風の向こうに |
10.ピクニック アメリア達が来てから数日後。 その日は朝からいい天気だった。絶好のピクニック日和だ。 バスケットに果物を詰め、作っておいたチェリチェリのパイも入れる。 今日は4人で初の外出。 これで、リナがもう少し、人間を好きになってくれればいいのだが。 「女の子を着た切り雀にするのは悪です!」 そう帰り際に宣言したアメリアが、リナに数枚の着替えを用意したのが昨日。目の前に広げられた衣服や靴などを前にして、リナはちょっと……いやかなり?戸惑っていたようだが、どうやら気に入ってもらえたらしい。 今日もゼルガディスより一足早めに来たアメリアは、早速リナの部屋に向かっていた。さっき部屋の前を通ったら、なにやら楽しそうな話し声もした。 リナも、少しはこの小さな外出を楽しみにしてくれたのだろうか。 なんとなく、良いことがありそうな気がする。 俺自身、朝から妙にうきうきしていた。 「ガウリイさ〜〜ん♪」 ひょっこりと顔を覗かせたアメリアが俺を手招きした。 「何だ?ゼルならさっき来たぞ」 「あ、そうなんですかv ……とといけない。忘れるところでした。ガウリイさん、こっちに来て下さい」 「???」 「早く早く♪」 アメリアに引っ張られるようにして連れて行かれたのはリナの部屋。 「じゃじゃーーん♪」 大きく扉を開け、アメリアは至極ご満悦な様子で俺を中へ促した。 「一体何が……」 言いかけて、俺は絶句した。 困ったような顔で俯いているリナ。もともとあまり服には興味が無くて、俺のお下がり(子供の頃の)をリナには着せていたが…… 「見て下さい♪ちょっとしただけでこんなに素敵になったんですよ?ガウリイさんももっと気をつけてあげないと駄目じゃないですか」 「……あぁ。良く分かった」 アメリアが見立てたドレスを着たリナは……はっきり言って、想像以上に可愛らしくなっていた。 可愛い、という表現だけでは足りないと思う。 清楚だとか、可憐だとか、いくら言っても言い尽くせない。ようするに……おれの表現力じゃ追いつかないんだ。 「……なにじっと見てるのよ」 そっぽを向いたままリナがぽつりと言った。その横顔ははっきり分かるほど赤くなっていて…… ………俺の理性、痛恨の一撃。 「さささ、リナさんの支度も出来たことですし、ピクニックに出発しましょう!」 「あ、あぁ」 アメリアはさっさとリナの手を引っ張って先に行った。 俺もその後を追ったのだが……ふと前を行く二人の会話が耳に飛び込んできた。 「ガウリイさん、かなり驚いてましたね」 「……そう、かな」 「そうですよ。しっかり見とれてたじゃないですか。リナさん、元が良いんですから、これからもっともっとお洒落してガウリイさんを吃驚させましょうね♪」 「………う、ん……」 「ふふふ。ガウリイさん、リナさんに惚れ直してますよ。絶対v」 「いやあの……ほれなおすって……」 「またまたぁvリナさんてば照れ屋さん♪なんですから」 アメリア。 頼むから、これ以上俺に精神的ダメージを与えないでくれ。(汗) 嬉しい悲鳴?を内心あげつつ、俺はゼルガディスが待っている庭に向かった。 「どうしたガウリイ、顔が赤いぞ?」 「いや、その……」 「………成程。そういうわけか」 用意した荷物を馬の背に載せていると、ゼルガディスは意味ありげな顔で笑いやがった。 ……いつもアメリアのことでからかってたから、今回は仕返しというわけのようだ。 「良かったじゃないか」 「……何が」 「彼女と密接できて」 「…………………!」 そーいや……歩いて行くには距離があるから、馬に乗って行くことになってたんだ。アメリアは一応自分で乗れるが……他人を乗せるとなると話は別だ。 「その様子じゃ、気がついてなかったようだな」 「やっぱ……無理……か?」 「彼女に怪我をさせたいのなら、話は変わるが?」 