風の向こうに










 4.雛


 少女を拾って数日が経った。
 熱がなかなか引かなかったから一時はどうなるかと思ったが……熱が引いてからは容態も安定してきた。
 この分なら、そのうち目を覚ますかもしれない。



 少女を寝かせている客間を、俺はいつの間にか暇さえあればのぞくようになっていた。
 普通より細く見える華奢な手足。豊かな栗色の髪。
 今のところその辺りにいるごく普通の女の子と変わらないように見えるが……一体何故ハーピィになるのか。
 人間なのか、ハーピィなのか。分からないから興味を引かれるのかもしれない。
 いつものように様子を見る。彼女の額にのせて置いた布が落ちていた。
 寝返りでもうったのか……
 まだ顔色はあまり良くない。もう一度布を濡らし彼女の額にのせた瞬間。はじかれたように少女は目を開き俺を睨みつけた。

 目の覚めるような、真紅の瞳。

「何だ、気がついてたのか」
 答えはない。
 ただその瞳だけがまるで炎のような鋭さで俺を睨みつけていた。
 とてもじゃないが、死にかけていたとは思えないな。
「まだ動かない方がいいぞ。と言っても、熱が下がったばかりで動ける状態じゃないか」
 図星を指されたのか、彼女の瞳に悔しそうな色が浮かぶ。身体さえ動いたならば即刻ここから逃げ出したいのだろう。
「……警戒するのは当たり前、か。まぁいい。
 お前さんを殺す気はない。安心しろ、と言っても無駄かもしれないが…ま、どちらにしろ動けるようになるまではじっとしているしかないからな。
 水でも飲むか?毒は入ってないから」
 コップに水差しから水を入れて差し出したが、彼女は顔を背けた。どうやら俺からは何一つ受け取らないつもりらしい。
 彼女がハーピィとして生きてきたのなら、この態度は当然なんだろう。まして人間に矢で射られ、殺されかけたのだ。俺が彼女の立場なら、きっと同じ反応をするだろう。
 そうは言っても、やはり苦笑は否めない。
「しょうがない奴だな。水はここに置いておく。気が向いたら飲めばいい」
 彼女の手の届くところにコップを置く。

 だが。
 きっと彼女は飲もうとしないのだろう。







「………………………っ」

 暫くして部屋をのぞいてみると、彼女は再び意識を失っていた。コップの水は全く減っていない。
 額に触れてみると、また熱が上がっていた。このまま水も何も口にしなければ死んでしまう。
「世話のかかる奴だな」
 なるべく起こさないようそっと抱き上げる。意識を取り戻したら、きっと動けないくせに抵抗しようとするだろうから。
 今はこれ以上無駄に体力を消耗させない方がいい。

「……ん………」

 指先を水で濡らし、そっと唇に触れる。乾ききった唇は水に触れるとそれを求めて僅かに口を開いた。
 そっと口移しで流し込む。
 彼女の喉が小さく動いた。
「どうやら、大人しく飲んでくれそうだな」
 よほど喉が渇いていたのだろう。彼女は俺の与える水を飲み干していった。
 それにしても、まるで雛鳥に餌をやっている気分だな。
 ふと見ると、彼女がうっすらと目を開けていた。だが熱のせいでぼんやりしているのか、あの炎のような色はない。
 不安げな瞳に、そっと頭を撫でてやる。

「心配いらない………ゆっくり眠れ」

 俺の言葉が通じたかどうかは分からない。
 が。
 彼女は安心したように微笑み、そのまま静かに眠ってしまった。