風の向こうに











　９．


　人間は嫌い。
　けど………

　一言で『人間』と言ってもいろんな人がいることを、あたしはこの日初めて認識した。








「初めまして！私、アメリアですっ！」
「……ア、メリ、ア？」
「はい！えっと、お名前教えてもらえますか？」
「………リナ、だけど………」
「リナさんですね！宜しくお願いします！！」

　いきなりこれだ。
　人見知りとか、警戒心とか、そういうものが動き出す暇もなく、気がついたときにはあたしは彼女―アメリアに自分の名前を告げていた。
　今まで、ガウリイにもずっと隠してきていたのに。
　あ、何だかガウリイ顔が引きつってる。
　それにしても……ほんと、人間にもこういう子がいるのねぇ。

「リナさんの髪って、柔らかくていいですね」
「え？……そう？」
「はい！私なんて、真っ黒だし、まっすぐだし……リナさんみたいに柔らかそうな栗色だったら良かったのに」
「……でも、綺麗だと思うけど……」
「そうですか！？えへへ……嬉しいですｖ」

　本当にまっすぐな子みたい。隠し事とか、苦手なタイプ。
　あたしに対する純粋な好意。こういうのは、嫌いじゃない。ちょっとくすぐったいけど。

　あれ？

　いつの間にかガウリイはいなくなってた。何となく覚えてるのはどっか寂しそうな後ろ姿だったけど……？

「リナさんはどこの出身なんですか？」
「しゅっしん？」
「あ、えと、生まれた所なんですけど」
「……覚えてない」
「え？」
「忘れちゃった。姉ちゃんに拾われてからのことしか知らない」

　あたしの故郷はずっと遠くの山。人間が近づくことの出来ない、切り立った崖に囲まれた秘密の場所。
　そこを話すつもりはない。
　アメリアは悪い子じゃない。……ガウリイも。
　人間全てが、あたし達を殺して楽しむような奴じゃない事は……何となく分かってきたけど。そういう奴らがいるのは事実。

「お姉さん？」
「前に一度お母さん？ってふざけて言ったら怒られた」
「ぷぷっ」

　姉ちゃんが考えろって言ってたのはこの為？
　人間全てが、敵になるわけじゃないって事？
　それはもう分かっているけど……

「そうそう、忘れてました。リナさんにお土産持って来たんですよ♪」

　そう言いながら、アメリアは持って来た袋の中から何かを取りだした。

「じゃっじゃ〜〜ん♪アメリアお手製のアクセサリーです。みんなリナさんへのお土産なんですよ♪」
「あくせさりぃ？」

　アメリアが取りだしたのは、きらきら光るとっても綺麗な物。あくせさりぃって言ってたけど……
　これ、何？

「リナさん？どうしたんですか？」
「これ……何？」
「ええぇぇっ！？」

　アメリアは目を丸くした。
　どうしたんだろ？

「あの……？リナさん？」
「？？」
「本当に……知らないんですか？アクセサリー……」
「これ、何？何に使うの？」
「……………」

　アメリア、固まっちゃった？
　握りしめたアメリアの手がぶるぶる震えてる？

「……あのぉ？」
「こんな……こんなことがあって良いでしょうか！うら若き乙女がアクセサリーを身につけたことが無いなんて！
　こんな事が許されて良いでしょうか？いいえ、許されて良いわけがありません！！」

　何故か、片足を椅子の上に乗せてアメリアが燃え上がってる……
　でもこれ……本当に綺麗ｖ

「リナさん！ささ、こっちへどうぞ♪」

　ぐいぐいとアメリアはあたしの手を引っ張って、鏡の前に座らせた。
　うふふふふ…と笑いながら、アメリアがどこからともなくいろんな道具を取りだして来た。
　何だか妙に盛り上がっているような……

「リナさんの髪って柔らかくて、やっぱりすっごく触り心地がいいですね♪ふわふわしてて♪」
「えと、あの……そう、かな」
「そうですよ！いいなぁ……」
「でも、あたしアメリアの髪、好きよ。黒曜石みたいでとっても綺麗だと思うけど……」
「えへへｖそうですか？」

　嬉しそうにあたしの髪をとかしながら、アメリアは何かを始めた。
　えっと……たしかこれ、三つ編みって言ったっけ。小さい頃、よく姉ちゃんがしてくれたけど……

　結局、この後も暫くアメリアはあたしの髪をとかしたり編んだりして遊んでいた。
　暫くして、不意にアメリアがぽんと手を叩いた。

「そうだ、リナさん。一緒にお出かけしませんか？」
「お出かけ？」
「はい。ピクニックなんてどうでしょうか？」
「ぴくにっく？」
「緑の丘で、お弁当を食べて、一緒に遊びましょう♪ね♪
　ゼルガディスさんとガウリイさんにも聞いてきますね♪」

