風の向こうに |
5.ニンゲン 目が覚めると、身体はずっと楽になっていた。でもやっぱり腕が痛い。 矢を受けた所には白い布が巻いてあった。 昨日の人間がしたんだろう。 人間は……嫌いだ。 訳もなくあたし達を殺す。 そりゃ、あたし達だって生きるために獲物を殺す。でもそれはあたし達が生きるため。必要なだけしか殺さない。 でも人間は違う。生きるためにあたし達を殺すんじゃない。 何で殺すの?どうして殺すの? あたし達が、何をしたの? 身体を起こす。あたしの上にかけてあった布がぱさりと落ちた。 そういえば、姉ちゃんが言ってたっけ。人間は寝るときに布をかぶるんだって。聞いたときは信じられなかったけど、本当なんだ。 周囲を見回してみる。四角い。 ここはどこなんだろう。 「きゃん!」 そっと寝かされていた物の上から下りてみようとして、思いっきり転んでしまった。 「〜〜〜っ」 まだ思ったように身体が動いてくれない。ひょこひょこと這うようにして、あたしは空が見える場所に近づいた。 透明な何かがある。その向こうに空があった。 あんなに近くにあったのに……手を伸ばしても透明な何かに阻まれる。 もう………帰れないのかな……… 「あんまり無理しない方がいいぞ?」 不意にした声に振り返ると、あの人間が何かを持って立っていた。 「警戒するな……と言っても無駄か。第一言葉が通じているか分からんしなぁ……」 「……………………わかる」 小さな声で答える。姉ちゃんに教わったから、こいつが何を言っているかは分かる。 しかし、分かるから即信用するほどあたしは馬鹿じゃない。あたしはハーピィで、こいつは人間。 でも、言葉が分かると知ってそいつは嬉しそうな顔をした。 「そっか。なら何とかなるな。今から腕の手当をするから」 腕を掴まれる。ふりほどこうとすると、そいつは事もあろうにぽんぽんとあたしの頭に手を置いてきた。 「怖がるなって。薬を塗って、包帯を替えるだけだから」 そう言いながら手に持っていた物をあたしに見せた。 今あたしの腕に巻き付いている物とよく似た物と、何かが入った瓶。 「お前さん、矢で射られたことは覚えているか?」 頷くと、そいつはあたしに二本の矢を見せた。 「こっちの矢がお前さんを射抜いた物だ。鏃が変色しているだろ?これには毒が塗ってあるんだ。で、こっちが塗っていない物。違いが分かるな?」 頷くと、そいつはにこにこしながら頭を撫でてきた。 振り払うと、それでもにこにこしたまま今度は瓶を差し出す。 「これは、傷薬。傷口が化膿しないようにするために必要な物だ。化膿って言って分かるかなぁ…… これでちゃんと手当てしないと、傷口から腐って腕を切らなくちゃいけなくなる。いくら何でも腕をなくしたら仲間の所に帰れなくなるだろう?それでもいいか?」 「やだっ」 思わず叫ぶと、そいつはそっとあたしの腕に触れた。 「だから、手当をするんだ。 大丈夫。これは俺も使ったことがある薬だ。効果は俺自身で実証済み。すぐに動けるようになるから安心しろ」 ……あたしを怖がらせないためか、この人はゆっくりと腕に巻かれた布―包帯を外していく。 「ちょっとしみるけど、我慢しろよ」 小さな綿に染み込ませたそれを、あたしの傷口につける。 痛みに小さく悲鳴を上げると、この人まで痛そうな顔をした。丁寧に包帯を巻き直し、またあたしの頭を撫でた。 「痛かったか?ごめんな。でもこれですぐ良くなるぞ」 ……この感触、覚えてる。苦しくて仕方なかった時に撫でてくれた…… この人、だったんだ。 「何か飲むか?それとも食べる?」 「…いらない」 「帰りたくない、と?」 「そんなわけっ」 「じゃ、しっかり食べて、元気をつけなくちゃ。いつまで経っても帰れないぞ?」 ………言い返せない。 黙っていると、その人は困ったような顔をした。 「といっても、何を食べるんだろうな……果物なら、食えるか?」 こんな奴から食べ物もらうなんてやだけど…帰れなくなるのはもっとヤダ。 不承不承頷くと、もの凄く嬉しそうに笑う。 「よしよし、今持って来てやるから待ってろよ」 ……出て行った。 「はぅ………」 遠い空。 遠い……遠い。 姉ちゃん、怒ってるかな…… ……帰りたい。帰りたいよぉ…… 足音がする。あたしは慌てて涙を拭った。あいつに、泣き顔なんて見せてたまるもんですか。 あいつは大きな入れ物に、沢山果物を入れてきた。あ、スルヤの実もあるv 思わず目を輝かせそうになって、あたしは慌てて無表情を作ろうとした。……けど、ちょっと遅かったみたい。 う………笑ってる。 「やっぱり腹減ってたんだな。ま、無理無いか……随分長く寝たきりで何も食べてないからな」 そっぽを向くと、あいつはあたしの近くに座った。 「今剥いてやるから」 「いらない。自分でやる」 「出来るのか?」 ふんだ。あんたの手なんか借りませんよ〜だ。 果物の皮を剥こうとするが、左手に思うように力が入らなくてなかなか上手く剥けない。悪戦苦闘するあたしを、こいつは笑って見てる。 