにしても、すごい騒ぎでしたわね」
「……あぁ」
「あんな風に鳥たちが襲いかかってくるなんて……」
「……あぁ」
「ガウリイ様?」
「……あぁ」
「…………今夜の夕食ですけど……ピーマンのフルコースでも宜しいですか?」
「……あぁ」

 鳥たちはハーピィの居場所を知っているんだろうか。
 せめて俺に鳥の言葉が分かったら。リナに伝えたいことがあるのに……

「ガ・ウ・リ・イ・様!!」

 突然耳を引っ張られたうえの大音響に、俺は現実に引き戻された。
「うわっ………何だ、シルフィール」
「ガウリイ様、今私の話……ちゃんと聞いていらっしゃらなかったですね?」
「そんなことは…」
「じゃあ、今夜のメニュー……当然何か覚えていらっしゃいますわよね?」
「今夜の……」
 まずい。全然聞いてない。
 シルフィールはしとやかで大人しいんだが、結構怒ると怖いしなぁ……適当に答えても余計機嫌を損ねそうだし。(汗)
「……すみません。聞いていませんでした」
「素直で宜しい。なら、今夜は私の心づくしにしますから、絶対残さず食べてくださいね?
 ……それはそうと……」
 くすくすと笑っていたシルフィールが、ふと首を傾げた。
「一体どうなさったんですか?やっぱりおかしいですわ、ガウリイ様」
「……そうか?」
「えぇ。まるで失恋でもなさったみたいで」

 失恋……か。
 そうかもしれないな。

「あの?」
 苦笑を浮かべた俺に、シルフィールはきょとんとしていたが、やがてゆっくりと目を丸くした。
「まさか……本当に?失恋なさったんですか?」
「そう言うことになるんだろうな。あれじゃ完全に嫌われただろうし」
 殺されたハーピィの親子。俺がリナの立場なら、絶対に人間を許さないだろう。
 俺がおもわず溜息をついた時だった。

「素晴らしいですわ!!」

 一瞬、思考が途切れた。
「……素晴らしい?」
「はい!今までフることはあってもフラれた事はなかったガウリイ様が、ついに、ついに失恋の痛みをお知りになられたんですね!!
 これを喜ばなくて何を喜べと?」
「いや……普通喜ばないと思うんだが……」
 俺の抗議に、シルフィールはきっぱりと首をふった。
「いいえ。これは喜ぶべき事態ですわ。
 人間なら誰しもが一度は経験する失恋の痛み。それがなお人を成長させるんです。でも、ガウリイ様には今までそれを経験する事がなかった。いえ、出来なかったんですわ」

 そりゃあ、まぁ。こういう見てくれで生まれたおかげで、確かに言い寄ってくる相手には事欠かない。それを俺が望んでいるかいないかは別問題として。

「ガウリイ様にその気はなくても、実際には泣かされた女性は数知れず。事実、ガウリイ=ガブリエフ被害者の会だって存在するんです」
「……被害者って……」
「ちなみに、会長は私ですわv」

 ……どこまで本気の話か分からないが。
 俺が苦笑したのを見て、シルフィールはくすりと笑った。

「というわけですから、今夜は覚悟なさって下さいね?ガウリイ様をフるなんてそんな希有な方はどんな方か、じっくり聞かせていただきますからv」
「本当はそっちが目的だったんじゃないのか?特に叔母上方のご要望で」
「ふふ、当たりです」
 やれやれ、シルフィールは状況の確かめ訳という訳か。まぁ、本人もこの訳を楽しんでいるようだが……


 ――――――――っ!


「ガウリイ様?どうかなさったんですか?」
「………まさか………」

 栗色の髪、真紅の瞳。
 ここにいるはずがないのに―――

「リナ!?」
「ガウリイ様!」

 人混みの中に、小さな人影はあっと言う間に消えてしまう。
 俺は夢中でその後を追いかけた。

 シルフィールのことは、綺麗さっぱり頭の中から消えていた。