　そう言うなりアメリアは部屋からすっ飛んで出て行ってしまった。
　あたし、まだ何も言ってないのに……

　でも……外、か……
　もうずっと風を浴びてない。
　こんなに長く飛ばないでいられるなんて、思いもしなかった。
　ちょっと前なら、一日だって飛ばずにはいられなかった。まぁ、飛ばなきゃどこにも行けないんだから当たり前と言えばそれまでだけど。

「お待たせしました♪リナさん、良いって言ってましたよ！」
「あ……そう」
「それはそうと……リナさん、着替えってどうしてるんですか？？」
「きがえ？
　………これだけ、だけど………」
「えええぇぇぇぇえぇぇぇえええぇぇぇっっ！？」

　アメリアは心底驚いた顔で固まった。
　………何か変なのかな。
　あたしが今来ているのは、かなりおっきい服。どうやらガウリイの昔の服らしいけど、良くは分からない。
　あたしにとって、人間の服はどうでも良いものだったし……大体、いつも身につけていたのは姉ちゃんが作ってくれた羽衣だったし。大体ハーピィは人間みたいに服なんて着ないし。
　気にしたこと無かったんだけど……何か変なのかな？

「女の子を着た切り雀にするなんて……これだから男性には任せておけないんです！！」
「あたし、別にかまわないんだけ」
「駄目です！おめかしは女の子の義務！責任！うら若き乙女を着た切り雀にするなんて、はっきり言って世の婦女子への犯罪です！冒涜です！」
「いやあの……そこまで言わなくても……」
「リナさん、ちょっと立ってもらえますか？」

　アメリアの勢いに押し切られる形であたしは床に立ち上がった。
　ちょっと前まで立ったりするとふらふらしたけど、どうやらもう大丈夫みたい。これなら近いうちに帰れるかも。
　アメリアは何やら一生懸命見てる。あたしの腕の長さとか、背丈とか……でも一体どうするのかな？

「成程……大体分かりました。
　リナさん、私に任せてくださいね！うんとリナさんの魅力を引き立たせて見せますから！そしてガウリイさんを悩殺しちゃいましょう！」
「あ……そう」

　何だか良く分からないけど……

　ま、いっか。





　アメリアが帰って行ったのは、それから随分してからだった。一緒におやつを食べたり、アメリアの話を聞いたりしてたけど……
　人間の“正義”と、アメリアの話……何だか随分開きがあるように思えたのはあたしだけなのかな。

　……アメリアがくれた、アクセサリー。
　きらきら光る石とかが、細いひもで繋げてある。

「気に入ったのか？」
「………綺麗」
「そうだな」

　ガウリイが入ってきたのには気がついていたけど、あんまり気にならなくなっていた。
　アメリアに会ったせいで、人間に対する感覚が少し狂ったのかも。
　それとも……こいつだから、かな。

「外に出かける事だけど…」

　外、と聞いてあたしは体がぴくりと震えるのを感じた。

「ずっと動かないでいるのは体に良くない。だいぶ体力も戻って来たようだし、様子を見るのにもちょうどいいと思う。まぁ……早い話がリハビリってやつだ」

　あたしの反応を窺うように、どこか躊躇いがちにかけられた言葉。
　外に出るのに異論はない。あたしはゆっくり頷いた。

「あ……それで、なんだけどな」
「………………」
「お前さん……これだけは食べられないって物、あるか？弁当持って行くんだが、今のところ果物とかスープしか口にしてないだろ。
　せっかくだから、好きな物とか……あったほうが楽しいんじゃないかと……その……」

　何でこいつは、ここまであたしのことを気にするんだろう。
　あたしは人間は嫌いだけど……こいつにこんな顔させるのは……何となくイヤだ。

「別に………何でも食べないと姉ちゃんに叱られるから……」
「そうか。じゃあ、甘い物は好きか？パイとか、そういうの」
「食べたこと無い……」
「そうなのか……じゃあ、俺がとっておきのを食べさせてやるよ。……リナに」

　リナ。
　名前……そっか、アメリアから聞いたんだ。

　人間には、絶対に教えるもんかって、考えてた。でも、アメリアに呼ばれるのは全然イヤじゃなくて……
　こいつに……ガウリイに呼ばれるのも……


　嫌じゃ、ない。


「不味かったら、承知しないから」

　そう答えたら、目に見えて顔が明るくなった。なんか、エサを貰った雛鳥みたい。
　ころころと……こいつもホント、よく表情を変えるわよね。それも、あたしのほんのちょっとの仕草で、面白いくらいに。

「もちろん。結構上手いんだぞ、俺」
「……どうだか」
「信用してないな。よし。こうなったら俺の自信作を披露してやるから、覚悟しておけよ」

　何だかすごく楽しそうに、ガウリイは部屋を出て行った。

　………外、か。
　これで大丈夫そうだったら、きっとここから出て行ける。みんなの所に、姉ちゃんの所に帰れる。
　もうすぐ帰れるんだ。そう思うと、嬉しい。
　でも………

　何かが、胸の奥で………ちくりとした。



　コレハ………ナニ？