風の向こうに |
7.疑問 あたし達を殺すのは人間。 あたしを助けたのは、人間。 酷いことをするのは人間。 優しくしてくれるのも、人間。 ………わからない。 一体、どっちが本当なの? 夜。 真っ暗な中で、あたしはぼんやりと考えていた。 あの、ガウリイっていう、人間。 あたしが、ミリーナのことで怒鳴った時。すごく痛そうな顔をした。まるで自分の身体が傷つけられたみたいに。 その時、あたしは一瞬後悔した。 この人に、こんな風に言うんじゃなかったって………思った。 頭がごちゃごちゃする。 今まで、こんな事無かったのに。 あたしは、人間が嫌い。 それだけだし、それ以外無かった。 布団、とかいう物から両手を出す。羽毛の無い、人間の………手。 あたしは、生まれつきのハーピィじゃない。 人間が、戦争っていうのをして……あたしは一人で彷徨ってたらしい。そこを、拾って育ててくれたのがルナ姉ちゃん。 あたしがいた群には、あたしみたいな子は結構多い。 それでもあたしは………ずっと自分が人間だって思わなかった。姉ちゃんに人間の言葉を教えられた時も、別にいいのにって思ってた。 あたしは、ハーピィになるんだから。 人間の言葉なんて、忘れちゃっていい。知らないままでいい。そう思ってた。 ………もうすぐ、祭りがある。大事な儀式のある祭りが。 もう少ししたら来る、特別な夜が。 こんな時に、怪我をして。しかもよりによって人間に助けられるなんて。 人間は嫌い。大っ嫌い。 でも…………あいつは………… 朝になって、あいつが食事を持って来てくれた。 お皿の上には、沢山の果物が食べやすいように小さく切って乗せられてる。 食べてる間、あいつは何も言わなかった。 あたしは、あいつを見ないようにしていた。 人間は嫌い。 食べ終わった後のお皿をあいつに差し出す。 「あの……な」 「…………」 「すまなかった」 躊躇いがちに、あいつはそう言った。 辛そうな声に、あたしは思わずあいつの顔を見ていた。 「俺が謝ったって、許してもらえるとは思っていない。それでも、謝りたかったんだ」 「謝られても………死んだみんなは、帰ってこないわ………」 「………そうだな」 何で、この人はこうなんだろう。 どうして、あいつらみたいに笑わないんだろう。 遠くから見た人間達は、あたし達から羽をもぎ取りながら、笑ってたのに。 嬉しそうに、笑ったのに。 「それと……お前さんのあの不思議な衣のことだが…」 「!」 あたしの羽衣! じゃあ、やっぱり……見られてたんだ。あたしがハーピィから、人間になるところ。 警戒心がまたむくむくと頭をもたげる。でもあたしを見る蒼い瞳は、変わらず優しいままだった。 「怪我が治って、十分体力が戻ったら、出してくる。 お前さんの羽、凄く綺麗な真紅だったな。実際、あの時お前さんの羽を狙っていた奴もいた。俺は……お前さんが殺されるのを、見たくない。 だから、それまでは預かってる。でないと無茶な事しそうだからな」 伝わってくるのは、あたしを心配する気持ち。それだけ。 でも……それをどうとっていいのか分からない。 「………それと、な」 「…………」 「やっぱり、俺はお前さんと仲良くなりたいと思ってる。それを……言いたかったんだ」 「……………」 ……トモダチって、言ってた。 「…………………考えとく」 ………自分でも、どうしてそう言ったのか分からなかった。 ただ……何も言わないでいたら、あいつが寂しそうな目をしたから。それでも、目は優しかったから。 何だか、あたしの方が非道い事しているような気になっちゃって…… 気がついたら、そう答えてた。 大っ嫌いな………人間に……… 夢現で、声がした。 これは、姉ちゃんの………そう、姉ちゃんの歌だ。あたしを呼んでる。心配してる。 …うん、大丈夫。怪我はしたけど、もう平気。 すぐに元気になるから。元気になって、帰るから。だから、大丈夫。 歌に乗せて、心を飛ばす。 暫くしたら、答えが返って来た。 姉ちゃん、あたし分からないよ。 人間は、あたし達の敵。なのにどうして、助けてくれるの? 騙そうとしてるのかもしれない。 でも………どうしても、そう思えない。 分かんないよ。あたし、どうしたらいいの? 考えなさいって、どういう事? 選ぶ時が来るから? あたしの答えは決まってる。なのに、どうして考えるの? 分からない。 分からない。 あたしは………分からない。 人間は嫌い。 でも。 あいつは……ガウリイは………… 嫌いに、なれない……… |