風の向こうに |
6.トモダチニナリタイ 色とりどりの、羽。 それで身を飾る、いわゆる淑女達。 今まで、あれほど激しい怒りと憎悪を……向けられたことがあっただろうか…… 「ガウリイ」 「………………」 「ガウリイ!」 「………何だ、ゼルか。何か用か」 「用か、じゃないだろ。お前、趣味が変わったな」 「へ?」 俺はまじまじと目の前の旧友の顔を見た。 こいつとは随分長い付き合いになるが…いきなり何を言い出すんだ? 「何が?」 尋ね返すと、ゼルは重苦しい溜息をついて背後を示した。 「……あぁいうのは趣味じゃないって言ってただろうが」 示された方向を見る。豪華な衣装で身を包み、厚く塗った化粧と香水の臭いが臭くて堪らない……宮廷や貴族の淑女達。 随分俺に視線が集まってるが……何でだ? 「趣味じゃないぞ」 「その割には、随分熱心に見てたじゃないか?」 「は?」 言われたことを理解するまで、少々時間がかかった。 「あぁ」 「………俺を巻き込むなよ」 ジト目で睨んでくるゼルに、俺は慌てて手を振った。 「違うって。俺が見てたのは………羽、だよ」 「羽?」 「あぁ。あれ………ハーピィの羽だろ」 頭飾りやら扇やら……赤に青に銀色にと沢山の羽根飾りを身に纏った様子に、怒りに燃えた真紅の瞳が甦ってくる。 ………あんた達のせいで、ミリーナは殺されたのに!……… 「………あれだけの羽を得るのに、一体どれぐらいのハーピィが殺されたのかと思ってな」 ゼルガディスは目を丸くした。 苦笑を飲み込み、ゼルの肩に手を置いて寄りかかっていた壁から離れる。 「俺、もう帰る」 ゼルガディスは、小さく苦笑を浮かべただけで、それ以上訊いては来なかった。 「……分かった。後は適当に誤魔化しておくさ」 「悪いな」 あれ以上。 ハーピィの羽で着飾った人間を見たくはなかった。 夜会から帰り、そっと客室を覗く。 ………良く眠っている。 そっと寝台の上に広がる栗色の髪に触れる。ほんの少し身じろぎした様子に起こしてしまったかと思ったが、寝返りを打っただけだった。 「………憎まれるのは……仕方のないことだよな………」 ミリーナ、というのは、きっとこの子にとって大切なハーピィだったんだろう。そして、狩りに遭って殺された。 ………今まで。俺自身狩られる側の事を考えたことはなかった。 いや、ハーピィの存在そのものが……その辺の鹿やうさぎと同じだった。 こんな風に……仲間を殺されたことで悲しみ、苦しんでいるとは……思いもしなかった。 この子が怒るのは、もっともなことだ。 ……それでも。 「仲良くなりたいと……思うのは………罪な事なのか……?」 答えは無い。 俺はその後もずっと、眠る少女の髪を撫で続けていた。 食事を終えた少女が、無言のまま食器を差し出す。 あれ以来、彼女は一言も口をきこうとはしなかった。 視線さえ合わそうとしない。 「あの……な」 「…………」 「すまなかった」 やっとのことで、それだけを言う。 ゆっくりと、彼女の視線が俺の方を向いた。 「俺が謝ったって、許してもらえるとは思っていない。それでも、謝りたかったんだ」 「謝られても………死んだみんなは、帰ってこないわ………」 「………そうだな」 再び口を閉ざした少女。 「それと……お前さんのあの不思議な衣のことだが…」 「!」 びくりと体が震えた。警戒心が伝わってくる。 少女の瞳を見ながら、ゆっくりと俺は話しかけた。 「怪我が治って、十分体力が戻ったら、出してくる。 お前さんの羽、凄く綺麗な真紅だったな。実際、あの時お前さんの羽を狙っていた奴もいた。俺は……お前さんが殺されるのを、見たくない。 だから、それまでは預かってる。でないと無茶な事しそうだからな」 やっぱり、返事はなかった。 「………それと、な」 「…………」 「やっぱり、俺はお前さんと仲良くなりたいと思ってる。それを……言いたかったんだ」 「……………」 どうしても返事はしてくれない、か。仕方なく、食器を持って立ち上がる。 昨日の今日で、彼女が心を開いてくれるとは……思っていなかったしな。 仕方ないさ。 「…………………考えとく」 ドアを閉める瞬間に届いた、小さな声。 思わず振り返ったが、彼女は窓の方を向いたままだった。 それでも。考える、と言ってくれた。 その後。俺は一日中胸がどきどきしていた。 あの小さな少女は、いつの間にか、俺にとって片時も忘れられない存在になっていた。 取り敢えず、市場であの子の好きそうな果物でも見繕ってくるとしよう。 「ガウリイさん♪」 軽いノックの音がして、ひょっこりと少女が顔を覗かせた。 「アメリアか。ゼルなら向こうで稽古をつけてやってるぞ」 「ゼルガディスさんには先に会ってきました。その時聞いたんですけど、ガウリイさん、女の子を拾ったって本当ですか?」 翌日。 一応仕事場で俺がぼんやりしていると、アメリアが顔を覗かせた。 最近ゼルガディスと婚約した彼女は、よくこうやって俺の所にも顔を出す。 「あぁ。警戒心が強くて、なかなか仲良くなれないけどな」 「そりゃそうですよ。そのぐらい、婦女子としては当然です」 「はいはい。………っと、そうだ。 アメリア、良かったらうちに来ないか?」 「え?」 ふと思いついた事だったが。以外と上手く行くかもしれない。 「アメリアなら年も近そうだしな。あの子と仲良くなってくれると助かるんだが」 「私と、ですか?喜んで!」 「そうか。助かるよ。ゼルと一緒に来ればいい。待ってるから」 「はい! ………ところでガウリイさん、その方はなんてお名前なんですか?」 当然の質問だったが、俺は答えることが出来なかった。 「実は、さ。まだ名前も教えてもらえないんだ」 「ガウリイさん、実は嫌われるような事したんじゃないでしょうね」 アメリアにジト目で睨まれ、俺は慌てて首と手を同時に振った。 「とんでもない」 「本当ですか?」 「何もしてないよ。………俺は、な」 そう。 嫌われるような事をしたのは……俺じゃなくて、人間という種族。 「???」 「何でもない。じゃあ、頼むな」 少しでもいい。 とにかく俺はきっかけが欲しかった。 彼女が俺の元から飛び立つ前に。 いなくなってしまう前に…… |