あぁもう!何か悔しいぃぃっ!! 「ほら、意地張るなよ」 「あ」 ひょいと取り上げられる。 あいつはあたしの目の前でするすると皮を剥き、しかも実を小さく千切って差し出した。 「ほら」 美味しそうな匂いがしたけど、あたしはそっぽを向く。雛鳥じゃないんだから、一人で食べられるもん。 と、ひょいとそれは引っ込められた。 横目でちらりと見てみると、あたしはそっちのけであいつは次々と果物を剥いていた。 「ん、美味い」 食べた!食べちゃった! 思わずそっちを見たあたしを見て、にやりと蒼い目が笑った。 「食べるか?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜いらないっ」 「そっか。んじゃ俺が食っちまうか」 あぁぁぁぁぁあぁぁぁっ! あたしに持って来たって言ったくせに!何一人でぱくぱく食べてるのよ!!スルヤの実に、レッドティッタ……あああそれはピチピチの実! あう……お腹すいた……… 恨めしそうに見てたら、また果物の欠片が差し出された。 「食うか?」 一瞬迷ったら、あいつはまたそれを引っ込めようとして…… ぱくっ あたしってば………思わず食べちゃった。 よく熟れたピチピチはすっごく甘くて美味しかった。 「よしよし。食べたな」 よしよしと頭を撫でられる。 ………な、何か、もの凄く悔しい……… 「次は何食べる?グレプがいいか?それともこっちのベリースがいいか? ………ゆっくり食べろよ。じゃないと身体が吃驚するぞ」 にこにこしながらあたしに果物を差し出す。 何か、ちっちゃい雛に戻っちゃった気分。こんな奴に……コドモ扱いされるなんて! 悔しくてしょうがなかったのに、気がつくとあたしはあいつの手から夢中で果物を食べていた。 「それにしても、お前さん随分食ったなぁ」 果物を食べ終えちゃったあたしに、にこにこしながらこいつが話しかけてきた。 それにしても、いくらお腹が空いてたからってこいつの手から食べちゃうなんて……姉ちゃんにばれたら『あんた警戒心なさすぎ!』って叱られちゃうかも…… とはいえ、何だか妙に警戒心保ちにくいんだよなぁ……こいつ。 そういえば、仲間とか、帰れないとか………まさか、ばれてるなんて事、ないよね? もしばれてるんだとしたら……どうして? あたし達を殺そうとする、人間なのに。 「そうだ。俺はガウリイって言うんだ」 ガウリイ? ……あぁ、こいつの名前か。 「お前さん、なんて名前なんだ?」 「………………」 誰が教えてやるもんですか。 口をつぐんだら、苦笑を浮かべてあたしの頭にぽんぽんと手を乗っけた。 「まだ信用ならないか?ま、仕方ないか…… なぁ、俺はお前を傷つける気はない。その気があったら、怪我の手当なんかしてない。それは……分かるだろ?」 それはそうだけど……… でも、騙す奴は、甘い顔して近づいてくるって、姉ちゃん言ってた。 ………こいつの出した果物、食べちゃったけど……… 「俺としては………出来ればトモダチになりたいんだけどな」 ………トモダチ? トモダチって? 「仲良くなりたいんだ」 仲良く………? ウソだ。仲良くなんて………出来る分けない! 「………………………………………………………………誰が」 「?」 「誰が!あんたみたいな人間と!」 あたしは、一瞬で頭に血が上っていた。 殺された仲間達。好きな相手の為に、一番キレイになる時に殺された。 殺されて、羽を盗られて……殺したあたし達の仲間で着飾って、喜んでる人間なんて…っ! あたしの頭に、一人のハーピィが浮かんだ。 姉ちゃんと一緒に、面倒を見てくれたミリーナ。いろんな事を教えてくれて、一杯遊んでくれた。 姉ちゃん達と遠くに行かなきゃいけない時。みんなを率いなければならない姉ちゃんに代わり、まだ長く速く飛べないあたしの為に、姉ちゃんの代わりにずっとゆっくり飛んでくれた、あたしの大好きな人。 もう一人の、大好きなお姉ちゃん。 ………ミリーナは、殺された。 ハーピィの中でも、ミリーナみたいに綺麗な銀の羽を持つ人は少ない。ミリーナはその中でもとびっきりキレイだった。 人間に矢を射かけられて……あたし達のように、上手くかわして逃げられない子を庇って……… あの時の光景は、一生忘れたり出来ない。 ミリーナが殺されて、バードマンのルークも壊れちゃった。もうすぐ結婚するはずだったのに。ミリーナを取られちゃうのが悔しくて、口げんかもいっぱいしたけど、あたしはルークのことも……好きだった。 でも…… あの後、ルークはミリーナを殺した奴を捜して、人間を襲い続けて……殺された。 あたしの大好きな人たちを、殺したのは人間。 沢山悲しい想いをさせてるのは人間。 人間・人間・人間! 「あんた達のせいで、ミリーナは殺されたのに!ルークも死んじゃったのに! 人間なんて……人間なんて、みんないなくなっちゃえばいいんだ!」 ………あいつは、何も言わなかった。 黙って、ただ出て行っただけだった。 あたしは……… 人間なんて、大嫌いだ……… |