「………(汗)」 そうだった。 アメリアは、運動神経は悪くない。悪くないが……どうも危なっかしいのだ。むやみやたらに暴走するクセがある。 ハーピィであるリナは、当然馬なんか乗ったこと無いだろうし…… 嫌がらないでくれるといいんだがなぁ…… 俺が逡巡している間に、アメリア達は来てしまった。 「すみません、お待たせしました♪」 「…………あなた、誰?」 「?」 リナの視線の先にいたのは、ゼルガディスじゃなかった。 リナが見ているのは、3頭の馬。そのなかでも、俺がいつも乗り回している黒毛のやつだ。 足は速いが、かなり性格がキツイ。俺自身、こいつを従えるのには苦労させられた。下手に近づいて思い切り蹴り飛ばされ、怪我をした人間なら何人もいる。 「待てリナそいつは……」 「温かいvあなたとっても綺麗ね」 ………… 呆気にとられる俺の目の前で、リナは嬉しそうに抱きついた。あいつも頭をすり寄せたりして……懐いてる。 確か、男女構わず嫌ってたはずなんだが…… 「なぁに?乗せてくれるの?」 「ったく、お前面食いだったんだな」 俺が近づくと、ぷいっとそっぽを向く。どうやら主よりリナを気に入ったようだ。こいつは。 「この子に乗るの?」 「あぁ。……乗ったことあるか?」 「うぅん。でも……」 ふわりとリナは微笑んだ。 「あなたなら、あたしを落っことしたりしないわよね?」 もちろんと言うように鼻を鳴らす。 「それじゃ行こうか。遅くなる」 「うん」 リナを馬の背に乗せるために抱き上げようとしたら、アメリアが乗る様子を見てひらりとマネをした。 ……ゼル、お前、肩震えてる。 横目で一睨みし、俺はリナの後ろにまたがった。 かなり身体がくっつくため、一瞬リナが体を硬くしたのが分かったが、馬を歩かせ始めるとすぐにそんなことは忘れてしまったようだった。 「さ!丘まで急ぎましょう!!」 「待てアメリア!走らせるな!!」 早速暴走しそうになるアメリア。それを追いかける俺達。 ………無事に帰ってこられればいいんだが。(汗) 目的地に着いたのはちょうど昼にさしかかる頃だった。街の中を通り抜けざるを得ないので、そこに集まる人間にリナが拒否反応を示さないか心配だったが、アメリアの暴走っぷりの方に気を取られてさして気にならなかったようだ。 こうなると、アメリアに助けられた感じになる。 「風が気持ち良いですねー……」 「そうだな」 乗ってきた馬たちも、のんびり草をはみ始める。三頭とも訓練された馬だから放っていても心配いらない。 アメリアが気持ちよさそうにのびをする。 リナも気持ちよさそうに風を受けていた。と。 ちち 「あ」 どこからともなく小鳥たちが集まってきていた。 鳴き交わしながら、その視線は……リナに集まっている。 「小鳥さん達が集まってきましたね」 「珍しいな」 人に慣れているわけでないのに集まってきた小鳥たちに、アメリアが嬉しそうにゼルガディスの袖を引っ張った。 不意にリナが声を上げる。 人の歌声とは違う、もっと澄んだ声。それは鳥たちの声と合わさり、風に乗って運ばれていった。 ……この声には覚えがある。 やっとリナが少し元気になった夜。彼女の部屋から聞こえてきたものに良く似ている。 あの時は、微かに別の声がした。 ……きっと、どこかにいる彼女の仲間の声なんだろう。 一羽、また一羽と鳥たちがリナの元に集まってくる。その肩や指先に留まり、楽しげに和して歌う様子に、俺達は全員声を無くしていた。 ………きっと、リナはいつもこうやって鳥たちと歌っていたんだろう。同じように翼に風を受け、自由に空を舞い…… そしていつか……この風に乗って鳥たちの世界に帰っていくのだ。 そうなったら………その時には……… 俺は、彼女を見送ることが出来るのだろうか…… ふと歌が止む。 「……どしたの?アメリア」 金縛りにあっていたかのように聞き惚れていた俺達は、リナの声に我に返った。 「〜〜〜〜〜っ リナさん、凄いです〜〜〜〜っ」 「へ?え?」 「あんな素敵な声、私初めて聞きました!!」 アメリアが抱きついた為、集まっていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。 「そ、そう……かな。あれくらい、みんな出来るけど……」 「そうなんですか!?じゃあ、リナさんが今までいた所ってみんな歌が上手い人ばかりだったんですね」 今までいた所。 アメリアのその言葉に、リナがぴくりと反応したのが分かった。 「二人ともそろそろ食事にするか?」 二人の会話を邪魔する気はなかった。 ただ…… このままの状態でいたくなかった。 「いろいろ用意してきたぞ」 「うわ、また沢山作りましたね〜ガウリイさん。リナさん、ガウリイさんってすっごくお料理上手ですよね」 「そうなの?」 「そうなのって……食べてるでしょ?ガウリイさんの手料理」 「スープとか、果物なら」 「ガウリイさん!!一体リナさんにどんな食生活させてたんですか!!」 「いや、かなり体力が落ちてたからな。食べやすくて消化の良い物の方がいいと思ったから」 アメリアは腰に手を当てて苦笑した。 「しょうがないですね。リナさん、これからいっっっっぱい美味しい物作ってもらうと良いですよ♪」 「ホントに美味しいの?」 「もちろんですって。 ささ、どれから食べましょうか??」 広げられた布の上に、アメリアは籠から取りだした様々な料理を並べ始めた。 「やっぱり果物が多いんですね。おぉっこれはチェリチェリのパイじゃないですか!!」 「あ、分かったか?」 「もちろんです!リナさん、ガウリイさんの作ったこのパイって、プロのお菓子屋さんが作ったのより美味しいんですよ〜〜♪」 「食べたことあるの?」 首を傾げたリナに、アメリアは頬を染めて耳打ちしている。 ……そういや、アメリアとゼルの婚約が決まった時に、お祝いで作ったっけな。 パイを切り分け、皿にのせてリナに差し出す。 「ま、何事も経験するのが一番の近道だから。とにかく食べてみてくれるか?リナ」 「そうね。アメリアが美味しいって言ったし」 アメリアがそう言わなかったらどうする気だったんだ? 切り口から見えるチェリチェリを見ながら、リナはぱくりと一口頬張った。 「……どうだ?」 「美味しい♪」 そのままぱくぱくと一切れあっという間に食べてしまった。 「まだあるぞ。こっちのはどうだ?」 「これ何?」 「これはな、ブルベリのマフィンだ。生地の中に砂糖と酒で煮たブルベリが入ってる」 「これは?」 「こっちはキュイリとトメトのサンドイッチ。こっちはタマゴのサンドイッチだ。どっちも美味いぞ」 「………ゼルガディスさん、何だか餌付けみたいですね」 「みたいじゃなくて、そのものなんじゃないのか?」 ……ほっとけ。 なんと言われようと、リナが喜んでくれるんならそれでいいさ。 嬉しそうに俺が作ったお菓子や軽食を食べるリナを見ながら、俺はそう思った。 そう。 リナが喜んでくれるのなら………それでいい。 先のことを考えていても仕方がない。 今は、まだ。リナはここにいるんだから…… 日が傾き始める。 「そろそろ戻るか」 「そうですね」 アメリアが立ち上がり、ゼルが口笛を吹く。 集まってきた馬の背に荷物を載せ、俺はリナの方を振り返った。 リナは飛び去っていく鳥たちを見ていた。 懐かしそうに……寂しそうに。 その様子に、微かに胸が痛む。やはり帰りたいんだろう。仲間の所へ。 でも……まだだ。まだ、そう、まだ…… 「リナ」 俺が呼ぶと、リナは振り返りながらも近寄ってきてくれた。 リナの後ろに乗り、街へと向かう。 やがて俺達の前に、街の門が見えてきた。 |